『それは幾多の星 命の光』 「二ノ姫」 そう呼ばれて、千尋は振り返った。 聞き覚えのある声、しかし、強く威圧したような声でもある。そう聞こえるのは、彼の立ち居振る舞いのせいかもしれない。 出会いは恐ろしかったとしか言えない。それでも気丈にいられたのは風早たちがいたからだろう。 しかし、しばらくして、彼の姿をまた見た。それも、子供達の中で。 旅人と呼ばれた彼は、子供達に慕われていた。 そして、作戦まで考えてくれた。 さらに、出雲で彼は「戦いたくは無い」そう千尋に告げた。二人とも、次に出会うのは戦場だと分っていたから。 だが、千尋は少しずつ知っていく彼の内面にある優しさに気付いていた。 戦いたくないのは千尋も同じだった。 そして……彼に惹かれたのは、間違いなく事実だった。 多分、こんな状態になるまでは。 千尋は数日後に結婚する。いわゆる政略結婚だ。 相手は……アシュヴィン。 まだ千尋は彼のことを知らなさ過ぎた。 それに、結婚だなんて考えたりしない年齢だ。 ……アシュヴィンの事が嫌いなわけではない。 むしろ惹かれているくらいだ。 だが、惹かれているのと結婚するのは違う事だ。 それはたとえ政略結婚といえど、彼と共に生きていくと、そういう事だ。 それはまだ17の千尋には分らない世界だった。 それに……アシュヴィンの妻になる、その事が飲み込めなかった。 だからだろう。このところ心から笑えたこともない。 そんなアシュヴィンからの声かけだった。なんだろうと、千尋は疑念を抱く。 彼は結婚が決まってから、まるで千尋を避けるように、あちこちに出歩いていた。 不思議だった。結婚が決まってから二人の間の距離は離れていった。 そんな彼が声をかけてくるなんて思いもしなかった。 「アシュヴィン?」 「今、時間があるか?」 「……うん、あるけど」 そううつ向き気味に千尋が答えると、アシュヴィンは千尋の手を引っ張った。 「きゃっ!な、なに!?」 「お前に見せておきたいものがある」 慌てる千尋に、アシュヴィンは強くそう言った。その言葉に千尋はアシュヴィンの真剣さを感じた。 連れて行かれたのは黒麒麟の所だった。 ……前に戦った事があった。 たじろぐ千尋に、アシュヴィンは乗るように催促する。 「大丈夫だ。心配するな」 そう言って千尋を引き上げた。麒麟に乗るなど初の経験だ。だが、アシュヴィンの声は優しくて、不安な気持ちは薄れていった。 「行くぞ」 アシュヴィンはそう言うと麒麟を走らせた。 馬とは違い、天を駆けるその姿に、千尋は胸の高鳴りが止まらなかった。 アシュヴィンは何を見せたいと思っているのだろう。どこに行くのだろう。 黒麒麟がより高く舞い上がった。 「下を見てみろ」 アシュヴィンにそう言われて、千尋は下を見下ろす。 そこには闇の中に灯された光があちこちで見えた。 「この光を大切に生きている人々がいるんだ。あの光がこの国に住む人々の生きている証だ。 ……そして、お前が守らねばならない光だ」 そう言われて、千尋の胸はどきどきとした。確かに自分は王族なのだ。そして、アシュヴィンの言うとおり、この光を守っていかなくてはならないのだ。 だから常世の皇子のアシュヴィンと結婚し、国を支えていくのだ。 アシュヴィンの真意は見えない。 でも、ここに自分を連れてきたのは、王族としての心構えを教えるためなのだろう。 「……アシュヴィンも守っているんだね、常世の国を」 「ああ、そうだ。俺は何より常世の国を守り、変えていかねばならない。その為に、俺はお前を必要としている。 お前には済まないが、変えていくまで付き合ってもらわねばならない。 ……だから知っておいて欲しかった。お前がこの国を守らねばならないように、俺も常世の国を守らねばならないからな」 それがアシュヴィンの本当の気持ちなのだろう。いや、それだけではない何かも感じる。 そう、子供達に接していたように、シャニに接していたように、いつもと違う、優しい声。 「……うん。アシュヴィンの気持ち、分ったよ。私、その事、忘れそうになっていた。 うん、きっと何かが変わるよ。私達、何かが出来るって思う」 素直に答える千尋に、アシュヴィンは満足そうな顔をした。 「お前はいい顔をしているな。きっと良い王になるだろう」 「ふふ、ありがとう」 風がだんだん冷たくなってきた。 「では、そろそろ引き上げるか、ニノ姫」 そう言われて千尋はくるりとアシュヴィンの方へ顔を向けた。 「千尋、でいいよ。もうすぐ結婚するのに私だけ名前で呼んでるなんて、変だもの」 千尋の言葉に、アシュヴィンは微笑む。 「では、千尋と呼ばせてもらうとするか。 千尋、黒麒麟にしっかり捕まっていろ。振り落とされないようにな」 「分ったわ」 黒麒麟が二人を乗せて、夜空の中を飛んでいく。 互いの国の将来をかけて、生きる道を選んだ二人を乗せて。 捕まった黒麒麟と背後に感じるアシュヴィンの温かさに、きっと、この結婚は大丈夫、そんな気がして、安心したのだった。 終 イベントで無料配布していた話です。 個人的にはこういうのが好きだったりします。 |