『異国の言葉』


 日光への道は長い。当然、宿場町を通って向かうことになる。しかも10人ぞろぞろと大行列で。
 賑やかには間違いないのだが、それぞれが異質で目立つ事この上なかった。
 その中でもゆきは都たちのように時代に合わせた服を着ていない上に見た目は紅一点に見えてしまう。
 この時代に……いや現代でもこれは普通ではないだろう。
 宿も最近は都と一緒ではなくなり、それぞれ個室を取るようになったから、大概の宿の主には驚かれるのが定番だった。
 ゆきとしても都としても同室で良いと思っているのだが、部屋の大きさやプライベートを重視されるため、こうなっている。
 夕刻になり、本日もそれぞれ部屋についた。
 一息ついたゆきは、御茶でも入れようと考える。
「あ、どうせなら……」
 宿を取る前に買った菓子もある。
 ゆきはわくわくしつつ、お茶を入れて菓子も合わせて盆に載せた。
 行く先は決まっている。
 確か……この先の奥の部屋。
 女の子が一人で男の人の部屋に行くなんて、はしたないかもしれない。
 でも、ちょっと顔を出して、少しお喋りが出来たらそれで……。
 こういう時、恋する乙女は積極的になる。
 誰にもばれないように、静かにその部屋に向かう。
 辿り着いたその部屋のふすまを静かにノックする。
 コンコン。
 返事が無い。
 もう一度、気を取り直して。
 コンコン。
 やっぱり返事が無い。
 でも、部屋の灯りは消えていないし、なんとなく人がいるような気がする。
「……ゆきです」
 小さい声で名前を告げてみる。
 中からの反応は……
「……ん?お嬢?
 いやいや、いくらなんでもお嬢がこんな所に来るはずが……」
 何やら言っているようである。
 なので、ゆきはもう一度伝える。
「ゆきです。……来てはいけませんでしたか?」
 しばらく間があった。
 そしてふすまがガラッと開けられる。部屋の主は大慌ての顔をしていた。
「お、お嬢?な、なんでまたこんなところに」
「龍馬さんとお茶を戴こうと思って……」
「わ、分かった。廊下は冷えるから、とりあえず中に……って俺は招き入れて良いのか?!」
「?お邪魔でしたら戻りますけど……」
「いや、お邪魔ではないんだが……」
「じゃあ、お邪魔しますね」
 にっこり笑うゆきに龍馬は首を縦に振るしかなかった。

「えっと、じゃあ、お茶を……」
「ああ、そこの机の上にってちょっと散らかってるな、待ってろよ」
 龍馬の部屋の机の上には何冊か本がのっていた。そのうちのいくつかは、見た事のある文字で……。
「……龍馬さん、英語の勉強してらっしゃるんですか?」
「ん?ああ、アーネストにいくつか本を借りてな。蘭語だけじゃ、この先困るだろうからな」
 そう言いながら、龍馬は本をたたみ、机の端に片づけていく。片づけながら、ふと疑問が浮かんだ。
「……ん?何で、お嬢はこれが英語だって分かったんだ?」
「え、ああ、はい。私、留学していますから。英語は分かります。私だけじゃなくて、都も瞬兄も分かりますよ」
 机にお茶と菓子をのせながら、ゆきはにっこりと笑う。
「ああ、そういえば『ひこうき』っちゅうもんに、乗ってたんだっけか。世界中を飛ぶとかいう……」
「はい、それで外国に行っていました」
 そう言いながら、ゆきの頭にここに来た時の事が去来する。……崇は何処へ行ってしまったのだろうか。
「お嬢?」
 龍馬の声に、ゆきははっとする。そうだ、彼の為にも、そして目の前の人のためにも日光へ行かなくてはならない。
「いえ、何でもありません」
 出来れば龍馬にはこれ以上心配をかけたくなかった。彼は優しい。決して人を上下で見たりする事をしない。そして、全ての人を大切にする。泣き言は言わない。そう決めている。
「でも、龍馬さんが英語を勉強されているなら、私もお手伝いが出来ますね」
「あ、それもそうだな。アーネストに習うよりお嬢に教わった方が良い」
「でも、龍馬さんの事だから、会話が出来るようになりたいのでしょう?だったら、ビシビシいきますよ?」
「お嬢だったら、厳しくても歓迎だ」
 そう言って二人で笑う。
 ゆきは気が付いていた。龍馬が日光より先の事を考えている事を。
 天海を倒す。それから先……どうなるというんだろう。
 二つの世界は無事で、もしかしたら、別れ別れになってしまうかもしれない。
 だから、今のこの時を大切にしたかった。
「じゃあ、今日から始めましょうか?」
「そうだな、早い方が良い。頼むぜ、お嬢」
「任せて下さい」
 そして、この日からゆきの龍馬への英語の勉強が始まったのだった。
 二人きりの時間を何より大切にしたかったから。


