「……どうなったんや?」
 あらん限りの魔力を振り絞った疲労で、ラウディは崩れ落ち、座ったままの状態で遺跡の方を見つめた。
 自分がここに辿り着き、魔力を注ぎ込んですぐに草原が輝き始めた。
 その光はやがて他の者達の魔力と呼応するようにうごめき、最後は光の柱となった。その光の美しさは思わず見惚れそうになるほどだった。
 だが、先程その魔力の光は突如として消えた。
 何も感覚がなかった。突然、消えたのだ。
 成功したのか失敗だったのか全く見当がつかなかった。
 誰かに今すぐ聞いてみたいが、残念ながら身体が動きそうに無い。
 心配そうに遺跡を見つめた。
「……隊長、大丈夫なんやろうか」
 同じ頃、セレスも遺跡を見つめていた。突然、魔力の光が消えたのだ。
 まるで今まで何もなかったのかのように掻き消えた。
「……そこまで魔法に精通している訳ではないからな」
 何が起こったのかもよく分からなかった。
 ただ、今は上手くいっていることを祈るのみだった。
「……隊長、ご無事で」
 異変に感づいている者も当然居た。
 レシティアは突然消えた魔力に戸惑っていた。
 封印の魔法……簡単なものには立ち会ったことがあった。
 だが、今回は無いのだ。あの独特の感じを。
 封印の魔法を使い成功すると、一瞬だけ魔力の逆流みたいなものを感じるのだ。おそらくそれは、封じるための魔力が一部漏れ出すのが原因なのだろう。
 だが、今回は全く無い。
 術の主体はラディスだから、サポートの自分までには影響が来ないのかもしれない。
 だが、不安だった。
「……隊長……」
 レシティアは遺跡を見つめた。不安で胸が押しつぶされそうだった。
 同じように異変を感じていたのはアリアだった。
 急に魔力が消えて、ロッドに寄りかかるようにして倒れた。
 ラディスは言った。成功すれば手ごたえがあると。
 どう考えても手ごたえは無かった。
 つまり……封印は失敗したという事になる。
 アリアは慌てた。失敗してしまったのだ。
 そう、失敗した時は……任された事があった。
 不安で不安で心臓が大きな音を立てていた。緊張で周りが分からなくなった。
 だけど、私しかいないのだ。
 アリアは遺跡を見つめた。あの中にはラディスが居る。
 彼はまだ戦っているのだ。先の見えない戦いを。
 大丈夫。絶対に出来る。怖がっては駄目だ。
 大丈夫。お父さんの娘だもの。私だってあの人の力になれる。
 アリアは何度も自分に言い聞かす。
 アリアはゆっくりと起き上がった。そして再びロッドを構える。
 大丈夫。そうもう一度心に言い聞かせた。
 精神を集中し、呪文を唱え始める。ラディスから伝えられた呪文を。
『我らを育みし大地の神よ
 我は願う かつてその地に返したかの力
 その大いなる慈悲にて 主の下に返さん』
 アリアの身体が光に包み込まれた。魔力が先程の力に呼応しているようだった。
 渦巻く力を再び感じる。激しい魔力の波を感じた。
 だが、先程とは全く違う感覚だった。吸い込まれるようにして、魔力がどこかに流れ込むのを感じた。
 そして、感じる。
 何かの鍵が開いた事を。

「ふふふ……、残念だったね。この程度じゃ、僕の力を封じられはしないさ」
 ロキルドは高らかに笑う。彼は自らにかけられた全ての力を撥ね退け、今までと変わらない様子で立っていた。そう、この程度の封印の魔法で、自分の魔力は封じられないのだ。
「でも、まさか僕の力を封じようとしていたとは思わなかったよ。
 さあ、これで切り札は無くなったよね」
 不敵に笑うロキルドにラディスは俯きながら頷いた。
「……まあ、切り札は無くなったな。もう、必要ないかもしれないけどな」
 ラディスの言葉にロキルドはひっかかる。必要ないとはどういう事なのだろうか。
