エピローグ


まどろみの中から目が覚めた。見覚えの無い気の木目が見える。その天井の造りから、どこかの家に居る事だけは判断がついた。軟らかいベッド。誰かが連れてきてくれたのだろうか。窓からは日の光が差し込み、眩しかった。
全身がけだるい。だが、いつまでも寝ているわけにもいかない。何がどうなったのか、まだはっきりとしていないのだ。
 ガシャーン!
 ラディスが身体を起こすと同時に部屋の窓のガラスが割れた。
「……最悪だ。力が戻ってたの忘れてた」
 いつもの力加減でいたものだから、余剰にある魔力がまた暴発してしまった。ラディスは頭を抱える。誰の家だか知らないが……他所の家のガラスを割ってしまった。ここまで自分を運んできてくれたというのに…なんていう事だろうか。
 案の定、ドアの向こうで慌てて走ってくる音がした。
「な、何?ラディス、大丈夫?」
 部屋に飛び込んできたのは薄紫の髪の人物だった。ラディスはそれを見て余計に頭を抱えた。つまり、ここは彼女の家なのだ。
「気がついたのね、良かった。ガラスが割れたみたいだけど…何かあったの?」
 ラディスが起きている事に気がついたアリアは安堵の表情を一瞬浮かべたが、部屋中に飛び散ったガラスの破片に顔を歪めた。おそらく心配しての事だろう。
 ラディスは苦い顔をしながら、アリアに大丈夫だと手を振る。
「……いや、犯人は俺だ。力のコントロールを誤っただけだ」
 その言葉にアリアはラディスと割れたガラスを代わる代わる見る。彼の気まずそうな様子からすると……それはどうやら真実のようだ。
「アリア、どうでした?」
 また誰かがやって来て、ひょいと部屋の中に顔を覗かせた。やって来た人物は、部屋の惨状を見て顔をしかめた。
「……ラディ、おはようございます。すっかり回復したようですね」
 にこやかにカームはそう言った。ラディスの顔が青ざめる。こういう時は、本当は怒っているのだと分かっているからだ。反射的に頭を下げる。
「すいません!ごめんなさい!もうしません!」
「すいませんじゃあないでしょう!……本当にあなたって子はいくつになっても……」
 必死で謝るラディスにカームは小さい子を叱るように小言を言っている。
 それを見て、アリアは思わず微笑んでしまった。小さい頃見ていた光景とよく似ている。何かが変わったような気がしていたが変わらないものもあるのだと感じた。
「賑やかだね。ラディの目が覚めたのか?お客様、連れてきたんだけど」
 カームの説教が一通り終わった頃、また新たな顔が部屋に訪れる。エランだった。
 エランはラディスの顔を見て安心した顔になった。
「良かった、元気そうだね。……そうだ、お前にお客様」
 エランは誰かを支えるようにして入ってきた。エランに支えられているのは初老の男性。白い髪に長い髭を蓄えたその風格は威厳があり、高名な人物である事が感じられた。
 彼はラディスを見て、優しく微笑み頭を下げた。
「君がラディス君か。うちのロキルドが迷惑をかけてすまなかった」
「……あなたがロヴン導師……」
 ラディスは改めてその人物を見た。全体から受ける穏やかな印象はカームに近いものを感じた。もしかすると、教育者は人当たりの良い人物を選んだのかもしれない。
「ロキルド……、あいつはどうしてるんですか?」
 その事を思い出す。一緒に居たはずなのだが、ここには自分しか居なかった。
「ロキルドは宿屋の方で眠っている。封印を受けた影響もあってしばらく眠り続けるだろう。ちゃんと私が面倒を見るから、心配はいらないよ」
 ロヴンはラディスにそう言うと、彼の手を握り締めた。
「あの子は、自分のせいで私が不遇に遭っていると思っていてね。全てを壊すことで、私も自分も解放したかったようだ。気がつくのが遅くて、君にまで迷惑をかけてしまった。本当に済まなかった」
 ラディスはその手を握り返す。伝わってくる体温が温かかった。
