『月の綺麗な夜だから』


 差し出されたのは大き目の酒瓶だった。透明のガラスの容器の中にはガラスと同じように透き通った透明の液体が詰まっている。そこに貼られたラベルには達筆な字で「シュタインベルガー」と書かれていた。
「これ、私に?」
 金色の長い髪に赤と青のコントラストが印象的な衣装を着た長身の少女に、酒瓶を差し出した少し小柄で褐色の毛並みをしている猫の少女は笑顔で微笑んだ。
「ええ。ルナには色々お世話になったから。今年、作ったばかりのシュタインベルガーなの。良かったら貰って」
「本当?うわ〜、ダナエありがとう〜!」
 ルナはダナエからシュタインベルガーの瓶を受け取ると嬉しそうに瓶に頬擦りする。
 シュタインベルガー。このお酒はガトの神酒だ。祭事用に主に使われるのだが、先日、ニキータが何かのきっかけで酒蔵に入ってしまったらしく、そこらじゅうの酒樽を飲み干すという事態が起きたのだ。その騒ぎの時にたまたま出くわしたルナがニキータをとっちめて、酒蔵の被害はそこで終わったという事件だった。ダナエがお世話になったというのはその事もあるのだろう。
 実は、ルナとニキータは結構気が合うので、この一件でシュタインベルガーの味はずっと気になっていた。とはいってもニキータがかなり飲み干してしまったので、解決してあげたからシュタインベルガーを分けて、なんて言う訳にもいかない。泣く泣く諦めかけていた幻のお酒だった。さすが、ダナエ。気配り上手の彼女はルナの気持ちを分かってくれたに違いない。
「ふふ、やっぱりルナ、お酒好きなのね」
「ええ、今は家にチビちゃんが居るからおおっぴらには飲めないけどね〜、好きよ〜。
 でも、そういうダナエだって結構強かったりするんじゃないの?なんたってこのシュタインベルガーを造ってるガトの僧兵じゃない」
 酒瓶抱えて喜んでいるルナを笑ってみているダナエに、ルナはずずいっと近寄って笑いかける。大体、ニキータがどんどん飲み干していくほど美味しい酒を造っているのだ。飲めないはずはないだろう。そんな彼女の追及にダナエは笑う。
「あら、分かる?もっとも私が好きなのはシュタインベルガーだけだけどね」
 そう言って笑ってから、ダナエはルナの耳元に顔を近寄せ、こっそりと小さな声で話す。
「でもね、ここだけの話、エスカデはああ見えて弱かったりするのよ」
 その言葉を聞いて、ルナの頭の中に酔っ払ってダウンしているエスカデの姿が思い浮かぶ。普段のえらそうな彼からでは想像できない姿にルナは思わず笑い出した。
「あはは!それは良い事聞いちゃったわ〜!いつか、潰してやろうっと」
「私から聞いたっていうのは内緒よ?」
「あは、了解、了解。分かってるわよ」
 これで一つ弱点を知っちゃったわ、からかえるわねとルナはほくそえむ。最も最近はちっとも顔を見ないのだけれど。
「そういえば、エスカデって最近見る?私、すっかり嫌われたらしくって、顔も見せないのよね〜。アーウィン倒した事、根に持ってるのかしらね」
 そう、ダナエとエスカデの一騎打ちに割って入って、なんとかエスカデにその場を引いてもらったのだが……あれ以来顔も見せないのだ。
 その言葉にダナエは頷いた。
「うん、この間ちょっと顔見せに来たわ。今はまたオールボン様の所に戻っているみたい。
 もう少し、修行して、もう一度色々見つめなおしてみるって。
 でもね、結局アーウィン倒したんじゃないか、俺の方が正しかったんだ、とかさんざん嫌味言われちゃったわ。まあ、結局……そうなってしまったから反論できないんだけどね」
 ダナエは苦笑しながら、そう話す。相変わらずあの幼馴染には手を焼いているらしいが、彼等の間には変わらない信頼関係があるようだ。その表情は優しい。
「あはは、ダナエ、しっかり手綱引いとかないとまた暴走するかもよ?」