 そして彼は気がつく。ラディスの様子が先程とは違う事に。
 ラディスの周りには魔力が波打っていた。目には見えなくても感じることが出来る。まるで身体には入りきらないからといって溢れ出すかのように。
 それは先程の彼には間違い無くなかった魔力だった。
 ロキルドは慌てて神経を研ぎ澄まし、ラディスを凝視した。
 そして、顔色が青白くなる。
「……君の身体、封印がいくつもあるね。
 小さいのが一、二、三、……十以上あるじゃないか!」
 ラディスはゆっくり起き上がる。久しぶりの自らの力に、まだ完全に慣れていない。
「……ああ、小さいのならな。今、一番大きい封印が解けたとこだ」
 ゆらりと動くラディスにロキルドはより一層青ざめた顔になる。
「……君は!君は、魔力を封じられた状態のままで僕と対峙していたのか?」
 それは脅威だった。
 確かに、今までは圧倒的に自分の方が有利だった。
 明らかに魔力の絶対量が違うし、実際に先程の防戦でも、ラディスは何度も身体に傷を負った。
 そう、何故彼が『完全体』と評価されるのか分からなかった。
 明らかに自分より劣っているのに。
 だが……その秘密はそこにあったのだ。
 彼は本気ではなかった。本当の力を出してなんていなかったのだ。
「……まあ、俺はお前と違って魔力を操るのが下手でね……」
 ラディスの周りでバン!と弾ける音がする。頑丈で滅多な事では壊れないはずの遺跡の床が砕け散った。
 それを見て、ラディスは苦い顔をする。
「……見ての通り、まだ上手く抑えきれてねえ。前より上手くなったつもりなんだけどな」
「……君は僕を馬鹿にしているのか!対等にもなっていなかったというのに、今までの状態で僕に挑むなんて!」
 ロキルドは大きな声を上げた。とにかく腹立たしかった。見くびられていた、そう思うだけで腸が煮えくり返る思いだった。
 だが、ラディスは表情一つ変えずに否定する。
「まさか。
対等じゃないと敵わないから、封印の魔法もかけようとしたし、解呪もしたんだ」
まあ最初は負けても良いからと思っていたんだけどね。誰も巻き込みたくなかったから。
そう思ったが、それは黙っておく事にした。
帰りを待つ人が居る事が分かったから……帰ろうと決めたのだから。
「それに、一応断っておくけど……魔力キャパシティなら俺よりお前の方が優秀だ。
 こいつは個人差があって生まれたときから決まってるし、データでも確認済みだ」
 ロキルドの顔がひきつる。
 確かにデータではそうかもしれない。
 だが、目の前の人物は明らかに先程までとは違っていた。
 今まで余裕があったのは自分の方だった。だが、今では感じる魔力そのものがラディスの方が明らかに高かった。
 確かに自分も相手が弱いからと、全力では戦ってきてはいない。だが、本気を出した所で敵うのか、それは分からなかった。
 ロキルドは初めて実感した。
 ……これが僕の兄弟。
 恐ろしかった。
初めて、自分よりも強いかもしれない相手を感じた。その感想は恐ろしい以外に出てこなかった。
自分を見て、怯えた人が居たのを思い出す。逃げ出したその顔が頭をよぎった。
そうか、こんな気持ちなのか。自分よりも強いものを感じるという事は。
 だけど、負けられない。負けてはいけない。
 気持ちで負ければ、本当の敗北へと繋がる。
「くらえ!氷河の槍!」
 ロキルドは氷の槍を打ち放つ。近距離での槍の魔法だ。すぐに避けられる訳も、防御する事もないはずだった。
 ラディスは突然放たれた氷の槍に避ける事も無く手を伸ばした。
 パァァン!
 高い音が響き渡り、氷の矢はラディスの前で砕け散った。
 明らかな差だった。ロキルドの魔法はラディスに通じていない。
 ロキルドに初めて焦りの色が浮かんだ。
「何故だ?何故なんだ?
