第二章 造り出された人


 いつも追いつこうとしていた。先に行く二人を追いかけていた。自分もその中に混ざりたくて、必死で追いかけていた。
 子供の歳の差は大きい。一つ違うだけでも大きく違うのに、アリアと少年達の差は二つだったのだ。何をするにもアリアはいつも敵わなかったし、一緒に並びたいと望んでもそれは叶わなかった。
 それでも必死で追いかけていると、優しいエランは時々足を止めて待っていてくれた。
 そしてエランまで来ないと感じると、先頭をきっていた少年もやっと足を止め、不機嫌そうに彼女が来るのを見ていた。
 いつも何かしようと言うのはその少年で、エランもアリアもそれについていっていた感じだった。少年が提案するものは、いつも楽しそうでわくわくした。そして、何よりそれを率先して突き進む少年が一番楽しそうでキラキラ輝いていた。その笑顔が本当に楽しそうだから、それに釣られていたのかもしれない。
 少年がアリアの事を疎ましく感じているのは分かっていた。だが、彼女も負けず嫌いで、いつも見返してやろうとそればかり考えていた。
 ところが少年は運動神経も発達していて何でもこなすし、魔法も得意で怖いものがないような所があった。そんな人をどうやって見返そうとしていたのか自分でも今となっては分からないが、その当時はいつも思っていたのだ。
 だが、小さなアリアは体力的にも劣っていた。年上の少年達と同じ事をしようとしたって出来るはずが無かった。
 だから、追いかけているうちにつまずいてころんだりするのは日常的で、大きな木を登ろうとして落ちたこともあった。怪我をするたびに、痛みより出来ない事が悔しくて泣いた。何故、同じ事が出来ないのかと悔しかった。
 アリアが泣き始めるとエランがやって来て慰めてくれるのだが、悔しい気持ちが無くなる訳でもなく涙が止まらなかった。そうやって泣いていると、それまで遠くで見ていた少年がやって来てアリアを有無も言わさず引き起こすと、背負って家まで連れて行ってくれた。背負っている間は、アリアが何を言おうとも相手にすることは無く、ただ黙っていた。
 そして、家についてアリアの母親に彼女を引き渡し、礼を言われると照れくさそうに頭をかいて『大将は子分の面倒を見るのは当たり前だから』と言うのが決まり文句だった。
そして、その帰り際にアリアの頭をぐりぐりと撫でて、いたずらっ子の笑顔で笑った。
「今日はよくついて来たな。次はもっと遊ぼうな」
 そう言ってエランと一緒に走り去っていく。そういう少年だった。
 アリアの知っている彼はそういう少年だった。
 そう、そういう人物だったはずだ。
 確かに言葉は足りない所はあったし、表現も不器用だった。だけど、明るい笑顔の絶えない人だった。
 少なくとも、こんな冷たい目をした人ではなかったはずだ。
 アリアは目の前にいる人物を見ながら、そんな事を考えていた。
 目の前に居る人物は、淡々と警備の段取りを説明していた。
 要は魔導研究所に妖しい人物が侵入しないかと見張る事だった。
 魔導研究所はアリアにとっては馴染みのある場所でもあった。彼女の父親はここに勤めている。もっとも、ここ十年ほどは外部の施設等に出かけることの方が多く、今も父はここにはいなかった。
「……警備の概要は以上だ。
 この施設は性質上、機密を扱う事から入り口は一箇所しか設けられていない。
 つまり、嫌でもこの場所を通る事になる」
 そう言ってラディスは周囲を見回した。
 ここは魔導研究所の玄関ロビー。受付があるくらいは特に目立つものもなく、タイル張りの造りで、明かりも十分で見通しも良い所だ。中に入るには、ロックがかかっていて、特殊な鍵を持っていないと開かない。
 入り口でもチェックがあり、元々の警備は万全になっている。仮に抜けてきても、ここを通過しないと内部施設には入れない。
 狙われているというここの幹部は、施設の最奥に身を隠しているという。
 他の場所にいるよりはむしろ施設に居た方が安全だという判断からだった。
「俺は外の様子を見てくる。4人でここの警備をしていてくれ」
 ラディスはそう言い残すと、入口のセキュリティを通り抜けて見えなくなった。
 残された4人は、それぞれの装備を確認し始めた。
