『星の降る夜』

 こんな綺麗な夜空。
 一緒に見たい人は。

 満天に広がる星空を、あかねは縁側に出てずっとそれを見ていた。
 京の星空はとても綺麗だ。今まで見えなかった星すら姿を現す。
 不思議な事に、星座などは知っている通りだ。そういえばギリシャ神話がモチーフになっているのだから、当たり前なのだろう。
 あかねは満天の星空にすっかり見入ってしまって、辺りの事も分からなくなっていた。
 ばさり。上から羽織が降ってくる。あかねは慌てて顔を上げた。
 顔を上げた先にいたのは天真だった。なんというか、不機嫌そうな顔をしているが、自分はしっかりと羽織を羽織っている。
「星を見るのに軽装なんて、あかねも考えなしだよな。もうちょっと、良く考えれば何が必要なのか分かるだろうに」
 お礼を言おうと思ったあかねだったが、思わぬ憎まれ口が返ってきたので、あかねはお礼を言わない事にした。
 しかし、自分も着込んできているという事は。
「天真くんも星を見に来たの?」
「ん、ああ。詩紋がすげえ綺麗だって勧めるもんだからさ。まあ、一度くらいは見ておこうかと思ってね。そしたら寒そうなカッコの奴が廊下でぼんやりしてるからさ、一度引き返して羽織を取りに戻ったわけ」
 その話を聞いてあかねは反省する。
 なんだ、天真くんはちゃんと私の事を考えてくれていたんじゃないか。勝手に勘違いしてばかみたい。
「羽織、ありがとう、天真くん」
「おう、気にすんな」
 やっと言えたお礼の言葉に天真は明るく笑って返す。
 天真くんは同級生だが、本当は一つ上だったりする。それが妹探しのためだというのは既に明らかな事実だった。天真もまさか妹が別世界につれて来られていたなんて思いもしなかっただろう。……まあ、自分達も来てしまったわけではあるが。
 そんな事を考えながら、あかねは視線を再び星空に移す。
 こんな綺麗な星空。
 一緒に見たいその人は。
 ……その人は今、あかねの隣に腰を下ろしていた。
 天真も星を見ることにしたらしい。
 それがなんだかとても嬉しくて、あかねはふふっと笑った。
 それを見て天真もふふっと笑う。
「楽しいのか、あかね?お前、何でも楽しい事にしちまうもんな」
 その言葉にあかねは、違うよ、天真くんと一緒だからだよ。そう言いかけて慌てて止めた。。
どきどきしているのが自分だけだとなんだか癪に障るからだ。
 それとも天真くんもどきどきしているのだろうか?
 私と一緒で?
 それは分からない。分からない方がいいのかもしれない。そちらの方が幸せな事もある。
「詩紋くんは来ないの?」
 あかねは先程の天真の言葉を思い出し、そう訪ねた。
 天真が来たのは詩紋が薦めたからである。その本人が来ていないのは、ちょっとおかしいような気がする。
 その言葉に天真も困ったような顔をして頭をかいた。
「それが、俺一人で行けって言って聞かねえんだよ。いくら誘っても、自分は用事があるから行けないってさ」
 天真は何故詩紋が来なかったのかは、縁側に出て分かった。
 あかねがいたからだ。
 詩紋は気を使ってくれたのだろう。
 詩紋は知っている。自分があかねに惹かれていることを。だから気を回したのだろう。余計なお世話だが、そんな気持ちが嬉しいのも確かだった。
 まだ蘭を取り戻せていない。だけど……この気持ちは大切にしたいと思うようになった。
 自分だけが幸せな思いをする。それは蘭に酷く悪い気がしたが、自分の気持ちは隠せない所までいっていた。
 元宮あかねが好きだ。
 その気持ちは変わらない。
 だから蘭には申し訳ないけれど、今はこの気持ちも大事にしたかった。
 そう、今、こうしてあかねと二人きりでいる時間も……。
 ん?待てよ?何かおかしくないか?
