『かんざし』


「お嬢の髪にもかんざしなんか似あうかなあ?」
 のんびり京の町を歩いている一行。そこで、何かを見つけたらしく、龍馬はそう呟いた。
「かんざしですか?そうですね、私、あまり髪が長くないですし……」
 ゆきはちょっと難しい顔をする。かんざしをつけるなら、もう少し髪が長い方が似あいそうに思う。
 だが、隣りで聞いていた都の目は輝いた。
「坂本!良い事言った!私が結えばゆきもかんざしくらいささいなものさ!くぅぅ、ゆきがまた一層可愛くなるよ!」
「……なんだ、その、自信に満ちた発言は」
 力説する都に、チナミが冷たい視線を送る。当然、その態度は都には面白くない。
「なんだ、チナミ。ゆきが可愛くなるのに文句があるのか?」
「い、いや、そういう意味じゃ……」
 都の迫力にチナミは押され気味になる。別に都が苦手な訳では無いのだが、何かこう複雑な感情が渦巻いているのだ。
 そんなチナミに、都はふふんと笑う。
「そういや、チナミもかんざしが似合いそうな長い髪をしているな?」
「……なに?」
 嫌な予感がした。いや、言葉そのものが都の思惑を指していると言えよう。
「……ま、まさかお前……」
 チナミは悪寒がして、都から後ずさる。それを都は容易く捕まえた。
「よし、坂本!ゆきとチナミに似合うかんざしを見繕ってこい!後、町娘の服もだな!」
「は?お嬢は分かるが……チナミに女装させる気なのかい?」
 都の言っている意味が分からず、龍馬は不可思議な顔をする。
 それに対して、都は胸を張った。
「決まっているだろう。せっかく髪も長いし、顔立ちも問題ない!こんな面白い事、見逃せるか!」
「ちょ、ちょっと都、チナミ君の気持ちはどうなるの?」
「そ、そうだ!オレの人権は……!!」
 ゆきが慌てて都の暴走を止めようとする。チナミもそれを救いにすがりつく。
 だが。
 そんな事は、都には通じなかった。
「チナミに人権は無い!!」
 言いきられた。それもきっぱり、はっきり。
「坂本、ゆきの着物姿、見たいだろ?」
 都は龍馬に対してにこやかに笑う。それに、龍馬はどうこの暴走娘を止めるか、考えあぐねていた。
「いや、お嬢の着物姿は見たいが……チナミはいくらなんでも可哀そうじゃないかい?」
「……坂本殿……!」
 まだ味方がいると知ってチナミは懇願の眼差しを龍馬に送る。相当切羽詰まっているようだ。
 それに気付いた都は龍馬に笑いかける。
「私が可愛くゆきを仕立ててやる。大幅に譲って、一緒に出かけても良い。
 チナミのかんざしと着物は、私への報酬だ」
 どうやら、都は当初の目的よりもチナミをいじって遊びたいらしい。
 突然、魅力的な条件を出された龍馬は考える。ゆきと出かけられるのは嬉しい。だが、チナミを犠牲にするのはどうなのか。
「う〜ん、難しい問題だ」
「難しくないです、坂本殿……!」
 チナミの運命は、龍馬にかかっている訳で、ここで龍馬が都の言い分を飲んだら、後は真っ暗だ。
「……都に一つ聞きたい事があるんだが」
「何だ、坂本。何でも言ってみろ」
「……なんで、そこまでチナミを女装させたいんだい?」
 至極尤もな意見である。
 だが、都はその意見が意外だったようだ。
「うーん、そうだな。まあ、ゆきが可愛いのは当然として、チナミも可愛いからなあ」
「……か……可愛い……」
 あんまり嬉しくない言葉にチナミはぐったりと項垂れる。
「ん〜、そうだな。ゆきを坂本に貸し出すなら、私はチナミとデートってのも悪くないな」
「デ、デートって、都。恰好が反対じゃない?」
「ん?ああ、私は男に見えるらしいから丁度良いんじゃないか?」
 何やら都とゆきが言っている。