「いえ。気になさらないで下さい。あなたに会えて良かったです」
 そう、それは本当の気持ちだった。ロキルドに対するロヴンの温かな感情が分かった。彼も決して辛い思いばかりしてきた訳ではない事が分かった。それが嬉しかった。
 ラディスの想いをを感じたのか、ロヴンは嬉しそうに微笑んだ。
 和やかな空気の中で、アリアが声をかける。
「じゃあ、食事にしませんか?昨日、ウィルがご馳走を作って待っていてくれたのに、ラディスが起きなくてほとんど手をつけてないですから」
 朝からご馳走というのもあれなのだが、ウィルの厚意を無駄には出来ない。姉としては、弟の心遣いを大切にしたかった。
その事実は今その事を知ったラディス以外は承知している。
ラディスも、その事実に驚きつつ、嬉しそうな顔をした。
そして一同は遅めの朝食をとることになったのだった。
 温かな朝だった。叱られはしたが、温かかった。ラディスは帰ってきた事を感謝した。


「だから〜!魔法、教えていうてるだけやろ〜!」
「そんなの自分でやれ、自分で!俺に纏わりつくな!」
「隊長の魔法がええんや!けちけちせんと教えてえや〜!」
 それから数日後。今日も賑やかな室内だった。そろそろ帰宅時、皆、それぞれの仕事で疲れているのに、元気な人は元気なようだ。
 ラウディは相変わらずラディスに魔法を教えてくれるように頼み、それをうっとおしそうにラディスが追っ払っていた。もう、毎度おなじみの光景である。
「ラウもいい加減に諦めたらいいのにね」
「まあ、凄い人に習いたいっていうのは分かるけど。レシィは思わぬライバルが出来てしまったな」
 ラウディのこりない様子にレシティアが呆れている。そんな彼女にセレスが笑いながら声をかけた。その言葉にレシティアは真っ赤になる。
「な……私は別に……!」
「ふふ、真っ赤になってるじゃないか」
 慌てて反論する彼女にセレスは笑って返す。そう言われて彼女は気まずそうな顔をした。
 そして、そう言われる原因となった人物をじろっと睨みつける。
「ラウ!もういい加減にしなさい!さあ、帰るよ!」
 レシティアは立ち上がると、ラウディの所までずかずかと歩いていって、その腕をとると引っ張ってラディスから引き離した。
「レシィ!邪魔すんなや!痛いって!」
「うるさい!毎日毎日しつこく同じ事ばかり!
 隊長、失礼しました!私が連れて帰りますから!」
 引っ張るレシティアにラウディは抗議の声を上げるが、すぐに彼女は一喝して黙らせる。そしてラディスに頭を下げた。やっと現れた助け舟にラディスもほっとした顔をする。
「助かるよ。俺は今日、寄る所があるんでね」
「それじゃあ、お疲れ様でした」
 レシティアはラウディをずるずると引っ張りながら部屋から去っていった。それを笑って見ていたセレスも続いて部屋を去っていった。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れさん」
 アリアも席を立つ。ラディスは帰り支度の済んだアリアを見て、頷いた。
 あれから特別二人の関係が変わった訳でもなかった。相変わらず会うのは職場だけだし、話す事も多いわけではない。それでも、以前よりはずっと心が軽かった。
「ラディス、たまにはうちにも来てね。なんだかあなたの食生活って心配だし……」
「……大丈夫、ちゃんと食ってるって」
 アリアの言葉にラディスは苦笑いを浮かべた。変わった事と言えば……アリアがあれは困って無いか、これは大丈夫なのかとあれこれ心配するようになった事だろうか。今まで言いづらかったのが言いやすくなった事が大きいようだった。だが、その心遣いは決して嫌なものではない。むしろありがたかった。
「……まあ、そのうち寄らせてもらうよ」
「ええ、いらっしゃいね」
 ラディスの言葉にアリアは優しく微笑むと部屋を後にした。
