烽キぐに理由に気がついた。
きっとトルテは気を使ってくれているのだ。元気の無い自分に気がついて、励まそうとしてくれているのかもしれない。
それを思うとカベルネは何だか申し訳ない気持ちになった。
臨海学校が始める前からいつも周りに心配ばかりしてもらっている気がした。
それは兄の死から始まり、今はガナッシュの行方へと続いている。
押し迫る不安感を消す事は出来ないけれど、嘆いていても始まらない事だけは分かっていた。
「心配してくれてありがとうだヌ〜、トルテ」
カベルネに感謝の気持ちを述べられて、トルテは目を丸くし、それから真っ赤になった。どうもお礼を言われるのは慣れていない。
「な、何よ!!そんなんじゃないわよ!!」
真っ赤になって否定するが、その照れまくった様子からそうではないことくらい分かる。カベルネはそんな彼女を見てクスクスと笑った。
「〜〜〜〜!!良いわよ!!」
カベルネに笑われて、トルテはぷいと顔を背けた。すねているらしい。
「ごめんヌ〜、感謝してるんだヌ〜」
いじけてしまったトルテにカベルネは慌ててフォローを入れる。その言葉にトルテは先程と違って満足そうな顔になった。
「そう?だったら、悩み相談くらいしてごらんなさいよ!」
トルテはそう言ってにっこり笑う。私はお姉さんだから、頼りにしなさいよと言っているかのような顔だった。
そんな彼女にカベルネも微笑んだ。安心感が持てる相手だった。
彼女になら、この気持ちを打ち明けてもいいかもしれない。そう思った。
「……ガナッシュとガナッシュの姉ちゃんの事は聞いたヌ〜?」
カベルネはぽつりぽつりと話しだす。その言葉にトルテは頷いた。
「うん。オリーブから大体の概要ならね……」
オリーブから聞かされた事の経緯は複雑だった。
ガナッシュの姉ヴァニラはエニグマと融合し暴れまわって……彼女の暴動を止めようとしたカベルネの兄シャドルネさえも殺してしまったのだ。そして彼女は今、牢獄へと閉じ込められている。
カベルネは俯いた。
「……俺もガナッシュの姉ちゃんの事、好きだったんだヌ〜。
あの人は……とても強いのにどこか寂しそうで壊れてしまいそうな人だったんだヌ〜。
兄貴はよく彼女のことを心配してて……いつも彼女の傍に居ようとしてたし、支えようとしてたんだヌ〜。俺から見ても二人ともお似合いに見えたし……上手くいって欲しいなって思ってたヌ〜。兄貴なら……あの人の事、救えると思ったヌ〜。
だけど……兄貴はあの人を止められなくて死んでしまったんだヌ〜。だけど……それでも兄貴は……兄貴はあの人を見守っているんだヌ〜」
カベルネは言葉をそこで切って再び俯き、自分の両手を見つめた。
「……だけど、俺は何もしなかったし出来なかったんだヌ〜。
そして今、ガナッシュが同じようになろうとしているのに……俺はどうして良いんだか分からないんだヌ〜。
オリーブはちゃんと事実を受け止めて、ガナッシュを救う方法を考えているのに……俺は何をして良いのかわからないんだヌ〜……」
そう、分からなかった。
一番分からないのは、ヴァニラやガナッシュの気持ちだった。
何故、ヴァニラはエニグマと融合したのか。何故、力を誇示するような事をして、多くの人の命を奪ったのか。
そしてガナッシュはそれが分かっているのに……誰よりも一番分かっているはずなのに……何故エニグマと……それもよりによてエニグマの王と融合しようとするのか。
分からなかった。
確かにナイトホーク姉弟は人付き合いが良い訳でもなく、距離を置く人達だった。
だけど、決して彼らは独りではなかった。
ヴァニラには兄が居たし、ガナッシュには自分やオリーブが居たはずなのだ。
それでも…それでも彼は行ってしまったのだ。エニグマと融合するために。
止めるオリーブを振り切って。
オリーブにかつての兄の姿を見たような気がしていた。
事実をありのまま受け止め、そして受け止め続けようとする心。
兄とオリーブ。そしてそれを見ている自分。どこかでまた何も出来ないのではないかという思いが渦巻いた。
黙って話を聞いていたトルテがゆっくり頷く。彼女はいつになく真剣な顔をしていた。
「……そうね。私、すっごく月並みな事しか思い浮かばないんだけど……まあ良いわ」
トルテはカベルネの顔をじっと見た。彼女の瞳に自分が映し出されているのが見える。
「カベルネはガナッシュの事が好きなんでしょう?」
その言葉にカベルネは力強く頷いた。
「そうだヌ〜!ガナッシュは俺の大切な大切な友達だヌ〜!」
そう、大事な友達だった。闇のプレーンで苦楽を一緒にしてきた。
同じ事件で同じような傷を負った仲間だった。
いつも一緒に居て、一緒に戦ってきた友達だった。
誰よりも大切に思える親友だった。
そう、それだけは間違いの無い事。自信を持って言える事。
トルテはにっこりと頷いた。
「だったら、それで良いじゃない」
カベルネの中で、その言葉が反復される。
だったら、それで良いじゃない。
それで良いのだろうか。その気持ちだけで良いのだろうか。
トルテはまだ考えているカベルネに向かって笑った。
「それで良いのよ、カベルネ!