 しかし、龍馬とチナミには「でーと」という言葉が分からない。
「お嬢、都、何なんだい、その「でーと」っちゅう言葉は」
「え、ええと……うーんと、そうですね。何が適切かな?」
「逢引きで良いんじゃないか?」
 都は事もなげに言う。
「あ、あ、あ、あ、逢引き〜?!」
 チナミが真っ赤になって叫ぶ。
「何考えてんだ、八雲!というか、お前はオレを何だと思ってるんだ!!」
「……おもちゃ?」
 あまりの返答にチナミはがっくりと項垂れた。いくらなんでも、これは酷い。酷過ぎると思う。
「いいじゃないか。デートに連れて行ってあげるって言ってるんだからさ」
 都はにこにこしている。楽しくて楽しくてたまらないといった感じだ。
「チナミ君……」
 ゆきが声をかけてくる。この声は果たして救いの言葉なのだろうか。女の考えている事は分からない。
「チナミ君、可愛いから、私も見てみたいな」
「お、ゆき、分かってるね!だろ、だろ?」
 ゆきと都は意気投合していた。
「……あああああ」
 確実に、都の思う方向に向かっている。それを考えると頭の中は真っ暗だ。
「坂本!ゆきもこう言ってるんだ、調達してこい!」
 都はびしっと、龍馬に指示を出す。
「お、俺はチナミが気の毒に見えるんだが……お嬢達の世界では女装なんて珍しくないのかい?」
「ああ、沢山いるよ、女の恰好をした男なんて。中には女みたいに話す奴もいるしね」
「……なるほど。それで、お嬢と都は平然としているのか。
 う〜ん、不可思議な文化だぜ」
「不可思議とかそういう問題じゃないですよ、坂本殿!」
「まあ、でも何かの役に立つかもしれないな、女装は。女には秘密をぽろっと零す奴もいるし、年齢的にもチナミが一番そういう事が必要になった時に出番があるからな。沖田も似合いそうだが…あいつには愛想がないからな」
「ううう、それを言われると反論できない……」
 もし、仮に、危険な場所に出向く場合、女性の方が有利な事もある。
 だが、そこにゆきと都に行けと言えるのか。その答えは当然否だ。
 そうなると、男がしないといけない訳で、年齢的にも顔立ちからも一番警戒される事が無いのがチナミであるとも言える。
 つまり、都のいたずらはもしもに備えての練習になるのかもしれない。
 凄く嫌だが。本当に嫌だが。この世界に「もしも」等はいくらでもあるのだから、それを考えると我儘は言えないのだ。
「よし、チナミ、覚悟を決めろ」
「……はい、坂本殿……」
 こうして、哀れなチナミは都のおもちゃに決定したのだった。


「よし!完成だ!!見ろ、私の腕を!!」
 得意満面の顔で都が龍馬の元にゆきとチナミを連れて来た。
 ゆきはやはり元々お嬢様なので、下町の衣装でも綺麗に映り、龍馬が想像していた以上に似合っていた。
「お嬢、よく似合ってるぜ。……ああ、こんなことなら、もっと前から都に頼んでおくべきだったぜ。
 こういう恰好していると、お嬢もここの世界の人間みたいに見えるからな」
「ありがとうございます、龍馬さん」
 ゆきは頬を赤く染めてそう言った。
 そう、ゆきの服はいつでも龍馬から見れば、見た事のないものなのだ。だから、こういう慣れ親しんだ姿を見るととても親近感を感じた。なんというか、壁が一枚はがれた感じがした。
 ……この姿なら……彼女に触れる事が許される……そんな気がしたのだ。
「……しかし、これは敵わんなあ」
 もう一人、女装されられたチナミを見る。
 ……どこからどう見ても女の子だった。どう見ても下町の娘さんだ。不機嫌な顔がそれを台無しにしているのも確かだったが。
「しかし、都は勿体ないな」
