『SNOW FLOWER』 可愛らしいピンクと紫で彩られた封筒がケヴィンの元に届いたのは、聖剣を巡る戦いが終わって半年ほど経ったある日の事だった。 父親である獣人王とも和解し、少しずつ新たな親子であり師弟のような関係は築かれ、ケヴィンも旅を共にした二人の王女の影響も受けてビーストキングダムの第一王位継承者としての日々を送っていた。城の使用人から手紙を渡されてケヴィンは封筒を裏返す。 封筒の裏には綺麗な女性らしい文字が並んでいる。その人物の名前を見てケヴィンの顔は輝いた。 アンジェラ。 そう書かれている。もう別れてから随分の時間が経つ。その懐かしい名前にケヴィンの心は踊った。 何だろう。何を書いてきたんだろう。弾む心で封を切り、中の手紙を広げる。 『ケヴィン、お久しぶり。元気にしていた?ちゃんとお父様とは仲良くやってる? あなた、しっかりはしているんだけど、ちょっとおっとりしすぎているから心配なのよね。ちゃんと王子様らしくできているのかしら? なんてね。お説教するために手紙を書いたんじゃないのよ。 今度ね、私の誕生日のパーティを開くことになったの。折角だからあなたやリースも招待して久々の再会といかない?どう、なかなかの名案でしょう? 日時は次のマナの祝日。遅れないでね? あなたの親愛なる王女様、アンジェラより』 その手紙を読み終えて、ケヴィンはふふっと笑う。まるで、アンジェラがここにいて話しているみたいだとケヴィンは思った。 そうか、アンジェラの誕生日なのか。久々にアンジェラやリースに会えるのだ。贈り物は何がいいかな。ケヴィンの脳裏に次々と楽しいことが浮かぶ。 だが、はたと気がついた。 日時は次のマナの祝日……。本日はルナの曜日。 ……普通に船で行ったら間に合わない……! なんでアンジェラはこんなギリギリに送ってきたのだろう。らしいといえばらしいけれど、さすがにケヴィンも焦る。 船では間に合わない。多分、ブースカブーでも同じようなものだ。フラミーはリースに預けてしまっているし……誕生日プレゼントもまだ考えてない!! 「あわわわわわ、ど、どうしよう」 ケヴィンはわたわたとあっちにいったりこっちに行ったりを繰りかえす。こんなことをしてもなんの解決にもならないのは百も承知だが、こんな事しか出来ない。 これはもう遅れるのは仕方が無い。せめて早急にプレゼントを用意して出かけないと。出かけるなら、まず獣人王に声をかけていかないと駄目だ。 ここまでやっと考えが辿り着くと、ケヴィンは慌てて獣人王の部屋へと向かっていったのだった。 「ほう、例の旅の友達の誕生日会か。アルテナの王女だし……国交を考えても断る理由はあるまい。出かけてくるがいい」 ケヴィンの外出願いに獣人王は優しい目で許可を出す。こういって父に自分の行動をちゃんと報告するようになってきたのも、彼の王子としての自覚が出てきた証であるので嬉しく思えた。 「それで何を贈る?いつあるのだ?」 その問いにケヴィンはひきつる。答え難い問いではあるが答えなければならないだろう。 「そ…それが次のマナの祝日で……オイラ、まだ誕生日プレゼントも考えて無くって……」 ケヴィンはしゅんと頭と耳を下げる。間に合わないし、まだ決まってもいない。許可を貰ったところで問題は山積みなのだ。 だが、獣人王は顔色一つ変えない。 「それなら、鳥達を使えば良い。空から行けば早いだろう。 贈り物も、相手がアルテナの人ならば、我が国の花や果物は珍しいだろうからそれを贈るのも悪くないだろうな。それでも構わないなら手配するぞ?」 その言葉にケヴィンは顔を上げる。 そうだ、自分は使わなかったから気がつかなかったが、この国には空を飛ぶ乗り物があるのだ。 