| 『いつもそこにある』 いつもそれは唐突だ。思いつきで発言してしまう彼女の小さな頃からの癖。一度気になりだしたら聞かずにはいられない、彼女の癖。 このバカみたいに寒い中を走り回って、更には馬鹿でかいモンスターまで倒して、やっとありつけた宿屋のベッド。主人も随分長い事凍り付けになっていたはずだが、さすが商売人、ちゃんと手入れも行って、まあ多少難があるもののまともな仕上がりだ。 疲れきったし、山登りも堪えたし、やっとゆっくり眠れるとウィリーは思っていたのだが……同行している少女はそうでも無いらしい。何か難しい顔をしていた。 「ねえ、ウィリー。聞いても良い？」 視線に気がついたのか、振り返ると幼馴染の少女は長くウェーブのかかった髪を揺らせてウィリーの方に向き直った。こういう時、大概無理難題が出てくるのはウィリーも承知している。昔からそうなのだから。 小さい頃はどうして空は青い色をしているのだとか、花の色は何故綺麗なのとか、ウィリーに聞かれても困るようなことばかり聞いてきた。おそらく、聞く対象は別に誰でも良いのだろう。答えをくれれば彼女は満足なのだ。もっとも、ウィリーはまともに答えを返せた記憶が無い。しかし、それはいつもお構いなしのようだった。知的好奇心が強すぎるのか、それとも手当たり次第なのか、その辺はちょっと判断がつかないのだけれど。 「……なんだよ」 どうしても警戒して答えてしまうのは、既に習慣と化しているらしく、長い間会っていなかったというのに変わっていない。 だが、そんなウィリーを気にする事無く、ディアナは続けた。 「ねえ、今、誰か好きな人、いる？」 真剣な表情でディアナは聞いてくる。だが、聞かれた方は目が点になった。 「は？」 「だ、か、ら！好きな人はいるって聞いてるの！」 相手は本当に真剣らしい。だが、何故こんな話を聞いてくるのかウィリーには理解できなかった。どう答えたものかとウィリーが考えているその傍でディアナの腕がびくびくと震えている。どうやら怒っているらしい。 実はこのディアナ、確かマナの女性は魔法が得意なはずだったのだが、育て親のボガードが教育方法を間違えたらしく、彼女は格闘技の達人になっていた。同じ拳で戦う者だから、ウィリーにもその強さはよく分かる。そして……彼女の事なので、例外なく勢い任せに拳が飛んできそうだ。昔もよくポカポカ殴られていたけれど、今度はさすがに比が違う。ウィリーは冷や汗が出てくるのを感じた。何故か、昔からディアナの鉄拳はかわせた試しが無いのだ。モンスター相手に戦ってはきていたが、やはり今回も自信は無い。 「んじゃあ、はっきり言う。いない」 「本当？」 ディアナがじろっと見てくる。視線が怖い。ウィリーはばんっと膝を叩いた。 「本当！大体、恋愛なんてしている間なんか無いってば！奴隷連中は変わるしロクなの居ないし生きていくのが精一杯だったんだぜ？」 正直なところ、それが本当の所だった。ウィリーの場合はいつも脱獄を狙っていて、そちらにばかり気をとられていたし、一歩間違えば明日の命もない世界だったのだから。伊達に生傷ばかり作ってきたわけじゃない。 だが、ディアナはしら〜っとした視線を向けていた。あまり説得力が無かったらしい。 「嘘。私、アマンダさんに会ったんだから！彼女、すっごく美人だったじゃないの！」 アマンダ。そう言われてウィリーも納得する。確かに彼女は美人だ。黙っていれば。あの気の強さを思えば、この幼馴染ともっと話す機会があったりしたら気があっていたに違いない。 「あ〜、確かにアマンダは綺麗だったよな。奴隷仲間でも高嶺の花だったよな〜」 「でしょう？サニィだって彼女のことが好きだったみたいだし……ウィリーだって好きだったんじゃないの？」 そう言われてウィリーは腕を組んだ。まあ、それは確かにそうなような気もする。でも、やっぱりそれとは違うとも思うのだ。 「好きには好きだったけどさ、友達だしな〜。大体、アマンダはサニィが好きだったしさ、周りもそれが分かってたんで……サニィは羨ましい奴だよな〜とかそんな話はしてたけど」 「恋愛じゃないって事？」 「そういう事」 ウィリーにきっぱり言われて、ディアナは急に考え込む。どうも想定していた話の流れと違っていたらしい。ディアナは話す流れを考えながら話すところがあるので、想定外の話が出てくると少し弱い。だが、あくまで弱いだけですぐに持ち直すのが彼女だ。 「じゃあ、それでもいいわ」 「はい？だから、さっきから何なんだよ」 幼馴染の意図が汲み取れないウィリーは困惑する。