『クリスタル・デイ』

 きらきらと周囲の山々が光に照らされて雪がクリスタルのごとく輝いている。でも、その光は凍てつく寒さを想像できる。だか、ここは寒くは無い。むしろ春のごときの暖かさである。それはこの国の女王が使う春の魔法で常春となる、ここはアルテナの首都だ。
 ここには、アルテナの王女、アンジェラの生まれ育った街だ。マナを巡る戦いを終え、アンジェラは再びこの国へ戻ってきて、母との関係も良好になっていた。
 魔法が使えなかったアンジェラも、今では使えない魔法なんて無いと言えるほどの実力をつけた。だが、魔法が使えるようになったと思えば王族としてのしきたりや、礼儀作法、会話の仕方、ドレスでの歩き方、発音の仕方等、返って前よりもホセやヴィクターに、アンジェラの機嫌が悪かった。
 だが、たまには精一杯楽しもうと、アンジェラはかつて旅を共にした仲間であり親友である二人を呼び寄せる事にした。二人とも王族だけど、国交でもある訳で、呼び寄せるのは難しくなかった。

「うわ〜、凄い、花がいっぱい〜!」
 嬉しそうな声が響く。ビーストキングダムの若き王子だ。それにつられて風の国の王女が笑みを零す。それを見てアンジェラは満足そうな顔で二人を見ていた。
私の大切な国ですもの。喜んで当然でしょう?
心の中で呟く。魔法が使えないと嘆いていた時も、この街は大きく優しい心で彼女を守るように包んでくれた、とても大切な街なのだ。
「さ〜あ、ナビゲーションは私が取るわよ!二人ともどこに行きたい?」
 アンジェラの言葉に、ケヴィンはきょとんとし、リースは微笑んだ。
「アンジェラのお気に入りの所を紹介して欲しいわ」
 ああ、この雰囲気、離れていた事を忘れ去らせてくれるこの雰囲気。アンジェラに心地よくその言葉を響かせる。
 アンジェラには二つの宝がある。一つは母やホセやヴィクター達。大切な家族のように思える存在だ。もう一つの宝は……言うまでも無い、ここにいる二人だった。
「ええ、分かったわ。じゃあ、まずはリースが喜びそうな所を紹介するわ」
 二人においでおいでと手を振ってアンジェラは歩み始める。彼女の姿はとてもこの街になじんでいて、リースもケヴィンも改めてここは彼女の国だと分かる。以前、ここに来た時は緊迫していたから、本来の穏やかな姿は初めてだった。
 くるりとアンジェラが振り返る。後ろに付いてきているか心配になったのだ。こういう所も変わらない。一番年上だったアンジェラが二人を導いてきたのだ。案の定、二人は街の雰囲気に飲み込まれていて、おたおたしていた。アンジェラは息を大きく吸う。
「ほら、リースもケヴィンもさっさといらっしゃい!置いていくわよ!」
 怒っているアンジェラに慌ててリースとケヴィンはついていった。