大好きなガナッシュと助けてあげる。それだけで十分じゃない。
それ以上にどんな事があるっていうのよ。
私達を踏み倒してまでガナッシュがそうしたいならそうするのが良いんでしょうけどね。そういうことじゃない?
私はガナッシュを助けたい。
カベルネはガナッシュが大切な友達だから助けたい。
それ以上の大義名分なんていらないじゃない」
その言葉を聞いて、カベルネは初めて兄とオリーブの気持ちを理解した。
そう、大切だと…その気持ちがあるから受け入れられるのだ。そして、そんな自分を踏み倒してまでやりたいというならやればいい。そう考えているのだ。
かつて、兄がヴァニラにそうしたように。
カベルネはゆっくり頷いた。
心が晴れた気持ちになった。
トルテはなんでもはっきりくっきりした性格だ。彼女の言葉はその分、カベルネの心に強く響いてきた。
そう、大義名分なんていらない。
ガナッシュを助けたいと思うこの気持ちが大切なのだから。
カベルネの顔が晴れやかになる事に気がついてトルテは満足げに笑った。
お姉さんの登場は正解だったようだ。
なんだか嬉しかった。
だが、今までの話をふと振り返り、トルテはある事に引っかかる。
「ねえ、ヴァニラさんってどんな人だったの?
カベルネの憧れの人だったんでしょ〜?」
トルテは意地の悪い顔で笑いながら、カベルネをつっつく。いかにも楽しくてたまらないといった顔だ。
「え、えっと…カッコイイ感じの人だったヌ〜!」
トルテの攻撃に戸惑いながら、カベルネは答える。
カッコイイ人。トルテに思い浮かぶタイプは一人しか居ない。
「カッコイイって……レモンみたいな感じ?」
トルテにとってかっこいい女性といえば彼女しかいなかった。だが、カベルネは慌てて首を横に振る。
「確かにレモンもかっこいいけど…ちょっと違うヌ〜。
ヴァニラさんは…こう孤高って感じの人だったんだヌ〜」
カベルネはかつての彼女の姿を思い出しながらそう言った。懐かしい、憧れの人の姿だ。
一方のトルテは…見ず知らずの誰かに憧れている彼を見て、なんだか面白くなかった。からかったのは自分の方なのだけれど。
とんとん、とカベルネの肩を突っつき、満面の笑みで自分を指差して見せる。
「ねえ、カベルネ。私は?
私、かっこいい女性目指してるのよね。どう?ちょっとはかっこいい?」
カベルネはトルテの言葉に最初は意味が分からないといった顔できょとんとしたが、その言葉を理解すると首を横に振った。その行動にトルテはショックを受ける。カッコイイ、頼りがいのある女の子を目指しているのに…全然そうではないのだろうか。
だが、カベルネから返ってきた答えはトルテの考えとは別のものだった。
「トルテは違うヌ〜。
トルテはかっこいいっていうより優しいんだヌ〜。
凄く優しくて明るくって…太陽みたいにキラキラしてるんだヌ〜」
そう言ってカベルネはにっこり笑った。
その言葉にトルテは真っ赤になる。優しいなんて言われるのは考えてもみなかった。真っ赤になってわたわたとしていたが、しばらくして頭を両手で抱えると、照れている気持ちを放り出そうとしているのか首をぶんぶんと振った。
そして、顔を上げるとゆっくりと呼吸を整える。とりあえず、正常に戻ったらしい。
そしてカベルネの背中をどん!と叩いてビッと指を立てた。
「褒めても何にも出ないんだからね!」
「ふふ、分かってるヌ〜」
そんな彼女にカベルネは微笑む。
そう、別にお世辞で言ったわけではない。彼にとって、彼女は太陽みたいに思えたからだ。いつも、輝いている太陽のように。
一方のトルテは、分かっているというカベルネの反応にまた赤くなったがすぐに元に戻る。
「んじゃあ、カベルネも元気になったところで偵察に行くわよ!」
「偵察?どうするんだヌ〜?」
トルテは本来の目的の指示をするが、その話をさっぱり聞いていないカベルネは首をかしげた。
トルテはそんなカベルネに鈍いわね、といった顔をする。
「近所に怪しいところがないか探るのよ!さあ、行くわよ!」
「わ、待って欲しいヌ〜!」
さっさと走り出したトルテの後をカベルネは慌てて追いかける。
先ほどまではどんよりとしたものにしか見えなかった死のプレーンが、トルテやカベルネには希望の光が注いできたように感じたのだった。
おわり。