|
「ん〜！終わった、終わった！」 アンジェラがぐーっと背伸びをする。その表情は晴れ晴れとしていた。 そんなアンジェラを見てリースはクスッと笑う。リースもアンジェラと同じ気持ちだった。そう…それは安堵感に近いものがあった。 ここは一面の花の森、白い花の咲き乱れる、不思議な森…ランプ花の森。 そんな不思議なランプ花の森に隠れ住むドリアードに出会う事ができた、その安堵感。そして、それ以上にこみ上げてくるものがあった。 そう安堵感よりもっと大きな大きな気持ち。 「ドリアードも見つかったし…これで精霊がみんな揃ったのね」 「そう！あともう少しよ！」 「ありがとう、三人とも。もう少しよろしくね」 リース、アンジェラ、フェアリーの女性陣は盛り上がる。 あと、少し。あと少しで…マナの聖地へ行けるのだ。いやがおうにも気持ちが高まる。 そんな中、唯一の男性であるケヴィンは話の輪に加わることなく、ぼんやりと美しく咲き乱れるランプ花を見つめていた。 リースやアンジェラの楽しそうな話し声が聞こえる。だが、ケヴィンは考え込むように、変わらず見つめたままだ。 「…あ、色…変わる」 ケヴィンの視界の中で、白い花がぼんやりと柔らかい光を放ちながら赤い色へと変化していく。 暖かな家の灯りを連想させる優しい炎の色。 ランプ花特有の夜の姿。 一面に咲き乱れる真っ白な純白の花の中に、旅人を導くための灯火ように赤い花が次々に現れていく。 その先にある、エルフの村…ディオールへと誘うかのように。 「本当、綺麗な赤…。 ねえ、今日はディオールで一泊していかない？」 「そうね。私もそうしたいわ」 ケヴィンのつぶやきでランプ花の変化に気付いたアンジェラが提案する。 それに答えてリースが頷く。戦闘が続いていたために、アンジェラだけではなくリースも疲労がたまっていたからだ。 「ねえ、ケヴィンもそれで構わない？」 少し離れたところで相変わらずランプ花を見つめているケヴィンにリースが促す。 「う…うん、オイラ、それで構わないよ」 突然話しかけられたせいか、ケヴィンは驚いた表情でたどたどしく答えた。 「…あ、ごめんなさい…驚かせてしまったかしら」 「う…ううん、そ…そんな事ない。オ…オイラがちょっと…ぼんやりしてただけだから」 申し訳なさそうな表情のリースに慌ててケヴィンが言いつくろう。だが、その態度はどことなくたどたどしく…不自然な感じをリースにより与えただけだった。 少し不安がよぎる。驚かせてしまったのはケヴィンが何か悩みを抱えて悩んでいたからかもしれない…。 そう、少し前、彼は月読の塔で色々とあったばかりだ。 そう思うと、いてもたってもいられなくなる。 「本当…？本当に……」 「いいじゃない、リース。ケヴィンが違うって言ってるんだから」 なおも追求しようとするリースをアンジェラが間に入って止める。そして、まだおたおたしているケヴィンにニッコリと笑いかけた。 「精霊も揃った事だし、今日はちょっと奮発しちゃうわ。 ケヴィンの好きなものご馳走してあげる」 「ほ、本当？な、何にしよう？ わ〜い、ご飯楽しみ♪」 アンジェラの気前の良い言葉にケヴィンはパッと顔を輝かす。 その心底嬉しそうな顔を見てリースの不安も消えさる。 その笑顔はいつものケヴィンと何ら変わりがなかったから。 そう、いつもの無邪気なケヴィンの笑顔。 「じゃあ、そうと決まったらディオールへ向かいましょう」 「そうよ〜、今日はご馳走よ〜！」 先頭にリースがつき、後ろにケヴィン、間にアンジェラが入る。 移動はいつもこんな感じだった。 判断能力に長け、槍術に優れるリースが先頭を切り、背後はパーティ１の戦闘力を誇るケヴィンが護り、真ん中のアンジェラが状況に応じて魔法で援護する形をとっている。 ランプ花の森も、とても美しいが他の森と同様にモンスターの棲家であるため、油断は出来ないのだ。 先に進むリースとアンジェラの後ろでケヴィンは足を止め、再びランプ花を見つめる。 「よし、決めた」 ２人には聞こえない位の小さな声でそうつぶやくと、ケヴィンは走ってリースとアンジェラの後を追いかけていった。 事件が起きたのは真夜中すぎた頃だった。 