「ん?何だ?ゆきもチナミも完璧だろ?私の腕に文句でもあるのか?」
 龍馬の言葉に都は頬を膨らませる。それを見て慌てて龍馬は訂正をした。
「いや、そんな腕があるんなら、都ももっと着飾れば良いと思ったんだ」
「んー、私はゆきが可愛ければ自分はどうでもいいんだけどな……あ、チナミもな」
 龍馬に言われて、都もそれも一理あると思った。確かに、着飾る事は好きだが、あまり自分に……というのは考えてはいないかもしれない。勿論、無頓着な訳では無くて、自分には自分に合った服は選んでいるつもりだし、そういう情報は仕入れていないとゆきを着飾る事が出来ないし、そういう腕も磨かないといけない。だが、考えてみれば、こちらの世界では男装の方が便利なので、あまり女らしい恰好に興味は持っていなかったのは確かだ。
「まあ、良いじゃないか、坂本。今日はこうして二人も可愛く出来たんだからさ」
「どうせなら都も着飾ったらどうだ?用意くらいならしてやるぜ?」
「ん〜、考えとく。でも、今日はこれで良いからね」
「都がそう言うのなら、無理強いはしないが……」
「ん、ありがとな、坂本。気持ちだけ貰っとく」
 龍馬の提案を都はやんわりと断る。この時代で都のように髪が短い事は、女性ではほとんどいないだろうし、おかしく見えるだろうという事は分かっていた。だが、龍馬が自分を女性として見てくれているのはなんとなく嬉しかった。
 だけど、今日の目的はチナミと遊ぶ事だ。お姫様扱いをしてやったらどんな顔をするのだろうと思うと、いたずら心に火が灯る。
「さーて、どこに出かけようかな?」
 都はパンっと手を鳴らす。仕切り直しだ。
「えっと……その、私はどこでもいいけど……」
「オレは消えたい、隠れたい」
 おどおどしたゆきに落ち込んでいるチナミ。着飾られた方は、どうも落ち着かないらしい。
「……そうだな、とりあえずどこかの茶店にでも入るか?」
「あ、はい。それは良いですね」
 龍馬の提案にゆきが乗っかる。だが。
「だ、駄目だ!!そんな人の目につく所になんていられるか!!」
 チナミは顔を真っ赤にして怒っている。もう、練習とかそういう問題では無い。人目につくなんて問題外だった。勿論、着飾られた自分の姿は見ている。だから、余計なのだ。
 ……悲しいくらいに似合っていたから。それはチナミにとって、ショック以外の何物でもなかった。
 そんなチナミを見て、都がにやっと笑う。
「……つまり、人目がつかない場所なら良いと?」
「……え?い、いや、そうじゃなくて……」
「よーし、決定。チナミは私が貰って行く!」
 そう言うと、都はチナミの手を掴み、ずんずんと進んで行く。元々、都は女だてらに力があり、その上チナミは慣れない着物を来ているので、逆らう事も振り払う事も出来ない。
「だー!八雲ー!!オレをどこに連れて行くんだー!!」
 ゆきや龍馬の視界から消え去るまで、チナミの抗議の声は聞こえ続けた。
 というか、二人ともチナミに何もしてやれなかったというべきなのだろうか。
 あまりにも都が楽しそうなので、チナミを哀れに思いつつも、何も出来なかったというのが正解だろう。
「……龍馬さん、どうしますか?」
 ゆきが困った顔で龍馬を見上げる。龍馬も龍馬で複雑な顔をしていた。
「……まあ、都は鬼では無いし、チナミを任せても大丈夫、だと思う」
「ええ、そうですね。都は優しいですし」
 とりあえず、チナミは都に預けるという方針が決定した。
「それじゃあ、お嬢、俺達もせっかくだからどこかにのんびりと出かけるか?」
「そうですね、龍馬さん」
 そうして、ゆきと龍馬も町に足を進める事にしたのだった。


「じゃあ、最初の方針で茶店にでも行くか、お嬢」