 どうしてだ!キャパシティが僕の方が上なら、どうして君の方が魔力が高い!」
 ラディスは、ゆっくりとした口調で答えた。
「俺の先生が教えてくれたのさ。
 誰もが持っている能力を全て生かすことは出来ない、とね。
 俺は力を封じることで、残った力を最大限に生かす術を覚えた。
 持っているキャパシティが低くても、扱う能力が上なら、当然俺の方が強くなる」
 その言葉は威圧感さえ感じた。敗北を認めろと言わんばかりの口調だった。
 そのゆっくりした喋り方も、促し方も、それは勝者だからこそ言えるもの。
 ロキルドはたじろぐ。こうなる事は予想していなかった。
 だけど、負ける訳にはいかない。負ける訳にはいかないのだ。それが意地であり、プライドだった。
 だが、ラディスはそんな彼に構うことなく、言葉を続ける。
「……ロキルド、大人しく投降しろ。
 お前の処遇は悪いようにはしないから心配するな」
「……そんな事する筈が無いのは君がよく分かっているだろう?」
 ロキルドは卑屈に笑った。そうか、これが『完全体』なのか。
 これを乗り越えれば、僕は本物になれるのか。
 もう、小手先の魔法では通じない。それなら本気を出すまでだ。
「ふふ、やっぱり僕は君を倒さないといけないみたいだ。本気でいくよ」
 そう言うが早いか、ロキルドの周りで魔力が渦巻き始める。激しい魔力の渦に、ラディスは思わず防御姿勢をとった。
 やっぱり来るのか。ラディスは舌打ちした。
 力の差は感じたはずだ。それでも彼は挑んでくる。
 『完全体』とそうでは無い者。その差に何があったのかはラディスには知る術も無い。
 だが、一番の座を奪われた彼にとって、やはり自分は憎むべき存在なのだろう。
 やはり封印が成功しなかったのは失敗だった。
自らの力が明らかに落ちれば諦めもつくだろう。
 だが、自分より強い存在が現れた所で、その心が変わるはずも無かった。
「いくよ、ラディス!」
 魔力の渦を身に纏ったまま、ロキルドはラディスに突っ込んでくる。そして高い魔力を宿した拳を繰り出した。
「……くっ」
 ラディスはぎりぎりの所で、身を翻す。だが、ロキルドの纏っていた魔力に押されて、身体が吹き飛ばされた。
 すぐに体勢を整えるが、すぐにロキルドの第二撃目が来襲する。
 かわしても同じだ。
 ラディスはそう判断して、全身に魔力を纏った。反撃しなければ駄目なのだ。そうでなければ彼は止められない。
「くらえ!」
 ロキルドの拳が再び襲い掛かる。ラディスはそれを両肘で受け止めた。
「くぅ!」
 魔力で覆われているだけに、その威力も破壊的だ。いくら自分も身に纏って護りについたからといって、受け止めればダメージを食らう。
「せい!」
 ラディスはなんとか受け止めきると、すぐに反撃の正拳を繰り出す。溢れ出す魔力に、そのコントロールが一瞬狂った。
「うわあ!」
 まともに食らったロキルドが吹き飛ばされる。
 だが、ラディスはすぐにその追撃には向わない。
 いや、向えなかった。
 ラディスは呼吸を整える。身体から魔力が溢れ出すのを感じていた。
 やはり、急すぎたようだ。元々自分の力であるはずなのに、上手く扱いきれない。
 上手く扱えないから封印した訳だが、下手なのは相変わらずのようだ。
 時々魔力の加減がつかなくなる。一歩間違えば暴走させてしまいかねない不安定さだった。そして加減をするのも難しいのだ。最悪の場合、殺しかねない。
やっぱり封印の魔法が失敗したのは痛かった。
 このままではロキルドを捕まえて、説得するのは難しい。
 何とかこの力に慣れないといけない。ラディスに新たな不安が生じていた。


 頬に当たる風が冷たかった。身体もだんだん寒くなってきていた。
 少しずつ太陽が傾きかけ、空は赤みを帯びていた。
 だが、動くに動けなかった。力が出ない。
 アリアはうっすらと赤く染まってきた遺跡をずっと見ていた。
 手ごたえを感じた。きっと、解呪の魔法は上手くいったのだろう。
 ラディスは上手くやっているのだろうか。後は信じて待つ以外に方法が無かった。
 とにかく……ずっとここにこうしているよりは遺跡に様子を見に行った方が良いのだろうか。
 アリアはゆっくりと立ち上がる。ラウディ達の事も気にかかった。彼等はどうしているのだろうか。
「アリア」
 名前を急に呼ばれてアリアは驚いた。その声はここで聞くはずのない声だった。
 アリアは呼ばれた方向に振り返る。
そこに居るのは……黒髪の魔導師。アリアの父親だった。
「お父さん?お父さん、どうして?」
 アリアは驚きの声を上げる。ここに来る事は誰にも口外していない。
 ラウディが取ってきた手紙も、見たのはアリアとラウディ、他にはセレスとレシティアくらいなものだ。
 驚く娘に、父は優しい笑顔で微笑んだ。
「ラディ達が向かうなら……この遺跡しかないと思ったんですよ。
 人は未知の場所を恐れます。だから、彼等が出会うなら、あそこだけと判断したんですよ。夕べの騒ぎもありましたからね」
