『その瞳に映るもの』


「おい、二ノ姫」
 そう呼びかけられて、私は振り返る。
 以前は敵だった、彼。常世の国の皇子だ。
「アシュヴィン、何?」
 未だにこの人に声をかけられると複雑な気持ちになる。
 最初は敵対していた。軽くあしらわれた。
 戦場を駆る皇子らしく、冷たくて、それでいて燃えるような瞳をしていた。
 第一印象は「怖い人」だった。
 だけど、違う事はすぐに分かった。子供の前で見せる笑顔は同じ人物のものとは思えなかった。
 私の質問に真面目に考えアドバイスまでくれた。
 笹百合の群生地に連れて行ってくれた。
 その時の彼の瞳は優しかった。
 でも、どこか、からかっているようで、真意は分からなかった。
 そして、今、彼は自分の意思で私の元にいる。
「二ノ姫はやめてほしいかな。私、あなたのこと、名前で呼んでるし」
 私の言葉に、彼は笑ったような顔をして、ああと言った。
「あいにく、俺は名前を聞いていないんでね。二ノ姫としか呼びようがないんだが?」
 本当は知っている。そんな顔だ。
 でも、わざわざ聞いてくるのは……私が彼に名乗っていないからだ。
「ごめんなさい。私は千尋というの」
「なるほど、これからは『千尋』と呼べば良いんだな?」
「ええ」
 私は頷く。彼は笑っているようだった。
「アシュヴィン、あなた、変わった人ね」
「変わっている?どこがだ?」
 そう言われるのが楽しいかのように、常世の皇子は笑った。
 私は、そのペースに引き込まれそうになって、なんとか自分を自制する。
 風早が言ってた。言霊に惑わされるな、と。
 この常世の皇子……結構多弁なのだ。わりとなんでも話すことに気がついた。くったくなく話す時さえある。
 言霊だ。多分、彼は無意識のうちに使っているのだろう。意図していることもあるが、それ以外にも感じる所がある。
「全部」
「全部って、そりゃあ、酷い言われようだぜ?」
 やっぱり笑っている。私をからかって遊んでいるのだ。
 ……だから変わり者なのだ。私は振り回されているばかり。
「何の用?」
 だから私は突き放すようにそう言った。
「そんなに怖い顔をするな」
 そう笑うと彼は片腕を私の方に伸ばす。どきっとして、ぎゅっと目をつぶった。
 だがその手は軽く髪先に触れただけだった。
「……辛くはないか?」
「辛い?」
「女にとっては髪は特別な意味を持つと聞いている。それを自ら断つなど……」
 その言葉を聞いて、彼が何を言わんとしていたかを知った。
 私は髪を断った。アシュヴィンの目の前で。一番驚いていたのはアシュヴィンかもしれない。
 彼はその時、言った。「俺とお前とでは意味が違う」と。
 気にしているのだ。あの戦いを。両軍とも沢山の死者を出した、あの戦いを。
「似合っていない?私の髪型」
 そう言われてアシュヴィンは戸惑った顔をした。こういう顔が見られるなんて、なんて珍しいのだろうか。
「い、いや、俺が言いたいことはそうではなくてだな、女は髪を伸ばすものかと……」
 多分、アシュヴィンの認識は間違っていない。私も昔は髪が長かったし、姉さまも長かった。ちなみにアシュヴィンも結構長い髪をしている。
「そっか。じゃあ、私もアシュヴィンくらいに伸ばそうかな。
 ねえ、何年くらいかかると思う?」
 私は笑いながら、アシュヴィンにそう聞く。
「……さあな。俺は興味ないんで分からないけど……」
 そう一旦言葉を切ってから、こう付け加えた。
「その頃には……戦乱とか無い世界になっているといいな」
 その瞳が映しているのは戦いの無い世界。
 黒雷アシュヴィンがそう言うのは……不思議な感じがするが、きっと本心なのだろうと思う。
「うん、そうだね」
 私は笑った。
 アシュヴィンも笑った。

 きっと、その時は訪れる。私とアシュヴィンがいる限り。

短すぎてすいません;;まだクリアしてないもので;;
訪問してくださるお礼として書いてみました。アシュ千で。っていうかアシュ千しか見えない。(待て)
そんな視野の狭い人ですが、今後とも宜しくお願いします。