「はい」
 そうして、二人は人の賑わう街並みに足を進める。
 人の目が多い所に入ってから、龍馬は気になる事があった。
 いつもより、ゆきを見ている人が多いような気がするのだ。
 ゆきの服は珍しい。だから、驚いて見る人も多い。だが、今日のゆきは、皆と変わらない服を着ている。それでも、目を惹くという事は、だ。
「……あ〜、来る所、失敗した気がするぜ」
「どうしたんですか、龍馬さん?」
 元々見られている事の多いゆきは気にしていないようである。そんな鈍感な所もゆきらしい。
「いや、都みたいに一人占めしとけば良かったかな、と」
「え?」
 ゆきは首をかしげるばかりである。そういう所もゆきらしいのだけれど。
「お嬢が綺麗だからさ、街の奴らが見てるんだ。こんなことなら綺麗なお嬢を一人占めしておけば良かったかな、ってさ」
「え、えええ?!」
 やっと龍馬の言っている意味が分かり、ゆきは顔を真っ赤にする。
 ……そんな風に思ってくれていることが、嬉しくもあり恥ずかしくもあった。
「でもな、見せびらかしたい気もあるんだよな」
「どうしてですか?」
 不思議そうなゆきに龍馬は優しく微笑む。
「俺はこんなに綺麗な娘と一緒なんだぞ、ってさ」
「りょ、龍馬さんってば!」
 ゆきは真っ赤になって俯いてしまう。そんなゆきの頭を龍馬が優しく撫でた。
「まあ、なんか美味いものご馳走するよ。俺に付き合ってくれてるお嬢にさ。まあ、あんまり高価なもんは無理だけど」
「……私、龍馬さんと一緒にいられて嬉しいんですよ?」
「そうかい?だったら、俺と一緒だぜ。なんたって、お嬢が隣りにいるんだからさ」
「……もう、龍馬さんったら……」
 何だか半分誤魔化されたような気がした。気持ちが凄く近づいたのに遠のいてしまったようで。
 そんな風にはぐらかすのは、多分、彼の未来がいつ消えるかも分からないからだと、ゆきは思う。
 だからこそ一緒にいたいと思うのだ。
 優しい彼と、ずっと一緒にいるために。


「……どこに行くんだよ、八雲」
 不機嫌な声がする。それを気にせず都はチナミの前を歩いていた。
 今はもう、手は離している。いつ逃げても良いのに、それでもついてくるチナミに都は楽しくて仕方が無かった。
「なんだ?その恰好にもう慣れたのか?お前、可愛いから適性はあると思うよ?」
 からかい半分で言ってくる都に、チナミは怒りを通り越して呆れてしまっていた。
 確かに、この恰好は恥ずかしいのだが、逃げたりしたりしたら都が悲しむのではないかと、そんな思いがチナミには有った。
 それに、都が連れてきた場所は街から離れている人気の無い所で、チナミの意思を汲んでくれていたからだ。
「……八雲は楽しいのか?こんな恰好のオレを連れてて」
 それは一番の疑問だった。何故、都がここまでするのかがチナミには分からない。
 この姿は都のいたずらだというのは分かっている。だが、それなら着せただけで満足ではないだろうか。
 何故、連れ歩くのか。それがチナミには分からないのだ。
「ああ、楽しいね。なんたって、デートだし」
 都は楽しそうに振り返ってそう言った。ご機嫌、そういう印象だ。
「で、でーとって……!大体、お前は……オレをからかう対象くらいにしか思っていないだろう?オレだって、その位は分かるんだからな!」
 チナミの言葉に、先を歩いていた都がくるりと周り、チナミと向き合った。
「別にそれだけじゃないさ。可愛いと思ってる。可愛いなら可愛がりたいと思うのは普通だろう?」
「……可愛いって……。……大体、可愛いとか言うなら、ゆきとオレでは態度が正反対だ」