 そして天真は今更ながらに気が付く。
 今はあかねと二人っきりなのだ。
 今まで天真はあかねを友達だと思っていた。
 勿論、今も友達である。
 ただ、自分の想いが、こちらに来てから、他の男共に囲まれているのを見て、やり場の無い怒りを感じ、それが嫉妬である事を知った。
 そして、初めて、あかねが好きだと気が付いたのだ。
 ……何故か詩紋はそれより前から気が付いていたようだが。
「天の川が綺麗だねえ。ねえ、そう思わない?天真くん」
 嬉しそうにあかねが笑いかけてきた。
 あかねに言われて初めて夜空を見上げる。恥ずかしい話だが、あかねが居たから、星空の事なんて忘れてしまっていたのだ。
 天真は空を見上げる。そこには星がまるでちりばめられているかのようだった。都会の町じゃこんな星空、見れるはずもない。
 あかねのいう天の川を探す。勿論、あんな目立つものだからすぐに見つかる。
 本当だ。今まで見たことも無いくらい綺麗な天の川が流れていた。
「……すげぇ綺麗だな」
「でしょ?でしょ?天真くんもそう思うよね!」
 あかねは嬉しそうにはしゃいだ。その姿の方がずっと愛しく感じられる。
「天真くんも天の川の伝説知っているよねえ。織姫と彦星の話」
 また随分と懐かしい話をしてくる。聞いたのはまだ本当に小さい頃だったか。
「年に一度しか会えないんだろ?あの時は愛とか恋とかよく分かんなかったけど、結構可哀想な話だよな」
 天真の言葉を聞いて、あかねはきょとんとした顔をしていた。
 ……なんで、ここでそういう顔をするんだよ。
「なんだよ、俺がこういう話すんのはおかしいのか?」
 そう言ったらあかねは全力で首を横に振った。
 ……いや、そこまで否定してくれなくてもいいんだが。
 あかねの顔がちょっと赤くなっている気がした。星明りの中では、本当にそうなのか分からないけれど。
「えへへ、ちょっとびっくりしただけ」
 そう言ってあかねはにっこり笑った。
「でも、織姫と彦星が可哀想って言うんだったら、天真くんも好きな人がいるのかな?それともいたのかな?」
 あかねにとってはこれは大きな問題である。でも、天真は『可哀想』だと言った。
 それは天真が恋をしたか、しているかのどちらかを意味する。
 大体、天真くんは私をどう見ているのだろう。大きな疑問がある。
 妹のように思っているのだろうか。そう考えた事もある。彼のいなくなった妹はあかねと同い年だ。あかねの影に妹を見ていてもおかしくはないだろう。
 だが、天真にはそういう素振りが無いのに気が付いた。
 ちゃんとあかねはあかね、蘭は蘭、としてみているようだ。
 では、彼が恋をした人は誰なのだろうか。
 それは天真に惹かれるあかねにとって重要な問題だった。だから天真の答えを待つ。
 天真はにやっと笑ってから、あかねの頬をつまむ。
「にゃにひゅるのひょ」
 そんなあかねを見て天真は笑う。
「ばか。そんな大事な事、教えたりなんてしないだろ?」
 そう言って手を離した。開放されてあかねはつままれた頬をさすった。
「もー、だからってつままなくてもいいのに」
 あかねはぶつぶつと文句を言う。
 確かに軽率だったかもしれない。人の好きな人を事を聞こうなんて。
 でも頬をつままれるまではされたくはないのが本音だ。そこが天真らしいといえばらしいのだけれど。
「じゃあ、聞くけど、お前はどう思ってるんだよ、織姫と彦星のこと」
 天真が真剣な顔つきで聞いてくる。真剣に聞かれて、あかねは戸惑った。
 まだ、ばれたくはない。天真くんに思いを伝えるのにはまだ時間が必要だ。
 少なくとも蘭を取り戻すまでは。
 そうじゃないと、天真くんは自分のことを考えないような気がした。
 ……だから、蘭を探すの?
 そんなことを考えた自分に驚いた。
 蘭を探すのは、天真くんのためもあるが、龍神の神子の片割れである彼女を求めているからだ。そう、あかねも求めているのだ。蘭のことを。
 だから、それはきっと、天真くんに自分だけを見てもらうためではないはずなのだ。
 蘭を恋敵のように思っているわけじゃないはずなのだ。
「おい、あかね?」
 天真が声をかける。それに気が付いて、自分が話を脱線している事に気が付いた。
「あ、ごめん、ごめん。織姫と彦星だよね?
