『チョコレート×チョコレート』

 冬の日曜日、自由時間になったルシードはいつも通り街を歩いていた。
 平日は滅多な事では出歩かないので、日曜日は絶好の羽を伸ばす機会なのだ。
 しかし…2月の寒いこの季節、外を歩くのは昼間とはいえあまり気分の良いものではない。
「……早々に引き上げるか」
 ルシードはため息をつき、帰途へつく。
 せっかくの休日だが、厚着をしても身につまされるこの寒さでは楽しめるものも楽しめそうに無い。
 その帰り道に、大きな荷物を抱えて危なっかしい足取りで歩く、桜色の髪の少女が近くの通りからやってくるのが見えた。その少女は長いエルフの様な耳をしている。
 彼にとってはよく知った人物だった。以前助けた事をきっかけに彼を「ご主人様」と呼び慕ってくる少女だ。
 その危なっかしい様子を見て苦笑いを浮かべる。いつまでたっても危なっかしいのは変わらないままだ。
 ひょいっとその大きな荷物をとってやる。
 突然、抱えていた荷物が無くなって、少女は思いっきり前のめりになる。そして転びそうになるのをなんとかこらえて、目の前にいる人物を確認すると嬉しそうににっこり笑った。
「ご主人様〜!ありがとうございますぅ〜」
「相変わらず、お前、まとめ買いなんだな」
 ルシードはそう言って皮肉そうに笑う。
 前にもこうして荷物持ちをした事があったが、彼女は食材をまとめて大量に買い込むので毎回かなりの量を持っているのだ。見た目はかなり危なっかしいのだが、途中で駄目にした話を聞いたことが無いので大丈夫らしい。だが、やはり危なっかしいのは間違いなかった。
 ルシードに荷物を持ってもらって身軽になったティセは嬉しそうにルシードの後をちょこちょことついて行く。
 だが、賑やかなショッピング街に入った時、突然その足を止めた。
 それに気がついてルシードも足を止める。
「どうした、ティセ」
 その声にティセはルシードに向かって不思議そうに顔を傾ける。
「ご主人様、ティセ、ちょっと前から不思議だったんです〜」
 そう言ってショウウインドウに向かって指を指す。そのショウウインドウの中には色とりどりのチョコレートやキャンディが飾られていた。
「最近になって、急に綺麗なものがいっぱい飾ってあるんです〜。ご主人様、あれが何か知ってますか〜?」
 ルシードは、当然それが何かは知っている。だが、男の自分が説明するのは何かためらわれた。なので、ちょっとはぐらかして答える事にした。
「なんだティセも食べたいのか?」
 ルシードの言葉にティセは目を丸くする。
「あれって食べれるんですか〜?!」
 どうやら何かも知らなかったらしい。綺麗にラッピングされたものを眺めていただけのようだ。
「食べれるも何も……あれ、チョコやキャンディだぜ?」
 ここまでくると呆れるを通り越して、もうどうでもよくなってくる。
 ルシードの言葉にティセは目をキラキラとさせている。それはそうだろう、大好きなチョコレートだったのだから。
「ティセも食べたいです〜!」
 目をキラキラさせてティセはショウウインドウを見つめる。その様子に、このまま連れて帰るわけにもいかずルシードは腹をくくった。
「わかったよ、買ってやるよ」
「ほんとうですか〜?」
 ルシードの言葉にティセは一層キラキラと瞳を輝かした。本当にいかにも嬉しそうだ。
 その笑顔にルシードも悪い気はしない。
 だが、そのいい気分もすぐに壊れる。
 ティセがルシードの手をとり、一緒に店に入ろうとしたからだ。
「ま、待て、ティセ!お前だけ行って来い!」
「なんでですか〜?一緒に買いにいきましょうよ〜」
 ルシードが何故嫌がるのか分からずに、ティセはきょとんとする。いつもならめんどうくさそうな顔をしながらでも付き合ってくれるからだ。
 だが、いくらルシードでもヴァレンタインのチョコを買うのはさすがに抵抗があった。
 ルシードはサイフからお金を取り出すとティセに押し付けた。
「いいから!お前だけで買って来い!」
「はぁ〜い、ティセだけで行って来ますぅ〜」
 押し付けられたお金を受け取り、ティセはつまらなそうにそう言うと一人でとことことお店に入って行った。
 だが、中にある色とりどりのお菓子にあっという間にティセは笑顔になるとワクワクしながら見て回っている。
 その後姿をルシードは苦笑いを浮かべながら見ていた。


