『甘いものはお好き?』


 なんだか宿の玄関の方で、楽しそうな声が聞こえる。都はその声の中にゆきの声が混ざっているのに気がついた。
 誰だろう。私の天使とあんなに楽しそうに話しているのは。
 都は気になって、玄関に足を運ぶ。その先に見えたのは。
「……あ、そうだっけ」
 ゆきと一緒に話しているのは、こちらの世界の坂本龍馬。なんだか歴史で聞いてきた人物とはちょっと違う感じもするのだが、幅の広い人脈と、型にとらわれない自由な発想、そして、その為に常に命を狙われているのは変わりがなかった。
 先日、ゆきが龍馬と恋仲になった事を一番に知らせてくれた。その幸せそうな顔は都ではさせてあげられなさそうで、ちょっと悔しかったりするのだが。
「あ、都?」
 ゆきが都に気がついて声をかけてくる。うっかり見つかってしまった。
 自分が出来なくとも、ゆきには幸せな笑顔でいてもらいたいから、お邪魔したら悪いなと思いかけていた所だった。
「あ……あー、二人とも、どこか行くのか?」
 都はなんとか誤魔化そうと言葉を探す。そんな都に気がつかず、ゆきはにっこりと笑った。
「あのね、近くに甘味処があるんですって」
 ああ、なるほど、デートにでも行くのか。そう都が思った時。
「都も来るかい?都も甘いもの好きだろう?こういうのは、人数が多い方が楽しいぜ」
 そう声をかけてきたのは、ゆきの恋人である坂本龍馬だった。
 一瞬、都はあっけにとられる。普通だったら二人の時間を持ちたがるのかと思っていたのだが、にこにことしている龍馬からは楽しそうな気持ちしか感じられず、改めてこの人物の懐の深さを思い知る。
「そうですね、龍馬さん。都も一緒にいきましょうよ」
 ゆきも乗り気になっている。そうなると、都も断りづらい。いや、別に一緒に行っても構わないのだけれど、お邪魔にしかならないような気もするし、むしろ積極的にお邪魔虫になりそうな気がする。それはそれで、二人に失礼な気がした。
 それならば……
「分かった。ちょっと待ってて、Wデートってことにしよう」
 そう言うと都は宿の奥に走って行った。
「……だぶる?」
 聞き慣れない言葉に龍馬は首をひねる。でーとは分かっているのだが、だぶるが分からない。そういう単語があるのは知っているのだけれど、どう繋がってどういう意味になっているのかが謎だ。
「えっと、2組でデートするっていうことですよ」
 ゆきが龍馬に助け船を出す。しかし、意味が分かったら、またしても別の疑問が浮かんでくる。
「……都にお嬢以外の好きな奴っていたか?」
「……そういえば聞いた事ありませんね。どちらかといえば男嫌いですし……」
 ゆきと龍馬にクエスチョンマークがついている時に都が誰かを引きずってやって来た。
「だーかーらー!なんで、オレまで行かなきゃなんねーんだよ!」
 賑やかな声が聞こえる。八葉一行で一番賑やかな人物の声だ。
「……都ってチナミ君が好きだったの?」
 問いかけるゆきに、都は首を振る。
「いや、別に。でも、からかうと面白いし」
「それは、どういう意味だ、八雲ー!!」
「言葉通りの意味だ」
「オレはおもちゃじゃないんだぞー!」
 そんな都とチナミのやりとりを見ながら、ゆきと龍馬は微笑む。
「一気に賑やかになったな。今日は俺のおごりだからチナミも来いよ」
 龍馬の言葉に、チナミは急に大人しくなる。
「……坂本殿がそうおっしゃるのなら」
 基本的にチナミは誰に対しても礼儀正しい。男性の中では一番年下であることもあるからだろう。
 大人しくなったチナミに都はちゃちゃを入れる。
「なんだ、やっぱり食べたかったんじゃないか。連れてきた私に感謝しろよ?」
「ち、違うって言ってるだろ!」
「一杯食べて大きくならないとな」
 そう言って都は自分より背の低いチナミの頭をぐりぐりと撫でる。
「なんたって、私より低いんだからな」
「オ、オレはまだ成長期だ!大体、お前の方が女のくせにバカでかいんだ!!」
「そういったって、私と同い年だろう?いくら男だっていっても、もう無理じゃないか?」
「伸びる!絶対、八雲よりは高くなる!!」
「無理無理、いいじゃないか、小さくて可愛いのも」
「無理じゃなーい!!」
 都にいいようにチナミはからかわれている。でも、その様子はとても楽しそうだった。
 ……まあ、いじめられているチナミはどうなのか分からないが。
「へえ、わりと都と気が合うんだな」
「合いませんよ!!坂本殿、勘違いしないで下さい!!」
「気が合うというより……おもちゃ?」
 感心している龍馬にチナミが抗議する。その上に都が楽しそうに付け加えた。
「チナミ君、都とこれからも仲良くね?」
 どこかピントのずれたゆきの言葉もチナミの上に乗っかかってきた。
「……うぅ、誰もオレの言い分、聞いてない……」
 楽しげな3人に対して切ないチナミであった。