 一人残ったラディスは用意した書類を手に取る。これから出かける場所があった。
 しばらくぶりに再会するある人物に会うために。


部屋に入って、すぐその人物を見つける。その相手に声をかけた。
「よう、ロキルド」
「……ああ、君か」
 銀色の髪の青年は、その赤い瞳をラディスに向け、気の無さそうな返事をした。
「力を封印されて、思い通りに動けなくなった上に…なんでこの僕が君の下で働かなきゃいけないのさ」
 ロキルドはぶつぶつ言いながら、ラディスから渡された資料の束を受け取る。それを見て、ラディスは苦笑した。
 ロキルドは社会勉強が足りないからとロヴン導師に頼まれて、ラディスが面倒を見ることになったのだ。すぐに動くのはまだ無理なので、下積みから始める事になっている。
「それにしても君も風変わりだね。僕は力が封じられて、魔法使うのも一苦労だってのに、好んでまた封印を受けるなんてさ」
 ロキルドの言うとおり、ラディスは先日もう一度封印の魔法を施してもらっていた。その理由は言うまでも無いのだが。
「……しょうがねえだろ、俺は扱いが下手なんだからさ」
「本当にそうだよね。ったく、同じ出生だってのに信じらんないよ」
 苦笑いを浮かべるラディスにロキルドはにべもなく言い放つ。相変わらず可愛げの無い態度だ。どうやらこれは性格らしい。
「大体、お前だってさ、あの時は一体どんな目に遭ってきたのかって思ったけど……単に甘ったれじゃねえか。子供と大して変わらない奴に言われたかないね」
「何だって?僕には重大問題だったのさ!」
 言われっぱなしは嫌なので反論するラディスにロキルドは食って掛かる。
 あれから分かった話なのだが、ロキルドは最初からロヴン導師に養子として引き取られて育てられており、それなりに苦労はしたようだが普通に生活していたらしい。また、導師の孫達にもお兄ちゃんとして慕われていたそうだ。だが、導師の立場が悪くなっていき、それに自分が関係しているようだと知り、せめて優秀であり続けようと決めていたらしい。それが、最終判定でラディスの方に評価がいってしまった。その結果、導師の立場が無くなり、自分も生きてはいけないのではないかと思い始めたそうだ。そして、思いつめたあげく、幹部を殺し、プロジェクトを白紙にして、自分の存在意義を知らしめそうと思ったとの事だった。
 言ってしまえば、子供のような発想である。ラディスと違って、村という保守的で閉鎖的な社会で育ったために、余計に内向的な発想になってしまったようだ。
 最初はどんなに酷い目に遭ってきたのかと思っていたが……ラディスよりずっとマシな環境だった事は確かだ。そのマシな環境の方が反乱を企てるのだから、世の中分からない。
 同じ運命を辿ってきたはずだが、それぞれやはり違うものである。兄弟のようなものだとはいっても。
「大体、何で試験結果から一年以上も経って行動なんだよ。一年もありゃあ別の事だって出来ただろうが」
 ラディスはいぶかしげにそう言った。そう、ロキルドの行動は最終判定から一年以上経ってからなのである。きっかけがその判定だといっても、時間が経ちすぎていた。ロヴンがその事実に気がつかなくても仕方が無いかもしれない。
 だが、ロキルドは得意そうに笑った。
「いいかい?君も言っただろう?僕達は所詮たかだか人間何人か分だって。僕だってそのくらい承知してたさ。
 だから数がいると思ってね。僕はこの日のためにとゴーレムを一日一体…計三百体用意したのさ!」
 得意げに語るロキルドにラディスは頭を抱える。つまり、沈黙の時間は作戦に備えて黙々とゴーレム作りにせいをだしていたのだ。その間に、その決心は変わらず、作戦も抜かりが無いつもりでいたらしい。本当に小さな子供のようだ。
「そんな事している暇があったら、他の事をしろ〜!」
「ああ!君、僕の傑作のゴーレムに対して何言うんだよ!