 父はまるで全てを見ていたかのようにそう話した。そう、全て分かっているといった口ぶりだった。
 カームはゆっくりと首を横に振った。
「こんな形で、彼等が出会う事になってしまったのは残念ですよ」
「……お父さんは知っていたの?全部、分かっていたの?」
 何もかも分かっているような雰囲気の父親にアリアは尋ねた。また、父が遠くなっていくような感覚に襲われた。
 だが、カームは穏やかな顔のままそれを否定した。
「いいえ。勘、ですよ。親の勘、です」
 いつもの優しい微笑みに、アリアは安堵感を覚えた。やはり父は父だった。間違いなく、アリアの良く知っている父だった。
「ところでアリア、ちょっと手助けしていただけますか?」
 カームはアリアの手を取る。アリアは父の顔を見た。カームは穏やかな笑みを浮かべていた。
「先程、封印の魔法を使っていましたね?それは失敗したようでしたが」
「ええ。だけど……ラディスにかかっていた封印は解けたはずよ」
 カームの問いかけに、アリアは答える。確かに封印の魔法は失敗に終わった。だが解呪の方は成功している。その事は言わなければならないような気がした。
 アリアの答えにカームは難しい顔をした。
「……失敗した時は自らの封印を解けと言ったのですね。
 おそらく今、苦労しているでしょう。力で押さえつけるのは難しいですし、ラディはあの力をもう十数年使っていませんから扱うのでさえ大変なはずです」
 父の言葉にアリアは不安を覚えた。
 今まで解呪さえ出来ていれば何とかなるのではないかと思っていた。アリアはどういう過程があってラディスが封印を施されたのかを知らないために、それが最適なのだと信じて疑わなかった。だが、関係者の父の言葉によれば危険らしい。
「……そんな。じゃあどうすれば……?」
 うろたえるアリアにカームはその手を優しく握った。その手の暖かさが、アリアの心に安堵感をもたらす。不思議と不安ではなくなっていった。
「大丈夫ですよ、アリア。もう一度、封印の魔法をかけ直すのです」
 父の言葉はアリアにとって意外だった。先程、失敗したばかりの魔法だ。しかもアリア達は徒労している。明らかに先程よりも状況が悪い。父が加わった所で大きな変化があるとも思えなかった。
 だが、カームは心配要らないといった顔で首を縦に振った。
「大丈夫ですよ、アリア。ここに来たのは私だけではありません。
 ロキルド君の指導者のロヴン様、そして私達の呼びかけに共鳴してくれる魔導師達が一緒です。今頃は、ラウディ君達の元に辿り着いている頃でしょう」
 そう、今ではラディスやロキルド達、『人造賢人計画』で誕生した子供達を、『実験体』としてではなく人間として評価する魔導師達が少しずつ増えてきていた。それは、彼等に接する事で、より理解を深めた者達だった。
 そう、彼等は自分達と同じであると感じた人達だった。
 そして怪我を負い、入院を余儀なくされていたロヴンも無理をして来てくれたのだ。
 アリアも父の言っている意味が分かった。父と共にやって来たのは熟練の魔導師達だ。若手のアリア達からすれば心強い存在である。
 ラディスは言っていた。封印をかける相手より強い魔力があれば成功するのだと。
 今度こそ、成功するに違いない。アリアはゆっくりと頷いた。
「ええ、お父さん。もう一度やりましょう」
 娘の言葉にカームは優しく頷く。
 アリアは再びロッドを構えた。もう魔力はほとんど残っていないが、出せるだけの力を出そうと思った。
 精神を集中する。残り少ない魔力を必死で集め、それを高めた。
 アリアの身体が輝きだし、やがて、草原も光を放ち始める。
 最初の時とは違い、今は不安など無かった。
 隣りに温かな大きな力を感じる。そっと目を向けると、父が精神集中し、魔力を注ぎ込んでいた。アリアとは違う、温かな波動。それを感じるからアリアは安心していられた。
 今度こそ、失敗はしない。
 アリアやカームは光に包まれ、やがて草原の光は再び大きな光の柱を生み出し始めたのだった。


「……やあ!」
 次々に繰り出される拳や蹴りをラディスは必死で受け止めていた。
 ロキルドは何度ラディスに跳ね飛ばされても、跳ね飛ばされても、執拗に攻撃を繰り返した。その様子は何かに憑かれているかのようであった。
 ラディスはラディスでうかつに反撃が出来なかった。やられっぱなし、防戦のしっぱなしというのは正直面白くないのだが、力のコントロールは微妙だった。まるで身体の中に大きな竜でも入っているような感じだ。暴れだしそうなのを必死で抑えていた。
 力で押さえつけても駄目だ。それはラディスにも分かっていた。
 だが、一体どうやって説得すれば良いのか。今までの言葉は全てロキルドの神経を逆なでしてしまったようだった。こういう話術は不得手だ。
 それでも試みるしかなかった。きっと彼は死ぬまで攻撃を止めない。そんな予感がした。
「ロキルド!諦めろ!言っただろう、悪いようにはしない!