「うわあ、このみつ豆、美味しい」
 ゆきが幸せそうな声を上げる。
「お嬢、ここは団子も美味いんだぜ?一本食ってみるか?」
「わあ、いいんですか、龍馬さん」
「ああ、お嬢に喜んで欲しくて連れて来たんだからな」
 ゆきと龍馬が楽しそうにしている。そんな二人を隣りの椅子から都とチナミは見ていた。
「……なあ、八雲。オレ達、来なかった方が良かったんじゃないか?」
「それは私も思ったさ。でも、坂本の奴が誘ってくるし、ゆきも乗り気だし……なあ?」
「なるほど、それでオレを引っ張ってきたのか」
「そういう訳」
 確かにいかに都といえど、恋仲が公然の事実になっている龍馬とゆきの間に入ってはいかないだろう。そのくらいの気配りが出来る事をチナミは知っている。まあ、それゆえに都のゆきに対する感情が高まっているのも事実なのだが。
 でも、何故、都はチナミを選んだのだろう。他にも相手は色々居ただろうに。
「どうしてって顔してるな」
 都がチナミに笑いかけた。その笑顔は優しくて不覚ながらチナミはどきっとしてしまった。
「お前と居ると気が楽だ。それが一番の理由、かな」
 普段は言い争う事の多い都がそんな風に思っていたとはチナミは知らなかった。
 気が楽。それはチナミにもいえる事だった。
 随分、みんなを騙し続けていた。それが辛い事も沢山あった。ゆきも気にかけてくれたけれど、都は相変わらずで、喧嘩友達みたいだった。……正直、時々、都が女である事を忘れるくらい。
「なんだ?私だけの告白大会みたいじゃないか」
 都が笑いながらチナミをからかう。だけど、チナミは上手く言葉が返せない。そもそも、あまりこういうことには不得手なのだ。
「……なんか、今日の八雲は女みたいだ」
「馬鹿か!私は女だ!……まあ、愛しているのはゆきだけだけどな」
 都らしい言葉が出る。でも、さっき見せた顔はいつもと確かに違っていて。
 ……言葉に困る。
「ん?なんかあったか?」
 別の声が降ってくる。顔を上げると団子の入った皿を持った龍馬が立っていた。こちらにまでわざわざ持ってきたようだ。
「こっちにも団子持って来たんだけど……都、あんたチナミに何かしたのか?困った顔してるぜ?」
 龍馬の言葉に都は笑う。
「いや、チナミは馬鹿だって。あ、団子わざわざサンキューな」
「……やっぱり、八雲はオニだ……」
 容赦なく切り捨てる都に、チナミはがっくりとする。まあ、これが都なのだが。
「あ、坂本、ついでに席替わってくれる?ゆきと一緒に食べたい」
「ん、ああ。それは別に構わんが……」
「やったね、じゃ、団子貰ってくな」
 そう言うが早いか、都は龍馬の持っていた団子をひとくし持って、ゆきの元に走って行く。
「いやー、早いな都は」
「良いんですか?坂本殿」
「ん?ああ、別にお嬢は減らんし」
 都のいた場所に龍馬は腰を下ろし、にこにこ笑ってチナミに皿を向ける。
 そもそも減る減らないの問題でもない気もするのだが。
「ほら、お前も食え食え。腹が減っては戦はできんぞ?」
「あ、ありがとうございます」
 チナミは龍馬から皿ごと団子を受取る。
「なーんかあったか?隠し事はいかんぜ?まあ、若いんだから色々あるんだろうけどな」
「坂本殿こそ良いんですか?八雲を暴走させて」
「お嬢を探していた時間に比べたら大した事ないぜ?」
 そういえば、ゆきの事を龍馬は『お嬢』と呼ぶ。都が言う事には、昔、彼が『お嬢』と呼んでいた人にゆきがそっくりだという事なのだが、龍馬に言わせると『お嬢』は『お嬢』に違いないらしい。
 ……まあ、説明を聞いても良く分からない事は確かなのだが。
 ただ、龍馬が一途に『お嬢』という人を想っていた事だけは確かなのだ。
「……どういう気持ちなんですか?人を……誰かを好きになるって」
 言い終わってからチナミは恥ずかしい事を聞いてしまったと真っ赤になる。
 そんなチナミの背中を龍馬がぽんぽんと叩く。
「どうした?好きな奴でも出来たのか?」
「い、いえ!そ、そういうわけではなく!!」
「別に好きになる事が悪い事ではないと思うけどな?」
「い、いえ、だから、その……」
 にこにこ笑う龍馬に、チナミは更に顔を赤くする。何故、あんな言葉が口から滑り出したのかが分からない。
「なんか、あったかくて、優しい気持ちになる、かな?」
「……あったかくて、優しい……」
 どうだろう。分からない。
 龍馬は、にっと笑うともう一度チナミの背中を叩いた。
「ま、都が相手だと苦戦すると思うけどな」
「……へ?!」
 龍馬はそう笑うと、席を立ちゆきと都の元に向かう。
「お嬢さん方、俺も入ってもいいか?」
「ちょ……坂本、帰ってくるの早すぎ!」
「大丈夫だよ、都。詰めれば……あ、チナミ君も呼べるかな?」
 向こうの方でわいわい言っている。
 それがチナミの耳には筒抜けだ。何を言っているのかが聞こえない。
「オ……オレが八雲を?!そ、そんな馬鹿な!!」
 八雲だぞ?いつもからかってくる奴だぞ?ゆき命の奴だぞ?!
「チナミくーん!こっちにおいでよー!」
 ゆきの声があたりに響く。
 でも、チナミの耳に届くまでは、まだまだ時間がかかりそうだった。



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龍馬vゆき+チナミv都です。というか、チナ都です。龍馬ゆきがおまけになった感じですかね。私は5は龍馬と都が鉄壁で好きでして。都視点の話を書いてみたくて書いてみました。チナミと都のやりとりが大好きでして。チナミv都が大好きになっております。いつの間にかチナミの中で都が大きくなっていると良いなとか思います。
甘い話も書いてみたいなあ、と思っております。

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