それに……そういえばアンジェラはこの国に来た時、何でも珍しがっていたのを思い出す。 「そっか、じゃあ、オイラ、アンジェラが喜びそうなもの探してくる! 鳥の手配だけ、お願いできるか?」 父親が与えてくれた光明にケヴィンはキラキラとした顔で答える。獣人王がそれに優しくうなずいた。 ケヴィンは満面の笑みになると、城下へと飛び出していったのだった。 空はよく澄み切っていって綺麗だった。 このビーストキングダムの鳥達も頑張ってくれるので、スピードも速い。これなら、ノー無の曜日にはアルテナに辿り着いて、少なくともマナの祝日にはアンジェラの居るアルテナ城へと辿り着けるに違いない。 用意した誕生日プレゼントは綺麗にラッピングされてケヴィンの背中にある。それを見てケヴィンは微笑んだ。 アンジェラが気に入ってくれると良いな。 聖剣を巡る旅ではケヴィンはいつもアンジェラやリースに面倒を見てもらっていた気がする。その少しでもお返しになればと思った。 それにしてもフラミーとはまた違う景色だった。フラミーは大きいから見えるのはほとんど空ばかりだったが、鳥を使って飛ぶとなると足元が見える。こんな旅もあるのだと、今更ながらに思った。 フラミーは元気にしているのかな。 そんな事をぼんやりと思いながら空を見ていると……向こうから何かが近づいてくるのが見えた。 最初は小さな点だったが、だんだん大きくなる。淡いクリーム色の巨体と大きな翼……。あれは見覚えがある。 「フラミー!」 それがフラミーだと気がついて、ケヴィンは何故こちらに向かっているのかという事に思考が移った。フラミーはリースが風の太鼓を持っているはず。じゃあ、もしかしたらあのフラミーには……。 近寄ってくるフラミーのさらに上空へとケヴィンは鳥達に飛んでもらう。 そう、そこには……。 「ケヴィン?やっぱりケヴィンなの?」 少し驚いた顔で、フラミーの上に乗っている少女は彼の顔を見た。 長い金色の髪。すらっとした身体。凛々しく、誇り高い表情。 「ああ、やっぱりリースだ!久しぶり!」 嬉しそうに答えるケヴィンに対してリースは驚いた表情のままだ。まだ、状況をちゃんと把握できていないらしい。 「私、フラミーでケヴィンを迎えに行こうと思ってたの! そうしたら誰かが鳥に捕まって飛んでるから……そうしたらその……」 「うん、父さんが用意してくれたんだ! じゃあ、どっちが先にアルテナにつけるか競争だね!」 そう笑うとケヴィンは再び進路を変えてフラミーと並走するように飛び去っていった。 「あ……」 一緒に行かない? そう言おうと思ってきていたリースは状況が状況だけにその言葉を言い損ねてしまった。 今からフラミーに乗らないかといっても、鳥達に悪いからとケヴィンは承諾しないだろうということは想像できる話だ。 まさか、空を飛んでいるなんて。 ブースカブーに乗っているかもしれないと海には目を見張っていたけれど、フラミーがケヴィンに気がつかなかったら見落としていたかもしれなかった。 空を飛ぶ技術などはローラントには無いのだが、鳥を使って飛ぶというのがいかにもビーストキングダムらしい。文化の違いを思い知った気がした。 向こうを飛んでいるケヴィンを見て、リースは微笑む。 それでも……それでも久しぶりに会えたのだ。懐かしさと嬉しさがこみ上げてくる。 一緒に行けなかったのは少し残念だけれど……それだけで十分な気持ちになった。 「きゃ〜、いらっしゃい!二人とも久しぶり!!」 夜にアルテナ城に舞い降りた二人を待ちかねたように、アンジェラは迎えてくれた。 久しぶりのアルテナ城は以前の冷たい雰囲気ではなく、神々しい城へと変貌していた。