エピローグ


「うわ〜!懐かしい〜!久しぶり!お爺様もお婆様もお元気かしら?」
 懐かしの我が家の前に辿り着いた少女は、今までの大きな態度も忘れて無邪気にはしゃいだ。やはり故郷というものは違うのだろう。その態度の豹変ぶりに青年は苦笑した。
ついさっきまでは、自分がお姉さんだのなんだの言っていたが、甘えられる相手が居る場所に辿り着いたならそれは関係ないようだった。そういう所は見た目どおりなのかもしれないなと思う。
「……じゃあ、俺はここで失礼するよ。クリストファー様への報告は俺がしておくから」
 彼女の家の前でアベルは別れを告げる事にした。やはり宮廷魔導師というのは本当だったらしい。彼女の生家は、見事に輝く白い石で出来ており、そこには目を奪われるような見事な鷹や鷲等の彫刻が刻み込まれていた。そこから感じる雰囲気は高貴で格調高く、とても一般庶民とは一線を画している、そんな建物だった。
田舎者のアベルでは近づくこともためらってしまうような所なのだ。今まで気がつかなかったが、セレナは本当に良い所育ちのご令嬢なのだろう。昔もそんなような気はしていたが、実際にその家を見るとなると……やはり世界の違いを実感する。
「あら、悪いわね。私もクリスには後で報告に行くわ。だけど、先にお爺様達に帰還を報告しないと。きっと心配していると思うわ。でも、私の家でお茶くらい飲んでいってもどう?そのくらいはするわよ?」
「ああ、いや。それは遠慮しておくよ」
 セレナの誘いにアベルは遠慮して断る。やはり住む世界が違う相手だ。近寄りがたい。
 一方のセレナはアベルがそんな事を考えているとは知らないので不思議そうな顔をした。
「そうなの?まあ、無理にとは言わないけど残念ね」
 残念そうに言うセレナをアベルは何とも言えない思いで見ていた。
 これで彼女を護るという任務は終わった事になる。これからは滅多に顔を合わす事も無くなるのだろう。
長年会いたかった彼女に出会えたのだからその事に感謝するべきなのに、寂しく思ってしまうのは我儘なのだろう。
だからといって、別れの言葉は言いたくなかった。同じ国に暮らしているのだから、またいつか出会う事もあるだろう。そう信じて。
「……それじゃ、また」
 アベルはそうセレナに別れを告げた。またいつか出会える事を願って。そして、振り返らないように、彼女の元から足早に去っていった。
「ええ、またね」
 アベルの気持ちを知らないセレナは、何も気にする様子も無くそう言って手を振って彼を見送った。セレナにとっては別れでも何でも無かったからかもしれない。
 さあ、お爺様とお婆様に帰った挨拶をしなきゃ。
 セレナは家の玄関に向かおうとして、その入り口に立っている人に気がついた。豊かな真っ白な髭と優しそうな顔立ち、そして威厳ある雰囲気を持つ人物。彼女の祖父だった。
 だが、セレナは祖父の視線が自分ではなく、帰っていくアベルに向かって注がれている事に気がついた。
「ただいま、お爺様。どうしたの?」
 セレナは祖父の下に近づき、そう尋ねた。その声に祖父もセレナに気がついて優しく微笑み、孫の頭を撫でた。
「おかえり、セレナや。いや、お前と一緒に帰ってきた子に見覚えがあってな。誰だろうと考えていたんだよ」
「え?アベルの事?」
 アベルに見覚えがあるという祖父にセレナは驚く。一体いつ知り合ったのだろうか。
 祖父はセレナの言葉を聞いて、思い出したかのように頷いた。
「ああ、アベル君か。そういえばクリストファー様が、連れてきたと言っていたな。随分と大きくなったもんだ。時が経つのは早いのう」
「お爺様、アベルの事を知っているの?」
 ますます不思議になってセレナが尋ねる。アベルはこの首都に来てそんなに経っていないと言っていたのに祖父といつ知り合う機会があったというのだろうか。
 だが、祖父の方がセレナを不思議そうに見た。
「何を言っているんだ。セレナも会っておるだろう?もう十年近く前になるかのう。私達の面倒を見てくれた夫婦の所の息子だよ。お前はしょっちゅう喧嘩していただろうが」
「十年前……喧嘩してた……って……ええ!」
 セレナが驚きの声を上げる。道理で似ていると思うはずだ。本人そのものなのだから。
 一方、驚く孫に祖父は困った顔をした。
「一緒におって気付かんかったのか?名前が同じなんだから、気がついても良さそうなものを……」
「だ……だって、名前、ちゃんと聞いてなかったんだもん」
 セレナはバツが悪そうにそう答えた。そう、ちゃんと聞いていなかったのだ。あの時はもう誰とも関わるのが嫌で、名乗る事も名前を聞く事も覚える事さえ放置していたような気がする。後から後悔したが、それはもう過去の事だ。
「うわ〜、全然気がつかなかったわよ」
 セレナは慌てる。何か、相手にあの時の意地悪娘だと気付かせてしまうような事はしなかっただろうか。今まで交わしたアベルとのやり取りを思い出してみる。
 ……そういえば彼の初恋の人も十年前とか言っていなかっただろうか。何でも村を助けてくれた歳の変わらない女の子だとか……。
 ……もしかして、それって私だったりするのかしら。
 可能性は無い訳ではない。見た目なら大して変わらなかったはずだ。一応、セレナも村を助けている。とはいっても確信がある訳ではない。
 だけど……この話を自分にしたくらいだから違うかもしくは気がついていないのだろう。見た目が同い年だったのだから、きっと彼の想像している人物は彼と歳の変わらない外見をしているに違いない。
「……私だったりしたら、がっかりするわよね」
 そう思うとアベルが気の毒に思えてきた。初恋の人が年上のハーフエルフだったりしたらショックに違いない。だから、セレナは次に会ってもその事を内緒にしておこうと心に決めた。夢は夢のままの方が綺麗に決まっているのだから。
「どうだった?彼は騎士を目指しているそうだが見込みはありそうだったか?」
 祖父が優しく声をかける。それに対してセレナは大きく頷いた。それに関してはしっかりと答えられる自信があった。短い付き合いだがそれは分かる。
「ええ。彼は良い騎士になれると思うわ」
 それは確信にも近い思いだった。

