龍馬には分かっているのだ。ばれてしまっているのだ。自分がゆきを失うと不安定になる事を。
「だけど、ゆきは私より坂本を選んだんだ。それは仕方が無いだろう?」
 これは事実だ。ゆきは恋をした。それも、都自身が好ましいと思っていた人に。そして、その人を選んだ。
 変わるはずのない事実。
 だけど、龍馬は都の心配をしてくれているのだ。本当なら、ゆきと結ばれてもっと浮かれて立って良いのに。
「……坂本、私の事、心配し過ぎ。……ずっと前からそうなることは覚悟してたし」
「でも、俺は、都にも幸せで居て欲しい。悲しい顔なんてさせたくない」
「欲張り」
「欲張りでも良いさ。お嬢を笑わせても、都が笑わないなら意味が無い、今までだってそうだったろう?」
 その言葉は事実だった。龍馬はゆきだけではなく、都にも常に気をかけてくれていた。都がちょっと我儘を言ってみても、それに応えるようにしてくれていた。
 ゆきが言った事がある。
『龍馬さんは都のお兄さんみたい』だと。言われてみればそんな気はしないでもない。
 だがら、こうやって聞いて来るのだろうか。
 これはゆきと龍馬の問題なのに。
「俺さ、確かにお嬢を独り占めしてしまいたい気持ちがあるのは確かだ。だけど、都を独りにはさせたくないんだ」
 そう言って、龍馬はにっこりと笑う。
「お嬢が大好きな同志だろ?俺達。だから、さ」
 龍馬の言いたい事は都にも理解できて来ていた。
 遠慮、してくれているのだろう。
 本当はあれだけ、ゆきを想っていたのだ。舞い上がってもおかしくもなんともないのに。
 それなのに、都の事を心配している。
(この人を嫌いになるなんて出来ない)
 都は改めてそう思う。
 ゆきだけの事だけじゃなくて都の事も考えてくれている。
 そして、その上で、何か良いものを探そうとしているのだ。
 ゆきが好きになったのもよく分かる。
「じゃあ、坂本。一つ条件を付けて良いか?それなら認めてやっても良い」
「条件?ああ、俺で何とかなる事なら」
 龍馬の返答を確認すると、都はずっと想って来ていた事を口にする事にした。
 彼ならば、真面目に聞いてくれるかもしれない。
「……ゆきの片側を一つ開けて欲しいんだ。私が寂しくなった時、ゆきの元に帰ってこれるように」
「……うーん、それは最終的にお嬢が決める事だとは思うが、俺としては異存はないぜ?
 それは、さらりと出てきた。そんなに簡単に言って良いものなのだろうか?
「だって、都が悲しい顔をしているのは、俺は見たくないんだからな」
 そう言って、龍馬は都の頭をわしゃわしゃと撫でた。それは温かくて気持ちの良いものだった。
(そっか、私の気持ちなんて坂本には筒抜けなんだな)
 そんな事を改めて思う。
 確かに、兄のようだと思う事もあった。だが、それは思いすごしでは無かったようだ。
 都はゆきを独占したくなってしまう。なのに、何故彼はそうなのか。
「都、話振っておいて、鳩が豆鉄砲食らった顔をしているぜ?」
「だって、変だろう、それは……!」
「変でもないと思うぜ?俺の知っているお嬢はそういう子だからさ」
 龍馬の言葉に都は息をのむ。そうだ。ゆきはそんな子ではない。何故、ゆきの傍に長くいなかった彼がそう言い切るのか、それは彼の人を見抜く目なのだろうか。
「都はお嬢がいないと不安定になる。それを俺は見ていられない。だから、そんなのお安い御用さ」
 そう笑う龍馬は、ひまわりのように明るい笑顔だった。
 つまり、龍馬にとってはゆきも都も大切に想ってくれているという事だ。
 それが感じられて、都は嬉しくなってしまった。
「じゃあ、ゆきが必要な時は遠慮なく攫ってくからな」
 だけど、口から出るのは感謝の言葉では無くて。でも、それを龍馬はにこにこして見てくれていた。
(本当に筒抜けだな)
 都は改めて、そう思う。だが、そう気遣ってくれる龍馬の気持ちが何より嬉しかった。


「ところでさ、都」
「ん?どうした、坂本」
 その後、軽い雑談を交わした後に、龍馬が少し真剣味のある顔で呼びかけてきた。
「……お嬢の次で良いからさ、都は、他には気になる奴っていないのかい?」
「ゆきの次〜?そりゃあ、ハードルが高すぎるな」
 案の上の答えが返ってきて、龍馬は苦笑する。都のゆきへの想いはそれほどまでに強いから。
「まあ、ちょっと気になる、って程度でも良いんじゃないか?」
「うーん?」
 そう言われて、都は考える仕草をする。中々に難題らしい。
「……お前は好きかな、坂本」
「そっか、ありがとな」
 都の言葉に、龍馬は思わず笑みを浮かべる。ちょっと嬉しかった。
「うーん、後は、チナミかなあ。からかいがいがあるし、楽しい」
「そっか、チナミか。確かに、都とチナミは仲が良いな」
「向こうはそう思ってるかは分からないけどね」
 そう言って都は笑う。普段からからかっている自覚があるのだろう。都のチナミの可愛がり方は、弟に対するようでもあり、喧嘩するほど仲が良い、そんな感じだ。だが、どこか通じ合っているものも感じる。
(チナミにはっぱかけとくかなあ)
 龍馬はそんな事を思う。
 少なくとも、チナミは都の事が気になっていて仕方が無いようだから。
 もし、この二人が上手くいくとしたら、それはチナミが頑張らないといけないだろう。

「……坂本、ありがとな」
 都の口から出たのは素直な言葉だった。
 こんなにも自分に気を使ってくれるとは思わなかった。
 龍馬は人情家だ。それは分かっている。それだけでも嬉しい。
「いや、都とちゃんと話せて良かった」
 龍馬はそう言うと、都の頭を撫でる。その仕草がまるで兄と妹のような心地よさだった。

 都も龍馬も、ゆきが好きな二人。
 だから、共有する気持ちも沢山ある。
 そして、恋では無いこの優しい関係を二人は満足していた。

***********************************************************

龍ゆき+チナ都前提の龍馬さんと都のお話でした。
なんだか無性に書いてみたくなりまして。
本編の朱色は随分前に書いた話なのですが、都側からも書いてみたかったのです。