理の女王が我を取り戻したことと、その跡継ぎであるアンジェラが立派な魔法使いとして帰還した事が国に活力を取り戻させているようだった。 迎えてくれたアンジェラは相変わらず綺麗な紫色の長い髪をなびかせ、綺麗なドレスを着ている姿はより一層、彼女の高貴さを高めているようだった。本当に一国の王女といった雰囲気に、ケヴィンは赤くなり、リースはため息をつく。実際歳はそれなりに離れているから、その差がより引き立ったといったところだろうか。 そんな可愛い弟分と妹分の姿を見てアンジェラはにっこりと笑った。 「さすが、二人とも急な呼び出しでも早いわね〜!お姉さんとしては嬉しい限りよ!」 そう言うとアンジェラはくるっと二人の後ろに回って背中を押した。 「じゃあ、今夜はゆっくり休むと良いわ。ちゃんと部屋は用意してあるから」 「あ、で、でも、明日の準備とかあるなら手伝う」 「そ、そうよ。今日は準備で忙しいんでしょう?」 後ろからずいずい押してくるアンジェラにケヴィンとリースは明日の事を思って言った。扱いはお客様かもしれないが、自分達はアンジェラの友達だ。何か手伝えればと思ったのだ。 だが、アンジェラはそんな二人の顔を見て、にんまりと笑う。まるでいたずらが上手くいった時の子供みたいな顔だ。大人っぽくお姉さん格であるアンジェラだが、時々彼女はこういった子供っぽい一面を見せる。 「ふっふっふ、甘いわね二人とも!一国の王女ともあろう人があんな急な案内状なんて出すわけ無いじゃない! 正しくは次の次のマナの祝日。早くあんた達の顔が見たかったのよ。だから、あんな書き方した訳。ひっかかってくれて良かったわ〜!」 ころころと笑いながらアンジェラはおなかを抱えている。余程、上手くいったのが嬉しかったらしい。だが、そういわれた方の人達は呆然とするばかりだ。 「え?え?違うの?」 「だ……騙したの?!」 やっと状況に気がついた二人はどうしていいのか分からず困惑する。そんな二人に優しい声が降って来た。 「大丈夫ですよ。一日遅れ……つまり今日届いている手紙に事の次第を書いてお二人のお城へと送っていますから。『20歳になり成人されるアンジェラ様の最後の我儘をご容赦下さい』そう届けていますから、ご安心下さい」 そう言って現れたのはアンジェラの世話役を務めているヴィクターだった。その話し振りからアンジェラの我儘にはもう慣れきっているといった感じで、仕方がないなという顔で笑っている。 「我儘で悪かったわね!それに最後じゃないわよ、最後じゃ!」 「そうなんですか?そろそろ落ち着いていただきたいんですけどね」 ヴィクターの言葉にアンジェラは不満げに文句を言うが、相手のほうはすっかり扱いに慣れたものだ。まるでのれんに腕押しのような印象がある。アンジェラはぷうと頬を膨らましてから、くるりとケヴィン達の方に笑顔で向き直る。 「まあ、そういう訳だから、しばらくアルテナでゆっくりしていってよ。観光もまかせて!隅から隅まで案内しちゃうわ!」 そう言うとアンジェラはリースの背中をずずいっと押す。 「じゃあ、リースの部屋には私が案内するから、ケヴィンはヴィクター、宜しくね」 そう言うとアンジェラは「え?え?」とまだ戸惑うリースの背中をずいずい押していった。そんな二人をケヴィンはケヴィンでまだ状況がよく分からないまま見送る。 「それじゃあ、私達も行きましょうか?」 ふわっとヴィクターが微笑む。その笑顔にケヴィンはこくりと頷いた。何だかアンジェラがこの人に対して子供っぽくも甘えたような感じになる理由が分かる気がした。雰囲気が優しくて親しみが持てるからだろう。 階段を上がり、廊下を進む。