『真に強い者』 「……嫌い…大嫌い!……ケヴィンなんて大嫌い!!」 引きつった声が晴れ渡った青い空の下に響き渡る。 そのあまりにも酷い私の言葉に金色の瞳と髪を持つ背の高い少年は傷ついた顔をした。 だけど、私はそう言い放つしかなかった。 ケヴィンが酷く憎らしかった。 そして…そんな風にしか思えない自分がもっと嫌いだった。 ことの始まりはパロに戻ってきた時からだと思う。 私はあせっていたのだ。 ナバール兵に占拠されたパロ。 それを見て、私の中に潜んでいた、激しく燃え盛る怒りが心を支配していた。 ライザに会い、話を聞き、あせる思いは募るばかりだった。 早くローラントを取り戻さなければ…その事ばかり考えていた。 今、考えれば私はおかしかったのだろう。 アンジェラとケヴィンが時々、心配と不安の混ざった表情で声をかけてきた。 でも、私は気にも留めなかった。 そんな事ないと思っていた。 自分は冷静だと思っていたのだ。 あるいは、気付かないふりをしていたのかもしれない。 憎しみと怒りしかない…この醜い心の私自身に……。 天かける道は何一つ変わっていなかった。 よく知っている、とは言いがたかったけれど私は先頭を切って走っていた。 ローラント特有の強い風とよく晴れた空。 私の国だという安心感がそこにはあった。 ライザの話を聞いてすぐに私はパロを飛び出していた。 アンジェラが『明日にしないか』と言ったけれど聞き入れなかった。 じっとしていられなかった。 飛び出した私の後をアンジェラとケヴィンが慌てて追っていた。 でも、私は気にしていなかった。 これは私の問題であり、他の2人には関係の無い事だから。 風が冷たくなる。 日が傾いてきていた。 モンスターは良く知っている。そのためか、夜が近づく事に私は不安を覚えなかった。 勝てる。そう信じて疑わなかった。 槍が閃く。 私は、手に力がよりいっそうこもっているのを感じていた。 あせっていた。 早く、早く、もっと早く! みんなに会わなければ…早くローラントを取り戻さなければ! そんな気持ちの募る中で、私はひやっとした空気が背後にあるのを突然感じた。 気付いていなかった。 振り向いたその時、そこには…腐臭を放つ、崩れかけた人間の形をしたものがいた。 ……ゾンビ!! そう思った時にはもう遅かった。 毒の息が私を襲っていた。 全身に痛みが走る。しびれて体の自由が利かない。 最悪な事に、槍を握る手に力が入らなくなる。それでも何とか私は槍を構えた。 間髪を入れずゾンビの鋭い爪が襲いかかる。それを槍で防ぐのが精一杯だった。 こんな事で負ける訳にはいかない。 それなのに、槍で身を護るように構える事だけが…攻撃を防ぐ事だけが精一杯だった。 負けられない、負けられない、なのに、この身体は……!! しびれが酷くなる。そして、手の力が抜けてくのを感じていた。 このままじゃ…槍なんて持てなくなってしまう。 こんなところで……こんなところで……!! 「避けて、リース!」 聞きなれた声が聞こえたと思ったその瞬間、目の前のゾンビが吹っ飛ぶ。そのままたたみかけるようにそれはゾンビを攻撃し、あっという間に倒してしまった。 そう、それは銀色の毛皮を持つ獣人。 「……大丈夫?リース……」 その銀色の獣人はすうっと、金の髪を持つ少年に姿を変え、私にそう心配した顔で声をかけてきた。 「あ、毒、受けてるのか……えっと確か……」 ケヴィンは持っていた袋をゴソゴソとさせ何かを探していた。 「…あった。はい、リース」 彼は見つけ出したプイプイ草を私に笑顔で手渡してくれた。 それを私は黙って受け取る。 私はかけるべき言葉を見つけられず呆然としていた。 いや、違う。言えなかったのだ。なぜなら……私は…… 「ちょっと!ケヴィン!!私の方が弱いんだから、先に行かないでよ!!」 アンジェラが必死の形相で現れた。それを見てケヴィンが気まずそうな顔をする。 「……ごめん、リース危なかったから……」 「そんな事わかってるわよ!! あんた、唯一の男なんだから、しっかり護りなさいよね」 アンジェラの追及にケヴィンが困った表情で必死に対応していた。一方のアンジェラの表情は、今はもう責めるというよりは、からかっているという感じで、その事に気が付かないケヴィンは、ただおたおたとしている。 2人の様子を私はただぼんやりと見ていた。 心がざらつく。 ざらざらする。 嫌になるくらいに…ざらついた心。 混沌とした思い。 原因は分かっている。 だけど認めたくはなかった。 