プロローグ

コン、コン。
 窓に何かが当たる音がする。
 コン、コン、コン。
 まただ。
 窓のガラスに何かが当たっているのだろうが、風で何かが飛ばされてきて当たっている訳でもなさそうだ。
 耳を澄ましても風が吹きすさぶ、あの独特の音は聞こえてこない。
 コン、コン。
 また聞こえる。
 誰かが故意的にやっているのだろうか。とはいえ、彼女がいるのは二階だ。故意的に彼女の部屋の窓を狙っているのなら用事でもあるのだろうか。
 しかし、用事があるなら玄関から尋ねてくれば良い話である。
 しかも今日は父が留守で弟と二人っきりの留守番だ。お姉さんである自分がしっかりしないといけない。
 ここで怖がっていちゃ駄目。彼女はそう自分に言い聞かせる。
 その正体を確かめるために、少女は窓に近づいた。すぐ目の前に、寒さを防ぐための分厚い薄桃色のカーテンが立ちふさがる。
 コン、コン。
 音が目の前で鳴った。彼女が立っている前にあるガラスに何かが当たっているのだ。
 少女はおそるおそるカーテンを開ける。
 外は真っ暗で、すぐには見ることは出来なかったが、室内の明かりが漏れて、外の様子を照らし出した。
 窓を開け、ベランダに出て下を見下ろす。下にはぼんやりとした光が降り注ぐ中に、栗色の髪の少年が立っていた。その手には何かが握られている。
 ふと気がついてベランダの周りを見回すと、ドングリがいくつも散らばっていた。先ほどから窓に当たっていたのはこのドングリの様である。
 階下の少年を少女が見下ろすと、それに気がついた少年がニッと笑った。いたずらっ子の少年がよく見せる顔。自信満々で楽しそうな表情だった。
「こんな遅くにどうしたの?」
 少女は少年にそう声をかける。少女にとって少年は良く知った相手だった。彼なら、玄関からではなく、こういう手段をとっても不思議な相手ではない。
 だけど、夜に彼が現れるのは初めてだった。
 不思議そうな少女の問いかけに、少年は楽しそうに笑う。
「いや、ちょっと顔が見たくなってさ」
 その答えに少女は呆れた顔をする。少年はいつも自分勝手な行動をするが、今回もまた気まぐれの結果だろうか。でも、顔が見たいくらいだったら、さっさと玄関から入ってしまえば良いのに、何だってこんな手のこんだ事をするのだろうか。
 ……彼といえばいたずら好きである。こうやって自分を呼び出して下に呼び寄せ、何かいたずらを企んでいるのかもしれない。
 そう思ったら、そうは簡単にひっかかるものかと、少女は身構える。
「私を驚かそうっていうつもりなんでしょ!ひっかからないからね!」
 少女は怒った顔で少年にそう言い放つ。そうそう、彼の思惑通りになってたまるかという思いが先にたった。
 その言葉に少年は少し驚いた顔をしたが、すぐにいたずらっ子の笑顔に戻る。
「なんだ、バレたのか」
「やっぱり……」
 少年の反応に少女はプリプリと怒る。どうして彼は自分をからかっては楽しそうにするのだろうか。
 そんな少女の様子を少年は優しい目で見つめ、まぶたを閉じる。
「……じゃあ、俺、帰るわ。じゃあな、アリア」
 少年は寂しそうな色をその緑の瞳に浮かべると、少女に手を振って闇の中に駆けて行った。そのいつもと少し違う様子に少女は慌てる。
「あ、ちょっと、待って!」
 呼び止めようと身を乗り出して叫ぶ。だが、少年が舞い戻る事は無かった。
 いつもなら…思い通りに行かないとすぐに機嫌が悪くなって、もっと少女に対して引っかかってくるのに。
 まあ、次に会ったときに聞けば良い。少女は冷たい風の入ってくる窓を閉め、再びカーテンを閉じた。
 それが、少女が少年を見た最後だった。

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