ビーストキングダムとはまた違った装飾が施された城にケヴィンは目を奪われ、たまにふらふらとして転びそうになるのを何度かヴィクターに支えてもらった。そんな事をしながら進むうちに、ヴィクターはある部屋の前に立つと、そこの扉を開けて明かりを灯す。 「こちらがケヴィン様のお部屋になります。何かありましたらいつでも呼んで下さいね」 中に入ってケヴィンはため息をついた。 綺麗な刺繍が施された絨毯。壁は真っ白で柱は妖精を象った飾りがついている。ベッドも大きくてふわふわの布団がしかれ、窓は見事な飾り縁と赤い厚手のカーテンが下がっていた。窓の外は真っ暗で何も見えない。 「それじゃあ、私はこれで。おやすみなさいませ」 「あ、待って!」 去っていこうとするヴィクターの袖をケヴィンは引いた。 「あ、あの、聞きたいことが……!」 「はい、なんでしょう?」 突然のケヴィンの質問に、ヴィクターは動じることもなく笑顔で答える。その笑顔にケヴィンはほっとしたものの、次の言葉が上手く出てこない。 「あ、あの……えっと、その……」 「大丈夫ですから、落ち着いて、ゆっくり言ってください」 優しくヴィクターにそう言われて、ケヴィンは一度言葉を切り、俯いてから再び顔を上げた。 「あ、あの、雪……」 「雪?」 「その……雪、ここに来るまでいっぱい降ってた。けど、ここだとその……」 「どうしてアルテナでは雪が降っていないか、ですか?」 「う、うん!」 なんとかしてケヴィンが紡いだ言葉をヴィクターが繋いでくれる。その言葉にケヴィンは頷いた。 ヴィクターはその問いに慣れているのか、笑顔のまま答える。 「ここは理の女王様のお力により雪や寒さから護られているのです。だからアルテナは本来年中雪の国ですが、ここアルテナの都市だけは常春の暖かさが保たれているのです。だからこそ、この国は発展してこれたとも言えますね」 その言葉を聞いて、ケヴィンは昔アンジェラが雪や寒さの辛さを語ってくれたのを思い出した。彼女はアルテナ育ちなので、旅立ちに繋がる一件で、初めて外の寒さと環境を知ったのだという。そして母親の凄さを改めて思い知ったと言っていた。 確かにアルテナの上空に入ってからは吹雪いて辛かったが、城が見えると急にやんで温かくなったのだ。アンジェラの魔法も凄いと思ったが、その母親はもっと凄いのだとケヴィンは思った。 でも、ケヴィンはビーストキングダムの出身だ。雪はとにかく珍しい。それが見れないのは残念かもしれないと思ってから、すぐにその考えはこの国の人に失礼だと思った。 「……あの、オイラはその……雪、凄く珍しくて……もうちょっとだけ見たかったかなって思っただけなんだ」 安易な気持ちで聞いてしまった自分が恥ずかしくなって、ケヴィンは俯いてしまう。だが、ヴィクターはそんなケヴィンの手をくいっと引いた。 突然、手を引かれてケヴィンは慌ててヴィクターの顔を見た。彼は優しい笑顔をしていた。 「ケヴィン様、いいものをお見せしますよ」 「で、どうだった?」 部屋に辿り着いてからのアンジェラの第一声はそれだった。楽しそうな顔で聞いてくるアンジェラにリースは戸惑う。 「ど、どうって?」 リースの反応にアンジェラは肩をすくめると近くまで歩み寄り、人差し指でリースの鼻をちょんとつついた。 「だから、あんたとケヴィン!一緒に来たってことは二人でここまで来たんでしょう?」 「え……?えっと……」 「あんたがね、風の太鼓持ってるって言うからさ、こうやって急に呼び出せばあんたの事だからケヴィンを迎えにいってやるんじゃないかな〜と思って!こう、二人っきりにしてあげるチャンスを作ってあげたって訳!」 得意げに話すアンジェラにリースはびっくりする。 