何か聞きたいことがあるのだろうが、それそのものを直接言っても意味が無いと思っているのだろう。だからといって難しい話が苦手なウィリーにはこういう展開はまどろっこしい。 「ウィリーはアマンダさんの事を忘れたりしない？」 真剣な顔でそう問うディアナにウィリーは戸惑う。何故、彼女はそんな事を聞いてくるのだろうか。 「……忘れるはずねえだろ、俺の大切な友達だぜ？」 「本当に？本当に、本当に？何年経っても…何十年経っても変わらない？」 なおも食い下がってくるディアナにウィリーは余計に戸惑う。 「変わらねえよ。大体、俺、今までお前や一族のことだって忘れた事ないんだぜ？アマンダの事だって忘れたりするかよ」 そう言われてディアナもどこかで納得したらしい。俯くと小さな声で呟いた。 「そう、そうよね。忘れたりしないわよね」 「大体、なんでそんなこと聞くんだよ。変だぜ、お前」 ディアナは俯いていたが、やがて顔を上げると、そのままウィリーの隣に腰をかける。 「マリーの事、考えてたの」 「マリー？……ああ、ロリマーで最初に会ったシャドウナイトの侍女か」 ロリマー城に着いた時、この城について、このロリマーで何が起きたかについて話してくれたのがマリーだった。その時、ディアナはかつて彼女が自分の故郷について触れた事を思い出し、ここが彼女の故郷なのだと悟った。 マリーの故郷を元に戻したい。そんな思いもあって、マリリスを倒した。マリリスの血の雨はロリマーの人々を元に戻し、国は戻った。長き時のブランクを経て。 ロリマーに戻ってきた時にマリーとすれ違った。今、思えばあの時止めておけばよかったのかもしれない。 城に戻って分かったのは、彼女は本当はパメラという名であること。ロリマーの時が止まる前、デュラック王子と恋仲であったこと。そして……彼女はこの国を去っていった事。 時の流れを取り戻せない。過ぎてしまった時間の差。かつての恋人同士は時の流れにより引き裂かれたのだった。もし、引き止めたとしてもマリーにとっては辛いだけかもしれない。だけど、そこで絆が切れてしまったのは辛い事だった。 「私、マリーに悪いことをしてしまったのかしらと思って。きっとマリーは今でも王子の事が好きなんだと思うの。だけど、王子は彼女を強く引き止めなかったのでしょう？姿が変わっていたら……恋も愛も薄れてしまうのかしら」 「……いや、ただちょっと戸惑っただけじゃねえのか？その強く引き止めなかったってのは……」 ウィリーは全然違う反応を示し、ディアナは彼の顔を驚いて見上げた。信じられないといった顔で見ている幼馴染に、ウィリーはどこまで通じるんだろうと思いながら頭を掻く。こういった説得力のある話はディアナのお得意だからだ。 「……だからさ、記憶の中と現実が違った時って違和感あるだろ？ ディアナは俺を見て違和感無いか？ 俺はあるぜ。頭ん中のディアナは小さいまんまなのにさ、目の前には大きくなったディアナが居るんだ。違和感無い方が変だろう？やっぱ、まだ記憶の中の姿の方が印象強くってさ……時々ちょっと戸惑うんだよな」 そう言われてディアナはウィリーを上から下へと目を動かし、小さく頷いた。 「そうね。ウィリーってば私より小さかったのに、今じゃ私よりも背が高くてちょっと変だわ。おかしいわね、ウィリーには違いないのに」 同じ人間だと分かっているのに、違って感じるのだ。それは不思議な感じがした。グランス城で再会した時も、ちゃんとウィリーだと分かったというのに。 「だろ？ちょっと変だろう？だからって嫌いになったりするか？」 「ううん、ならないわ」 「だから、あの王子様も同じなんだろうさ。だから、帰って来いって伝えて欲しいって言うんだろう？」 そう言ってウィリーは笑う。珍しく、ディアナの謎かけに答えられたという嬉しさもあった。小さい頃から訳の分からない質問攻めにあっていたのだから、今回は上出来だ。 ディアナはこっくりと頷く。確かにウィリーの言うとおりだ。 姿が変わってしまったとしても変わらない思いは確かにあるのだ。 きっと……おそらく父であるボガードが今も母を想っている様に……変わらないものもあるはずなのだ。 マリーとデュラック王子もきっとそうなのかもしれない。 グランス公を錯乱した記憶の中でなおも想っていたメデューサもきっとそうなのだ。 ちゃんといつもそこにある思いは……多分、きっとある。 ディアナは心で呟く。それは彼女にとってはとても大事な事だった。 そう、いつもあるのだ。決して薄れる事無く。 そう想ってもらえるかは分からないけれど、想い続ける事はきっと出来る。 