「うわー、綺麗なお店……!」
 リースが感嘆の声をあげた。沢山のクリスタルが色々な形で加工され、店一杯輝いていた。
「やっぱり、女の子はこういう所は押さえなきゃね」
 そう言ってアンジェラはリースに微笑む。それから視線をケヴィンに移した。
「ケ〜ヴィ〜ン、男でもこういうところはチェックしなきゃ駄目よ」
 アンジェラはそう言って、店の雰囲気に戸惑っているケヴィンのひたいに指を突きつける。
「う〜〜〜〜〜、オイラ、よくわかんない」
「もう、そういうとこ鈍感なんだから〜〜〜」
 あきれた声でアンジェラはそう言うと、ケヴィンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あ、あの……見てきて良いですか?」
 早くお店の中に入りたくてたまらない、といった様子のリースにアンジェラは微笑んだ。
「ええ、入りましょう〜!」
 そう言って、リースとケヴィンの背中を押しながら、店へと入った。
 だが、アンジェラは店の中でよく知った顔をみつけた。レジでお金を払い、小さな包みを渡された青年……金色の髪と、優しい笑顔……ヴィクターだ。レジの支払いが終わったヴィクターはアンジェラ達の姿を見つけてにっこりと笑った。
「アンジェラ様、こんなところでお会いするとは思いませんでした」
 そう言ってヴィクターは頬を染めた。その姿がアンジェラの心を揺さぶる。
「……ヴィクター、こんなところに居るなんて……女の子にでもプレゼント?」
 半分はいたずら笑い、もう半分は嫉妬を含んだ笑いでアンジェラはヴィクターにそう言った。
「えっと……その……まあ……そんなとこでしょうか」
 照れて笑うヴィクターにアンジェラの嫉妬心がくすぐってくる。
 私の事、いつも子ども扱いするのに、ちゃっかりこういう所に自分は来て。
 ……どんな女の子に渡すの?アンジェラの胸が高鳴る。
 渡すのは誰なんだろう。私の知ってる人?知らない人?
「……ヴィクター、買い物終わったんでしょ!さっさと帰ってよ。これから私達が楽しく買い物するんだから」
 ぷいっと顔を横に向け、アンジェラはヴィクターに立ち退くように告げる。それを見てヴィクターは、アンジェラの気ままさを微笑みリースとケヴィンに軽く頭を下げて出て行った。
「ねえ、アンジェラ。あんな風に言わなくても……」
 リースはそう言ってアンジェラの顔を見て、言葉を詰まらせた。
 アンジェラが時々見せる顔。いつもお姉さんっぽく振舞っている彼女にしては違和感のある顔。
 すごく機嫌が悪い顔だった。リースもケヴィンもどう対応して良いのか分からず、言葉を詰まらせる。おそらく、その原因はヴィクターとの会話にあるのだと思うのだが、どこでアンジェラが怒っているのかが分からない。
 一方のアンジェラは怒りを募らすだけだった。嫉妬している、それは自分でも十分分かっていたのだが、ヴィクターがあの包みを誰にあげるのか、それが気になっていた。
 アンジェラはイライラしていた。一度気になったら止まらない。
 もしかしたら……好きな人にあげるの?
 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。ヴィクターとはいつも長い時間を一緒に過ごしている。そんな人なんていただろうか。そんなのは知らない。私、ヴィクターの事好きなのに。やっぱり私はただのお姫様?妹みたいな存在でしかない?
「〜〜〜〜〜〜〜!ごめん、耐えられないわ!」
 頭をかきむしりながらアンジェラはリースとケヴィンに向かって叫ぶ。
「私、ちょっと行ってくるわ。二人ともここで待ってて!」
 そう叫ぶと、アンジェラは一直線で駆けていった。そんな彼女の様子を驚いてぽかんと見ていたリースとケヴィンだが、リースはすぐにアンジェラが何をしようとしているのか何かを察してふわりと微笑んだ。
「じゃあ、ケヴィン、アンジェラが帰ってくるまで、ここで待っていましょうか。綺麗なもの、沢山ありますし……」
「うん、わかった」
 リースの言葉にケヴィンは頷く。二人は色とりどりの色と形をした水晶を見て歩く。
「すごい、きらきらしてて、キレイ」
 一つ一つ、独特の光が珍しいケヴィンは嬉しそうに色々なものを見て回る。イヤリング、ピアス、ネックレスなどのアクセサリー。それだけではない。花瓶や彫像なども置いてあった。
「そうね、とっても綺麗」
 リースも頷いて、ケヴィンの隣に並んで、彼が見ていくものを微笑みながら見ていた。
 ケヴィンは純粋だ。きっとここのものも彼の心を輝かせているのだろう。そうリースは思った。
「あ」
 ケヴィンが歩みを止める。驚いてリースは彼が見ているものに目を移した。
 淡い緑色に輝くクリスタルのペンダンドで、美しい羽根を持つ鳥の姿をしていた。
「これ、きっとリースに似合う」
 にっこりと笑ってケヴィンはリースに微笑みかけた。その言葉が嬉しくて、リースも顔がほころぶ。ケヴィンはそのペンダントを掴むと、リースと見比べて、嬉しそうに笑った。
「やっぱり、リースに良く似合う」
 ケヴィンは満足そうに笑った。ケヴィンがこうやってアクセサリーが似合うなどといってくれるようには見えなかったから、リースはそのことが一番嬉しかった。
「じゃあ、これ、オイラ、買ってくる」
「え?」
 お店の品物を見て回るだけのつもりだったリースは慌てる。