「え?ま、まさかこの急な呼び出しってそんな意図まであったの?!」 「そうよ、御姉様に感謝しなさいな。ふふ、久々の再会だったんでしょ〜、何話したの?」 さあ、隠さずに話しなさいよといった顔のアンジェラにリースはどう話そうか悩んでしまった。 確かにアンジェラの推測どおりにリースは行動したし、ケヴィンと会えるのも楽しみだった。しかし……そこから先の状況は違っていたのだ。 「それがね……、迎えに行こうとしたんだけど……ケヴィン、ビーストキングダムの鳥に乗ってアルテナに向かってて……」 その言葉を聞いてアンジェラは顔をしかめる。ケヴィンが鳥に乗っているというのは予定に入っていない行動だった。 「……もしかして、一緒にはやって来たけど、まだほとんど話してないってオチ?」 「う……うん」 「……は〜〜〜〜〜っ、私が折角お膳立てしたっていうのに……」 アンジェラはがく〜っと肩を落とす。折角の企みが失敗してがっくりとしてしまった。 お膳立てくらいしてあげれば、時間も経ったし、ケヴィンもちょっとは大人になっているだろうし、少しくらいは進展するのかと思ったのだが、第一弾は失敗に終わったようだ。 「で……でも、そんな風に気をまわしてくれなくても……」 本来なら企てた人よりがっかりしないといけないのだろうが、アンジェラの余りの落胆ぶりにリースがおどおどと声をかける。その言葉を聞いてアンジェラはきっとリースの顔を見た。 「あんたね、私の目が節穴だと思う?」 「え?」 「前々からおかしいな〜とは思ってたのよ。あんたってば、ケヴィンに対して突っかかってみたり、甘やかしてみたり、過保護になってみたり……。そこで私は一つの結論に辿り着いたって訳」 そう言うとアンジェラはびしっとリースに指を突きつける。 「あんた、ケヴィンの事が好きなんでしょう?」 「ええ、好きよ」 ぱっと即答するリースにアンジェラはがく〜っと肩を落とす。これは話を持っていくには骨が折れそうだ。何とか気を持ち直し、アンジェラは続ける。 「そうじゃなくって、恋してるって事!」 「え?ええ?!」 そうアンジェラに宣言されて、先程の言葉の意味が分かったリースは真っ赤になる。わたわたと慌てて両手を頬に当てた。 「え?え? そ、そりゃあ、私……今日ケヴィンはどうしてるのかなとか、思い切って会いに行っちゃおうかなとか、空を見てはこの空をケヴィンも見てたりするのかなとか、星を見てたりするのかなとか、この花ケヴィンが好きかもしれないなとか、あの料理を作ってあげたら喜んでくれるかなとか思ったりとかするけれど……」 「……それだけ思ってれば十分よ」 リースの言葉にアンジェラは呆れた顔をする。ここまで自覚が無いのは天然なのか、わざとなのかとしか思えない。 「ねえ、あんた本当に自覚無いの?それともなかなか会えないからって気がつかないふりしてるの?」 その言葉にリースはすぐには答えられなかった。 ケヴィンとアンジェラとの旅は色んな事があった。 そこでリースは色々な事を知った。世界はとても広い事、いろいろな人がいるのだという事、そして自分よりも強い人達が沢山いるのだという事。 責任と義務感と弟を助けたい一心だったリースはよく周りが見えない事が沢山あった。憎しみに心を支配されてしまう事も何度もあった。その度に止めてくれたのがケヴィンとアンジェラだった。 そして……自分よりもずっと強い力と心の広さを持っているケヴィンが羨ましかった事もあった。妬ましかった事もあった。 リースの中で、彼の笑顔も言葉も行動も……全てが意味を持っていた。 ……色んな欠けている事を教えてくれた人だった。 彼の存在が自分の中でどれほど大切なのか……それは一番良く知っている。 