 何と言っても相手がどんな事をしてくるのか全く分からない。
 ラウディは短剣を取り出し、磨き始める。セレスは刀を鞘から抜いて刀身の確認をする。レシティアは集中力を高めるために黙祷を始めた。アリアも携えているロッドを握り締めた。アリアにとって、ロッドは魔法の威力を高めるだけでなく体術の武器でもあった。
「……そういえば、何か分かったか?」
 セレスがラウディに思い出したかのように尋ねる。ラウディは短剣を磨く手を休め、顔を上げると首を横に振った。
「それが全然分からんのよね。……一年ほど前に騎士団に入ったってのは掴んだんやけど、最初から待遇が普通の騎士とはちゃうんよ。エリート扱いやねん。
 だから前歴になんかあるんやろな〜思うて調べとるんやけど……資料関係が全く集まらんのよ」
「ラウが情報収集にてこずるなんて……ますます謎の人だな」
 ラウディのお手上げという仕草を見て、セレスはため息をついた。目を閉じていたレシティアも瞼を開け、やれやれという顔をした。
 状況が分からないアリアはきょとんと首をかしげた。それにラウディが気がつく。
「ああ、アリアちゃんには話してなかったんやったね。
 新しい隊長の事、少しくらいは知っておこう思うてね、騎士団の内部情報に探りを入れてるんやけど……トップシークレット並のガードやねん」
 困った顔でラウディはそう言った。
 その言葉にアリアは驚いたが、よく考えればラウディは情報収集が得意なのだと聞かされていた事を思い出して納得した。敵だけでなく、味方にもその捜査は及ぶようだが。
 アリアは自分の幼馴染だった事を言おうかどうか悩んだが止める事にした。
 アリアもラディスが自分のかつての幼馴染であった事くらいしか分からないからだ。
 ガン!
 突然、大きな音と共に建物全体が揺れるような衝撃が襲い掛かる。慌てて身構えようとした時に、続けざまにまた衝撃が来る。
ドカン!
 今までで一番大きな音がしたかと思うと、アリア達がいるすぐ傍の壁が崩れ落ちた。
 壁には特殊加工が施してあり、崩れる心配は無いと聞かされていたが、どうやらロビーまでは加工が施されていなかったらしい。
 崩れた穴からは鈍い銀色の人型をした体長2メートルはあろうかというものが何体か現れた。
 それがアイアンゴーレムである事に、すぐに気がつく。
 すぐに応戦の体制を整えるのだが、ゴーレムは次々と侵入してきた。
「はああ!」
 アリアが高く飛び上がり、そのまま一番近くのゴーレムにロッドを思いっきり叩きつけた。
「せい!」
その衝撃で傾いた隙をついてセレスが魔力を付与した刀で切りつける。鋼のゴーレムもその一撃に胴体を切り裂かれ崩れ落ちた。
「氷の障壁!」
「よっしゃ、もらったあ!」
 その近くではレシティアが魔法を唱えゴーレムの足止めをし、ラウディが短剣でゴーレムの核となる部分を破壊し、次々と倒していく。
 決して負けるような相手ではない。だが、数が問題だった。
 次々と現れる。倒す傍からどんどん増殖していくのだ。こちらは4人だが、ゴーレムは少ない時でも十体はいた。その数は確実に増えていき、見渡しの良かったロビーはゴーレムで埋まっていく。
 善戦はするものの、その数にどんどん押されていく。セキュリティロックのかかった扉を目指して突き進むゴーレムを止めようとするが、彼らは人数で押し切りロックのかかったドアを力ずくで破壊し始めた。
「……ちぃ!側方から攻めてきやがったか!みんな無事か?」
 ゴーレムの向こうでラディスの安否を確かめる声が聞こえてきた。外の様子を見ていて異変に気がつき、引き返してきたようだった。
「……ってこれじゃ見えやしねえ!」
 中に飛び込んで、ラディスは顔をしかめる。ゴーレムがひしめくロビー内は、ゴーレムが見えるのとロックを破ろうとしている事実が確認できるものの、肝心の彼の部下達の様子は全く分からなかった。
 ラディスはすうっと息を吸うと、瞳を閉じ、集中力を高める。その右手には光が集まって来ていた。集まった光はバチバチと音をたて始める。
「……一気に片付ける!雷神の怒り!」
 ラディスはそう叫ぶと、右手に集まった力を解き放つ。
 光は雷へと変わり、次々にゴーレムに降り注ぐ。雷に打ち抜かれたゴーレムはその衝撃に引きつり中の核が破壊され崩れ落ちた。