 うーん、そうだね、どうだろう」
 どう言えば天真に気持ちがばれずに答えられるだろう。
 ああ、なんだか面倒くさい。
 あかねは頭を振った。
 こんなこと考えてるがらじゃないよ。私はもっと素直に生きてきたんだから。正直に言えばいいだけなんだ。
「そうだね、一回はないよね。もっと回数増やしてあげるとか」
「なんか、それ、ロマンがねえぞ。回数がどうとか」
「ロ.ロマンなんて天真くんに言われたくないよ」
 まさか天真からロマンなんて言葉が出てくるとは思わなかった。似合わない。すっごく似合わない。
「ロマンっていうのはね、天真くんが考えているようなものじゃないもん!」
 あかねの言い分に天真もカチンとくる。
「なんだよ、俺にだってロマンくらい分かるさ。まるで俺にはロマンなんて似合わないみたいに言いやがって」
「似合ってないもん」
「なんだとー」
 なんだか言い争いになってきてしまった。このまま喧嘩になってしまうのかと、あかねが思ったその時、天真はにっこりと笑った。
「ま、確かに俺がロマンを口にするのは似合ってないかもな」
 あれ?天真くんが優しい。
 別にそれが珍しいわけではないのだが、天真の様子が少し変わっていることに、あかねは今更ながら気付いた。
 天真くんってこんな感じだったっけ?
 初めて会った頃の天真は、こう荒れているという言葉がよくあてはまっていた。
 今思うと、そんな彼に平気で接していた自分も大したものだと思う。
 でも天真はどんなに仲良くなっても、秘密を隠していた。
 蘭のことだ。
 こちらの世界に来て、初めてその話を聞くことが出来た。
 どんなに辛い思いをしてきたのだろう。
 あかねは兄弟がいない。だから、兄弟のことはよく分からない。
 でも、とても大切なものだということだけは分かった。
 だからあかねは早く蘭を見つけてあげたかったし、片割れでもある彼女を助けたいと思っていた。
 そう、多分重なる部分はあるとしても、天真にとってもあかねにとっても大事な事なのだ。蘭を助けるということは。
 でも天真の雰囲気が変わってきたのは、鈍感なあかねでも気付いてきてはいた。
 蘭と何かの気持ちで押しつぶされそうになっていた。
 あかねは、その何かが分からない。だけど、だんだん、天真の中でそれは整理されているようだった。
 ……本当は天真の心の支えになりたかったけれど。少しでもなれたらと思っていたけれど。
 なんだかそう考えてきたら切なくなってきた。
 決して辛い事ではないのだけれど、天真はあかねのことを助けてくれていた。それの恩返しが出来ない事が辛かった。
 龍神の神子。みんなそれをもちあげるけれど。出来る事はほとんどない。八葉の皆に頼ってばかりだ。
 ……そう、天真にも頼ってばかりだ。
「あかね、ちょっと待ってろ」
 天真が立ち上がると、屋敷の中に消えていった。
 何をしようとしているのかは全く分からない。だけど、待っているように言われた。そうなると、大人しく待っているしかない。
 しかし、なんでこんな話になったのだろうか。
 ただ、星を見ていただけじゃないか。
 織姫と彦星の話をしただけじゃないか。
 いつの間にか、自分の恋愛を重ねてしまったのかもしれない。
 でも織姫と彦星は幸せなのだ。
 だったら、自分も自分にあった恋愛が出来ると思った。
「よし、前向き、前向き!」
 あかねはぱんぱんっと頬を叩いた。
「なにやってんだ、あかね?」
 戻ってきた天真が不思議そうに尋ねた。確かにはたから見れば不審な行為かもしれない。
「ううん、ちょっと気合入れてただけ」
 天真にそう笑顔であかねは答えた。それに天真が苦笑する。
「夜中に気合入れてどうすんだよ」
 そう言う天真の手には布団があった。
「おふとん?どうするの、それ?」
 思わぬものを持ってきた天真にあかねはきょとんとして尋ねる。天真はそれを見て苦笑する。とてもおかしくて仕方ないのを無理矢理抑えているような声で。
「星、見るんだろ?だったら縁側で見てるよりも、寝っころがって見たほうが楽だし、沢山見えるだろ?」
「あ、そうか、そうだね!天真くん、頭いいー!」
「褒めてもなにもでねえぞ」
 素直に感心するあかねに天真は苦笑した。こういう奴なのだ。元宮あかねという少女は。
 あかねは天真からふとんを受け取ると、ごろっと横になった。
「うわあ、さっきよりずっと綺麗に見えるよ!すごいすごい!」
 きゃっきゃとはしゃぐあかねを見て天真は満足そうな顔をする。この顔を見たかったのだ。自分のした事で好きな人が喜んでくれるだなんて、なんて幸せなことなんだろうかと思う。
「ねえねえ、天真くん」
 あかねが空から再び自分の方へ視線を移す。
「どうした、あかね?」
 天真の言葉にあかねはちょっと考える仕草をした。だが、良い言葉が浮かばなかったらしい。
「あのね、天真くんも見ないの?星空すごく綺麗なんだよ」
「……はあ?」
 天真はあかねの言葉が分からなくて、思考が停止した。そして、改めてその意味に気がつき赤面した。
 あかねは一緒に布団に入って星空を見ようと誘っているのである。
 あかねの奴、俺の事、男だと思ってないな?
