『黄昏』

「そういえば、龍馬さんって手袋をされていますね」
 ゆきが何気なく、疑問を口にする。この時代には龍馬がはめているような手袋は珍しい。
「ん?ああ、これかい?俺は銃を扱うから、まあ、一応、保護しているみたいなもんかな」
 そう言って、龍馬はゆきに皮の手袋を見せる。確かに所々に焼けた跡があった。
 この時代の銃器はまだ扱うのが危ないものが多い。龍馬のように、2丁拳銃を扱うなら、やはり手の保護が必要だろう。
「でも、龍馬さんって刀も扱えますよね?」
「ああ、お嬢、よく知ってるな。まあ、俺は武士だからな。日本刀は扱えるのが基本だな。ただ、俺は刺客に狙われてるんで、距離が稼げた方が良いから銃にしているんだが」
 確かに龍馬はゆき達の世界の龍馬と同じく命を狙われている。しかもこちらは怨霊や陽炎までやって来る。龍馬の危険度はこちらの方が高いだろう。
 ……それなのに、当の本人は狙われている自覚があるのか無いのか分からない所があり、ゆきはそれが心配だった。
「お嬢たちの世界の銃はもっと進化してるんだろう?どんな感じだい?」
 龍馬は興味深そうに、ゆきに尋ねてくる。
 その言葉に、ゆきは小首をかしげる。確かにアメリカ等は銃社会だが、日本で銃を使うとなれば、競技か警察か暴力団の類になるだろうか。勿論、そんな事件も滅多に無い。
「……私の国では銃は身近ではありませんね」
「それじゃあ、やっぱり日本刀が主流かい?」
「……いえ、日本刀はもう骨董品の類になりますね」
「……?」
 ゆきの言葉に龍馬は言葉を失くしていた。どうやら考えていた未来とは異なっていたらしい。それを修正しようとしているのだろう。
「……つまり、お嬢達の国は武器が必要が無い、と?」
「全くではありませんが、そうですね、武器は身近にはありません」
 ゆきがきっぱりと言い切ると、龍馬は感心した顔をする。
「……お嬢の国は凄いなあ」
「凄いですか?」
「ああ、争いが無いって事だろう?平和が一番良い事だ。人間同士で争うのは、どんな理由があるにせよ、いかん。
 俺はそういう国づくりをしたいと思っているが、お嬢達の世界はそうなんだと思うと、なんだか視界が開ける感じがするな」
 龍馬は、うんうんと頷きながら、しきりに感心している。
 でも、ゆきはこの平和が多くの血が流された末に得られたものだと知っている。それを龍馬に話すべきか、ためらっていた。
 龍馬なら、もしかしたら無血で何かを成し得る事が出来るかもしれない。
 だが、ゆきの知っている龍馬は、人が争う事を嫌っていた。何故争うのかと、嘆いていた。
 ならば、真実も話す必要があるだろう。
「龍馬さん。私達の世界は、他の国では戦争があったりします。日本国内だけの戦争なんかじゃなく、国同士の戦争もあります。
 ……そして日本も戦争をしかけ、負けた敗戦国です」
「日本が戦争をしかけた?何故?」
「軍が、領土を増やそうと出兵したのが始まりです」
「……領土拡大……昔から日本でもそれは戦争の種になってきていたな」
「ええ。そして、沢山の日本人が死にました。沢山の外国人が亡くなりました。
 私達の国は、その反省の元、武器に縁のない世界で暮らしているのです。
 ……私達は戦争経験者ではないですから、詳しくは分かりませんけど」
「……戦争を知らない子供たちって事か」
「はい、そうなります」
 ゆきの話に目を丸くして聞いていた龍馬だったが、何か思う所があったらしく、何やら考え込んでいた。その表情は真剣そのもので、ゆきは言葉がかけられなかった。
「……お嬢。実は俺達も戦争を知らないんだよ」
「え?」
 龍馬の言葉に、ゆきは驚く。だが、江戸の時代を思い出す。色々あったが、江戸時代は平和だった。つまり、それは龍馬達の立場とゆき達の立場があまり変わらない事を意味していた。
「正直な所、俺は身分差を失くしたいだけであって、幕府を倒そうだとか、朝廷を復活させるとか、そんな事では何も変わらないと思っている。多分、それだけでは何も変わらないと思う。だが、俺達は争いの恐ろしさを知らなさすぎる。どれだけ尊い命が失われるのか知らなさすぎる」
「……あ、だから龍馬さんは一人で動く事が多いんですか?」
「ああ。その方が何かと都合が良くてな」
 ゆきは思う。どうやったら、この人から危険が無くなるのかと。
 きっと今のままでは、その命を狙われ続けるだろう。
 龍馬はただ、自分の理想をおいかけているだけで、十分その命を狙われてもおかしくない存在なのだ。
 そうなると、ゆきには頼む事しか出来ない。祈る事しか出来ない。
「……龍馬さん、無理しないで下さいね」
「ああ、お嬢。心配しなさんなって。どんな刺客に狙われようと、俺は俺のやるべきことをやるだけだぜ」
 龍馬はそう言って笑う。そう笑う龍馬の顔はお日様のようだ。希望と未来に満ち溢れている、そんな気がした。
 ……だから、ゆきは龍馬にはいつまでも笑っていて欲しいと思う。突拍子も無い行動をとってもらいたいとも思う。きっと、それが龍馬にふさわしい生き方だと思うから。
 ……だけど、現実はそう甘くは無い。沢山の人間が、怨霊が、陽炎が彼を狙うだろう。光ある所に必ず影があるように。
 でも、龍馬の生き方を止める事なんて出来ないし、止まってもくれないだろう。
 ……だったら、龍馬を護れば良い。
 ゆきの中にそんな結論が生まれてくる。
(そう……私が龍馬さんを護ればいいんだ)
 こんな簡単な事に気がつかなかったのかと、ゆきは思う。だけど、力ではどう考えても龍馬の方が上だし、ゆきでは頼りにならない。
 でも、相手が怨霊や陽炎なら別だ。ゆきにはそれを倒す力がある。浄化してしまう力がある。
(あ、でも……)
 こちらに視線を移してくる龍馬を見ながらゆきは思う。
 この人はじっとしていない事を思い出した。目を離した隙に消えてしまう。
「ねえ、龍馬さん」
「ん?どうした、お嬢?」
 約束して貰わないと。きちんと。忘れないように。
「私のいる所で、突然いなくなったりしないで下さいね?」
「な、なんだい、お嬢。俺が、ほいほい消えるみたいに……」
「だって、消えちゃいますもん」
 ゆきは微笑む。事実が事実だけに龍馬は照れ笑いを浮かべた。
「ったく、お嬢にはかなわんなあ」
「ふふ、約束ですよ」
「ああ、約束だ。ちゃんと傍にいるからな」
 そう言って、ゆきと龍馬は握手を交わしたのだった。



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再録になります。初の遥か5本だったり(笑)。
私の龍ゆきはいつもこんな感じですね。
なんというか、龍馬さんのゆきへの気持ちって18の頃で止まっている印象があるので、こういう感じが私はどうにも好きなようです。
っていうか、龍馬さんは可愛い方が好きだ!(言いきった)

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