 アリア達の目の前にいるゴーレム達にも雷は降り注ぎ、ロビー全体に広がっていたゴーレムは次々と倒れていき全て崩れ去っていった。
「……何、今の……」
「……人間技やない……」
 一度に二十体以上のゴーレムを破壊したその魔法の威力の凄まじさに、一同は凍りつく。
 全員、魔法には精通してるため、この異常さは当然分かった。
 魔法は人の自然への干渉によってその力を引き出すものである。その干渉力の大きさが、魔法の威力に繋がる。
 だが、人間には引き出せる限界があった。少なくともあれだけの数のゴーレムを一気に葬り去れる能力を持つ人はそう転がっているものではない。
 アリアもぞくぞくするものを感じていた。その魔法を放った人物が纏っている魔力の大きさに。まるで底を感じさせないような溢れる魔力。そう、昔どこかで感じた事がある。これと同じ感覚を。
 ゴーレムを一掃するとラディスは崩れ落ちたその残骸を避けながら4人の下へ駆け寄る。
「みんな無事か?」
 必死の表情で尋ねられて、4人ともはっと我に返る。そして、その言葉に頷いた。
 それを見てラディスの表情に安堵の色が浮かぶ。
 そしてすぐに破壊された扉の方を見た。その見るも無残に破壊された扉に顔をしかめる。
「……中だ!
 お前達はここを頼む!」
 そう言い残すとラディスは踵を返して、施設の中に走り去っていった。
「あ、待って!」
 アリアは追いかけようとしたがレシティアに袖を引かれる。
「駄目、私達はここにいないといけないみたいだ」
 厳しい表情のレシティアに、アリアは彼女の向いている方向に視線をやる。
 最初に破壊された壁から、また再びゴーレムが出現していた。
「ラウ!お前だけ追いかけろ!俺達はここで食い止める」
 セレスがラウディへと指示する。それにラウディは頷くと、ラディスが走っていった方を追いかけた。
「心配するな。ああ見えてもラウは密偵のプロだ。へまはしないさ」
 心配そうな顔をしたアリアを気遣ってレシティアがそう言って笑いかける。アリアはその言葉にこっくりと頷き、再びロッドを力強く握った。
 今は目の前のゴーレムだ。
 3人は顔を見合わせると、ゴーレムの進行を防ぐために飛び掛っていった。

 人間の記憶というのは凄いものだと思う。
 ラディスはそれを強く実感しながら走っていた。
 ここに来るのは十年ぶりだというのに、内部の作りはしっかりと覚えているものだ。
 勿論、先回りする方法も十分承知している。ここは自分のかつての庭だ。
 いた。
 暴れまわるゴーレムに隠れるようにしている青年がいる。
「雷神の怒り!」
 ラディスは再び電撃をゴーレムに向かって放つ。
 施設内で暴れて、内部を混乱させていたゴーレムはその激しい電撃に崩れ去る。
「ゴーレムを隠れ蓑に進入か。だが、ここまでだ」
 ラディスはゴーレムを操っていた青年の前に立ちはだかる。
 突然現れたラディスに青年は驚いた顔をした。
 ラディスも相手を見て、なんとも言えない嫌な感覚に襲われた。
 歳はラディスとほとんど変わらないだろう。銀色の肩まである髪に、赤い瞳。その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「まさか僕に追いついてくるとは思わなかったよ。
 君が警備隊長か。敬意を表して名前ぐらい聞いておこうかな」
 ラディスに追い詰められているというのに、相手は余裕の表情で笑いながらそう問いかけてくる。
「そうだな、しょっ引く前に教えておいてやるよ。
 俺はラディス=オーディン。相手が悪かったと思って諦めるこった」
 不敵に笑う相手に、ラディスもそう言って笑う。嫌な感じがするものの、負けてやる気は元々無い。
 だが、相手はラディスの名を聞いて、驚いた顔をする。そして好奇心の色を浮かべる。
「……へえ?君があの『完全体』?」
 『完全体』。そう言われてラディスは、より一層嫌な感覚に襲われた。その言葉を言う人間は限られている。何故、この人物が知っているというのだろうか。
「……お前、何者だ?」
 警戒心を露にするラディスに銀髪の青年は楽しそうに笑う。
「僕?僕はロキルド=レイスノート。
