『PASS EACH OTHER』

 木漏れ日が絶え間なく降り注ぎ続ける。
 どこまでも熱帯を思わせる深い緑と鮮やかな花々。
 うっそうとした森だが、それでも木漏れ日のおかげで見通しも良い。
 さすが獣王ロシオッティの森だけの事はある。神秘的な感じがしていた。
 ここならば彼らがいてもおかしくはないはずだ。
 ネコの姿をした獣人の少女は頭上を見上げる。
 朝早くこの森に入ったというのに、もう日が傾きかけている。
 もう何時間歩いているというのだろう。
 出くわしたモンスターは、鍛えてきた彼女からすれば大したことなどないのだが、このまま夜を迎えるのはさすがに心細かった。
 せめて、ロシオッティにさえ会うことができれば……。
 彼にさえ出会えれば情報も得られるかもしれない。
 ダナエは見覚えのある景色に出会い、足を止める。
「……またここに来てしまったのね」
 もう何度目だろう、ここに辿り着くのは。
 最初は見間違いかと思っていたが、目印につけておいた幹の傷が同じようにダナエの前にあった。
 疑問はもう確信に変わっている。
 ここには魔法がかかっていて、旅人が迷うようにできているのだ。
 だが、魔法はダナエは得意ではない。その知識もそこまで多いわけではない。
 分かることは、迷わないなんらかの方法が存在するであろうということだけなのだ。
 ダナエは俯き、ため息をついた。
 彼女の鈴飾りがリーンと澄んだ音をたてる。
 静かな森では、その音がやけに大きく聞こえた。
 だが、次の瞬間、ダナエは違う音に気がつき、あたりを見回した。
 ガサガサガサ。
 草を掻き分け、踏みしめる音が聞こえてくる。しかもこちらに向かって。
 誰かが来る。助かるかもしれない。
 ダナエは期待を持って、その足跡の主を探した。
「あははははは〜、あなた、ここは初めて?」
 明るく陽気な声が聞こえてきた。
 その声の方向に、ダナエは振り返る。
 そこには、森では珍しいとされる森ペンギンが立っていた。
 彼女は明るく笑っている。
 森ペンギンがいるなんて……。
 さすがロシオッティの森だとしか言いようが無い。
「あはは、わたしはしるきー。あなたは?」
「わ…私はダナエ。初めまして、しるきー」
 彼女の自己紹介にダナエも慌てて返事をする。
 あまりの珍しさに驚いて見ていたのだが、それは失礼になるだろうと気がつき、ペコッと頭を下げる。
 しかし、肝心のシルキーの方はあまり気にしていないようだった。
 むしろ、その名前に心当たりがあったのか首をかしげている。
 その仕草が何だかとっても可愛らしくて、ダナエは思わず微笑んでしまった。
 なんだか、親近感がわく。しるきーはそんなペンギンだった。
 しばらく首をかしげていたしるきーだったが、何やら思い出したらしくポンと手をたたく。
「あ〜、どこかで聞いたことがあると思ったら。あなた、エスカデのお友達だよね〜?」
 突然出てきた、その良く知った名前にダナエは驚く。
 何故、彼女はエスカデを知っているのだろう?