 あれは精鋭の技術をそう導入してだねえ……!」
「んな事、知るか〜!」
 思い余って叫ぶラディスにロキルドは心外だという顔をする。そしてそのまま自らのゴーレムについて熱く語りだすのでラディスは再び叫んでその講演を止めさせた。
 子供っぽい上に、どこかの研究者と同じような思考も持ち合わせているらしい。どうもこの手の相手は苦手だ。
「ふ、君には僕の素晴らしいゴーレムが分からないんだね。哀れな事だよ」
「分からんでいい、分からんで」
 だが、ロキルドは自信満々だ。ラディスはやれやれと首を横に振った。やっぱり、似たような境遇であっても違うものは違う。まあ、根本的にも違うのだが。
「そういや、俺とお前は遺伝的には兄弟じゃないらしいな」
「……だろうね。僕と血の繋がりがあるなら、そんなに魔法が下手なはずないからね」
「は、言ってくれるね。でも、俺の方が早く生まれたから、兄貴だな」
「……頼りない兄貴だねえ」
 ロヴン導師には色々と聞く事になったのだが、実の兄弟ではないというのも分かった。だが、やはり同じ境遇という点では兄弟ともいえた。
 兄弟の居ないラディスにとっては、兄弟が出来る事は歓迎だったのだが……どうにもこの弟は可愛くない。
「……本当に、可愛げがねえな。ま、しっかり鍛えてやるから覚悟しな」
「はいはい、口うるさい兄貴が出来たもんだよ、全く」
 ロキルドはそう言うと楽しそうに笑った。ラディスからすれば可愛げがないロキルドだが、彼にとってはラディスは興味の持つ対象のようだった。
 ロキルドはラディスをじっと見た。その赤い瞳にラディスが映りこむ。兄弟と呼べ、そしてこれから自分を指導するという相手を。ロキルドはゆっくりと頷いた。
「……見届けてあげるよ。君の行く末を。後悔することになる道だと思うけどね」
「……それで上等さ」
 ロキルドの言葉にラディスはそう答える。そう思っていた。
 それでも、これからの道には同じ境遇の兄弟も現れた。理解してくれる人も増えた。そう悪い人生でも無いと思う。
 そう、例えいつかは切り捨てられるかもしれなくても。
 そういう行き方も悪くないと思った。
 自分の生き方が正しいとは言えないが、後悔はしない生き方をするつもりだ。
「やっぱり君、変わってるよ」
 ロキルドはくすくすと笑う。だが、そこには今まで感じてきた敵対心はもう無かった。
「お前もそのうち分かるさ」
 ラディスはそう言って微笑んだ。そう、彼もいつか見つけるだろう。後悔しない道を。
 自分が信頼を選んだように、彼だけの道を。
「さあね?まあ、いいや。さて、夕飯をご馳走してくれるんだよね。僕はフルコース料理がいいな」
「何の話だよ?ご馳走って……」
 ロキルドは笑顔で催促をする。その意味が分からなくて、ラディスはきょとんとした顔をした。
「何言ってるんだよ。君は先輩なんだし、兄貴なんだろう?可愛い弟にご馳走したって良いじゃないか」
「……お前、本当に可愛げがねえ」
 にこやかに笑うロキルドにラディスは思わず力が抜ける。ちゃっかりした性格だ。
 それでも二人の間に、親しい空気が流れてきているのは確かな事だった。


「エラン!」
 帰り道でアリアは幼馴染の姿を見つける。声をかけられて、彼はふっと振り返った。
「ああ、アリア。今から帰りか」
「ええ、一週間ぶりくらいかしら。こうして帰りに会うのは」
 帰り道が一緒のエランとアリアは一緒に並んで帰る。話したい事は沢山あった。
「そういえば、ラディはあれからちゃんとカームさんと話したりしたのか?」
 エランは気になっていた事をアリアに尋ねる。一度、会うタイミングを逃したばかりに、なかなか会えずにいた二人だ。事件の後もごたごたしていて、話している余裕も無かったから心配していたのだ。