だけど、それにちゃんと向き合わなかったのはアンジェラが言った通りなのかもしれない。自分の傍に繋ぎとめられないから……そんな気持ちごとしまってしまおうとしているだけなのかもしれない。 「……うん、そうね。私、ケヴィンの事、好きよ。アンジェラの言うとおり、ちゃんと向き合おうとしてないだけかもしれないわね。だって、これは私の我儘なんだもの」 「我儘でも何でもいいじゃない」 リースの言葉にアンジェラがきっぱりと言い放つ。 「あんたがケヴィンの事を好きだって気持ちだけ伝えても良いんじゃない?その後はその後よ。でも、知ってもらいたいとは思わない?」 行動派のアンジェラらしい言葉だった。その言葉にリースはごくっと息を呑む。 確かに伝えなければ始まらないし、知っていて欲しい思いもある。 たとえ彼に本意が伝わらなくても好きだという気持ちだけは伝えたい、そう思った。 「……そうね、そうかもしれないわ」 アンジェラがニッと笑う。 「な〜んてね。ハッパかけといてこういうのも何だけど、私もそんな感じなのよ。好きな人はいるけど、いつまでも子ども扱い。どっかで変えたいって思いと変えたくないって思いがあって悩んでたけど最近そう思うようになったのよ。だから、あんたの気持ちよく分かるわ」 アンジェラはリースの肩に手を置いた。その手の温かさから彼女の思いが感じられるようだった。 「だから、私達……後悔しない様にしましょう?」 「ええ、アンジェラ」 アンジェラの笑顔にリースも笑顔で応えた。 それから少し女の子同士話しで盛り上がってから、アンジェラはリースの部屋を後にした。自分の部屋へと向かう途中で向こうから歩いてくる人物に気がつき歩みを止める。 「あら、ヴィクター?どうしたの?」 確か彼にはケヴィンを送っていってもらったはずだし、ケヴィンの部屋はヴィクターがやってきた方向とは違うので不思議に思う。もっとも時間が経っているので、とっくに別れて自分の事をしているだけなのかもしれないのだが、おしゃべりに夢中になっていたアンジェラは時間の感覚が少しずれていた。 「いえ、ケヴィン様を屋上にお連れしたんですよ。でも、まだもうしばらく居たいとおっしゃられて、先に休むようにとのことでしたので……お言葉に甘えて休ませていただこうかと」 「屋上?何をしに?」 アンジェラはますます話が分からなくなる。そんな彼女にヴィクターは優しい調子で続けた。 「雪が見たいとおっしゃられたので。屋上でしたら雪が舞う姿だけは見る事が出来ますから」 「雪?どうしてまた?」 「ケヴィン様はビーストキングダムのご出身でしょう?雪が珍しいそうですよ」 自分としては特別見たいと思わない雪を見たいというケヴィンが理解できなかったアンジェラだったが、ヴィクターの言葉でその理由に納得する。 確かにあの熱帯のような世界では雪は珍しいに違いない。アンジェラからすればあの暑さがたまらないのだけれども。 「アンジェラ様もこれからお休みですか?あまり夜更かしはなさらないようにしてくださいね」 まるで小さな子供に言い聞かせるように言うのでアンジェラは不服そうな顔になる。 「だから、いつまでも子供じゃないって言ってるじゃない!」 「はいはい、分かりましたよ。お休みなさいませ」 そう言ってヴィクターは笑ってかわし、アンジェラに一礼をすると自分の部屋へと向かっていった。そんな彼の後姿をアンジェラは腕を組みながら見送る。 ……本当にいつまでも小さな子供だと思ってるんだから。 魔法が使えるようになればちょっとは見直してもらえるのかと思っていたが、どうもそれは関係なかったらしい。 