ウィリーが一族や自分を忘れなかったというように、ディアナもウィリーや養母や長を忘れた事が無かった。その年月は長いようで人に一生から見れば短いものだ。だから、絶対この先もその記憶が薄れないとは言えない。むしろ薄れた方が良いのかもしれない。だけど……無くなる事は無いのだ。ちゃんと、そこにあるのなら。 ディアナはゆっくり頷くと、隣の幼馴染の顔を見上げた。 本当に随分印象が変わったものだ。昔は小さくて、ディアナの方がいつも大将みたいな顔をしていたけれど、今は背が高くて、がっしりしていて逞しくなっていた。 きっと彼は変わっていく。時の流れと共に。それを自分は見る事は無いのだろうけれど。 だから、この思いは伝えておこう。言いそびれてしまわないうちに。 ディアナは心を込めて言葉をつむぐ。 「ねえ、ウィリー。私、ウィリーの事、好きよ。昔も、今も、これから先も」 幼馴染の突然の言葉にウィリーは驚いた顔をした。何を唐突に彼女は言い出すのだろう。 「な、なんだよ、いきなり」 「ん、ちょっとね、ちゃんと言っておきたかったの」 ウィリーが驚くのはディアナにも最初から分かっている。笑いながら、彼女は答えた。確かにいきなり言われたら驚く方が普通だ。小さな頃なら気軽に言えた言葉も、こうやって大きくなってしまったら照れが先に出てなかなか言えないものだから。 笑うディアナを見て、ウィリーはなんだかこの言葉にちゃんと答えないといけないような気がした。いつもとディアナの雰囲気が違って感じられたから。だからといって、ディアナのようにさらっと言うのも難しいのだけれど。 「お、俺も……その……ディアナの事……ん〜と、その……大切な幼馴染だと思ってる」 「それって……好きっていうこと？」 ディアナに問い返されて、ウィリーは照れくさそうに頭をかいた。 「……そういうこと」 そう言われてディアナの大きな瞳はさらに大きくなった。それから、真剣な顔でウィリーの顔を見る。 「本当？それ、本当に本当？」 その問いかけにウィリーはひっかかりを覚える。さっきから何故、彼女はそんなことばかり気にするのだろうか。 「……本当」 「そう……良かった、嬉しい」 ディアナはそう言って嬉しそうに微笑んだ。大切な何かを手に入れた、そんな表情だった。 ウィリーはなんだか心配になる。何故、こんなことばかりこの幼馴染は気にするのだろう。 「……なあ、ディアナ。俺達……また一族揃って暮らせるように頑張ってるんだよ、な？」 念を押すように、確かめるようにウィリーはディアナに問う。 そう、今までの問いかけは……彼女が居なくなってしまうような気がしたのだ。 だが、ディアナはすぐには答えない。それがより一層心配を増幅させた。 「全部が終わって……みんなと会う時も暮らす時も……その時はディアナも一緒、だよな？」 そうだと、答えて欲しかった。 せっかく会うことが出来たのに、こうしてお互いに生きて話が出来るというのに……また別れが来るなんて考えたくもなかったから。 ウィリーの気持ちはディアナにも伝わっていた。彼女も同じだったから。できる事ならそうありたいから。 ディアナはゆっくりと頷いた。 「うん、いつも一緒よ」 そう、もしそれが叶わないとしても心は一緒だから。 自分がウィリーを思うなら……ウィリーが自分を思ってくれるなら……いつも心は一緒だから。 いつも……そこにいるから。見守っているから。 そう、この気持ちは永遠なのだから。 おわり。 切ない系、ウィリー＆ヒロインでした。というか切なくなるんですよね、ヒロインのことを思ったら； ウィリー＆ヒロインって恋とか思わないくらいの……後からウィリーが思い出して「恋だったのかな」と思うようなのが良いです（笑）。でも、ある意味恋人同士より仲良さそうかなと思うんですよね。幼馴染の気軽さから。普通はあれほど離れていたらもうちょっとどきどきしても良さそうなのに、なんかお互いそんな事は関係無さそうですよね（笑）。ウィリーはディアナを守るんだ〜ってはりきってて、そんな彼を尻にばっちりひいてるヒロインで（笑）。うちはヒロインがゴッドハンドなので拳で語り合うというか…お互い心と心で通じあってそうな感じが大好きですｖｖ ウィリーｖヒロインって人気あるんでしょうか？よく分からないですが、個人的にはツボでございますｖｖらぶ。 イメージ的にはスピッツの「なかよし」がぴったりな二人ですｖなんか、この歌がいちばんしっくりくるんですよね〜。「あれは恋だった」ってフレーズとかｖｖとなるとヒーロー×アマンダは「楓」かしら。 |