『君を想う』


「……龍馬さんって不思議な人だよね」
「坂本?……まあ、あの坂本龍馬だからなあ」
 ゆきと都は宿の部屋でのんびりしていた。そんな時、ゆきがぽつりと言葉を零す。それに都は困ったなあという顔をした。
 従妹のゆきが龍馬に対して好意を抱いている事に気がついた最近、普通なら許せない所なのだが、何故だか反対する気も起きない。それよりも、その龍馬の心配をしてしまう自分に都は苦笑する。
 都は気付き始めていた。
 この世界の坂本龍馬も暗殺される運命なのではないかと。決して長い命では無いのではないかという事を。
 一度、瞬には否定されている。でも、どうしても否定しきれない。
 瞬は龍馬が八葉だから大丈夫だと思っているのかもしれない。
 もし、その考えが正解だとして、本懐を遂げたらどうなるのだろうか?
 誰も龍馬を護ってくれる人なんていなくなるんじゃないだろうか。ゆき達だっていなくなってしまうのだ。
 だから言った方が良いのかもしれない。ゆきが本気になってしまう前に言った方が良いのかもしれない。
「……ゆき、坂本の事なんだけど……」
「……うん?どうしたの、都?」
 ゆきの表情は恋する乙女の顔をしている。これを告げるのは残酷な事なのかもしれない。
「……坂本はさ、暗殺される運命なんじゃないかな」
「……え?」
 ゆきが驚いた顔をする。それは都にも想像がつく反応だった。誰だって、あの元気で人懐っこい龍馬が殺されるなんて、正直、思えないだろう。
「私達の世界ではさ、坂本はあの寺田屋の事件で暗殺されてるんだ」
 ゆきが止めた、あの寺田屋の一件だ。間一髪、といった所だった。勿論、ゆき達の世界では怨霊や陽炎はいない。だが、それはより龍馬の命の危険を意味していた。
「……うん、あの後、思い出したけど、私達の世界の龍馬さんは何者かに暗殺されたんだよね」
 ゆきは知っている。この世界の寺田屋の事件では龍馬は死にはしなかった。一命を取り留めた。しかし、その後命を落とす事には変わりが無かった。だから都の言いたい事はとてもよく分かる。
「……こんな事を言うのはあれだけど……辛いぞ、死が決まっている人を好きになるのは」
「……うん、そうかもしれないね」
 素直な反応が返って来て、都はびっくりする。もっと反論してくるのではないかと思っていたからだ。
 ゆきは落ち着いている。まるで、そのことは覚悟の上というように。
「でも、どんな人でもいつ命を落とすかなんて分からないから」
 ゆきは強い調子でそう言った。だが、そう言って握った手は震えている。
 都は優しく肩を抱いた。
「うん、そうだな。ごめん、ゆきを困らせるような事を言って」
「ううん、分かるもの。都が私や龍馬さんの事を心配してくれているのが。だから、大丈夫」
「……ゆきは強くなったな。私なんて必要ないくらいに」
「そんな事無いよ。都がいてくれるから、私は強くなれるんだよ?」
 ゆきにとって、都はかけがえのない従姉、そして、対。彼女の存在がどのくらい大きいのか、身に染みてよく分かっている。
「ねえ、都」
「なに、ゆき?」
「私ね、龍馬さんの事……好き」
「……うん」
「……応援してくれるかな?」
「……うん。ゆきがそこまで好きな人なら反対しないさ。坂本の事は私も認めてるし」
 思わぬ都の言葉にゆきは目を丸くする。そして、ふふっと笑った。
「あは、良かった。都って私に近寄って来る男の子なら瞬兄でさえ容赦なかったから」
「ゆきが認めた相手なら反対はしないさ。ゆきには幸せになって欲しいからね」
 ゆきの言葉に都は苦笑する。いつか、こんな日が来る事は分かっていたし、都はゆきの幸せを願っている。だから、反対するばかりが、ゆきのためでは無い事も分かっている。
「それじゃ、ゆきに聞くとしますか。ゆきは坂本のどこに惹かれた?」
 笑いながら、都はゆきをつっつく。それに、ゆきは顔を赤くした。
「優しくて親しみが持てて……それで、いつも未来に前向きで……希望できらきらしている……所かな。……あはは、なんか改めて言うと恥ずかしいね」
 真っ赤になってゆきがそう答える。その言葉は龍馬そのものを示しているようで、都はゆきの想いの深さを知る。
(……ああ、この子は本当に坂本が好きなんだな)
 都は改めてそう思う。想いの深さなんてそんなに簡単には分からない。だけど、ゆきは素直で嘘の無い子だから、その気持ちは痛いほど伝わって来る。
「そっか。んじゃあ、坂本には脅しをかけとかないとな」