「あはは、エスカデに会いに来たの?彼ならロシオッティ様の所にいるよ〜?」
「エスカデはロシオッティの所にいるの?」
 次々と現れる事実にダナエは驚く。
 久しぶりにガトに戻ってきたのかと思えば、相変わらず好き勝手ばかり言って、気がついたらいなくなっていて。
 一体どこにいるのだろうと思ってはいたのだが、まさかロシオッティの所に身を寄せているとは。
 確かに彼は行方不明になってから奈落のオールボンに剣を教わっていたらしいので、その関連を考えればありえる話ではある。
 だけど、ガトでは彼の一族だって心配して今に至っているのに……。
 エスカデは昔から一つの事を考え始めたらそれしか考えない悪い傾向があったが、あれだけ成長してもその辺りは変わっていないらしい。
 ……もう少し周りに気がまわる様な人だったら苦労はしないのに。
 そう思うと、呆れる気持ちと悲しい気持ちが襲ってきて、ダナエは深いため息をついた。
 本当にもう少しエスカデに広い心があったのなら、こんな状態にはなっていなかっただろうに。
「あはははは〜、じゃあ連れて行ってあげるね。
 その前におまじないかけるから。これで道にはもう迷わないよ〜」
 ダナエがエスカデに会いに来たのだと思っているしるきーは道案内をかってでてくれた。
 さらに、迷わない魔法もかけてもらったので、ダナエは安心してしるきーの後を付いていけた。
 せっかくエスカデがいるのであれば、話しておくのも悪くないだろう。
 正直に言って、エスカデのやり方ではマチルダは悲しむだけだ。
 あまり彼に動いては欲しくない。
 確かに彼の言うとおり、今のアーウィンはマチルダを無理矢理攫おうとしたり、妖精を従えているなど、危険な要素は高い。
 だけど、アーウィンはアーウィンでマチルダを助けたいのだろう。
 それにマチルダがいればアーウィンだってそうは危険な事をしたりはしないはずだ。
 きっと、マチルダが…みんなが幸せになれる方法があるはずだ。
 だから、アーウィンに会いたい。話したい。
 そして、一番良い方法を見つけたい。
 今まで、何も出来なかった。だから、今度は…今度こそは。
 それにはエスカデにも理解してもらわなければならない。
 ……おそらく耳を傾けたりはしないだろうけれど。
 それでも……もう幼馴染同士で対立なんてしたくはなかった。
 望む事は同じはずなのに。
 何がどう違っているのだろう。
「あはは、ほら、あそこにいるよ〜。
 じゃあ、わたしはお仕事あるから行くね〜」
 しるきーの声にダナエはハッと我に返る。
 そして手を振るしるきーに笑顔でお礼を言った。
 しるきーの姿が緑の茂みで見えなくなってしまうまで見送ってから、ダナエはしるきーの言った方向に目を向ける。
 砂色の長い髪を持つ長身の青年がいた。
 何か考え事でもしているのだろうか。ダナエに気が付く様子が無い。
 ダナエはどう声をかけるか迷っていた。
 つい先日、再会して早々喧嘩をしたばかりだし、性格は昔と変わっていないとはいえ、少々声をかけにくい。
 どうしようかと考えているうちに青年のほうが彼女の存在に気が付いた。
 彼女を見て、目を丸くする。予想していなかったらしい。
「……何故、お前がここにいる?」
「妖精を探しに来たの」
 ダナエは彼の言葉に正直に答える。嘘をつく必要は無い。
 だが、ダナエの返答にエスカデは苦い顔をした。
「……妖精に会ってどうするつもりだ?」
 彼には答えの予想がついている。
 しかし、聞かずにはいられなかった。予想が外れていることを願って。
 だが、残念ながら返ってきた答えはそのとおりだった。
「妖精界に行きたいの」
 苦い顔のままエスカデは質問を続ける。
「妖精界に行ってどうするつもりだ?」
 それに対してダナエははっきりした口調で答える。
「アーウィンと話がしたいの」
 分かっていた、彼女が妖精と口にした時からその答えが返ってくることを。
 何故。
 何故、ダナエは分からない?
 あいつは危険だという事に。
「ダナエ!この間のガトでの出来事を忘れたのか?!」
 エスカデは声を張り上げた。
 そう、ついこの間。
 ついこの間、アーウィンは手下を使って無理矢理マチルダを攫おうとしたのだ。
 ダナエにも分かっているはずだ。
 今のアーウィンの状態を。
 あいつは昔のままじゃない。
 人間を嫌う妖精たちを味方につけ、権力を握っている。
 最終的にしようとする事なんて、容易に見当がつくだろう。
 これ以上、あいつの力が増す前に倒さなければ。
 だが、ダナエは表情を変えない。
「分かっているわ。だから話が聞きたいの」
「聞いてどうする!あいつがマチルダをあんな目にあわせたんだぞ?!」
「だから聞きたいのよ!私たち、友達でしょう?きっと、何か考えがあるのよ!」
 怒鳴るエスカデにダナエは負けずに言い返す。
 友達?