 それから数日後の事。
 ティセがお昼の食事の片付けを終えた時に、丁度ルーティとフローラが入ってきた。二人とも大きな荷物を持っている。
「あれ〜?ルーティさんとフローネさん、これから何かするんですか〜?」
 袋の中からテーブルに並べられる小麦粉や卵にティセはきょとんとして首をかしげる。
 お昼は食べたばかりのはずなのに……?
 そう思うと余計に分からなくて、困惑してしまう。
 だが、ルーティはティセの困った顔に気がつかず、にっこり笑ってみせる。
「ねえ、ティセも一緒に作ろうよ!ティセもルシードにあげるんでしょう?」
 その言葉にティセはさらに首をかしげる。
 あげるもの…そんな約束はあっただろうか。
 ケーキの試食はしてもらえる話にはなっているけれど、「あげる」訳ではないし…。
「あら…もしかしてティセちゃんは知らないの?」
 いつまでたっても反応の鈍いティセにフローネが気がつく。
 もともとティセはフェザー族で人間ではないのだし、記憶もかけているのだから知らなくても仕方ないだろう。
 教育係のメルフィがそういう知識を与えているとは考え難いし、ましてやルシードが教えるとも思えない。
 考えてみれば最もな話だ。
 さらに首をかしげるティセに、ルーティとフローネは顔を見合わせる。
 やれやれ、とルーティはかぶりをふった。
「あのね、ティセ。今日はバレンタインデーっていうんだよ。
 今日はね、自分の好きな人や、お世話になっている人に、女の子から男の子にチョコレートを贈る日なの」
 ルーティに続けてフローネが優しい口調で続ける。
「それでね、私とルーティちゃんで、先輩とビセット君とゼファーさんにチョコレートケーキを作ることになったのよ」
「普通は売ってるチョコでも良いんだろうけど…ビセットなんか甘いものが大好きだからワクワクしてるのよ。
 どうせすごく食べるんだろうし、私たちが食べられないのもなんだしで、ケーキ作ってみんなで食べるんだったら良いかなって事になったんだ」
 やれやれとルーティは首を大きく振る。
 ゼファーは甘いものは得意ではないが、ルシードとビセットは甘いものが好きな人間だ。特にビセットは特に甘党で、よくルーティやティセとお菓子の取り合いになる事も少なくは無い。そんな彼がこの日を心待ちにしていない訳が無い。
「……売ってるチョコって……板チョコとかマーブルチョコとかですか〜?」
 売っているチョコレートと手作りのケーキの比重が一緒にならず、ティセはきょとんと首をかしげる。勿論、チョコ好きのティセにとってはチョコの方が比重が高いのだが。
「いいえ、違うわよ。ティセちゃんもお買い物に行く時に見ていない?」
「そうそう、可愛くリボンとかついてたり綺麗な包装紙に包まれてたりするの」
 フローネとルーティの説明にティセはこの間の日曜日の出来事を思い出す。
 あの時、チョコを買いに行ったお店には沢山の綺麗なチョコがいっぱい並んでいた。
 ティセはエプロンのポケットに忍ばせてあった綺麗に一つ一つラッピングされたトリュフのチョコを取り出す。
「……もしかして、これですか〜?」
 ティセのポケットから出てきたチョコレートトリュフを見て、ルーティとフローネは驚く。
「なんだ、ティセ、バレンタイン知ってたんじゃない」
「ティセちゃん、そのチョコどうしたの?」
 ティセはその言葉に首を横に振る。
「違いますぅ〜。ばれんたいんの事は今日はじめて知ったんです〜。
 このチョコはご主人様が買ってくれたんですよ〜。一緒には買ってくれませんでしたけど、ティセとっても嬉しかったんです〜♪」
 嬉しそうに語るティセを見て、ルーティとフローネは事の事情が読め、ため息をつく。
「先輩、教えなかったのね……」
「さすがのルシードでも説明し難かったんだね……」
 いつもは言いたい放題で何でもズバズバ言うルシードだが、こればかりは言い出せなかったのも何となく納得がいく。
 この話をすれば、ティセがルシードにチョコを贈ろうとするのは容易に想像がつく。遠まわしに催促しているようなものだ。
 ……もっとも、どうしてもチョコが必要な時にルシードの言葉でもチョコを渡す事を拒んだティセが最終的にチョコを渡せるかどうかは別問題なのだが。
「……あれ〜?もしかしてティセ、ご主人様にチョコ貰っちゃったんですか〜?」
 にこにこしていたティセだが、今までの話の流れを思い出し、顔つきが落ち込んだ表情になる。
 それを見て、ルーティとフローネが慌ててフォローを入れる。
「大丈夫よ、それはルシードが勝手に買ってくれたんだから!喜んでいいのよ!」
「そうよ、ティセちゃん。お礼の意味も込めて私たちと一緒にケーキを作りましょう?」
 二人の優しい言葉に、泣きそうになっていたティセの表情がぱあっと明るくなる。
「はい、ルーティさん、フローネさん、ティセもケーキ作るのお手伝いします〜!
 ご主人様に食べてもらいたいんです〜♪」
 笑顔になったティセの顔を見て、ルーティとフローネは安心して顔を見合わせたのだった。