 いや、なんとも思ってないのかもしれない。
 どちらにしろ嫌な話だ。
 天真がしどろもどろしていることにさすがにあかねも気付いた。
 あかねは自分の言った言葉を思い出す。何か変だったろうか。
 ……も、もしかして?
「て、天真くん。そういう意味じゃなくて、ただ星空を見るだけだから!そ、それに天真くんがそんなことをする人じゃないって分かってるから!」
 やっと気付いたあかねに天真はがくーっと肩を落とす。
 ……いや、別に、信用してもらってるのは嬉しいけれど、素直に喜べない。恋愛対象としては見ていないのだろうかと。
 ……でも、誘ってくる事は好意は持っているんだよな。
 そう考えを改めて、天真はあかねの側に座り込む。
「改めて聞くけど、星空見るだけ、だな?」
 そう言われて、あかねが赤い顔をする。そして、こくんと頷いた。
「ま、待ってね。半分にして、天真くんが入れるスペース作るから」
 あかねは慌てるようにして、布団を半分空けた。
 天真はそれに苦笑しながら、せっかく空けてもらった布団に入り込んだ。
 本当に無防備な奴なんだから。
 そう思っていても、どこかで自分は側に招いてもらえる、そうも思っていた。それが優越感に変わる。
 あかねは少なくとも好意は…友達としての好意は持っているという事だから。
 今はまだ……友達のままでいい。
「天真くん、星、すごい綺麗でしょ」
 そうあかねに声をかけられて、天真は慌てて星空を見上げる。
 広がっている星空の凄さに、天真は言葉を失った。
 そうか、これがあかねが見せたかった星空なのか。
 確かに俺でも誘い込んじまうな。
 そう思って天真は苦笑する。変な押し問答よりも、明白な答えがここにあったのだから。
「凄い綺麗だな」
「うん、魅入られそう」
 夢心地の顔であかねはそう言った。
 隣に天真くんがいる。そのことも同時に意識されて、どきどきが止まらない。
 でも、一歩前進したくて、前に進みたくて。
 あかねはそっと手を天真の手に重ねた。
 驚いたような顔を天真がする。
 振り払われるかと、あかねは思ったが、天真は再び空に視線を移した。
 手から天真の体温が伝わってくる。
 なんて安らかな気持ちなんだろう。
 あかねは幸せに満ちて、綺麗な星空に見守られながら、眠りに落ちていった。
 そんなあかねを見ていた天真もやがて、眠りの妖精に導かれていった。
 
 騒動が起こったのは、翌日の朝だった。
 藤姫があかねを起こしにいって、あかねの不在を知り、慌てて屋敷中を探させた。そして、縁側で天真と一緒に眠っているあかねを見つけたのだ。
 天真は八葉である。彼女の身を護るためにいるのだから、側にいてはいけないということはないが、なんといっても年頃の男と女だ。間違いは起こらなかったようだが、ひと騒動となった。
 天真はたっぷりと頼久たちに怒られ、あかねは藤姫にしっかりと怒られた。
 だが、あかねは思っていた。天真との距離が少し近づいた事を。あの星空も握った手の温かさも、きっと忘れる事はないだろう。
 それが天真くんも同じだと良いな。
 そう思うあかねであった。





天真vあかねです。大好きなんです!!天真くんの隣にはいつもあかねちゃんがいて欲しいです。

★戻る★