ディオールに着き、みんなでたらふくご馳走を食べた後、明日に備えて早々に就寝という事になったのだ。 そして三人、ぐっすり眠った…はずだった。 「アンジェラ！アンジェラ！起きて！」 真夜中の真っ暗な寝室で、リースは隣で熟睡しているアンジェラを必死の形相で起していた。 「ん…お願い…まだ寝かせて……」 「お願い！起きてアンジェラ！」 一方のアンジェラはなかなか起きようとしない。揺り動かされても、構わず眠ろうとしている。 そんなアンジェラを必死になってリースはさらに起そうと揺り動かす。 「お願い！起きて！大変なのよ！」 「…たいへん〜…？」 耳元で叫ばれる上に揺り動かされるので、さすがのアンジェラも眠そうな目で、ベッドの上で上半身を起す。その薄暗い視界の中に張り詰めた表情をしたリースが覗き込んでいた。 「…なんなのよ…まだ真っ暗じゃない…」 明らかに機嫌の悪い声と表情でアンジェラはリースに文句を言う。 しかし、リースの表情はぴくりとも変わらない。必死な表情のままだ。 そして少しうつむき加減で、悲痛な声で呟く様に言った。 「…ケヴィンがいないの」 真剣な表情のリースとは対照的に、アンジェラは不服そうな顔をする。 「…トイレにでも行ってんじゃないの？」 「私もそれは考えた。でも全然帰ってこないのよ！」 アンジェラの言葉にリースは悲痛な声を上げる。 どうやら、ケヴィンがいない事に気付いて、しばらく待っていたらしい。 だが、それでもアンジェラは動じない。起された事が不服そうな顔のままだ。 「…じゃあ、一人で町にでもでてんじゃないの？」 「それは無いわ。あの子、お酒は飲まないし…第一にお金は全部ここにあるのよ」 そう言うとリースはアンジェラの前に財布を差し出す。 ケヴィンの性格からして、黙ってお金を持ち出すとは考えられない。 仮に、町に遊びに行ったのだとしても、お金を持たずに行くのは考えにくい。 では、何故いないのか。 ……誘拐？ それは考えられない。ケヴィンは何といっても強いし、一緒に女のリースとアンジェラがいたのだから誘拐犯ならわざわざケヴィンを狙わないだろう。 だとしたら、答は一つしかない。 出て行ったのだ、自分から。 「…でも、ケヴィンが自分からでていったのなら平気なんじゃ……」 そこまで言いかけてアンジェラは言葉を飲み込む。 リースのあまりにも必死の形相に言葉を続けることが出来なかった。 やれやれとアンジェラはため息をつく。 リースは前々からケヴィンに甘い事は分かっていた。その過保護ぶりは,もう何度も見ていたからだ。 （今日の帰りもそうだったっけ。 寝ているところを叩き起こされて…夜中にケヴィン探しか…。ケヴィンの事だから心配はいらないんだろうけど…仕方ない、付き合うか） 「わかりました、探しに行けばいいんでしょう？」 重い腰をあげるアンジェラにリースは嬉しそうな笑顔を浮かべる。 一人で夜中に動き回るのはさすがに不安だったのだろう、喜びと安堵の混ざったそのリースのその表情にアンジェラはもう一度ため息をついた。 （…ま、私も一応リースとケヴィンのお姉さんなんだし…仕方ないわよね） そんなアンジェラの気持ちを知ってか知らずか、リースはアンジェラの手を半ば強制的に引っ張るようにケヴィン探しに連れて行ったのだった。 「いないわね〜、ケヴィン」 一通り町の中を巡ってみたが、どこにもケヴィンも姿は無かった。 「いったん、宿屋に戻る？もしかしたら、入れ違いに帰っているかもよ？」 アンジェラの提案にリースは不安な表情のまま、首を横に振る。その表情は不安と心配の色で支配されていた。 「……外かもしれない……」 その言葉にアンジェラは驚いた顔をする。 「ちょ…、待ってよ。いくらなんでも一人で外にはでたりしないわよ。 いくらケヴィンが夜の方が強くったって…モンスターも同じなのよ？ その位、あの子でも分かっているはずよ」 「でも…！思い出してアンジェラ！ ディオールに帰る前…ケヴィン何か様子おかしかったじゃない。 もしかしたら森に行ったのかも……」 リースの言葉にアンジェラは顔をしかめる。 ありえない話ではない。 しかし、ケヴィンもここの森のおそろしさは知っているはずだ。 