「私のほうが年下なんだけどな〜、困っちゃうわよね?」
 そう言って二人で笑いあう。こうやって笑いながら話せるようになったのも時間のお陰だろうか。ダナエも少しずつマチルダの死を受け入れてきていたし、彼等の関係もまた新しいものに構築されていっているようだった。それがルナにも安心をもたらす。結局、悲劇的な幕切れとなってしまったけれど、残された者たちはちゃんと前を向いて生きていっているのだから。
 ルナは貰ったお酒に視線を戻した。さて、このお酒をどうしようか。
「どうしよう。家だとバドとコロナが居るからあんまり目の前で飲むのもあれだし……付き合っては貰えないし。ヴァレリちゃんはもしかして付き合ってくれるかもしれないけど、子育て中だものね〜。お酒はちょっと家では駄目かしら」
「それなら、誰かを誘ってお花見とかお月見とかしたらどうかしら?好きな人を誘うとか」
 悩んでいるルナにダナエは進言する。その好きな人、という言葉でルナの脳裏に一人の人が浮かんでくる。
「……そっか、デートもいいわよね!」
「そうそう、お弁当とかおつまみとか作ったりして」
「うわ、いいかも〜!!ありがと、ダナエ。早速実行に移すわ!!」
 ルナは空いている手でダナエの手を握り、それから喜びいさんでその場を走り去っていった。楽しそうにはしゃぎながら帰っていくルナをダナエは笑顔で見送っていた。
「良かった、本当に喜んでもらえたみたいね」


 
 日暮れの時間のリゾート地で有名なポルポタ。その街の入り口で、おおよそこの街に似合わない風体の男性が困ったように立っていた。
 大柄な体格にごつごつとした肌。ドラコニアンであるため、より一層いかつい印象になる。
 華やかな町並みに対して自分が似合わない事が分かるのだろう、彼は顔をしかめた。
 普通だったら好んで来る場所ではない。
 だが、今日は招待を受けてのことだった。
 相手は、彼にとって恩を受けた程度の言葉では済ませられないほどのものを与えてくれた少女。断れるはずも無い。
 だからといって、この街に似合う格好も出来ないあたりが悲しい所だ。ドラゴニアンは戦闘的に特化しているような種族だから、どんなに頑張ってみても怖さの印象を与えてしまうのだから。
 ……あの少女は出会ったときから自分を怖がったりとかはしていなかったように思う。そう考えると、彼女はちょっと変わっているのかもしれない。
「待ち合わせはここで、この時間で合っているはずなんだが……」
 現れない少女を待ちながら、ラルクは居心地の悪さに困ってきていた。
 つい最近まで奈落から動けなかった。それが嘘のようだ。
 だからといって、こんな場所には早々来る性格でもない。
「お待たせ〜!」
 元気の良い声が聞こえてきて、ラルクはその方角を見る。向こうでルナが走りながらこちらにやって来ているのが見えた。その手には大きなバスケットを抱えている。
「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「いや、別に構わない」
 謝る彼女にラルクは、心配ないとそう告げる。
「良かった。じゃあ、ここじゃなんだし、海辺の方に行きましょ?」
 そう言われてラルクはルナに手を引かれたまま、海辺へと向かっていっていた。
 彼女は何を考えているのだろうか。そう思うのだが、口にしてはいけないような気がして、ルナの言うがままについていった。
 海辺は波が打ち寄せ、綺麗な月が昇っている。その月の光が海に反射して、より神秘的な雰囲気にしていた。
「今日は空がよく晴れて、月が綺麗に見えるわね」
 空を仰ぎながら、ルナはその見事な景色に自分でも満足していた。
 今日が満月なのは知っていたが、空模様は分からなかったから、これほどデートに最適な場所は無いと思った。
「ラルク、こっちに来て座りましょう?」