ケヴィンはケヴィンで理解してくれるかどうかが怪しいが、こちらもこちらでのれんに腕押しだ。 そう思ってアンジェラはハッと気がつく。ケヴィンは今、屋上で雪に夢中になっているのだから……。 「これはチャンスじゃないの!」 そう叫ぶとアンジェラは再びリースの部屋へと駆けて行った。 雪の結晶は色んな形をしていて花みたいなんですよ。 ヴィクターが貸してくれた雪の本を広げ、ケヴィンは空を眺めていた。 ふわふわと舞い落ちる雪。こちらには届く事が無く、雪自体も小さくしか見えないが舞い降りてくるその姿は幻想的で美しかった。 普通だったら、もう寒くてじっとなんて見ていられないけれど、アルテナの魔法のおかげでこうやって雪だけ楽しむ事が出来るのだ。魔法というのは不思議なものだとケヴィンは思った。自分が操れる魔法なんてちょっとだから、彼にとってアンジェラの魔法は不思議の世界だった。そしてこのアルテナもまた不思議の世界だった。 アルテナの人はみんな不思議の国の人達みたいだ。ケヴィンはそんな事を思った。 ふわふわと舞い落ちる雪を見ていると飽きない。むしろ空へと吸い込まれそうな気持ちになる。手を伸ばせば掴めるんじゃないかという錯覚が起きて、身体が浮きそうな感覚に陥った。 「ケヴィン?」 夢の世界に入りかけていたケヴィンは、聞きなれた声で現実に帰ってくる。そこにはリースが立っていた。 「リース!リースも雪を見に来たの?」 ケヴィンの無邪気な笑顔にリースもつられて笑う。この笑顔は半年経っても変わらないのだとリースは思った。 「うん、そんな感じかな」 まさかアンジェラに引っ張られてきたとはとてもじゃないけれど言えない。リースはケヴィンの傍に近寄ると腰を下ろした。 隣のケヴィンはまた空を見上げている。それにつられてリースも視線を上に上げた。 「……綺麗」 思わずため息が出る。暖かい気温の中、ある一定まで雪がふわりふわりと舞っていた。決して舞い落ちる事の無い雪は儚く消えていく。それがより幻想的な世界を作り上げていた。 「リースは雪、珍しい?」 ケヴィンが空を眺めながら尋ねてくる。その言葉にリースは首を横に振った。 「いいえ、ローラントは高原だから冬が巡ってくれば雪が降るわ。勿論アルテナみたいに沢山降ったりはしないけれどね。でも……こんな風景は見た事無いわ」 そう、リースはあまり雪が珍しくは無い。冬の高山はアルテナほどではないものの、雪も積もるし気温も低い。雪が降ってしまうとなかなか溶けないので、どちらかというと苦労させられているものだ。 「そっか。オイラは、雪そのものが珍しいから……」 「じゃあ、今度はローラントの雪も見に来る?」 自然にそんな誘い文句が出てきて、リースは言ってから自分で驚く。先程、アンジェラにけしかけられたからだろうか? だが、そんなリースの気持ちを知ってか知らずかケヴィンは嬉しそうな顔をした。 「うん!見たい!オイラ、見に行ってもいいのかな?」 無邪気に笑うケヴィンにリースは微笑む。短いようで長い半年だった。半年でも離れていれば人は変わっていくだろう。だけど、この感じは以前と変わらないまま。それが何より嬉しかった。 「ええ、冬になったら……」 いつでも来て。そう言おうと思ってリースは言葉を止めた。 折角アンジェラが気を利かせてくれたのだ。わざわざ、気持ちを確かめてくれたのだ。だったら……少しだけ積極的に出てみても良いかもしれない。 「冬になったら……雪の季節になったら迎えに行くわ」 それは少しだけ前に出て……確かな意味を持つ言葉。 「うん、ありがとう。オイラ、楽しみにしてる!」 ケヴィンは満面の笑みで微笑む。その笑顔にリースは胸が一杯になった。 ずっと会いたかった。