「ゆき?」
 そう呼ばれて、ゆきが振り返ると都がなんともいえない表情をしていた。
「なあに、都?どうしたの?」
「いや、なんか宿が近づいて来ると元気になるなあって」
「え?」
 そう、不謹慎とも言われかねないのだが、ゆきは確かに宿を心待ちにしていた。
 それは顔には出さないつもりだったのだが、どうやらばれているようで。
「原因はアレか?」
 都は前の方で小松と楽しそうに話している龍馬を指差した。
「え?な、なんで龍馬さん?」
「ここ数日を見ていると、宿が近付く度に、ゆきと坂本の顔つきが変わるから」
 とても的確な指摘にゆきは顔を赤くする。
「え、と、ばれてる?」
「他の奴は知らないけど、ゆきも坂本も顔にすぐ出るからな」
 確かに、都には一番にばれそうだ。
 都がずずいっと顔をゆきに近付ける。
「ゆき、坂本に変な事されてるんじゃないよな?」
「変な事じゃないよ!英語を教えてるだけ……」
 と、思わず言ってしまって慌てて口を押さえるが、後の祭りである。
 都は大きなため息をついた。
「……英語を教えてるって……はあ、坂本らしいっちゃらしいか。
 なんか、それ聞くと、やきもちも妬けないわ」
「え、え、何か変?」
「……んー、まあ、私としては健全なお付き合いみたいだから安心したけど」
 坂本龍馬、やはりどこかくえない奴だ。と都は改めて認識する。こっちの坂本は何故だかゆきにべた惚れのようなのだが、やろうとしていることは、都の知る坂本龍馬と酷似している。
 この状況で、さらに外を知ろうとしているとは恐れ入った、という所が正直な所だろう。
「……あのね、都」
 ゆきが都の服を引っ張る。
「どうした、ゆき?」
 ゆきの表情が急に重たくなっている。一連の話で何かゆきを悲しませただろうか。
「あのね、私、二つの世界を救うって決めたけど」
「うん」
「天海を倒したら……私達はどうするべきなんだろう。やっぱり私達の世界に帰ってお母さん達に会うのがいいんだよね」
「うん、まあ、そうだな」
 ゆきの手の力が強くなった。
「そうしたら、龍馬さんとお別れになっちゃうのかなって」
「……ああ、そうか」
 都はゆきの頭を優しく撫でた。ゆきが何を恐れているのかが分かったから。
「ホント、良い子だな、ゆきは。
 先の事はまだ分からないし、坂本はあの性格だから、私らの世界に連れてっても平気そうだし。
 ……だから、大丈夫。今、それを心配しなくていい」
「……うん、ありがとう、都」
 ゆきは都の言葉が本当に嬉しくて有り難かった。
 都がいてくれて本当に良かった。都が居なかったら、ここまで強くなれたかどうか分からない。
「……都、大好き」
「ああ、私もだよ」
 都が優しく頭を撫でてくれる。それがとても心地よかった。
「じゃあ、私が許可をする。気にせず、宿では坂本を英語でいじめてやれ」
「いじめてって……もう、都ってばっ」
 優しい従姉の言葉がゆきを何よりも安心させてくれた。

 だから、大事にしよう。
 一日、一日。
 一緒にいられる今を、大事にしよう。
 ゆきはそう改めて心に刻んだのだった。
 
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龍馬vゆきです!!大好きなんです!!大本命です!!あまりその期待してなかったんですが、龍馬のあのカッコよさと可愛さにノックダウンです。ええ。しかも伏線の張り方が!!終章にて明かされるのもとても素敵で……。
うん、どこまでも地青龍なんだな、私。とは思いますが。龍馬…本気で好きだ。
5は龍馬と都が鉄壁で好きなので、基本、こんな感じかと思います。

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