第五章  決戦


 遺跡の中は暗く、冷たい風が吹きつける。その寒さに思わず顔をしかめた。
 外気は比較的暖かかったが、この中はそうでもないようだ。
 外の明るさで暗闇に慣れなかった目も、だんだんと中の様子が見えてくるようになる。
 ぼうっと青白く光る炎が近くの燭台に灯った。一つ炎が灯ると、瞬く間に全ての燭台に炎が灯る。真っ暗だった内部は青白い光に照らされ、今まで見えなかった壁や柱の彫刻が浮かび上がる。彫刻は古代の人々が思い描いた幻獣が多く、青白い炎で浮かび上がって見えるため、不気味な印象を与えた。
 ここを真っ直ぐに進めば大きなホールに辿り着く。おそらく彼はそこに居るのだろう。
 ラディスに緊張が襲う。相手は、自分と同じだ。それが何よりも厄介だった。
 カツン、カツンと靴音だけが響き渡る。この中にはラディスしか居ないようにも感じられた。
 中央にあるホールの入り口。ラディスは一瞬足を止める。
 ホールの中ほどに見覚えのある人物が立っていた。銀色の髪の青年、その人だ。
「やあ、いらっしゃい」
 ロキルドは微笑を浮かべてラディスに手招きをした。ラディスは息を呑むと、誘いに応じて、彼の近くまで歩み寄る。もっとも、ある程度の距離は当然開けるのだが。
「……ふふ、何か小細工でもしてるのかな?途中まで誰かと一緒だったみたいだけど」
「……小細工が無駄な事は、お前が一番知っているだろう?」
 ラディスは臆することなく、そう答える。ロキルドもその言葉に納得したようだ。
 そう、下手な小細工をしたところで、抑えられるような相手ではないのだ。お互いに。
 だから賭けに出ているのだ。そのためには時間を稼がなければならない。
 ロキルドは相変わらず不敵な笑みを浮かべたままで、厳しい顔つきのラディスを見た。
「一つ、僕から提案があるんだけど」
「提案?」
 ロキルドの言葉にラディスは眉一つ動かすことなく、鸚鵡返しに問い返す。その顔に、ロキルドはつれないな、という顔をして言葉を続けた。
「そう、提案。君だって僕の気持ちくらい分かるんだろう?
 どんな扱いを受けてきたか。どんな思いをしてきたかってね。
 だから手を組まないか?僕達二人が手を組めば、怖いものなんて何も無い」
 ロキルドの提案にラディスの表情は変わらなかった。
 淡々とした口調で彼に言い返す。
「それに答える前に、俺からもお前に聞きたいことがある」
 ロキルドはその反応に眉をしかめたが、すぐに元の表情に戻った。自分の方に余裕があると踏んでいるのだろう。そのくらいの時間は気にしなかったようだ。
 ラディスは相変わらず表情一つ変えることなく、淡々として話し始める。
「ロキルド=レイスノート。
『人造賢人計画』により誕生後、魔導研究所の巨大施設のある山奥の村フェルンに移送、この計画の主導者の一人であるロヴン=レイスノートによって教育を受ける。
一年前の最終段階を経て、フェルンの研究所にそのまま所属。
だが、二ヶ月前、指導教官でもあったロヴン=レイスノートに重傷を負わせ、行方不明となる」
事務的に話すラディスにロキルドは不思議そうな顔をした。彼が話しているのは、他でもない自分自身の話。おそらく調べ上げたのだろうが、ラディスがそれによって何を言いたいのか分からない。
「……まあ、そうだけど。それがどうかした?」
「お前が狙っているのは『人造賢人計画』の幹部だろう?」
「ああ、そうだよ。それが?」
 ラディスは不敵に笑う。
「……じゃあ、何故お前の指導教官だったロヴン=レイスノートは生きている?