だって、それを認めることは……私の『闇』を認めることになるからだ。 そして何より……私の弱さを認めなければならなくなるからだ……。 「リース、あんた…この所…変よ?」 風の回廊を進む中、アンジェラが声をかけてきた。 私にしか聞こえない、小さな声で。 「……何が?」 私はそ知らぬふりをして答える。 その答えにアンジェラは眉をひそめる。何を言っているのか、といわんばかりの表情で。 「あんたねえ、国を取り戻そうとして大変なのは分かるけど……」 「お願い、それ以上言わないで。今はローラントの事しか考えたくない」 アンジェラの言葉を私は静止する。 分かっていた。自分がおかしいことは。 だけど…認められないのだ。 きっと、それは自分が自分であるために。 私の自我を保つために。 「……分かったわよ。でも、無茶するんじゃないわよ?」 アンジェラの言葉に私は頷く。 別に、無茶をするつもりは無かった。 ローラントを私一人で取り戻せないのは分かっている。 分かっている。 分かっているはずなのに…… 私は胸が苦しくなるのを感じていた。 分かっているのに……何故…… ……何故……こんなに胸が痛むのだろうか……。 それから数時間後、私達はツェンカーと闘っていた。 その空を飛ぶ動きに私達は翻弄されていた。 唯一アンジェラの魔法が確実に当たってはいるけれど、それでは限界がある事は分かっていた。 接近戦が得意なケヴィンには不利な状況。 私の槍はケヴィンより有利だ。 そう、私が頑張るしかないのだ。 だけど、何度も私の槍は空を切る。 当たらない。 当たらない。 当たらない。 何度も空を切るだけだ。 当たらない! 当たらない!! 当たらない……!!! そんな私の目の前で、決定的な事が起きた。 高く飛び上がったケヴィンがツェンカーを蹴り落とす。 それにたたみかけるようにアンジェラの魔法が襲った。 その後を、ケヴィンが流れるように連続技を決める。 そして……そのままツェンカーは動かなくなり…消滅した。 私の中で、何かが壊れた。 何かが音をたてて崩れ去っていった。 ケヴィンが私を見る。 笑顔で彼は私のもとに駆け寄ってきた。 「やった!リース、これでジン、大丈夫」 満面の笑顔。 その笑顔に私はうつむく。 「……嫌い」 私のその言葉に彼は驚いた表情をする。 「……嫌い……嫌い……!!」 私の言葉は続く。 「……嫌い…大嫌い!……ケヴィンなんて大嫌い!!」 引きつった声が晴れ渡った青い空の下に響き渡る。 そのあまりにも酷い私の言葉に金色の瞳と髪を持つ背の高い少年は傷ついた顔をした。 私は、その顔にハッと我に返る。 もう、そこにはいられなかった。 走り出す。 必死で走った。 どこか遠くへ行ってしまいたかった。 走った。 走った。 走った。 何て事なんだろう。 私は何て事を考えていたんだろう。 何故? 知っている。 分かっている。 私は……私は……!! 突然、目の前に懐かしい景色が広がる。 昔から大好きだった…見晴らしの良い…私のお気に入りの場所。 ここへ来るつもりなんて無かったのに…何故来てしまったのだろう。 見下ろすとパロが見える。 天かける道もよく見える。 いつもここから眺めていた。 よく知っているつもりだった。 私はローラントの王女だから、ローラントの事を知っていて当然だと。 私はアマゾネスのリーダーだから強くて当然だと。 ……だけど…… だけど……違ったのだ。 私は熱いものがこみあげてくるのが分かった。 涙が頬を伝う。 ……何て事なんだろう。 実際は……ゾンビがいることを知らなかった。 当然だ。 夜はいつも城にいたのだから。 強いつもりでいた。 だけど本当は、これっぽっちも強くなんてないのだ。 私はあまりにも護られていたのだ。 護られた世界で、分かっていたつもりだったのだ。 強いつもりだったのだ。 ……本当は少しだけ気付いていた。 ケヴィンが私より強いと分かった時から。 いつも心のどこかで思っていた。 もし、私がケヴィンのように強かったら……ローラントを護れたのではないかと。 お父様を…エリオットを失う事なんてなかったのではないかと。 そう思うたびに…心がざわめいた。ざらついた。 ……私は嫉妬していたのだ。 ケヴィンの強さに。 ねたましかったのだ。 あの……あまりにも強い獣人の力に。 そして……この醜い気持ちが……私の酷い言葉が……彼をきっと傷つけただろう。 ケヴィンの事は好きだと思う。 でも……確かに……嫉妬する気持ちもあったのだ。 彼はいつも心配してくれたのに。 助けてくれたのに。 