「あ、あの、その、別に買わなくても……」
 遠慮するリースに、ケヴィンは不思議そうに首を傾けた。
「なんで?これ、リースに良く似合う。オイラ、ただプレゼントしたいだけ」
 本当に不思議そうな顔だった。リースは買ってもらおうなどということなど考えてもみなかったので、一層慌てる。だが、ケヴィンはマイペースな笑顔で微笑むと、きょろきょろとレジを探し、リースがおたおたしている間に買ってきてしまっていた。
「はい、リース。つけてみて?」
 ケヴィンの薦めで、リースはペンダントを受け取ると、長い金色の髪をかきあげて、首につけた。ケヴィンがリースの手を引く。つられるままに、リースはケヴィンの後をついていった。
「ほら、やっぱり似合う」
 ケヴィンが微笑んだ。リースは鏡の前に立たされた。胸元には先ほどケヴィンに贈ってもらったペンダントが淡い緑の光を放っていた。その色はリースの肌にも服にも金色の髪にもなじんでいて、リースは胸がどきどきした。
 ケヴィンはお世辞が言える性格ではない。また、アクセサリーにも興味を持っているとは思えない。そんな彼がこの素敵なペンダントを見つけ、贈ってくれたことがとても嬉しかった。
「ありがとう、ケヴィン」
 リースの幸せそうな笑顔に、ケヴィンも嬉しくなって一緒に微笑む。
 二人はお互いの顔を見合わせて、微笑みあった。
 一方のアンジェラは必死で走りながらヴィクターを探す。人ごみの中、見つけられる自信はあった。ずっと子供の頃から一緒なのだ。分からないわけが無い。
 ほどなくして、アンジェラは目的の人物を見つける。
「ヴィクター、ちょっと待って!」
 その言葉に、ヴィクターは驚いた顔で振り返る。
「姫様、どうされました?」
 驚いてぽかんとしている彼にアンジェラははがゆかしそうに、イライラとした表情を見せた。
「……あの包み……」
「え?先ほど買ったものですか?」
 アンジェラは自分の嫉妬心を恨みながら、ぎんと彼を見た。嫉妬している自分はなんて醜いのだろう、そう思うのだが、やっぱり嫉妬は治まらない。
「そう、それよ!誰にあげるの?」
 アンジェラの追求にヴィクターは困ったように頭をかいた。
「……やっぱり、贈り物に見えてしまいます?まいったなあ……」
 ヴィクターは苦い顔をする。それがアンジェラには腹立たしく思えた。
「それ、どうするの?私には言えないの?」
 アンジェラの追求にヴィクターは、やれやれといった顔をした。
「姫様には言いにくい……というか……いずればれるんだから言っても……」
「何ぶつぶつ言ってるのよ!」
 アンジェラが痺れを切らしてそう叫んだ。ヴィクターはそれに対して仕方が無いなという顔になる。はい、どうぞとヴィクターはアンジェラに包みを渡した。アンジェラは驚いた顔になった。
「……私が開けて良いの?」
「ええ。開けてください」
 アンジェラは言われるままに、包みを開けてみる。中には小さな箱がはいっていて、それにもリボンがついていた。それをはずして箱の中身を開けてた。
 中には薄いピンク色をしたクリスタルリングが入っていた。それはアンジェラが好きな色をしていた。思わず顔を上げて、ヴィクターを見た。彼は照れくさそうに笑った。
「……それ、姫様にプレゼントするために買ったんです。ほら、姫様もう少しでお誕生日でしょう?だから、たいした事は出来ないけれど、せめて気持ちだけでも……と思いまして」
「……私に?」
 アンジェラは確認するように小さな声で反復する。
「はい、アンジェラ様」
 その言葉にアンジェラの心臓がどくんどくんと高鳴った。これは、自分のためにヴィクターが買ってくれたのだ。そのことがとても嬉しくてアンジェラは笑みを零した。
「それなら私に言ってくれたらよかったのに」
アンジェラはそう言って微笑んだ。ヴィクターは照れくさそうに頭をかいた。
「本当はお誕生日にお渡ししたかったですけどね。それでも姫様が喜んでくださって安心しました。姫様、アクセサリーにはうるさいですから」
「とても素敵よ。ありがとう。心から嬉しいわ」
 アンジェラは微笑んだ。大好きな人からの贈り物。嬉しくないはずはない。
「……それにしても姫様、皆さんを置いてきて良いんですか?」
 ヴィクターの言葉にアンジェラは、リースとケヴィンを置いてきた事を思い出す。
「大変!戻らなきゃ……」
 そう振り返ると向こうの方からやってくる二人が見えた。アンジェラは手を振って、二人を呼んだ。向こうもそれに気がついて歩みを速める。
「良かった、アンジェラが見つかって」
 リースはアンジェラの顔を見て安心した顔をした。その姿を見て、アンジェラはリースの変化に気がつく。ちょんちょんとリースの肩をつついた。それに振り返ったリースも彼女の手の中にある大切な贈り物があるのに気がついた。
ふふっとアンジェラとリースはお互いの顔を見て、微笑む。
好きな人からの贈り物。それは彼女達を輝かせていた。




本当は本で作るつもりだったお話です。まあ、なんか上手く印刷できなくて。それなら、サイトにでもUPしようという経緯があったりします。
一応、『SNOW〜』の後日談って感じになりました。
ふわっと温かい話を目指してみました。

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