 彼も幹部の一人だ。お前の指導教官であるだけではなくね」
 ラディスの言葉にロキルドの表情がぎゅっと引き締まる。そして、だんだん苛立たしげな顔に変わった。突かれたくない所だったのだろう。
 ロキルドはひきつった笑みを浮かべた。
「は!確かにそうだね!
 良いんだよそれはね。彼は一番最後に血祭りにしてやる気だったからね!」
 ラディスは相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。
それがロキルドには気に入らなかった。一体この男は何を言いたいのだろうか。
自分の誘いにはまだ応じようともしない。そのくせ、こちらを暴こうとしている。
 だが、ラディスは再び淡々と話し始めた。
「俺の指導教官はカーム=ウェルステッド。
 潜在的に優秀であると判断されたお前と違って、いつでも対処可能な人物を教官に選び、本部で監視されていた。十年前、彼は俺の担当を外され、俺はアルージャでは色んな人間にたらいまわしにされた。
 そもそも彼が俺の担当を外されたのは、彼が計画を中止するように訴えたからだ。その頃、計画の第二弾について話始められていたからだ。
 勿論、名も無い魔導師が騒いだ所で、誰も取り合ってはくれない。だから彼はある人物に協力を求めた」
 ラディスは再びロキルドを見た。ロキルドの顔に余裕がなくなっているのが分かる。
「……その人物はロヴン=レイスノート。お前の教官だ」
 ロキルドの顔がひきつった。ラディスはさらに続ける。彼が事実を少しでも知っているようだ。ならば揺さぶりをかけるのは容易い。
「カームの話を聞いて、ロヴンは同意をした。他の魔導師と違って、実際にお前を育てているロヴンにとって彼の話は誰よりもよく分かった。
 ロヴンが反対に回った事で、結果的に二度目の実験は回避された。
 だが一度始まった計画を止める事は誰もが反対し、俺達の解放は成人してからと決まってしてまった。
 カームは諸事情により計画から外され、ロヴンは計画者の一人でもあるだけに追いやる事も出来なかった幹部達は彼を見張りながら計画を進めた」
 ロキルドの顔がどんどんひきつったものに変わっていく。明らかに動揺しているのが分かった。
「……だから!何が言いたい!」
 怒りを露にするロキルドにラディスは微笑んだ。
「言いたいのは一つさ。
 知ってたんだろ?少なくとも、ロヴンにとってはお前は『実験体』では無かった事を」
「……!」
 ロキルドは声にならない声を上げる。
 そう、気がついていたはずだ。彼も、決して全ての人に『実験体』と見られていなかった事を。大切だと、そう思われていたことを。
「……それがどうしたって言うんだ!
 僕は自由にはならなかった!その上、一番優秀だという座をお前に奪われた!
 僕には何も残らなかったんだ!」
 ロキルドの表情が怒りに変わる。
 そう、彼にはそれだけでは無い思いがあった。ラディスでは決して理解できない思いが。
 ロキルドの周りに激しい魔力の渦が巻き始める。ラディスは慌ててその場から離れた。
 ロキルドの変化にラディスは舌打ちをする。どうやら、反対に怒りを増幅させてしまっただけらしい。
「さっきの誘いは無かった事にするよ!
 君と僕とでは絶対に相容れることは無いんだ!」
 魔力の渦が激しい炎に変化する。ロキルドの顔は炎に浮き出されて、鬼神のように見えた。
「僕は、君を倒して、もう一度認めさせてやるんだ!
