<ェ、捕まえるなら早いうちだと思う訳で。
 今日帰ってくるとは限らないのだ。
 だが、今日は腹心のリブを残している。という事は、そんなに遠くに出かけている訳ではないのだろう。
 きっと帰ってくるはずだ。
 それから何時間か過ぎた頃、玄関の辺りが賑やかになっていた。
「食事はいらない。床の用意を」
 アシュヴィンの声がした。
 眠さに負けそうになっていた千尋はがばっと起き上がる。
 ここで捕まえなくては……!
 捕まえなくては、ただの飾りだ。
 結婚したのはお互いの国を思ってのこと。
 だが、その距離は前より開いているように思えた。
「よし!今日こそ捕まえるんだから!」
 千尋はがばっと起き上がる。
「お妃さま?どうなされました?」
 侍女たちが驚いて声を上げる。
 そうか、侍女がいるのか。それはちょっとやっかいだ。
「えっと……ああ、もう面倒だわ。アシュヴィンの所に行くの」
「アシュヴィン様のところに?」
「駄目ですわ。皇子さまがお妃さまの所にいらっしゃるのはともかく、お妃さまが参られるのはどうかと……」
 ……確かに、その通りなんだけど。
 アシュヴィンが来る日なんてあるのだろうか。そんなの待ってられない。
「お妃さま、お妃さま」
 侍女たちの声が後ろから追いかけてくるが、構っていられない。千尋はずんずんと進んだ。
 アシュヴィンの部屋の前に着くと、リブが待機していた。
「彼、いるんでしょう?開けてちょうだい」
 凛とした声で千尋はそう言った。その言葉にリブもただならぬ気配を感じたのか、扉の向こうのアシュヴィンに声をかける。
「アシュヴィン様、お妃様がお見えになっておいでですが」
「二ノ姫が?……そうだな、通せ」
 リブはぺこりと千尋に向って頭を下げると、扉を開けた。
 部屋の中に入り込むと、アシュヴィンがゆったりとした服に着替えていた。
 普通、見慣れない所を見ると赤面するのが普通だと思うのだが、千尋は違っていた。もう、そんな事は問題じゃない。
「どうした?妃の方からやってくるとは珍しい」
 からかったような口調でアシュヴィンは笑う。彼はこのイレギュラーな事態を楽しんでいるようだ。
 ここで負けてはいけない。色んな人を振り切って来たのだから。
「ちゃんとお話しようと思って来たの。貴方はいつもこのお屋敷にいないから。私は貴方の妻だし、何をしているのか知っていても良いでしょう?」
 口調は強く言ったつもりだ。精一杯の努力はした。あとはアシュヴィンがどう出るかである。
 彼は考えるような仕草をして、少しの間返答が遅くなった。
「お前は俺のしようとしていることは知っているだろう。連日留守がちなのはそのせいだ。しかし……」
 そう言ってアシュヴィンは千尋の頭をくしゃくしゃとなでた。
「お前も可愛い事を言うな。シャニみたいだ。どうした、構ってもらえなくて寂しかったか?」
 くすくす笑いながらそういうアシュヴィンに千尋は腹が立つやら恥ずかしくなるやら……そして図星のような気がするやら、もう何がなんだか分からない。そもそも、何のためにここに来たのかさえ忘れそうになる。
「なにを百面相しているんだ。まあ、お前のそういうところは気に入っているんだがな」
 その言葉に千尋ははっとする。そうだ、アシュヴィンの気持ちを聞きに来たのだ。そして、その彼が「気に入っている」というのだから、嫌われてはいないのだろう。むしろ好意さえ感じる。
「……まあ、まだ床につくには早いか。どうする?今なら構ってやれんこともないが」
 こういう話し方しか出来ない人であることは千尋も分かっているのだが、どうにも腹に据えかねる。何かこう、アシュヴィンより有利になれるものはないだろうか。
 そうだ、ゲームならどうだろうか?アシュヴィンでもわかりやすいゲーム。確か持ってきていたはずだ。
「ちょっと待ってて。すぐに返ってくるから」
 そう言うと千尋は部屋へと引き返した。


「よし、これで7反、あがりだ!」
「……なんで、初めて遊ぶ人にこうも負けるわけ?」
 千尋が持ってきたものは花札だった。色々なルールがあるが、今は一番オーソドックスなルールを使っている。
 それはともかく、今、初めてルールを知った人に千尋はほとんど負け続けている。
「……まあ、こういうのも戦と同じだな。勝運を持っている方が勝つ。そういうものだ」
「私だって中ツ国の大将だったのに……」
「まあ、俺に勝負を挑む、というのが早すぎただけだ」
 自信満々なアシュヴィンに千尋はため息をついた。
 確かに常世の国は強い。アシュヴィンの率いている軍もずば抜けたものを感じる。勝負運だけではない何かがアシュヴィンにはあるのだろう。
「も、もう一回!もう一回やらせて!」
「構わんが……もう、かなりの時間だぞ。寝なくていいのか?」
「アシュヴィンに勝ったらやめるわ」
「はははっ、おもしろい奴だ。今日は特別に付き合ってやろう」
 外ではいくら待っても消えない明りと笑い声にリブは困っていたが、まあ、政略結婚とはいえ夫婦なのだ。だから、こんな日もあっていいだろうと思った。

この小さな遊びは明け方まで続いたのだった。


終わり。

クリアは無事にしたのですが、結構この二人はまだ上手く書ききれていません;
でも、好きな気持ちは一杯詰め込んだつもりです。
そして今回も短くてすいませんでした;