 お前が少しでも自由に何かが出来るように計らってやる!お前が思っているほど、悪い奴ばかりじゃないんだ!」
 執拗に迫るロキルドを跳ね飛ばすと、ラディスはそう叫んだ。距離を置かねば話になんてならない。
「……おかしいのは君だよ!何故だ、何故なんだ?
 どうしてそんな力を持つのに、あいつらと一緒に居ようとする?どうして、あいつらの社会に入ろうとするんだ?」
 傷ついた身体を癒そうともせず、ロキルドはゆらりと起き上がる。その形相は鬼気迫るものがあった。
「言っただろう!あいつらは僕等を見放す!いつか排除しようとするに決まってる!
 僕には理解できない!何故だ?何故なんだ?」
 ロキルドはひきつった声でそう叫んだ。何が何だか分からなかった。
 明らかな力の差。自分より優れているのはもう分かっていた。
 それなのに彼は自分と同じ結論にはならないのだ。
 所詮、自分達は物でしかないのに。必要としなければ捨て去るような種族なのに。決して同じ『人間』だと認めようとしないというのに。
 それなのに、どうしてそんな者達の中に彼は居ようとするのか。どうして自分もそこに入れようとするのか。そして、どうして庇うのか。
「だから君はあいつらに評価されるのか?優秀だと言われるのか?
 大体、勝手に作っておいて、自分達より優れた相手を評価するってどういう事なんだ?」
 もう何が何だか分からなくなってきていた。
 自分が本当はどうしたかったのかも分からなくなってくる。
 ラディスの方が強いという真実は、ロキルドを支えていたプライドを打ち砕くのに十分だった。そして、唯一の支えが無くなれば、そこに生まれるのは混乱である。
「……お、おい、ロキルド?」
 明らかに様子がおかしくなっていくロキルドにラディスは慌てる。パニックに陥ってしまっているようだ。
 ラディスは思わずロキルドに駆け寄り、その腕を取った。混乱していたロキルドが驚いてラディスの顔を見る。そしてその表情は怪しい笑みへと変わった。
「……もう訳が分からないけど……君を殺せば、僕は僕で居られる!」
 ラディスが危険だと気がついた時には、もう彼の放った雷撃が直撃していた。その衝撃でラディスは吹っ飛ばされる。
「……っ!」
 身構える暇さえ無かった為に、身体中に痺れを感じた。明らかに先程までとは違っていた。ラディスは舌打ちする。
「……さっきより魔法の威力が上がってやがる」
 やっかいだった。ロキルドは完全にラディスを倒す方向に決めたらしい。その思いが彼の能力を上昇させているようだった。
「ほら、いくよ!」
 身体が痺れて動けないラディスに容赦なく魔力の純粋なエネルギー弾が打ち込まれる。
「……くう!」
 痺れて動かし難い身体を無理矢理動かして、ラディスは必死で魔力の壁を作り、防いだ。双方の魔力がぶつかり合い、辺りはその光で真っ白になる。
 どうして良いのか分からない。ラディスに冷や汗が流れる。
 ロキルドは我を失っていると言っても良い状態だった。死を恐れることなく全力でぶつかってくる相手ほど怖いものはない。おまけに魔力はどんどん上昇しているようだった。早くけりをつけなければならない。
 だが、どうやってけりをつければ良いんだ?
 最大の疑問だった。ラディスにやられればやられるほど、ロキルドは執拗に迫るだろう。だが、このまま防戦をしているのでは何も解決にはならない。
「……ロキルド!」
 絶え間なく降り注ぐ魔力弾を受けながらラディスは彼に向かって叫んだ。魔力と魔力のぶつかる激しい音が辺りに響き渡っている。声が届いている保証は無いし、聞いているかも分からない。だか、それでも構わなかった。
「一つだけ答える!お前は俺がどうして人間を庇うのかと聞いたよな!