 食らえ!灼熱の炎!」
 激しい炎がラディスに向かって襲い掛かる。防戦の構えに入っていたラディスはその場で呪文を唱えた。
「水鏡の盾!」
 現れた大量の水の壁がラディスを荒れ狂う炎から護る。水面に触れた炎で水蒸気が激しい音とともに辺り一面に広がった。
 視界は真っ白になるが、気配は感じられる。次の魔法が来る前にラディスはその場を急いで離れた。
 時間を稼がなければならないのだ。なんとしても時間を。
「癒しの光」
 その場を離れながらラディスは癒しの魔法を唱え、自らの両腕にかけた。両腕につけている皮製の手甲はこげている。腕にも火傷による痛みがあった。
 魔法で痛みが回復するのを感じながら、ラディスは次の防御魔法の詠唱を始めた。
 このままでは駄目だ。
 先程の魔法も防ぎきれなかったのだ。手を抜いたつもりは無い。それはロキルドと自分との明らかな差だった。
 優秀である彼は、自分のような封印は受けていないのだ。だが、彼に対して、ラディスは封印がかかったままだった。
 彼が最初にあった時に何故自分がこんな相手に劣ったのだろうと感じたのは……おそらく扱える魔力の差だろう。
 全力でも防ぎきれるか分からない。
 ラディスは内心、焦っていた。
早く、早く!
仲間の成功を信じて、ラディスは走った。


アリアは不安げに遺跡を見ていた。外からでは内部の様子は全く分からない。
ラディスが向かってから、それなりに時間が経っている。何かが起きていてもおかしくは無いだろう。
サークルの中央で、アリアは待っていた。東にはセレス、西にはレシティアが向かっている。一番遠い北に向かったのは最も素早いラウディだった。セレスやレシティアはもう辿り着いているだろう。後はラウディだけだ。
アリアは呼吸を整える。正直に言えば怖かった。
ラディスはこの封印の魔法の成功率は五分五分だと言った。そして、失敗したら彼の封印を解除する魔法を唱えろとも。
封印の魔法は四人がかりだ。傍に居ないとはいえ、やはり心強い。
しかし、解呪の魔法はアリア一人に任されている。もし上手くいかなかった時はどうなるのか。それはラディスが危険な目に遭うだけではないのか。もし、その失敗で、彼が命を落とすような事になってしまったらどうすれば良いのか。
とにかく怖かった。怖くて仕方が無かった。
アリアにとって死は何より恐ろしいものだった。母が死に、弟も常に死と隣りあわせだ。
今度こそ、今度こそ母のように弟を失わないようにと、父と二人で色々と頑張ってきた。
そして今、ラディスの命運を握っているのは自分だった。
怖かった。失敗する事が。怖かった。助ける事が出来ないのが。
「……大丈夫。封印の魔法が成功すれば何も問題ないのよ」
 アリアは自分に言い聞かせる。そう、成功すれば一番良いのだ。
 エランに今の部隊に配属すると伝えられた時、アリアはこう聞いていた。
 この部隊は、何より魔法に長けている人を集めている、と。
 確かにレシティアは騎士団では優秀な魔導師と賞賛され、よく魔導師ギルドに勧誘されている。セレスは魔法剣士と言った方が正しいが、その魔法の質の高さは評価されていた。ラウディは何でも屋が出来るだけあって、一通りの事はなんでもこなせる人である。
 何故、私はこの中に居るのだろう。そう思ったことはしばしばあった。
 アリアは魔法も使うが、体術の方が好きだった。だが、神聖魔法を覚えたいがために、神殿に通いだし、勤めるようになった。自分が配属されたのは神聖魔法が使えるからだと思っていた。
 そう、魔法使いとしての力量は無い。
 不安になり始めると何もかも不安になってくるものだ。
 アリアはロッドと固く握り締めた。
 魔法は父や弟の方が得意だった。そう、父や弟のような力があれば不安では無いのに。
 ……そう、父のような魔力があれば。
 アリアは先程のラディスの言葉を思い出していた。
『お前の父親は……素晴らしい魔導師だ』
 そう、父はラディスが褒める魔導師なのだ。そして……私はその娘。
 ……大丈夫、私はお父さんの娘。大丈夫。お父さんの娘だもの。
 アリアは何度も心の中で繰り返す。だんだん安心してくるのが分かった。