 確かに昔はそうだったかもしれない。
 だけど、あいつはマチルダに何をした?
 あいつは彼女を傷つけるだけじゃないか。
 そんな奴にマチルダを救えるはすがない。
 あいつが奪った彼女の精霊はもう二度と戻すことができない。
 仮にそれが可能だったとしても、いまさら何になるというのだろう。
 もう、マチルダの命は風前の灯だ。
 どうあがこうが、もう手遅れなのだ。
 それなのにダナエは何をアーウィンに望んでいるというのだろう。
 元凶はあいつなのに。
 何故、ダナエはあいつを信じる?
 そう、マチルダもだ。
 いつもいつも。
 何かしでかすのはあいつなのに、災いをもたらすのはあいつなのに。
 何故、あいつを信じる?
 そう、あいつにいつも奪われている。
 最初はマチルダ。
 そして、今はダナエ。
 ダナエは分かってくれると思っていた。
 だけど、彼女が信じているのはアーウィンだった。
 そう、皆アーウィンを信じる。
 それが余計に彼に憎しみを抱く結果になっているのかもしれない。
「……私はマチルダに生きていて欲しいの。
 彼女に幸せになってもらいたいの。それだけよ」
 ダナエはゆっくりと、そしてはっきり告げる。自分の思いを。
「だから、少しでも希望があるなら賭けたいの。お願い、分かって」
 分かることなんて出来るはずがない。
 それを受け入れたら、これまでの自分の生き方を否定することと同じだった。
 エスカデは大きくかぶりを振った。
「……どこへでも好きにするといいさ」
 ここで言葉を切り、愛用の大剣をダナエに突きつける。
「だが、悪魔に魂を売り渡した奴は、お前であろうと容赦はしない」
 ダナエはじっとエスカデを見ていた。
 予想していた言葉だった。
 いつか…対立してしまうのかもしれない。
 エスカデは考えを曲げない。
 ダナエも曲げない。
 それは仕方がないことなのかもしれない。
 望む事は同じであっても。
 避けられるものならば避けたい。
 でも、その時は来てしまうような気がしていた。
「……じゃあ、私は行くわ」
 ダナエはそう言うと帰路につこうと後ろを向いた。
 ここへ来る途中で、しるきーに帰り道も教えてもらっていたのだ。
 別の場所を探そうと思った。
 確か、キルマ湖にも妖精がたくさんいるはずだ。そこへ向かおう。
「……待て、ダナエ。一つ聞きたい」
 エスカデが呼び止める。それにダナエは振り返った。
 彼は真剣な表情をしていた。
「お前はマチルダの幸せと世界中の人の幸せ、どちらをとる?」
 ダナエはその問いにためらうことは無かった。
 にっこりと笑って答える。最初からそんな事、決まっている。
「世界中の人の幸せをとるわ。私はガトの僧兵ですもの」
 そう、忘れたりはしない。自分の一番基本的な考え方を。
 誰かの幸せが自分の幸せ。
 そう思って生きている。そして、幸せと安心を多くの人に与えること。それがガトの僧兵としての勤め。
 忘れたりなんてしない。
 ダナエは再び帰途に着く。
 そして振り返り、小さくなったエスカデに声をかけた。
「じゃあ、あなたも気をつけて」
 その言葉を残し、ダナエは森の奥へと消えていった。
 方角からすれば、無事に帰れるだろう。
 エスカデは黙ってダナエを見送っていた。
 分からなくなっていた。
 考えていることはほとんど変わりが無かった。
 彼が聖騎士となったときから、考えていたことと同じこと。
 ならば、いつか彼女も自分と同じ結果に辿り着くだろう。
 それなのに、どうしてこうも食い違ってしまうのか。
 だが、エスカデは最後に残したダナエの言葉で分かった気がした。
 そう、ダナエは信じているのだ。
 マチルダもアーウィンも……そして自分も。