 俺には俺を信じてくれる人が居る!それが俺の全てだ!それ以上の理由は無い!」
 ラディスの必死の叫びにも関らず、魔法は止む事が無かった。それでもラディスは叫び続けた。
「お前には…そういう人が居なかったのか?お前を認めてくれる人は居なかったのか?」
 その言葉を言い終わると同時に、ロキルドからの攻撃の手が止まった。
 ロキルドはひきつった顔でラディスを見た。
「ああ、居たよ!だけど、その人は僕を庇ったせいで酷い目にあってきたんだ!
 だから僕はもう、誰とも関わりを持たない!君もすぐに分かるだろうさ!」
 それは初めて聞く彼の本音だった。ラディスはその言葉を聞いて、彼の行動は全てそこに根ざしている事に気がついた。
 人間を極端に嫌う事も、支配しようとするのも、ラディスに勝とうとする事も、そして過度に評価を気にする事も。
 だから、彼は必死なのだ。彼にはそうするしかその人を救う術が見つからなかったのだ。
 自分だけが傷つくのではなく、自分を庇った人までも傷つける世界を壊すしかなかったのだ。
 ラディスは小さな子供を見た気がした。どうして良いか分からず、泣き叫んでいる子供を。それは、彼だけじゃなく、自分もそうだった。
 確かに力は強くなった。だが、精神面は強くなったとは言えなかった。心に沢山の傷を負い、それを必死の思いで耐えてきた。
 持ちすぎたんだ。過度の力を。
 ラディスはその時、再び大きな力が押し寄せてきているのを感じた。
 それは先程の時よりも大きな力。
 ロキルドもそれに気がついたらしい。きょろきょろと、その力の位置を探ろうとしていた。
 ラディスにはその力が何なのか分かっていた。来たのだ、彼等が。
「……大地の神よ」
 ラディスは手をロキルドの方へと伸ばす。押し寄せてきた力は、ラディスの言葉に反応して、大きな光の渦となってロキルドへ向かって飛んでいく。
「……な!あれは失敗したんじゃなかったのか?」
 その光の正体に気がつき、ロキルドの顔に明らかな脅威の色が浮かんだ。それは、自らの力を失う恐怖。
 光は渦巻きロキルドを包み込んだ。その光は彼を押さえつける訳でもなく、あくまでも包み込むだけだった。
 だが、先程よりも明らかに大きな力に取り込まれたロキルドは混乱していた。そう、封印の魔法は失敗したのに何故また発動しているのか。
 ロキルドが光の中で何か叫んでいる。だが、彼はもう光に飲み込まれてしまっていて何を言っているのかは聞き取れなかった。
 ラディスは魔法を唱え始める。彼の悪夢を終わらせるために。
 過度の力は、悲しみしか生まないから。
『我らを育みし大地の神よ
 我は願う 我らが地を脅かすかの力
 その大いなる恵みにて地に返さん』
 その詠唱が終わると、光はロキルドの中に入り込み真っ白に光った。そして立ち昇ったかと思うとそのまま地面へと消えていった。
 残されたロキルドがゆっくりと崩れ落ちた。ラディスはそれを支える。
 明らかに魔力が減少した彼は、封印の力の衝撃で気を失っていた。
ラディスは彼にささやくように言った。
「……なあ、ロキルド。所詮俺達は造られた物。人間には敵いっこないんだよ」
 その言葉に、ロキルドはかすかに頷いたように見えた。
 ラディスを支配していた緊張の糸が切れる。
 ロキルドを説得しようとしていた事に加え、自らの暴れだす魔力を抑えていたために激しく疲労していた。
 遺跡の入り口の方で誰かがやってくる足音が聞こえた。ラディスはその方角にゆっくりと顔を向ける。
 こちらに向かってきている人物をが見えた。何人か居る。
 そしてその一人は長い黒髪の魔導師。彼が誰よりも慕うその人だった。
 ……そう、俺はあなたが居たから……こうして生きていられるんだ。
 急に安堵感が襲い、全身の力が抜ける。ラディスはそのままゆっくりと崩れ落ちた。
 遠ざかる意識の向こうで、誰かが呼んでいる声が聞こえたような気がした。

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