 そう、大丈夫、大丈夫。
 そっと瞳を閉じる。集中し感覚を研ぎ澄ませた。その時を待って。
 アリアの立つサークル状の草原が少しずつ光を帯びてきていた。
 魔力が集まってくるのを感じた。アリアだけではない、複数の人の魔力を感じる。
 それは少しずつ集まり、大きなうねりとなっていっていた。
 アリアは神経を研ぎ澄ませ、自らの魔力を高める。彼女の身体は光に大きく包まれ始めた。
 その光はやがて大きな輝く柱となっていった。


思い通りに行かないのは分かっている。そう簡単には、上手くいったりはしない。
ラディスはもう何度も唱えている癒しの魔法を繰り返す。
状況は圧倒的に不利だった。身体中に痛みを感じる。
「疾風の刃!」
 ロキルドの容赦ない攻撃が続く。彼はあらゆる種類の攻撃魔法を使うため、その度に防衛を変えなくてはならない。
「……大地の護り!」
 襲ってくる巨大な風の刃にラディスはぎりぎりで魔法を唱える。だが、タイミングが微妙にずれた。守備魔法が発動するより速く風の刃はラディスに向かって襲い掛かった。
「うわぁ!」
 反射的に頭を腕で庇うものの、直撃を食らってラディスはそのまま吹っ飛ばされる。
 ガァァァン!と激しい音を立てて、ラディスは壁面にぶつかり、そのまま崩れ落ちた。
 全身に激しい痛みが襲う。比較的魔法に対して耐性があるため、普通よりはダメージを受けていないのだろうが……痛いものは痛い。
「……クッ!」
 ラディスはその痛みに思わず顔をしかめる。こんな痛みを味わうのは久しぶりだ。
 そう、かつてここで味わった苦痛。
昔は痛い思いをしない日はなかった。ここに連れてこられては、魔法に耐える訓練と称されて四人がかりで激しい魔法攻めに遭い、死にそうな思いをすることは常だった。
この遺跡のシステムを利用し、四人の魔導師がこの中に向かって様々な呪文を投げつけてきていた。
頭の中に浮かんでくる。当時の光景が。
目の前にはゴーレムが居た。魔法を受け付けない材質で作り上げられたそのゴーレムは、まだ少年であるラディスに対して執拗に襲い掛かってきた。まだ、成長期に入って間もない少年に対して、そのゴーレムは彼の倍は背が高く、彼より素早く動いた。
使い慣れない剣を握った。魔法ばかり教わっていたから、魔法を受け付けない相手は脅威以外の何者でもなかった。
底知れぬ恐怖がラディスを襲い、剣を握る手も震えた。
恐れは判断力も狂わす。逃げてかわしたつもりでも、その動きについていけない。ゴーレムの拳が身体にわずかにかすっただけで、体重の軽い少年は吹っ飛ばされた。
そのまま壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
その後も起き上がれば、即座にゴーレムに攻撃をされ、その度にかわす事も、反撃する事も出来ずに吹き飛ばされた。
そして、直撃を食らい全身を襲う痛みに耐え、なんとか意識を取り戻した目の前にはゴーレムが今にも止めをささんとしていた。
恐怖のあまりに思わず目を閉じ、うずくまった。
幸い訓練であるため、とどめをさされるはずは無い。だが、それが分かっていても、怖いものは怖かった。魔法が効かない相手に対して、ラディスは何一つとして対抗手段が無かったのだ。
ゴーレムの動きは止まり、指導官のある魔導師達が入ってくる。
彼等は恐怖でうずくまる少年を見て、軽蔑の視線を送った。
『この程度のゴーレム一体でおびえるとは……。本当に計画の子供なのか?』
『判断も悪いし、応用力も全く無い。この先が思いやられるな』
『それにしてもこのゴーレムはよく出来ているな』
『ああ、こんな訓練用にしておくのは勿体無いよ』
 怯えているラディスに、わざと聞こえるように言っているのか、気にも留めていないのか、彼等はそう言ってゴーレムを褒め称えた。
 ラディスは気がつき始めていた。彼等にとって自分はゴーレム以下なのだと。
 ゴーレムは上手く作りさえすれば術者の言う事は何でも聞く。だけど、自分は思い通りにならない上に、何かの役に立つわけでも無いからだ。
 彼等とはまた違う種類の魔導師もいた。執拗にラディスの能力について知りたがった。