 海岸に設けられているテラスにルナはラルクを誘導した。それにラルクは無言でついてくる。
 ラルクはラルクで、この場所と自分の相性の悪さに困っているようだった。
 そんなラルクの様子にルナも気が付く。
「ごめんなさい、ポルポタ、もしかして苦手?」
 そのルナの心配そうな声にラルクは首を横に振った。
「……いや、こんなところには縁が無かったからな。ちょっと、見慣れない景色で戸惑っているだけだ」
 その言葉にルナは困った顔をした。
「ごめんなさい。フラメッシュがポルポタの海は綺麗だって言ってたから……あなたと来てみたくて……」
 彼女がだんだんと元気をなくしていく様子に、ラルクは慌てて否定した。
「いや、ここが嫌だとかそういう訳じゃない。だから、そんな顔をしないでくれないか?」
 ラルクの言葉にルナは安心した顔をする。そんな彼女を見て、ラルクもほっとした。
「……ところで、今日は何故ここに?」
 ラルクはずっと聞きたかった用件をルナに尋ねる。
 いつもルナと行動する時は、モンスターの多いところばかりだ。だが、こういった観光名所には来る理由が無いともいえた。
 それに対してルナはにっこり笑ってバスケットをラルクの前に見せる。
「あのね、ラルクと一緒に今日は飲もうと思って」
「飲む?」
「ええ、ダナエがね、シュタインベルガーっていうお酒をくれたの。
 誰と飲もうか考えたんだけど、いつも一緒にいてくれるあなたと飲みたいなって思って」
 そう言ってルナは照れくさそうに、ふふっと笑ってみせた。
 酒、と聞いてラルクも納得がいく。
 絶景の満月と酒、なかなかいい組み合わせだ。ルナのプランは凄いなとラルクは思った。
 ラルクの前でルナははしゃいでみせる。
「あのね、あのね、これがシュタインベルガー!」
 そう言って大きな透明の瓶をテーブルの上に置いた。そして、続けてグラスを二つ並べ、なみなみと注いでいく。その片方をラルクに手渡した。
 それからバスケットの中に入った、鶏のから揚げやらポテトやらなにやらおつまみになりそうなものをぞろぞろと出してきて、テーブルの上に並べる。
「これね、私が作ったの。これでも結構頑張ったんだから!」
 そう言う彼女の指はあちらこちらに絆創膏が貼られている。慣れない事をした証でもあった。
「でも……味は大丈夫よ。心配しないで。ちゃんとバドとコロナに美味しいって言ってもらえてるから!」
 心配そうなラルクを見て、ルナはびしっとそう告げる。その言い方にラルクは思わず微笑んでしまう。
 なんて元気のいい女の子なのだろうと、ラルクは思う。
 出会ったときは彼女が奈落に引き込まれて、ラルクが助けた所から始まる。あの頃から彼女は元気が良かった。奈落には無い明るさを持っていた。それがラルクには少し眩しくて、羨ましくも感じたのだ。
 だから……生き返ることにあそこまで執着したのかもしれない。
 今は全てが丸く収まって、今、こうしていられるのも彼女のおかげだ。
「ラルク、乾杯しましょ。あのお月様に向かって」
「ああ、そうだな」
 ルナとラルクは微笑みあって、月をバックにグラスをコンと鳴らして乾杯した。
「うわ、シュタインベルガー、美味しい」
 一口飲んだルナがびっくりしたような顔でそう言った。
 ラルクも口には出さなかったが、ほぼ同様に思っていた。
 今まで飲んできた酒とはまた一味違う。やはり神聖な酒だからだろうか。
「ダナエに良い物もらっちゃったな〜。これならニキータが飲み干してもおかしくないかも」
「何かあったのか?」
 ルナが感慨深げにそう言うので、ラルクは戸惑いながらそう尋ねる。
「何かあったも何も……ニキータって猫……う〜ん兎かしら、まあそんなのがいるんだけどね……神酒を飲み干しちゃってね〜、私、偶然そこに通りかかったから、酔っ払ってるニキータをたたき起こしたって訳。それで作り直した奴をお礼で貰ったのよ」
