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アイディアについてのアイディア
アイディアについて、軽く見すぎである。
アイディアならいくらでもだせる。
アイディアだけなら簡単だ。
アイディアよりも、それを形作るほうがむずかしい。
平気に、しかも無反省に語られるアイディアについての諸言。
だが、いまのこの世にいちばん不足しているものこそ、このアイディアではないか。
出せるものなら出してみたまえ。
まず、アイディアとはなにかを議論しない。
アイディアを尊重する意識がない。
ときにアイディアマンとかいってなめる、軽んじる。
アイディアはだれでもだせる、とおもっている、とんでもない誤解。
アイディアはそれだけで飛躍できる素晴しい才能だという認識の欠如。
それを形作ることとはべつの次元であるのに、いっしょくたで語ってきた。
違うものを同じ土俵のなかで語ってきた無理。
そこに気づかなっかった蒙昧。
反省することですらアイディアになるのに、しない。
しようとするアイディアがない。
こまったことである。
設計がいて施工がいる。
ものをつくるとき、われわれは分担する。
そのアイディアの綜合が建築物である。
設計にアイディアはあって、施工にはアイディアを必要としないのか。
そんなことはない。
技術革新はアイディアがあってこそ。
どの分野にもアイディアは欠かせない。
もうこれでいいや、とするところにアイディアは生まれない。
では、どこにアイディアは生まれるか。
断じて挫けない人間。
どんな事態に直面しても
「それにもかかわらず!」
と言い切る自信のある人間、そうした人間のみがアイディアの「才能」 を持つ。(7.27.03)
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