 だから、彼女はああして行動するのだろう。
「……甘すぎるんだ、お前は」
 そう、ダナエの考え方は甘すぎる。
 そんなに生易しくなんてできていないのだ。
 ダナエはきっと誰もが傷つかないものを探しているのだろう。
 だけど、そんな都合の良いものなんてあるはずがないのだ。
 仮にそんな話がでたとしても、それは実行できるものではないだろう。
 マチルダの死は避けられない。
 自分だって、確かにダナエと同じようにマチルダには死んで欲しくない。
 だけど、それを防ぐことなんて出来るわけが無いのだ。
 もしも、アーウィンが何か都合のいい話をしてそれにダナエがのってしまったら。
 エスカデは握っていた大剣をぎゅっと握り締める。
 もし、そうなってしまったら。
 思い直すように説得する自信は無い。
 おそらく、いや、確実に彼女に剣を向けるだろう。
 それは、近しいが故の感情。
 ダナエだけは自分の考えを分かってくれると思っていた。味方についてくれると思っていた。
 確かに彼女は考えは分かっていてくれているのかもしれない。
 だけど決して味方ではなかった。
 もし、彼女がアーウィンについてしまったら。
 ……きっと許せないだろう。
 一番裏切られたくない相手だからこそ。
 それが、自分の勝手な感情であろうとも。
 きっとどうしようもできないだろう。
 だから、願わずにはいられない。
 そういう結末が待っていないことを。
 エスカデの脳裏に師匠であるオールボンの言葉がよぎった。
『お前は望むことが足りない』と。
 望む事はアーウィンを倒すこと。
 だが、もう一つだけ望むことにしようと思った。
 自らの手で大切な幼馴染を殺してしまう、もしくはその幼馴染に自分を殺させてしまうという最悪のシナリオが来ない事を。
 避けられないような予感を感じながら。

 おわり。


 エスカデ&ダナエ話です。うむ。やはり切なくなりますねえ…。一応、時期的には『流れ行く者たち』の前。もしダナエが妖精を探してキルマ湖ではなく獣王の森に来ていたら、という設定で考えてみました。
 一応、二人の考えていることは私の彼らへの解釈でもあります。最終的には実はエスカデの結論通りになってしまうのですよね。でも、普通はダナエと同じ考え方をしてしまうものだと思います。でもダナエの考え方は甘いし、エスカデの考え方は極端あんですよね;;もし二人がお互いの意見をきちんと話し合うことが出来ていたら、違っていたのでしょうか?
 ……しかし、やっぱりさりげなくエスカデ×ダナエっぽいですね。そこらへんはエスダナ好きな人間だから諦めてください(><)。
 コミックスのエスカデ編はhappy endなんですよね。この話、前から書こうとは思っていたんですが、ブロス覗いたら彼らの後日談が載っていて…楽しすぎて、その勢いで書いてみました(笑)。コミックと私の話、かけ離れてるけど(苦笑)。でもコミックス、エスカデ&ダナエのコンビが好きな人にはかなり良いですよv特にエスカデが楽しすぎるので(笑)。おばかすぎ(笑)。ゲームとのギャップが素晴らしくあって楽しいですvゲームでは完璧に頭固い一直線兄さんですからねえ…。どっちも好きですが。でも、やっぱり仲の良い二人が良いなあvゲームでも見たかったですよ〜。本当はとても仲がいいのは分かりましたからね…。とりあえず、二人とも生きていること前提で考えてますけど…実はエスカデ選んだヴァージョンの話も書いてみたいのですよね。なので二通り考えています。そのうち現れるかもしれませんので宜しくお願いします…。

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