『願い星』

初めて会ったときは、炎のような瞳を持っている人だと思った。
 冷酷で。
 冷徹で。
 情けなどしらないような。
 常世の国とはどのくらい恐ろしいのか、彼が語っているようだった。
 自信があって、炎のようで。
 まるで全てを暗い尽くしてしまうような、そんな強い炎のような人だと思っていた。
 ……そう、村で遭遇する前は。

「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
 子供達が次々と駆けていく。
 その声はとても明るくて、楽しそうで、嬉しそうで。
 私が来た時は、私が兜を落とした時とは全く違う対応。
 別に事情が事情だったし、彼ら、村人が悪いとは思わないけれど……なんというか、疎外感があった。
 聞くところによると、旅人らしい。
 旅人。
 風早の話では、外には荒魂がたくさん溢れているというし、実際私も、戦った事が何度かある。
 つまり、今の時代は旅人が自由に往来できるわけではないのだ。
 腕の立つ人物、そうなるだろう。
 そうなると、普通、子供は怖がるものだと思っていたけれど、反対に子供たちは喜んでいた。お兄ちゃん、お兄ちゃん、そう呼んで嬉しそうにしていた。
 本当は私がその顔が見たかったのに、とちょっぴり妬けた。
 どんな人なんだろう。そう思って、こっそり覗いてみた。
 ……会ったことがあった。そして軽くあしらわれた。
 私の国(?)なる所を滅ぼした常世の国の王子。
 名はアシュヴィンといっただろうか。
 でも、私が驚いたのはそれだけではなかった。
 とても優しい目をしていた。
 子供を見る彼の目はとても優しく、そして温かかった。優しかった。
 あの時見た、常世の王子とはまったく別の顔をしていた。
 子供が懐くのも当然だろう。誰が見ても、彼は優しいお兄さん。そうとしか見れなかった。
 誰も、侵略者であることに気付かないだろう。
 子供達がきゃあきゃあ言っている。その子供達の頭を彼は優しくなでていた。
 子供にこんな優しい顔を出来る人が、本当に侵略者なのだろうか?
 そんな事、思えない。
 あんな優しい笑顔で笑う人が侵略者だなんて……。
 胸がどきどきする。
 誰かの秘密を覗いたような、そんな気持ちだった。
 分かっている。
 彼は……彼は敵なのだと。
 だからこんな事で心を許してしまってはいけない。
 確かに彼は、今、子供達に囲まれて、優しく笑っているが、侵略者の顔も持っているのだ。
 ……だから、どうだというのだろう。
 今、目の前にある現実を避けてどうするというのだろう。
 胸がどきどきする。どうしたらいいのか分からない。
 彼には聞いてみたいことがたくさんある。
 でも、今出て行って、子供達との交流を邪魔するのは無粋すぎる。
 彼はどういう人なのだろう。
 どんな顔をいくつも持っているのだろう。
 知りたい気持ちと、こんな感情を持ってはいけないという理性とがひしめきあう。
 それが胸の高鳴りを一層早くさせていた。

 アシュヴィンの方も千尋が覗いている事に気付いていた。
 確か二ノ姫だったか。
 ずっと行方の知れなかった、その姫だ。
 だからといって、何が出来るのだというのだろう。
 いくら王族とはいえ、女一人に何が出来るというのか。
 だが、彼女は持っていた。力強い、その瞳を。
 もしかしたら、彼女と戦う日が来るのかもしれない。
 ……女相手に戦うなど望まないけれど。
 どんな形でも良い。もう一度話してみたい相手だった。
 何の話でも良い。……どうせ戦話になるのは目に見えているが。
 さあ、そろそろ、ここを去ろう。
 どうやら、あの少女が事態を変えようとしているようだから。
 自分が首を突っ込まなくても良いだろう。
 付き人もいるようだし、二ノ姫の再来とあらば、活気付くだろう。
 ……まあ、そんなに好ましい事態ではないが。
 子供たちに別れを告げて村を去る。
 ……やはり、ついてきている。
 まあ、間者でもないのだから、尾行が下手で当たり前だ。
 どこまでついてこさせるか、微妙な所だ。
 どこか適当な所で、追い払うのが一番良いだろう。
 そういえば、この先には滝があった。
 あそこで待つとしよう。
 勿論、そこまでついてくれば、の話だが。
 一人でついてくるのは危険も承知のはず。
 どれだけ度胸があるのか、見てみたい気持ちもあった。

 追いつかなきゃ。
 離れてしまう。
 風早に言ったほうが良かったかもしれないけれど、そんな余裕はなかった。
 アシュヴィンがいた、そのことを話したら、逃げるように言われてしまうかもしれない。
そうなると、なんのために追いかけてきているのか分からない。
 ……?
 何のため?
 それを問われると困る事に気付いた。
 私はなんでアシュヴィンを無防備に一人で追っているのだろう。
 危険そのものではないか。
 捕らえられたら?
 それとも殺されたら?
 でも、心のどこかでそんなことは無いと思っていた。
 確証のある思いではない。だが、今日のアシュヴィンは違って見えた。
 多分……彼を知りたいのだ。
 本当に、恐れられている、常世の国のアシュヴィンなのか。
それとも先程見た、彼が本物か、あるいは両方か、そうではないのか。
 アシュヴィンが待っていた。
 気付いていたのだ。だが、その表情に殺気などはなかった。
 彼のことがもっと知りたい。
 千尋はそう強く願う。
 本当の敵は彼なのか、違うのか。
 信用して良いのか、いけないのか。
 なんでもいい。ほんの些細な事でも知りたかった。
 この思いをなんと呼ぶのかは知らない。
 敵に対する思いとはまた違う、この感情。
 余裕の表情のアシュヴィンは何か危害を加える様子はなかった。
本当に彼は敵なのだろうか?
分からない。でも、確かにゆれる思い。
 胸が高鳴る。
 アシュヴィンという人が知りたくて。
 本当に彼が敵なのかどうかを見定めたくて。
 溢れる好奇心を止める事が出来ない。
 少しでも知りたくて、分かりたくて。
 まだ記憶も戻らない、そんな状態でどうしようというのだろう。
 自分で自分の行動に疑問を持ってしまう。
 だけど、それは確かにあったのだ。
 今見ていることが、真実なのだ。
 炎のような瞳は変わらない。
 だけど、業火のような激しさは感じられない。
 きっと、優しい彼も、敵対している彼も同じなんだろう。
 だから、もっと知りたかった。

 天秤が傾く。
 二人の未来が動き出したのだった。




2章のイベントの話です。そして、アシュヴィンに惚れたイベントでもあります。
そして2章のイベントを見て、即興で仕立て上げた話ですが(^^;
というかアシュ千にはまったイベントでした。


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