 謁見時、王子は嬉しそうに笑って出迎えてくれた。彼の帰還を心から待ってくれていたようだった。
 優しい笑顔に銀色の髪。気品あるその雰囲気は懐かしさも感じられ、アベルは戻ってきたのだと実感した。やはり、アベルにとってクリストファーは特別の存在だった。
「おかえり、アベル。よくやったね」
 新人の部下の帰還を心から喜んで迎えた。アベルはそれに恐縮してすぐに頭を下げる。
「い、いえ。お役に立てたのかは分からないのですが……」
「そんな事はないだろう?被害のあった村から、行方不明者が戻ってきたと報告があってね。本当によくやってくれたよ」
 クリストファーは本当に嬉しそうにそう言ったが、アベルは驚きで一瞬言葉に詰まった。
 行方不明者が戻ってきた?
 セレナの話によれば、生きてはいないだろうということだった。
 だが、生きていたのだ。セレナの予想は外れていたのか、もしかしたらそれも視野に入れて、あのケリーに転生の道を与えたのだろうか。それは彼女に聞いてみないと分からない。だが、あの人として生きる事にこだわりを強く持ったかつての人は…憧れ続けた人間を殺す事は出来なかったのだろう。そういえば、アベルが最初に閉じ込められたあの場所をセレナは『何かの目的があって閉じ込めている』と言った。
その目的を……自分が身体を乗っ取る事は出来なくても、やはり憧れ続けるその人間を手放せなかったのかもしれない。
 ……そして樹の主に戻ったあのドリアードが彼等を解放したのだろう。
 良かった。その言葉で片付けてはいけないのだが、それ以上の言葉が思いつかなかった。彼等を庇うことは攫われ被害を被った人間としては出来るものではない。だけど、同時に嫌う事も出来なかった。……特にケリーの気持ちは分からない事も無かった。分かる事が許しになる訳ではないけれど。
 それでも……自分と同じように魅入られた人々は生きていたのだ。それは純粋に喜ばしい事だった。直接助け出せなかったのは残念だったけれども。
「どうしたんだい?」
 黙ったままのアベルを不思議そうにクリストファー王子は見る。それに気がつき、アベルは慌てて頭をさらに下げた。
「は、はい。勿体無いお言葉をありがとうございます」
 深く深く頭を下げるアベルをクリストファーは優しく見ていた。一回り大きくなったような気がした。あの幼馴染に預けたかいはあったかもしれない。
 そう、あの幼馴染の永遠の少女に。
 クリストファーは思わず笑顔になった。彼等はどんな風に出会ったのだろうか。
「アベル、セレナはどうだった?久しぶりに懐かしい人に会った感想は?」
 にこにこしてクリストファーはそう尋ねた。だが、そう言われた方はもっと驚いた顔になる。
「な、な、な、何故、それを?」
 アベルは混乱してそれ以上の言葉が出てこなかった。一体、何故王子がその事を知っているのだろうか。信じられない事だが……王子のニコニコと微笑む顔を見ていると知っているようにしか見えなかった。一体、どこでばれたのだろうか。
 混乱しているアベルをクリストファーは楽しそうに見ていた。
「ふふ。前にね、アベルがちょっと話してくれただろう?故郷を救ってくれた女の子がいたって。エアガイアは丁度セレナが活躍したって話を聞いた村だったからね。きっとそうじゃないかなって思ってたんだよ」
「な、な、なんで黙ってたんですか!」
 アベルは思わず抗議をする。もっと早く言ってくれてさえいれば彼女に話す事も無かったというのに。責任転嫁といえばその通りなのだが。
 抗議を受けたクリストファーは楽しそうな顔をしたままだ。
「確信は無かったしね。でも、その反応を見るとやっぱりそうだったんだ」
「……違うと言いたい所ですが……残念ながら」
 アベルは苦い顔でそう答えた。自分がしっかりと肯定してしまった事実に気がついたからだ。クリストファーには初恋の人だという話まではしていないのはせめてもの幸いだろうか。
 だが、本人と仕える王子にまでばれているというのは……胃が痛かった。
「でも、本当にアベルは頑張ってくれたよ。ありがとう。ゆっくり休むといい。新しい任務はまた改めて伝えるから」
 やはりいつもと同じような優しい笑顔でクリストファーは微笑んだ。
 その笑顔にアベルは仕方が無いと思わされてしまう。結局、王子の言葉にはどこまでも弱いのだろう。それにこの人に仕えていたいという思いが改めて重複される。
 アベルは深々と頭を下げると王子に改めて忠義を誓った。