もうすぐ夜が明ける…。 それが何を意味するのかを。 「ウォォォォォォォ――――ン！」 不安な気持ちの二人の耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。 ランプ花の森から…ケヴィンの声が。 「！……ケヴィン！」 急いで走り出そうとするリースの腕を紙一重でアンジェラが捕まえる。 「離して、アンジェラ！」 「駄目、離さないわ！」 リースはアンジェラの手を振り解こうとするが、アンジェラも必死にリースの腕にしがみついて離れない。 リースは必死の形相でアンジェラに言い放つ。 「アンジェラはケヴィンが心配じゃないの？ 迎えに行くだけなんだから離して、お願い！」 「この広い森のどこで会えるっていう保障があるのよ！ しっかりしなさい、リース！」 アンジェラの言葉にリースは次の言葉を失う。 そう、この広い森の中で…探し出すのは難しいかもしれない…しかし…。 しかし…だからといって…。 「でも！もうすぐ夜が明けてしまうのよ？ 迷子になって帰れなくなるかもしれないじゃない！ お願い！行かせて！」 「だから駄目だと行っているのよ！ ケヴィンは回復魔法も出来るし、なんたって強いからなんとかなるかもしれない。 だけど私達がケヴィンに会うまで無事でいられる保障はないのよ？ 外に出たら、ケヴィンに出会うか、全滅かのどちらかしかないの！ だから、ケヴィンを信じて待つのよ！それが一番いいの！」 アンジェラの言い分は的を射ていた。そう、何一つ保障は無いのだ。 戦闘も、今までケヴィンの強さに依存していた部分が大きい。 リースやアンジェラの中には、ケヴィンがいるから大丈夫だというものがあった。 そのケヴィンを欠いている状態でモンスターと対峙するのは、あまりにもきつい話だ。 そして、ケヴィンと出会える事の保障も無い。 アンジェラの言うようにケヴィンを信じて帰りを待っているのが一番だというのはリ−スにも分かっていた。 分かっていた。それでもじっとしていられない…その気持ちが理解を上回る。 理屈も合理性もなにもない、ただの感情。 「お願い…アンジェラ、せめて森の入り口まで行かせて。 そこで待つから……」 リースのその切なる願いにアンジェラも手を離す。 リースも状況は理解している。それに、今は感情だけで突っ走らないくらいの平静さは取り戻したようだ。 それなら、無茶はしないだろう。 「分かった、入り口までよ。それ以上行ったら遠慮なく魔法叩き込むからね」 「うん、ありがとう。アンジェラ」 アンジェラの台詞にリースは笑みをこぼす。少しだけ不安が軽くなる。 アンジェラと一緒なら、信じて待っていれそうだった。 そう、信じてあげなければ。 心配ばかりするのが思いやりでは無いから。 時には信じて待つことも必要なのだ。 そう、リースは心に刻み込んだ。 「あ、あれ？ な、何でリースとアンジェラがここにいるの？」 ディオールの入り口で、ランプ花の森から戻ってきたケヴィンは目をパチクリさせる。 リ−スはその姿を見て安堵の息をついた。 怪我一つすることなく、元気そのもののケヴィンの姿。 「何でって、あんたね〜、あんたが黙って消えるからでしょう？」 「…うっ、ご…ごめん…なさい」 ずずいっと詰め寄るアンジェラにケヴィンはたじたじと後ずさる。 …どうやら本人は気付かれないように行って帰ってくるつもりだったらしい。 リースはそんなケヴィンが大事そうに抱えているものに気付く。 その両手には赤と白のランプ花が握られていた。 「その花、どうしたの？」 リースの言葉にケヴィンは気まずそうな顔をする。 そして、困った表情のまま言い難そうに話し始めた。 「あ…あのさ、ルナがこのランプ花、すごく喜んでて…。オイラには綺麗な花だとは思うけど…ルナみたいには思えなくて…不思議だな…って思ってて…。 ルナ、女の子だし…女の子ならこの花好きかなって思って…そしたらリースやアンジェラもこのお花好きかな〜…って思って…。 そ…それで…アンジェラはきっと白の花が似合いそうで、リースは赤い花の方が似合うな〜…と思って。 …赤い花…夜しか咲かないし…宿の人に聞いたら夜のうちに赤い花取れば赤いままだって聞いたから…赤い花…とってこようって思って…。 森にいったら…もっと綺麗なのないかな〜って…うろうろしてて…遅くなっちゃって。 …で、朝になったらリースとアンジェラにプレゼントしようと…思った…んだけど…。 と、とにかくこれ……」 わたわたとしながら、ケヴィンはまずはすぐ隣にいたリースに近寄る。 そしてリースの金色の髪に、その赤いランプ花をそっと飾った。 「あ…良かった…、思ったとおりリース、赤、似合う」 ほっとした笑顔で無邪気に微笑むケヴィン。 そんなケヴィンにリースは心臓が高鳴るのを感じていた。 「ケヴィン…私のために…わざわざ？」 「うん、絶対にリース赤が似合うって思ったから…どうしても赤欲しくて」 すごく嬉しそうに微笑むケヴィン。 リースは今、自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかったが、ケヴィンの表情からしても、最高の笑顔を浮かべているのだろう。それだけは分かった。 「ケヴィン、私は？」 「はい、アンジェラも」 横から催促してくるアンジェラにケヴィンはもう一つの白いランプ花を髪に飾った。 「良かった〜アンジェラも似合う」 「まーね、もとが良いから何でも似合うのよ☆」 安心顔のケヴィンにアンジェラはにっこりと笑う。 「…でもごめんなさい。オイラが悪かったよ。 その花で許してもらおうなんて思わないから…オイラ許してもらえるまで何でもするよ」 ケヴィンは反省しきった顔に戻ると二人を見つめてペコンと頭を下げた。 「……何でもしてくれるの？」 「そうよ、気にしなくて……ってリース？」 アンジェラはリースの言葉に驚いて振り返る。そこにはキラキラと瞳を輝かせたリースがいた。アンジェラはそれを見て嫌な予感がした。 「あのね、前々から頼みたかった事があったの」 「うん、何？何でもするよ」 話が勝手に進行している…。 許す気ないのかしら、リース……それとも…… 「あのね、獣人になって欲しいの」 「？何で？」 「だって、いつも戦闘の時しか見れないし…すぐにとけちゃうし…」 キラキラした瞳でわくわくしながら語るリースに、なんだか分からない顔でコクコクうなずくケヴィン。それをアンジェラはかける言葉を失ってただ見ていた。 「う、うん、分かった。んじゃあね、いくよ？」 すうっと息を吸い込むと… ウォォォォォォ―――――――――ン！ ケヴィンの姿が獣人に変化する。それをリースがキラキラした瞳で見つめている。 アンジェラは…というと頭を抱えている。 「きゃーｖｖやっぱり可愛い〜ｖｖ ケヴィン、ふかふか〜ｖｖあったか〜いｖｖ」 「何―？何々――――？何なの―――――――！？」 獣人になったケヴィンは突然リースに抱きつかれてパニックに陥る。 そんな事に構わずリースはぴとっとくっついたままだ。それはもう幸せそうな顔で。 よほど今まで抱きつきたかったらしい。 「あはははははっ。 諦めなさい、ケヴィン。リース、本当に心配していたんだから」 「う、うん…。そうだね…これでリース、喜んでくれるなら…」 横でアンジェラが半泣きのケヴィンに笑って諭す。 それにケヴィンもリースの嬉しそうな顔を改めて見て…自分に言い聞かせるように呟いた。 「…でもねえ…リース見ていると…」 「な…なに？」 アンジェラの台詞にケヴィンは嫌な予感を覚える。 そんなケヴィンをアンジェラは猫の様な瞳をくるっとさせて、いたずらっ子のように笑う。 「リース見てると私もやってみたくなるのよね〜ｖ」 「―――――――！！！やっぱり―――――――――！！！！」 リースだけでなくアンジェラにも抱きつかれて…人によっては羨ましい状況なのだろうが…ケヴィンには最大の罰だったらしい。 「ごめんなさい――――！もう二度としません――――――――！！！！」 静かなディオールの夜にケヴィンの悲鳴が響いたのだった。 そんな訳で、この日以来ケヴィンはもう二度と黙って外出する事はなかった。 勿論、ケヴィンの取ってきたランプ花はリースとアンジェラの宝物になったのだった。 おわり★
|