「やった〜!!チョコケーキだ〜!!」
 いつも元気な声がさらに元気に居間に響く。
 黒髪の少年が、心から嬉しそうな顔で、チョコレートケーキを頬張っていた。
 そのがつがつ食べる様子にルーティが険しい顔をする。
「ちょっと、ビセット!せっかく作ったんだから、もっと味わって食べてよね」
「いいじゃんか〜、美味いから一杯食べたいんだからさ〜」
 ビセットはそういうとまた再びがつがつと食べていく。
 「美味いから」という事は褒めてもらっているので嬉しいのだが、もっと味わって欲しいのも正直な所で、ルーティは複雑な顔をした。
 そんな二人のやり取りを皆はほほえましく見守っている。
 甘いものが苦手なゼファー用にビターチョコで作った甘さ控えめなケーキも、付き合いの良いゼファーと、同じく甘いものが苦手なバーシアにも好評で、甘い方のケーキと合わせて食欲魔人のビセットの快進撃もあり、瞬く間に消えて行った。
「ご主人様、ご主人様」
 目の前でどんどんと消えて行くケーキを眺めながら、自分の分のケーキを頬張っていたルシードを隣に座っている少女がくいくいっと服を引っ張る。
「どうした、ティセ。早く食わねえとなくなっちまうぞ?」
 その言葉にティセはふるふるっと首を振る。
「ちょっと待っててくださいね〜」
 そう言うと、ティセはぱたぱたと台所に消えて行き、少ししてすぐに戻ってきた。
 その手にはお皿の上に、小さな可愛らしいケーキが乗っている。
 小さなスポンジの上にチョコレートや生クリームやフルーツが綺麗に飾られていた。
「これはティセからご主人様へのバレンタインのチョコですぅ〜。食べてください〜」
 そう言ってティセはにっこりと笑った。
 そう言われてルシードは少し驚く。話していなかったし、てっきり知らないものだと思っていたのだが、どこからか情報が入ったらしい。
 ……もっとも、今回の出所は容易に想像がついたのだが。
 ティセからケーキを貰うのは初めてではないが、最初の頃の彼女のケーキはとても酷かった事を思い出すと、今回のケーキを見てその進歩が伺えた。
「ありがとな」
 ルシードは笑顔でケーキを受け取った。素直に嬉しかった。
 そしてティセのケーキを食べようとして、ふと手を止めた。
 隣からの視線に気がついたからだ。
 隣には、とても食べたそうな表情をした少女がじ〜っと見ている。
 そのいかにもティセらしい表情にルシードは苦笑すると、笑顔でティセに声をかけた。
「ティセも食べるか?」
 その言葉にティセはぱあっと瞳を輝かす。まるで懐っこい仔犬のようだ。
「はい〜!ご主人様、大好きです〜!」
 こうして、ブルーフェザーのバレンタインの一日は平和にすぎていったのだった。

 おしまい★

 バレンタインの時にHPにUPしたいな〜と思い続けていたお話です〜♪
 ……どのくらいの方がご存知なのか、そしてルシティセは人気が有るのかどうかすら分からないんですが…ネットサーフィンしていてもなかなか見つからなくて……じゃあ、自分で書いちゃえとかいう発想です(笑)。
 本当は、組曲バージョンも考えているのですが、間に合わなかったのでまたこっちは今度という事で(笑)。
 私は3で一番好きなキャラはビセットなんですが、カップルはこの二人がたまらなく好きなんですよ♪なんていうか…1stで大好きなのが1主人公×メロディなので…自分でも似たような好みだと思いますけど(笑)。1主メロもルシティセも同じくらい大好きなんですが、バレンタインネタは絶対ルシティセで書いてみたくて。組曲バージョンも書きたいです〜v
 なんていうか「好き」な気持ちだけで突っ走ってますが…お付き合い下さりありがとうございましたv
 

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