 まあ、君は僕を知るはずがないだろうけど、僕は君を知っているよ」
 そして彼は楽しそうに笑う。
「大体、なんで君はこの魔導研究所を護ろうとするのさ。
 君なら僕の動機くらい分かりそうなものなのにさ」
 ラディスはまた嫌な感覚に襲われる。少しずつ分かってきていた。何故、この人物に対して嫌な思いがするのが。
 似ているんだ。何より自分自身に。
 細かく見れば違うが、全体的に感じる雰囲気も…そして魔力の質も似ている。
 抑えているはずなのに、溢れているように感じるその魔力。
 そう、考えてみれば分かったはずだ。そんな事はありえないと、無意識のうちに外していた。
 これだけ多くのゴーレムを一人で操る事は普通の人間では出来ない芸当なのだ。
 もし、操作系の魔法に特別秀でているのであれば、どうにかして出来るかもしれないが、それならばこうして移動まで行う事は難しいだろう。操作系の魔法は集中力が必要になる。全てのゴーレムを管理下におかねばならないからだ。普通の人間に沢山のゴーレムを支配下に置きながら、自らは暗殺に向かうなど、出来る芸当ではない。
 ただ、これは自分なら出来るのだ。自分だけしか出来ないと思っていた。
 だが、目の前の人間はそれをこなしている。
 そしてこう言うのだ。『君なら僕の動機はわかりそうなものなのに』と。
 そう、思い当たる。もし、目の前の人物が彼と同じ境遇であるならば。
「隊長!」
 隊長と呼ばれて、ラディスははっとする。ロキルドと名乗る人物の後方に、赤い髪の青年が見えた。
「……駄目だ!来るな!
 こいつは俺じゃないと手に負えない!」
 ラディスは必死でラウディに呼びかける。そう、この人物が自分の思い描く通りなら彼がここに来るのは危険だ。
 ラウディはラディスの剣幕に足を止める。そして両者の間に流れる空気に気がついた。
 只ならぬ雰囲気にラウディは息を呑む。
 そう、なんとも異様な雰囲気なのだ。対立しているはずなのに、それだけではない空気だった。
「おや、君の部下かい?ふふ、部下思いなんだね。
 ……ちょっと気が変わったな」
 ロキルドは不敵な笑みを浮かべてラディスを見つめる。
「幹部を殺すのはどうでも良くなってきたな。せっかく噂のラディスに会えたんだもの。
 実力を見てみたいけど……ここじゃ本気になってくれそうにないよね」
 ロキルドはラウディの方をちらっと見る。
「あの部下を殺したら本気になってくれるのかな?」
 そう言ってロキルドはラディスの方を向くが、そこには彼の姿は無かった。
 ラディスはもうラウディとロキルドの間に入っている。
「……手を出してみろ。そうなればお前も同じ運命だ」
 ラディスは腰に下げていた細身の剣をロキルドに向けて突きつける。その表情は真剣そのものだった。
「……やれやれ、ゴーレムなんて使うんじゃなかったな。今戦ったら僕の方が不利だもの。
 しょうがない、今日は退いてあげるか」
 ロキルドは肩をすくめて笑う。そして、次の瞬間魔力が彼の周りを渦巻いたと思うと、その姿はかき消えた。
「ち、瞬間移動か」
 ラディスは舌打ちをする。あっさり逃げられてしまった。
「すんません、隊長。俺……邪魔してしもうたみたいや」
 ラウディが近寄ってきて頭を下げる。それに対してラディスは首を横に振った。
「いや、どっちにしろ逃げられるのがオチだ。ここの施設は外部からの魔法には強いけど、内部からだったら全然問題ないからな」
 ラディスは剣を収めながらそう言った。だが、ラウディは救援に来たつもりで邪魔してしまったことを気にしているようだった。
 ラディスはそんな彼の肩をぽんと叩いた。
「気にするな。捕まえる事より、お前に何もない方が大事だ。
 奴が消えたからゴーレムも動かなくなっているだろうし……一旦ロビーへ戻るぞ」
 冷たい印象の強かった上司の温かい言葉にラウディは驚いて顔を上げる。
やはりいつもの通りラディスの表情は冷静で顔色一つ変わっていなかったが、少なくとも先程の言葉は決して嘘ではないのだという事だけは分かった。
「はい!」
 ラウディは元気良くそう答えると、先を行くラディスの後を追っていったのだった。

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