「え、え?なんで?今、都、応援してくれるって……」
 先程とは違う言葉に、ゆきはおろおろする。それを見て、都はくすくすと笑った。
「違う、違うって。坂本に、ゆきを泣かすなって言うだけだよ」
「で……でも、龍馬さんが私の事、どう思っているかなんて分からないし……」
 急に、ゆきはしゅんとしてしまう。この子はどこまで鈍感なのだろうか。
(坂本がゆきにべた惚れなのは、誰が見ても分かると思うんだけどなあ。『お嬢』じゃないって言っても、結局『お嬢』って呼んでるし……なんか、あいつにとってはゆきが特別みたいなんだよな)
 都から見ても龍馬はゆきに惚れているようにしか見えない。だが、ただ惚れているだけではなく、何か特別なものを持っているのが感じられる。八葉の話でも、唯一興味を示したのは龍馬だけだった。都が龍馬を評価している理由の一つにはこの事もあるのだとは思う。
 都から見れば、龍馬は本当にあの坂本龍馬なのか?と思うくらい子供っぽい顔を見せる。何事にも積極的だし、無邪気だが、一方では、革命派の一人である事を感じさせる事もある。きっとそのギャップもゆきが惹かれる要因の一つなのだろう。そして、ゆきだけではなく都も龍馬には死んでほしくない。
 さて、ゆきには何と答えるべきだろう。あれだけ分かりやすい態度の龍馬の気持ちを分かっていないようだし……。
 そんな時、コンコンと部屋のふすまが叩かれる。
「お嬢、都、いるかい?」
 こんな事を言うのは龍馬しか居ない。
「りょ、龍馬さん?ど、どうしたんですか?」
 ゆきが慌てている。丁度、恋話をしていたのだから、まあ、普通の反応だろう。
「ああ、ちょいと良いもんを貰ってね。おすそ分けでもしようかと来たんだ」
 龍馬の声は弾んでいる。本当に良いものを貰ったのだろう。龍馬の感情は表に出やすいだけに、分かりやすい。
「分かった、坂本、ちょっと待ってろ。今、開けるから」
 都は立ち上がるとふすまを開ける。そこには、予想された通り嬉しそうな龍馬が立っていた。
「なに、おすそ分けって」
 都が何かを抱えている龍馬の手の中を覗く。そこには、サツマイモの干菓子や、芋けんぴが覗いていた。
「今日、会った人が、俺がこういうの好きだって覚えててくれてな、色々貰ったんだ」
 本当に嬉しそうな龍馬の顔に、恐らくあげた人物もさぞかし満足したに違いないと都は思った。
「お前、甘いもの好きだよな」
「まあ、貴重ってのもあるけど、芋には目が無くてな」
 話している都と龍馬をぼーっと夢心地で見ていたゆきは、せっかく龍馬が訪れてくれた事を思い出す。
「あ、あのっ」
「ん?どうした、お嬢?もしかして、こういうのは嫌いかい?」
 突然声をかけたせいか、龍馬は反対の方に取ったらしい。ゆきは慌てて首を振った。
「いえ、好きですっ。わざわざ、ありがとうございます。
 ……あ、あの……」
 お茶でも淹れますから、一緒に戴きませんか?
 この言葉を言いたいのに、なかなか出てきてくれない。
 おろおろしているゆきに、都は仕方なく助け船を出すことにした。
「坂本。せっかく持ってきてくれたんだからさ、お茶くらいだすから、一緒に食べない?」
「え……いいのかい?お嬢もそれで構わないのかい?」
 思わぬ誘いの言葉に龍馬は目をぱちくりとしている。
「は、はいっ。そうしてくれると嬉しいです」
「嬉しいって……お嬢も嬉しい事を言ってくれるな。じゃあ、ちょっとお邪魔するかな?」
「はいはい、決まり決まり。じゃあ、坂本、ついでになんか面白い話の一つでも披露してくれよな?」
「ああ、そのくらいお安い御用だ」
「わあ、楽しみです」
 三人とも明るく笑う。
 こんな時間がいつまでも続けばいいと、ゆきも都も思う。
 龍馬が当り前のように笑ってくれる、そんな日が。
 この先、どんな事があるかも分からない。でも、見えない先の事を心配するのは今はよそう。
 今、ひだまりは、ここにあるのだから。




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龍馬ゆきです。
女の子視点のお話。ゆきと都が語るという事で。ゆきと都の二人って書きやすい……。
龍馬さんをテーマにすると、どうしても暗い話の方向になってしまうのですが;運命ですね;
そんな訳で、女の子二人に大切にされている龍馬さんでした。

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