 昼の日差しは眩しかった。目指す城の正門はもうすぐだった。アベルは、次の任務の事を思いながら緊張していた。
数日貰った休息は、アベルにとっては手持ち無沙汰で、結局全て剣の鍛練等に当てて、次の仕事に備える事にした。
 そして暇にしていたアベルに王子からの次の仕事の指令がやってきた。
 届いた書状には、王子の直筆の流れるように美しい字が並んでいる。アベルはそれを読み進めていった。
『トロール退治の要請があり、そこに向かう部隊の手伝いを頼む。
 詳しくは明日の正午、城の正門前にて、部隊の指揮官に従うように』
 そう書かれていた。その書状を頼りにアベルは城の正門へと向かっていったのだ。
 今度はどんな人なのだろうか。アベルは緊張する。
 色々な人に出会うのは、それはそれで面白いだろう。この間のセレナだってそうだ。あの再会は王子によってもたらされたと言っても正しいのだけれど。
 そして向かった先に居たのは……金色の髪の小さな少女。
 まさか……まさかとは思うが……。
 少女が振り返る。少し釣り上がった目と青い瞳、流れる綺麗な金色の髪。そして何より特徴的なものは自信満々の笑顔。
「あら、遅かったわね」
「遅かったって、まだ時間より前……じゃなくて、やっぱりセレナなのか」
「あら、悪かったわね。私じゃ不満かしら?」
「……いや、不満とかそういうんじゃなくて」
 セレナらしいと気がついたときから、アベルは先日の事を思い出していた。王子はセレナの幼馴染だし、これから先、一緒になる事は無いだろうと思っていたのだが……どうやら逆のようだ。この調子では、彼女に付き合わされる運命なのかもしれない。
「だったら良いわね!今回は楽よ〜!トロールをふっ飛ばせば良いんだもの!
 今度は思いっきり暴れるわよ〜!」
 わくわくと目を輝かせてセレナは思いっきり腕を伸ばした。彼女が本気を出せばトロールだって一発かもしれない。暴れまわる彼女は容易に想像がついた。
「……まあ、それも悪くないか」
 アベルはくすっと笑う。おそらく自分が居たところで役に立つのかは分からないままだけれど、彼女に付き合うのも面白そうだった。
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、そろそろ行くんだろ?」
 アベルはセレナを促す。それにセレナはにっこりと頷いた。
「ええ!ちゃっちゃと終わらしちゃいましょ!」
 セレナは嬉々としてはしゃぐ。
 腐れ縁といえばそうなのかもしれない。こうやって出会えたのもきっと何かの縁なのだろう。偶然と人為的なものとが重なった再会だったけれど、昔は昔、今は今だ。
 このはちゃめちゃな魔導師に付き合うのも悪くないだろう。かつて村を救ってくれた時のように、そしてこの間の輪廻転生を与えるという魔法を使ったようにきっとまた変わったものを見せてくれるに違いない。
 この小さな女神の引き起こす小さな奇跡を間近で見られるのは素敵な事だとアベルは思ったのだった。



完。

★後書き★