 都の言葉に、チナミはがっくりと項垂れる。分かっていたが、そう言われるのは、何だか悲しい。
「ゆきは私の天使なんだから、別格に決まっているだろ?」
 さらっと都はそう返す。都らしい答えだ。だけど、だけれども。
 ……それは答えでは無いだろう。
「……オレは、ゆきの代わりか?」
 あまり言いたくない言葉だった。
 都はゆきを愛している。それは間違いないだろう。
 だけど、ゆきには龍馬がいる。それは都には辛い事だろう。
 ……だったら、残る答えはそれしか無いのではないだろうか。
 だが、都は首を横に振った。
「違う。私はそんな酷い事をお前にするつもりは無い」
 強く、はっきりと都はそう言い切った。
「私はゆきを愛している。それは間違いはないし、変わる事も無い。だけど、チナミの事は気にっている。悔しいけど、坂本もな。だから、それとこれとは別の話だ」
 都は怒っているようだった。同時に悲しそうだった。
 チナミは怒らせるためにそう言った訳ではない。悲しませるために言った訳ではない。
 ……だけれども、言ってはいけない事を言ってしまったのは確かだ。
 都の中では、ちゃんと片付いているのだ。そして、チナミの位置も。
「……わ、悪い。オレ、そんな事を言いたかった訳じゃなくて……」
 どう謝っていいのか、チナミには分からない。都の考えている事がまるで見えない。
 都は壁を作っている。ゆき以外には誰に対しても。だから、見えない事が沢山ある。その中で、気にいっていると言ってくれた。それは大きな事だった。
 だから……だからこそ、どう言っていいか分からない。生まれてくる自分の感情をどう伝えて良いのかが分からない。
 戸惑うチナミに対して都はぐーっと背伸びをして、それから楽しそうに言葉を発した。
「あーあ、私はチナミと田舎道を歩いているだけでも楽しかったんだけどなー。
 でも、可愛くない事を言ってくるチナミには、御仕置きが必要かなー」
 都の声は楽しそうだった。それはいつものチナミをからかう都の声だ。だから、つまり……。
「よーし!ご期待に応えて、街行ってみよー!」
「へ?!ま、街?!」
 チナミの脳裏にこれから起きる出来事がよぎる。
「や、八雲!そ、それだけは……!!」
「いーや、もう離さないからなー」
 そう言うと、都はまたしてもチナミの腕をぐっと掴み引っ張っていく。
「ごめん、ごめんなさい!!それだけは勘弁してくれ!!」
「ふふふ、御仕置き、御仕置き、覚悟しとけー」
 チナミの声もむなしく、都は街への道を突き進んで行くのだった。

「あ、れ?都?」
「ああ、ゆきじゃん。奇遇だねえ」
 ゆきと龍馬がくつろいでいた茶店に、都とチナミが現れた。……チナミは引きずられているが。
「なんだ?チナミの希望に沿ったんじゃなかったのかい?」
 突然の都の来襲に龍馬もあっけにとられている。
「あー、いいの。御仕置きだから」
「え?御仕置き?」
 ゆきや龍馬には、都達に何があったのかはさっぱり分からない。
 だが、おそらくチナミが都を怒らせたのだろうとは想像がついた。あれほど嫌がっていたチナミを引きずってでも連れてきているのだから。
「ゆき、坂本、お邪魔して悪いけど、隣り良い?」
「ああ、それは構わんが……」
 二人でくつろいでいたのを邪魔されたという事よりも、ゆきや龍馬には目の前で起こっている現状がよく分からなかった。
「さーあ、チナミちゃん。何が食べたい?お兄さんが奢ってあげるよ?」
「……やっぱり、八雲は鬼だ……!」
 悲痛なチナミの叫びに都はにやっと笑う。そして、チナミにこっそり耳打ちする。
「そんなに大声出したら、見られるよ?」
 その言葉にチナミは真っ赤になり、隠れるように俯いてしまった。
