『たとえば それは』


 ぼんやりと、あかねは藤姫の邸宅の縁側から外をずっと見ていた。
 リーン
 あの鈴の音が聞こえてきそうな気がする。
 実は、あかねはランの事を何も知らない。天真の妹である事しか知らない。
 ……天真に聞いてみたい気持ちもあるのだが、それは言えなかった。
 ……それは、彼を大きく傷つける事だったからだ。
 あかねには兄弟はいない。あえていうなら、天真が兄で紫紋が弟といったところだろうか。
 ……もう、あかねの中では天真は兄ではないけれど。
 ランの事が知りたかった。
 何故、アクラムに捉えられ、人形のように扱われているのか。
 天真の話によれば、ランは2年前に失踪したという事だ。
 でも、天真はそれ以上の話は決してしなかった。
 むしろそれは、彼を余計に追い詰めることになるからだ。
 彼は思い悩んでいる。守ってやれなかった事を。
 だけど、ランに会った事は天真には伝えた。それは、するべき事だと、あかねは思っていた。
 鈴の音は聞こえない。
 きっと、近く、またランに会うだろう。
 その時、彼女を救えるのか、それは分からないけれど、精一杯の努力はするつもりだ。
 天真くんのために?
 いいえ、ランのために。
 そこまで考えて、あかねは大きくため息をついた。
 天真くんは、どこに行ったのだろう。
彼は京の中を一人でふらふらしていると聞いた事がある。
 それが、なんのためなのか。
 聞かせてくれる話は楽しいものばかりだったが、本当はランを探していたのだろう。
 ……私も何か出来ないかな。
 あかねは、またため息をつく。
 分かるのは鈴の音と共にランに出会う事。
 だけど、話はほとんど出来なくて。
 いつも、表情は硬く……そして辛そうにしている顔しかしていない。
 私だって、心配してしまうくらいの……そんな顔。兄の天真くんが見たらその心情は計り知れない。
 でも、ランに会えるのはいつも……そう、いつも彼女が来たときなのだ。あかねには、彼女の所へは行けないし、願っても会
える訳でもない。
 ……少しでも、天真くんとランの力になりたい。だけど、それは叶わないものなのか。

「あかね?何やってんだ、ぼーっとして」
 しばらくしてから、あかねは声をかけられる。会いたいと思っていた顔だ。
「天真くん」
 あかねは天真に笑顔をみせた。だが、天真の顔は不安げな顔をしていた。
「どうした、顔色悪いぞ?」
「あ、え、そ、そうかな?」
 あかねは慌てて取りつくろう言葉を探したが、すぐには浮かんでこない。
 そんなあかねに天真は笑みを浮かべた。
「……大方、蘭のことを考えてたんじゃないか?」
「え?!な、なんで、天真くん、分かったの?!」
 そう答えてから慌てて、あかねは口を覆う。が、既に遅かった。
 天真はそんなあかねに、優しい笑みを見せた。
「……ありがとな、あかね。蘭のことまで心配かけちまって」
「あ、ううん、わ、私もランと話をしてみたかったから……」
 そう言ってから、あかねは言葉を飲み込む。
「ご、ごめん。天真くんにそう言うのって失礼だよね……」
 そう言ってから、しゅんとした顔のあかねの頭を、天真はぐりぐりとなでた。
「いいよ、変に気を使わなくたってさ。そう思ってくれるヤツがいるだけで、俺は十分嬉しいぜ?」
 天真は笑顔を見せる。
 気を使ってくれているんだ……。
 あかねにはそれが分かった。
 分かったから、余計に辛かった。
 天真くんの力になりたいのに。天真くんに本当の意味で笑っていて欲しいのに。
 あかねにも分かっている。焦っても仕方がない事を。それでも、何か力になりたかった。
「いいんだよ、あかね。
 お前はお前で龍神の神子で無理難題、一杯あるだろう?
 俺の事に、そんなに気を使うな」
 その気遣いがあかねにはずきっとする。
「……私はみんながいるから頑張れる、それだけだよ」
 そう言ってあかねは天真の服をぎゅっと掴んだ。
「私、いつも天真くんに助けて貰ってばかりだもの。
 ……私も天真くんの力になりたいよ」
 あかねはそう言うのが精一杯だった。
 そう、いつも助けて貰ってばかりなのだ。
 何かがしたかった。天真のために。
 だが、天真の表情に影が差した。
「……前にも、言ったろ?俺に優しくするなって」
「……!」
 あかねは、また天真を傷つけてしまった事に気がついた。
 天真はあかねの顔色見て、また、あたまをぐりぐりとなでる。
「心配するなって!
 俺はあかねを守って、蘭を取り戻す。
 決めたんだ。そうするって。
 一人で二つの事を同時にしようっていうのは無理があるかもしれねえけど、でも、俺は欲張りだからな」
 そう言って天真が笑う。
 その笑顔につられて、あかねも笑った。
「そうだね、天真くん、欲張りだね」
「ああ、欲張りなんだ。いいだろ、そのくらい」
 天真のちゃかしかたが上手くて、あかねは笑ってしまう。
 この人は、とても強い人なんだ。だけど、弱いところもあるんだ。
 ……だったら、その弱いところを支えていけばいい。
 それが、私に出来る、僅かで……そして、大切な事。
 あかねも心に決めた。
 天真くんを守って、ランを助ける。
 そんな都合のいい事が出来るかなんて分からないけれど。
 それでも、そうしたい。欲張りでもいいじゃないか。
 たとえば、それは……虹の元に眠っている宝箱みたいな……そんな不可能かもしれない。
 たとえば、それは……沢山の努力の中で生まれる1%のひらめきみたいな……可能なことかもしれない。
 でも、大丈夫だと、あかねは思う。
 天真くんが傍にいる。それだけで、不安もなくなってしまう。きっと、なんでも出来てしまうのだ。
 ……天真くんがいるから……私は神子でありつづけられるのだ。そんなことも思う。
 ずっと、傍にいてくれた。ずっと、守ってくれた。
 ……今度は私が天真くんの力になるんだ。
 そう思ってきゅっと手を握り、あかねはにっこりと天真に微笑んだ。
「ねえ、せっかくだから散歩でもしない?
 天真くんだけ、いつも色んなところに行ってるんだから、たまにはどこかに連れて行ってよ」
 あかねの言葉に天真も微笑む。
「ん?ああ、そうだな、あかねの好きそうな所は……」
 そう言って、天真は空を見上げる。行く場所を考えているようだ。
 そんな天真を見て、あかねも空を仰ぐ。
 大丈夫だ。
 そう、思った。


 終わり。



天真vあかねです。八葉抄やってみての、感想のようなお話です。
こっちは、あかねと蘭の繋がりが描かれていて、凄く嬉しかったです。

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