岩井不巡 スポーツコラム
スタジアムで会いましょう

  できること、考えたことありますか

 或る人はいう。
 人は地球の癌である、と。

 癌の意志もあろう。
 癌の寿命もあろう。
 癌とはいえども一定量を超えなければ死にはいたらないはずである。
 母体が死せばまた癌自身も死ぬのだから。

 人が地球にしてきたことはなにか。
 また、この地球にできることはなにか。

 感染症が流行するのは、人時間では計れない、感知できない、いわば地球時間というものがあって (たとえば、時間の概念を持ったがゆえ、また言葉を持ったがために人は繁栄できた。が、そのかわりに持ちえなかった能力。たとえば動物の寿命は伸びていない。そういうふうに一定を保ってきたのではないか。飼育される動物の寿命は伸びているか、絶滅に追いやられている)、それに影響されているだけなのではあるまいか。
 また、「或る物質の数量が一定量をこえるまでは作動しないシステム」が未発見、未感知のままにあり、人はそのまえにさらされているのであり、感染症による人口の一時的な減少は、地球のなんらかのシグナルなのではあるまいか。

 数で気になるのは、人口である。
 地球の「或るシステム」を作動させないためには、人口の抑制が必要なのではないか。
 人の意志で減らせないのなら、これ以上増やさないことが急務なように思える。

 人がこの地球に寄与できること。
 それはただ、「人の意志」で人口を或る一定量以上に増やさないこと。
 それだけなのだろう。
 が、それすらできない。

 環境保全を云々するのは早計であることがわかるはずである。
 環境というものは人口増加に比例して悪くなるのであり、ゴミを捨てるから環境に悪影響をおよぼすのではない。
 ゴミよりも人口増加のほうがよほど深刻なのである。

 マルサスはもはやクラシックであるという。
 が、そもクラシックとは、いにしえの社会風俗のみをいうのではない。
 学ぶべき、ときには、例に倣(なら)うべきもの、という意味が含まれていることを、しっかりと想起すべき時である。(5.7.03)





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