 それは未知のものに対する好奇からくるもので、決してラディスを『人間』として見ていた訳ではなかった。そう、むしろ自分を生み出したとされる人に多い種類だった。
 怪我を負っても自分で治せるはずだからと治療をしてくれる訳でもなかった。
 食事は機械的に渡されるだけで、話し相手も居なかった。たまに現れる相手は、データを取るためと好奇の目で見るような者ばかりだった。
 もう分かっていた。彼等にとっては自分はゴーレム以下であるし、そうでなければ特異な『実験材料』なのだと。
 そこには自分を『人間』として見てくれるものは誰も居なかった。
 孤独と絶望感が支配するようになっていた。
だんだん口数も減り、表情も変わらなくなってきた。話す必要もなければ、変える必要も無かったからだ。
最初に与えられたゴーレムの訓練も、なんとか一人で倒す事が出来るようになった。
それによって評価が上がる訳でもなかったが、ゴーレムはもう一体、もう一体とどんどん増えていくようになった。
最初は怯えていたラディスも、慣れてくれば話は違う。もうゴーレムの動きのパターンは分かってきたし、剣もまともに扱えるようになった。そのうち、ゴーレムの核となる部分を見つけられるようになり、一撃で破壊できるようになった。
彼等は訓練をクリアすると次々に新しいものを用意してきた。
水の魔法攻めに遭ってみたり、最初は死ぬような思いばかりした。それでも、だんだんと養われた判断力で、乗り越えられるようになった。
彼等は決してその成功を喜ぶ事は無かったが、面白がってきているようではあった。
少年が、確実にそのプログラムをこなし、成長し、強くなっていっている。一種の育成感みたいなものだろうか。
少なくともラディスは『ゴーレム以下』や『実験材料』ではなくなり、『興味をそそられる実験体』へと格が上がった。
そのうち、割り切った考え方へと変わっていった。
彼等のにとって、自分が『実験体』であるのなら、せめて優秀な実験体になってやろうと思うようになった。
これといって楽しい事がある訳でもなく、閉鎖された場所で与えられるのは訓練プログラムのみだ。それをこなすくらいしか生きている意味を感じられるものが無かった。
話し相手も気にならなくなってきた。例え、彼等が見ているのが自分ではなくて『実験体』であっても構わないと思うようになった。それで十分だと感じるようになった。
だけど思い出す。あの、人を見る時とは違う目を。
自分は物であると言う事を感じる目。
普通の人とは同じではない。能力も境遇もその扱いも。
人である以前に『実験体』という名の物なのだ。
それを感じる事は……人として生きられないことへの絶望感であった。
全身の痛みに耐えながら、ラディスは崩れ落ちた身体をなんとか起こす。
すぐ近くにはロキルドが不敵な笑みで笑っていた。
ラディスは、気がついた。彼がここを選んだ本当の意味を。
彼は自分を倒すためにここに招いた訳ではない。本当の目的は違うのだ。
その事に気がつき、ラディスは痛む身体を壁に預けもたれかかった。
「……どう?思い出したんじゃない?昔の事をさ」
 ロキルドは楽しそうな顔でそう言った。ラディスはその言葉に自分の考えが正しい事を確信した。
 彼の目的は自分を仲間に引き入れる事なのだ。
 かつての苦痛を思い出させ、自分と同じだと分からせるために。
「……お前の目的は何だ?」
 ラディスの言葉にロキルドはようやく分かってくれたんだね、という顔をした。
「僕の目的かい?前に言ったと思うけどね。
 僕の目的は世界の支配さ」
 彼は楽しそうにそう話す。ラディスは、瞼を閉じた。
「……俺達がいくら造り出されたものであっても、人より優れているといっても、たかだか人間数人分だ。それ以上は器に問題があって無理なんだよ。
 そして、大勢に狙われたのなら多勢に無勢、どんなに個体の能力が高くても無駄だ」
 ロキルドは彼の言葉に問題は無いというように首を横に振った。
「まず手始めに魔導研究所を手に入れて、首都を乗っ取り、この国を奪う。
 それを足がかりに隣国へと攻めていく。簡単な事じゃないか!」
「……誰がついていくんだ?
