エピローグ

「呪い、本格的脱出おめでとう!」
 あの出来事から五日後の朝、アテナはカームの背中を思いっきり叩いた。
 何だかんだいって、呪いが解けていない可能性もあったので、カームは本を誰にも触らさずに、自分の本来の研究テーマの論文にとりかかっていた。
そして、呪いの期限である今日、無事である事をアテナが確認しに来たのだ。
「……それにしても仰々しい部屋だねえ」
 アテナは訪れたアルージャの魔導研究所の一角にあるロヴンの部屋のさらに一角にあるカームの小さな部屋に呆れた声を上げた。
 本棚が並んでいて、そこには沢山の本が整列して並んでいるが、入りきらなかった本は床に平積みされている。また、書類の類も、一応分類はされているのだろうが、机や棚の上に積み上げられていた。
 この部屋の様子を見ると、ディズレットの廃屋の中の様子を思い出す。魔導師という生き物はこういった生活環境なのだろうか。
「すいません。でも、こんかいの本の研究のお陰で私、魔導研究所に入れそうなんですよ」
 魔導研究所。首都レジンディアにある魔導師達の最高峰の研究機関である。
 アテナからすれば命がけの研究をしていたのだから、それが成功すればそのくらいの地位を与えてやっても良いものだと思うが、カームにとってはそれが感激するほど嬉しい事らしい。
「私の夢だったんです。魔導研究所に入る事。これも、この本とアテナさんに出会えたお陰ですね。ありがとうございます」
 そう言ってカームは、例の呪いがかつてかかっていた本を胸に抱えてアテナに頭を下げた。
「まあ、なんにしろ良かったね。じゃあ、あんたはこれから首都暮らしになるのかい?」
 目の前の人物のあまりの喜びようにアテナは少々面食らいながら、腕組みして、そう尋ねる。
「ええ、認められればおそらくは……」
「そっか……。んじゃ、なかなか会えなくなるね」
 アテナの言葉にカームは驚いた顔をした。
「アテナさんは?アテナさんはこれからどうなさるんです?」
「あたし?あたしは今までどおりさ。賞金稼ぎをしながらアルージャを基点にやってくつもり。だから、あんたに会うこともそうは無いって事」
 そう言ってからアテナは苦笑した。
「まあ、短い付き合いではあったけどね。あんたと出会って色々あったけど、あんたに会えて良かったと思ってる。ありがとね」
「私こそ……貴女と過ごした日々を忘れません。きっとずっと覚えています」
 そう言ってからカームは俯きがちになって言葉を詰まらせた。何か言おうとしているらしいが、言葉にならないらしい。
 その言葉を聞きたくもあったが、アテナはそろそろ退散する事にしようと思った。長く居たら後ろ髪を引かれそうだ。
 彼とは本当に色々あった。数日間の短い出来事だったけれど、何年もの出来事のようでもあった。
 忘れない。彼のことをきっと。
「じゃあね、カーム。また、会えたらね」
 そう言って部屋から去ろうとするアテナの手をカームがとっさに握った。
「あ、あの……その……貴女さえ良かったら、時々会ってもらえますか?私……貴女とお友達になれたらと思うんです。あの、貴女さえ良かったら、なんですが」
 その言葉を言うのがやっとというくらい、カームは真っ赤になってそう告げた。
 その言葉にアテナも赤くなって、ゆっくりと頷いた。
「ああ。勿論。会いにいくよ。レジンディアの近くに行ったら、あんたに会いに」
 アテナの言葉にカームは嬉しそうに頷いた。
「……はい!待っています!」
 そう、二人の関係はここから始まるのだ。
 ……これから、ゆっくりと。

後書き