「ええ。でも改めて会うとかえって照れくさいみたい。あまり話さなかったって言ってたわ。せっかくだったのにね」
 アリアはカームから聞いた話を思い出して思わず微笑む。カームが色々と話すくらいで、ラディスはほとんどそれを頷いて聞いていただけだったらしい。最初はラディスの方が話したがっている様子だったので、余程照れくさくなったのでしょうと父は笑っていた。
 ラディスの話が出たところでアリアは次の話を切り出す。
「ねえ、エラン。あなたラディスの事は知っていたんでしょう?彼の生い立ちも、今までどうして来たのかも」
 アリアにそう問われて、エランはゆっくり頷く。一連の事件で隠す事は何も無くなっていた。ラディスの周りに居る人全てに彼の事は分かってしまったからだ。
「ああ。本人から直接聞いた訳ではないけど大まかにはね」
「そう。やっぱりそうだったのね」
 アリアは納得したように頷く。何となくそんな気はしていた。エランはラディスから聞き出すような人ではないけれど、その様子からは彼を良く知っているのではないかと思っていた。
「実際、分かってみてどうだった?」
 エランはアリアに尋ねる。それにアリアは困った顔をした。
「……そうね。昔に比べてとっつきにくくなったのは確かだけど……私にとっては昔から彼は滅茶苦茶な人だったし、魔法も凄かったから……造り出された人だと聞いてもぴんとこないのよね」
 そう、アリアにとってラディスはいつも驚きの存在だった。だから、彼が造られたものであると言われても実感が無いのだ。だが、エランは首を横に振った。
「……俺は、ラディが怖いと思った事があるよ。
 アリアは小さかったから覚えていないかもしれないけど……昔内緒で外に出た事があってね。ラディは一生懸命、俺達をモンスターから護ってくれたけど……その後に力の制御が利かなくなったんだろうね。モンスターだけじゃなく、周りの木々もどんどん消し炭に変わっていって……。カームさんが駆けつけてくれたからなんとかなったんだけどね。
 俺は……あの時ばかりはラディが本当に怖かった」
 エランの表情が真剣かつ重たいものである事にアリアは息を呑んだ。言われてみればそんなような気もするが、来たのが父親だったせいもあるのだろう。アリアにはそこまで強い印象は無い。だが、エランには深く思い出に残る事件だったようだ。そう、友人に恐怖を抱くほどに。
 エランはゆっくりと頭を振る。難しい表情は彼の苦痛を表していた。
「だけど、ラディがそうなったのは俺達を助けるためだったんだ。
 それにやっぱり怖いからといって嫌いになる訳じゃない。でも、ずっと俺の中で不自然だった。あいつの力も、突然消えた事も。
 だから探したし、ちゃんと話もしたかった。もっとちゃんと分かってやるべきだったんじゃないかってずっと思っていた。だから、素性が分かった時は妙に納得したよ」
 エランは俯いていた顔を上に向け、夕闇に染まる空を仰いだ。
「だけど……俺はあいつじゃないから分かってなんかやれないんだっていう事だけ分かった。素性知っても……あまりに違いすぎて理解なんて出来ないと思ったからね」
 理解なんて出来ない。その言葉にアリアも頷く。
 そう、理解なんて出来なかった。そこはあまりにも世界が違いすぎていて。
 父がラディスやロキルドについても話してくれるようにはなったが、あまりに違いすぎるその世界はアリアの理解の域を超えていた。彼等を理解する事は無理なのだろう。
 それでも。それでも確かな事があった。それは父が言った言葉。
「……それでもラディスはラディスなんですもの。私達が感じる彼が彼なのよ」
 エランは頷く。そしてにっこりと笑った。
「そう。それが一番大事だよな。それはきっとみんな同じだと思うんだ。