 俺達は所詮『造られたもの』だ。誰もついてきやしねえよ」
 ラディスの後ろ向きな言葉にロキルドの顔が再びひきつり始める。
「そんなの従えれば良いだろう!
 僕達にはそれだけの力があるんだ!」
「……力で押さえつければいずれ力で滅ぼされる。
 結局、待つところは破滅さ。そう教わっただろう?」
 どこまでも否定的なラディスにロキルドは確実に怒りを募らせていたが、何かを思いついたのかニヤッと笑った。
「そこまでいうのなら、君はどう生きるっていうのさ。
 君の言うとおりなら、僕達に生きる道なんて無くなってしまうだろう?」
 ラディスはロキルドの言葉に頷く。
 そう、感じている。決して『人間』にはなれないと。どこまでも『造られたもの』なのだと。本当に溶け込むことなんて出来ないのだと。
 だからこそ、こう言うのだ。はっきりと。
「そうさ、その通りだよ。
 だから……俺は護る事にした。俺を造り出した人達も、俺を恐れた人達も、俺の事なんて知る事も無い人達も、そして俺を信じてくれる人達も」
 ラディスの明瞭な言葉にロキルドは驚いた顔をした。とても信じられないといった顔だ。
「な……何を言っているのさ!
 僕達はいずれ排除されていく。分かりきっている事じゃないか!
 人々は僕達を恐れ、いつかは葬り去ろうとするに決まっている!
 人は勝手だ!勝手に生み出し、気に入らないと排除する!
 何故、そんな連中の味方をする?何故、護ろうとなんてするんだ!」
 ロキルドはひきつった声を上げた。それは、ラディスも感じていた事だった。
 『物』として見られているがゆえに、そう思われることも分かっている。
 それでも……決めたのだ。
「君は絶対に間違っている!目を覚まさせてやる!」
 ロキルドがまた魔法の詠唱を始める。ラディスはそれを見て焦った。この距離で食らえばただでは済まない。かといって身体の傷はまだ癒えていない。とてもすぐに動けそうになかった。
 その時だった。
 金色の光がロキルドの周りに現れ、彼を取り押さえるようにいくつもの手を伸ばしてからみついたのだ。
「な…何だ?」
 突然現れた金色の光にロキルドは身体の自由を奪われる。手も足も動かない。見えない壁にくくりつけられているようになった。
 その様子を見て、ラディスに思わず笑みが零れる。なんて良いタイミングなのだろうか。
「そいつは俺の切り札さ」
 驚き戸惑うロキルドにラディスはそう言った。そしてそのまま詠唱を始める。
『我らを育みし大地の神よ
 我は願う 我らが地を脅かすかの力
 その大いなる恵みにて地に返さん』
 その詠唱に答えるようにして光はどんどんロキルドを縛り上げていく。
「うわあああああ!」
 全身の魔力が奪われるその感覚にロキルドが絶叫を上げた。
 ラディスは少しでもその押さえつける力が緩まないようにと必死で魔力を注いだ。
 激しい金色の光がロキルドを包み込み、あまりのまぶしさであたり一面は真っ白になっていった。
 そこには光とロキルドの上げる声だけが存在していた。

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