この笑顔が見たかった。それが今、現実になっている。それがどれほど嬉しい事かリースは改めて分かった。 ケヴィンは膝を抱えて、その上に頭を乗せると照れくさそうにリースの方を見た。 「えへへ、なんか不思議な感じ」 「どうして?」 そう問われて、ケヴィンはまた照れた顔で笑った。 「なんかアルテナって雪があったりして不思議。夢の世界みたい。 リースがここに居るのも不思議。なんか夢見てるみたい。もう随分会ってなかったから……」 ケヴィンは顔を上げて空を見上げる。 「……なんかね、凄く素敵な夢を見てるみたいなんだ。 明日、目を覚ましたら、雪も、アンジェラも、リースも、みんな無くなっちゃう様な気がして眠れない」 えへへとケヴィンは笑う。 「無くなっちゃったらヤダなって」 リースはその言葉にどきっとする。確かに夢みたいだ。アンジェラの紹介状を受け取って、慌てて飛び出して。ケヴィンを迎えに行かないといけないと思って向かえば彼は別の手段で空を飛んでいて。 先程までしていたアンジェラとの会話もまるで夢の中みたいだし、こうしてケヴィンと一緒に雪を見ながら話しているのも夢みたいだった。 本当に全部夢? じゃあ、先程した約束も? ケヴィンを迎えに行くという約束も夢? リースは首を振る。そんな訳は無い。これは確かに現実なのだ。彼はそこにいて、一緒に雪を見ているのだから。 リースは膝を抱えているケヴィンの腕に自分の手のひらを当てた。重なった皮膚からお互いの体温が伝わってくる。 「ほら、ケヴィン、私はここに居るでしょう?」 そう言われてケヴィンはまだどこか夢見がちな顔で頷く。 「ね、温かいでしょう?これは本当だって証拠なの。 今、私達はアルテナに居て、雪を一緒に見てお話してるの。 夢見たいだけど、全部本当の事。目が覚めても変わらないわ」 リースの話をケヴィンは神妙な顔をして聞いていたが、やがてゆっくり頷くと笑顔になった。 「うん、リースが本当だって言うなら……本当。 オイラ達、ちゃんとここに居るんだよね」 「ええ、そうよ」 リースは頷いてケヴィンと顔を合わせて笑いあった。 そう、ここに居るのだ。今、確かに。 だから今はこの時間を大切にしよう。 アンジェラが用意してくれた、私達へのプレゼント。この時間を有意義に過ごせるように。 雪は、幻想的なほど美しく、アルテナの夜に華を添え、華麗に舞い降りたのだった。 おしまい。 お久しぶりのリースvケヴィンです。今までの話の続きみたいな感じですね。 そして……ここで終わりです(^^;。なんか続きそうです。続くかもしれません。 とりあえず再会話が書きたかったのと、アンジェラにはっぱかけられるリースが書いてみたかったのと…そんな感じですね。リーケヴィだけじゃなく、アンジェラvヴィクターも書けそうです(笑)。 そして、プレゼントもまだ渡してないですしね!!うわ、すごい続きそう(^^;。 ……そのうち、続きを書いてみましょうか。いつになるか分かりませんが。 でも、本当に彼等を書くのが久しぶりで……楽しい反面、これでよかったっけ?というのもかなり(^^; そしてケヴィンがリースの事をどう思ってるのか全然分からない素晴らしさ。 でも、この続き書く前に……「真に強いもの」の続き書きたいかも(^^;。ああ、でもアンジェラvヴィクターはやりたいかも……!まだ一度もメインで書いてない!! と野望だけ燃やしておきます(^^;。こちらのロイヤルパーティも好きですが、もう一つのパーティも書きたい話がいろいろありまして(^^; ぼちぼち書いていきたいと思います。 っていうか、本当に続きそうですいません(^^;。結構、これ自体も長いんですけどね……。 |