私はお礼さえ言わなかった。 嫌いだと言い放った。 涙が止まらない。 本当に何ていう事をしてしまったのだろう。 ケヴィンを傷つけてしまった。 激しい後悔が今ごろになって襲ってくる。 どう謝ったらいいのだろう。 許してなんて……もらえないだろう。 なんとか涙をぬぐう。 泣いていたって仕方ないのだ。 まずは、戻ろう。ここにいても仕方が無いのだから。 「リース!……良かった!見つけた!」 突然、背後から声がする。 私は驚いて振り返る。 そこには、ほっとした顔をした金の髪の少年が荒れる呼吸を整えながらたたずんでいた。 「ケヴィン?!」 私は驚いて言葉を失う。 そんな私にケヴィンはにこっと笑った。 「アンジェラに追いかけろって、言われた。 ……リース、オイラの事嫌いみたいだから……オイラよりアンジェラがいいと思ったんだけど……オイラじゃなきゃ駄目だって。 ……やっぱり……オイラが来て……リース……嫌?」 ケヴィンがとても困った表情になる。 私は慌ててブンブンと首を横に振る。 「いいえ! 私のほうが謝らなくてはいけないわ。 ……ごめんなさい……。 ケヴィンの事、嫌いなわけじゃないの……」 私はケヴィンに頭を下げる。 許してもらいたいなんて考えられなかった。 ……とにかく、謝りたかった。 ただ、それだけだった。 「な、何で、リース、謝る? オイラが悪い事したから、リース、嫌だったんでしょう?」 慌ててケヴィンが答える。 ケヴィンは自分に非があったと思っているみたいだった。 ……傷つけたのは私なのに……それなのに何故……。 何故……彼はこんなにも優しいのだろうか。 私の中で合点がいく。 ああ、そうか。 彼は……だから強いのだ。 彼は……私よりずっとずっと強いのだ。 力だけではなく、その心も。 私は……自分の事でいっぱいいっぱいになってしまう。 周りが見えなくなってしまう。 だけど、彼は私よりもっと辛い思いをしているのに、気付けばいつも誰かを気遣っている。 優しく微笑んでくれる。 私やアンジェラが悲しみにくれないように。 自分は涙一つ見せないで。 ああ、だから……。 だから私は……あなたに嫉妬したのだ。 自嘲気味に笑う。 自分の独りよがりに笑ってしまう。 この、目の前にいる少年は何て強い人なのだろう。 羨ましく感じてしまう。 だけど、この気持ちはもう……嫉妬なんかではない。 憧れているのだ。 この金の髪の少年に。 「……私ね、ケヴィンが羨ましかったの。 ケヴィンって、とても強いでしょう?」 私は微笑みながら言う。 口に出して自分でも驚いてしまう、穏やかな声。 さっきまでの自分とは違っていた。 穏やかな気持ちになっていた。 ケヴィンは私の言葉に驚いた表情を浮かべる。 そして照れくさそうに頭をかいた。 「……そんなこと、ない。 ……オイラ、リースの方が強いと思う。 オイラも、一応、ビーストキングダムの後継者。 ……だけど……オイラ、今まで国の事なんて、考えた事、なかった。 リース、一生懸命、国の事、考えてる。 すっごく頑張ってる。 ……オイラ、すごいと思う。強いと思うよ」 うつむきがちに……照れくさそうに……言葉を考えながらケヴィンは話してくれた。 私は……その言葉に胸を打たれた。 私の行動はケヴィンに、そう映っていたのかと。 そう思うと胸が締め付けられる気がした。 痛いけれど、決して辛くは無い……そんな痛み。 ケヴィンはニパッと元気に笑う。 「だから、オイラも、リース見習わなきゃって思った。 オイラ、頑張るよ」 そう言うと彼は空を見上げた。 その瞳に映っているのは……きっと空ではなく……彼の故郷、ビーストキングダム。 その強く、たくましい表情に私はドキッとなる。 大人びた、強い表情。 彼の作り上げる未来の王国は一体どんなものなのだろうか。 「だから、まずは、ローラント、一緒に取り戻そう?」 ケヴィンはにっこりと満面の笑顔を浮かべる。 私は、笑顔で頷く。 大丈夫だと安心できる笑顔だった。 そう、ローラントは取り戻せる。 私だけじゃないのだから。 ライザが、臣下が国民がいる。 アンジェラがいる。 そしてケヴィンがいる。 だから、大丈夫。 優しい風が吹く。 ローラントの優しい風。 その風に包まれながら、私は思った。 この優しく、人をいたわれる少年の未来の姿を。 彼の作る王国を見てみたいと、そう思った。 心からそう思ったのだ。 彼なら、きっと素晴らしい国王になるにちがいなかったから。 END リースの弱さと、ケヴィンの強さがテーマでした。 |