岩井不巡 スポーツコラム
スタジアムで会いましょう

  有馬記念はいらない

 宝塚記念は春シーズンの中距離実力日本一を決める競争である、という。

 なぜ、日本一決定戦といわぬのだろう。
 なぜ、中距離という限定をつけるのだろう。
 ジャパンカップがある、有馬記念があるからか。

 日本一を決めるのに、夏も冬もない。
 もし、ダービーをその頂点とするのなら、そのながれのなかで王者決定戦を組み込むべきであるし、そういうロードマップがあってしかるべきじゃぁないか。

 ならば、宝塚記念以外に、日本一決定戦にふさわしい競争はない。

 世界ひろしといえども、人気投票で出走馬を決めるレースがあるというのは、わが国だけのはず。

 つまり、ステークスというのは、オーナーが一定の出走料を払い馬を出走させ、勝ったものが賞金をえる仕組みである。
 かれらが欲しているのは賞金よりも、その名誉である。
 英国ではダービー馬の栄誉をもつことはそこの総理大臣になるよりもむずかしいという。
 そういう格のなかでつちかわれた文化なのだ。

 わが国は名誉より賞金を欲するようだが。

 馬券遊びはそこに便乗させてもらっているにすぎない。
 ファンは二の次でしかないのである。
 でも、それでいいじゃないか。

 有馬記念などはなくていい。

 一年の総決算などとわけのわかんないことをいい、その実、冬の競馬は、やっぱり馬に故障させるだけだもの。
 この時期にG1レースを開催するのはよそうよ、こういうの。
 馬にたいして失礼千万。

 G1レースをふやすことではなく、G1レースをへらし、その格付けを、格付けの意味を大切に育てていくことである。
 それもクラッシックディスタンスを意識して。

 ファンサーヴィスという概念を整理しないまま、いったい中央競馬会は動きすぎであり、いったい中央競馬会はどこへいこうとしているのだろう。
 判然としない。
 それこそが先に解決すべき問題である。

 予想をすこし、ネオユニヴァース◎。
 勝てば3歳馬初である。(6.27.03)




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