 だけど、あいつが人と違う事は切り離せない。だから、いつかは俺みたいに恐れを抱く人間が出てきてもおかしくは無い。でも、俺はあいつに畏怖は持っているけど、大切な幼馴染だ。大切に思っている。それは変わらない事実だ。
 大事な事は二つ。目の前の人物を受け入れる事。そして恐怖のみの対象にしない事だと思う。だから、この街にあいつを連れてきたんだ。
 あいつが騎士として、多くの功績を上げたのなら、彼の力を怖がることなく、英雄として人々は受け入れるだろう。人間、味方だと思えば怖がったりしないからね。だから、少しでも早く、大きな街でその力を振るって欲しかったんだよ」
 エランから発せられた言葉にアリアは驚く。まさかそこまで考えているとは思わなかった。
 エランは自分がかつてラディスに恐怖を覚えながらも、その関係が決して変わらなかった事を根拠に、同じ事を色々な人々にしておこうとしているのだ。もし、何かのきっかけで彼の正体が世間に広まってしまった時に彼を護る手段として。それが、彼の考え出した、ラディスとの共存の道なのだろう。
 対するアリアは彼に対してまだ恐怖心を覚えた事が無かった。だから、エランほどは実感も無ければ危機感も無い。だが、ラディスと自分達との間にある隔たりは感じていた。
 彼等が生きていくためには、多くの理解が必要となるだろう。いわば彼らはバケモノと紙一重なのだから。
 そしてもう一つ大切な事があった。
 アリアはエランに微笑みかけた。
「ねえ、エラン。最近、少し、ラディスが変ったでしょう?」
 エランはアリアの言葉に頷く。それは彼にも感じられることだった。
「表情が出てきたな。前はそんなに顔色が変わらなかったが……だんだん喜怒哀楽がはっきりしてくるようになった」
 そう、出会った頃の彼は表情がほとんど変わらなくて、エランと話すようになってからも、随分変化が乏しかった。かつてはよく表情がころころと変わる人物だっただけに、それには衝撃を受けたものだった。それが少しずつ緩和されていっていた。
「うん。それに……時々笑うようになった」
 そう、それはほとんど見られない事だけど。それでも笑顔が見られるようになってきた。
 それは大きな事だった。とてもとても大きな事だった。
そう、もう一つの大切な事。それは彼等が自分達を受け入れてくれる事。
彼等を造り出した人々を受け入れてくれる事。
 ラディスは再び、周りの人間を受け入れつつあった。
 人と人でありながら造られたもの。その隔たりは大きいかもしれない。
 それでも、かつて仲良く過したようにこれからも過せるはずなのだ。
 心は同じなのだから。
「エランはラディスの事、やっぱり好きなんでしょう?」
 アリアは笑顔で問いかける。返ってくる言葉は最初から分かっている。それでも聞いた。
 エランはその言葉に少し驚いて……少し考える仕草をした。やはりこの歳になると言い辛い言葉である。だけど、その言葉の大切さも分かっていた。
 エランは照れたような笑みで頷いた。
「ああ。好きだよ。俺の大切な友達だ」
 エランはアリアに微笑む。
「アリアもそうなんだろう?」
「ええ。やっぱり好きよ。大切な友達ですもの」
 エランとアリアは微笑みあった。
 そう、この気持ちがあればきっと大丈夫なのだ。
 例え本当の意味で理解しあう事が出来なくても、共に生きていく事は出来る。
 全てを理解しなければいけない訳じゃない。
 だから、きっと大丈夫。
 この先に障害が立ちはだかろうとも。
 大切な友達。ずっと一緒に生きていくのだ。
 同じ道を共に。



                                    完。

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