「都、都、その辺にしてやれ。チナミが可哀そうだろ」
 龍馬が見かねて仲裁に入る。だが、都はふてくされた顔をした。
「いいんだよ、チナミは。あー、興ざめ。坂本、なんか奢って」
「分かった、分かった、都にもチナミにも奢るから機嫌直せって」
 そう言うと、龍馬は店員に何かを注文する。その間にゆきは都の隣りに座った。
「ねえ、都、チナミ君と何かあったの?」
「んー、まあ、ちょっと」
 都は言いたくないような複雑な顔をしていた。だから、ゆきは尚更心配になる。
「都が優しい事、私知ってるよ?どうしてこうなったの?」
「チナミには女心が分かってない」
 そう短く答えて、一瞬目を閉じた。気持ちの切り替えをしなくては、ゆきに心配をかけてしまう。
「それより、ゆきはどうだった?注目の的だっただろう?」
「え?えっと……その……」
 都にそう切り出されて、ゆきは龍馬とのやりとりを思いだす。なんだかくすぐったくて恥ずかしかった。
「お?その反応は何かあったな?ゆき、聞かせて?」
「ほらほら、都。チナミもお嬢も困ってるだろ。その辺にして、団子でも食って、ちょっとは機嫌を直せって」
 龍馬が間に入って、都にお茶と団子を渡す。
「お、坂本、サンキュ」
 都はころっと笑顔になって、団子を食べ始める。その姿に龍馬もゆきも安堵する。少しは落ち着いたようだ。
「チナミ、何だか分からんが、都も女なんだからもう少し気を使ってやれ」
「……はい、そうします」
 そんな感じでその日は過ぎていったのだった。


 翌日、都の元にチナミが現れた。
 手に持っているのは、ゆきやチナミのものとは違う、別のかんざし。
「……これ、お前にやる。昨日は悪かった」
「……あのさ、私にかんざしがつけられると思うか?」
 チナミの言動に都は呆れてそう言った。都の髪ではどんなに頑張ってもつけられるはずがない。
「……いや、髪を伸ばす事でもあったら、その時に使ってくれたら……」
「……誰に相談した?」
 都は諭すようにチナミに言う。それにチナミはたじたじとなった。
「さ、坂本殿に……」
「坂本か。なるほど、あいつならそう考えそうだ。で、これも用意して貰ったのか?」
 そう言われて、チナミは慌てて首を横に振った。
「いや、オレが買った!……お前に似合いそうなの、これでも考えて買ったんだ」
 その言葉に、都は微笑んだ。
「……そっか。じゃあ、貰っておく。ありがとな、チナミ」
「あ、ああ!」
 受取って貰えて嬉しそうなチナミと、かんざしを手に微笑む都をこっそり見ている者達がいた。
 ゆきと龍馬だ。
「……よかった。二人が仲直りしてくれて」
「そうだな。めでたしめでたしってやつか」
 そう言って、ゆきと龍馬も微笑みあったのだった。




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仕上げるのに長期間かかってしまいました;おかげでなんだか、かなり長い話になりました。
龍ゆきよりチナ都の方が重点が高いですが、この二組を書くとどうしても都に傾いてしまうので、こうなってしまいます。
でも、この4人を同時に出すのが好きなもので;
また個別でも書けたらなと思っています。
今回は時間設定をあまり考えずに書いてしまったので、なんだかちょっとおかしい部分がありますね;
コメディ調の予定がシリアスになってますし……。
でも、書いていて楽しかったですv龍ゆきとチナ都がお好きな方に少しでも楽しんで戴けたら幸いです。 

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