「……そうか、神酒か。だから味が違うんだな」
「ええ、なかなかいいお酒だわ。あ、おつまみとかも食べてね。頑張って作ってきたんだから!」
「ああ、ありがとう」
 ラルクはルナの厚意をありがたく受け取っていたが、少し後ろめたい思いがあった。何故、彼女はこうまで自分に関わってくるのだろうか。一度は彼女を裏切ったというのに、それでも彼女は自分に関わってくる。不思議だった。それが全て。
 感謝しないといけないのはラルクの方なのに、ルナの方に気を使わせてしまっているような気がした。
 今日のセッティングも全部彼女が考えたのだろう。その厚意を嬉しく思いつつ、自分は何も彼女に返すものがないと気付いて、ラルクは少し落ち込んだが、シュタインベルガーの強さもあってだんだんと酔っ払ってくる。少しずつ、その後ろめたさは消えて来ていた。
 ルナが取り留めの無い話を色々聞かせてくれる。この間海賊船に乗っただの、雪の国に行ったという事も。楽しそうに話しかけてくるルナにラルクはそれに聞き入りながら、酒も進んだ。
 話すのは比較的無口なラルクよりもおしゃべりいっぱいのルナの方がその場では一番盛り上がっている。そんな彼女の話を聞いていて、それに頷いていて……それが心地よい気持ちにさせていた。
 ラルクは今まで自分が不自然だと感じて居た場所だが、ルナによって楽しい場所に変えてもらったことが魔法のようだった。
「……なあ、ルナ、ちょっと聞きたいんだけれど」
 ラルクは何気なくルナのおしゃべりの途中でそう話しかけた。ルナは自分の話をやめて、ラルクのほうに向き直る。
「なんでしょう?」
 アルコールが入っているので、ルナは上気させた頬でにっこり笑っている。
「今日は俺にとって、凄く楽しい一日だった。
 だけど、君には知り合いが沢山居るだろう?
 何故、俺を選んだんだ?」
 ラルクからすれば当たり前の疑問点だった。
 そうポルポタという、普段なれない環境に連れてきて、満月を見ながら波の音が聞こえるこの街で。その相手は他にも沢山居ると思ったからだった。
 だがルナの答えは明瞭だった。
「私がラルクの事が好き。だから、一緒に居たかったし、飲みたかったの」
 ラルクが返事をする前に、またルナが話し始める。
「たまにはね、こんなデートしてみたかったの」
 その言葉にラルクはどきまぎさせられる。
 彼女から好意を抱かれている事はラルクも知っていたし、ラルクも彼女の存在は大きくなってきていた。
 これは特別なデートなのかもしれない。
 ラルクはその事に気が付く。
 ルナが用意した、デートなのだ。
 いつも二人で居ると、戦術の話とかそういう話ばかりになってしまう。だから、こうして息抜きも良いんだよ。とラルクに言っているかのようだった。
「……なんだか、いつもお前に教えられるようだ。そうだな、安らぎも必要なんだよな」
 一人ごちに呟くラルクにルナは満足そうな顔をしていた。
「じゃあ、ラルクがコンセプトに気が付いたところで、お月見しながら、一緒にお酒、飲みましょう?」
 そう言って、ルナは笑っていた。それにラルクも笑顔で応える。
 今日は二人にとって、初めてデートらしいデートが出来た日になった。


終。

やっとなんとか書けました、女主×ラルク!!ずっと好きなんですよ〜!主人公関連では一番好きなカップルです。で、シエラ姐さんを交えての激しいラルク争奪戦が起こって、おろおろするラルクってのが私の女主vラルクだったりします(笑)。
でも、ラルクと女主のカップリングが好きな方って思ったより居るようで嬉しいです〜!
また、いつか挑戦したいです。

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