『本当のこと』 君を見ていた。 いつも明るくて元気で一生懸命で。 弾ける様に笑う顔が大好きだった。 俺が見ていたのは、きっとそんな君の表面だけだったのだろうけど。 君の本当の顔に気がつきもしなかった。 俺が恋していたのは、好きで仕方が無かったのは幻の君? 違う、そうじゃない。そう信じている。 死のプレーンの大地は独特だった。 プレーンの名前に相応しく、荒地だし、岩はごろごろあるし、歩きにくいし、ろくな所じゃない。 そのくせジャングルとか植物も生えていて、なんだかさっぱり分からない土地だ。 どっちにしろ、歩きにくい事には変わりないんだけどな。 先のほうのマロンが歩いている。その後ろにペシュとブルーベリーが付いていき、その近くのレモンは辺りを警戒するように慎重に進んでいた。 先頭はマロン、真ん中がレモン、そして後衛が俺。いつモンスターに襲われても大丈夫なようにと、レモンが提案した布陣だ。 しょっちゅう俺をからかうレモンだけど、こういう事になると頼りになるのは間違いないから誰もが賛同する。俺だって異論はない。 だけど、今は最後尾ではなかったりする。 「大丈夫か、キャンディ?」 俺は振り返って声をかける。俺の少し後ろをキャンディがゆっくりとついてきていた。 エニグマとの融合が解けて、魔法が使えなくなってしまったキャンディは、体力的にも消耗が激しかったらしく、こうやって歩いていても遅れがちだった。それでも来るというキャンディの意思を尊重して、こうしている訳なんだけれど。 今ここにはいないオリーブやカベルネが言うには、もともとそこまで足が速いわけでもなかったみたいだ。元気な印象が強かったから、ちょっと意外な事実だ。 「うん、大丈夫よ」 そうキャンディは笑って答えるけれど、その笑顔はなんだかぎこちない。 実際結構歩いているし、疲れているのも普通だろう。 「マロ〜ン!ちょっと休まないか〜?」 前方にいるマロンに大声で話しかける。大きな帽子がトレードマークのマロンは振り返り、俺とキャンディを見るとにっこりと頷いた。 それを見て俺は再びキャンディの顔を見る。 「キャンディ、休憩だってさ」 キャンディの顔は最初は困ったような顔になってから、優しい笑顔に変わる。 「ありがと、気を使ってくれて」 「あ…いや」 お礼の言葉が何だか照れくさくて、上手い返事もできないまま俺は俯く。 そんな俺にキャンディはくすくす笑って、そのまま腰を下ろした。 それを見て、俺もその隣に腰を下ろす。 隣で座って休んでいるキャンディを見る。 ……何も変わっていないように見えた。 俺の知っているキャンディは明るくて、頑張りやで、何でも一生懸命で。 だけど、本当はいつも必死で、切羽詰ってて、誰かに認めて欲しくて仕方が無かった顔も持っていた。 強くなる事を願いガナッシュに追いつこうとして必死になっていた。 それを全部分かっていたのは多分オリーブだけだったんだろう。 あの時、俺は戦う事も出来なくて、オリーブのように受け入れる事も出来なかった。 キャンディ相手に魔法は使えなかったし、オリーブのように彼女の心を知っていた訳でもない。 キャンディにそんな面があるなんて知らなかったし、知っていても受け入れられていたかどうかまでは分からない。 知っている事と、理解する事は違うんだ。 あの時、オリーブは彼女を理解して受け入れて…キャンディも初めてオリーブを理解して受け入れたんだろう。 彼女を救えたのはオリーブだけしかいなかったんだろう。 俺じゃキャンディを救えなかった。 好きなつもりでいたけれど、本当はキャンディの事をほとんど知らなかったんだ。 ……だけど。 ……だけど、きっと。 ふいにキャンディが俺の方に振り向く。 見ていたことに気付かれたのだろうか。慌てて顔を背けた。 だけど、かけられた言葉は違っていた。 「ねえ、キルシュの告白はどうなったの?」 「へ?」 「ほら、臨海学校へ行く前に言ってたじゃない。告白するって!」 思わぬセリフに、頭の回線が繋がらなくなった。 だけど、キャンディは興味津々の顔で俺の顔を覗き込んできた。 思いのほか接近してきたキャンディの顔に、俺は慌てて後ずさる。さすがにこの歳で、女の子に近寄られるのは…しかも好きな女の子が相手の場合は気恥ずかしい。 ましてやこの状況で、告白したかった相手がキャンディだとは言い出せるはずも無い。 「……まだだよ!」 精一杯の返答に対して、キャンディはつまらなさそうな顔をする。 そういえば女の子はこういう話が好きなんだっけな。 「なんだ。やっぱり、恥ずかしくて言えなかった?」 キャンディは何か思い出したかのように苦笑いを浮かべると、そう言って笑った。 察するに、キャンディも告白できていないらしい。 どう返答するか考えた。 あんまり誤魔化すのは上手くないし、下手するとぼろが出るだけだ。 とりあえず、正直に言う事にした。 「……いや、告白そのものを取りやめだな」 「大丈夫よ、アランシアなら!」 キャンディの励ましに俺は苦笑する。本当に誰が口を開いても俺の好きな人はアランシアになってしまうらしい。 アランシアの事は好きだと思うし、大事な幼馴染だけど、そういう思いじゃないのは分かっている。 少なくとも、キャンディに抱いていた思いとは別のものだから。 「違うよ、アランシアじゃねえ」 俺の回答にキャンディは驚いた顔をする。ついでにその相手はキャンディだと言ったらもっと驚くんだろうけど、それは止めた。 だけど、キャンディの顔は驚きからまた興味の顔に変わる。 「じゃあ、誰なの?教えてよ!」 楽しそうなキャンディに、俺はどう答えて良いか分からなくて苦笑した。 「内緒」 そう答えるのが精一杯だったけど、キャンディは不満だったらしい。なんだか、急にふてくされた顔になってしまった。 「なによ〜、告白仲間だから応援してあげようと思ったのに!」 キャンディにとっては親切心だったんだろうか。 いや、あの目は好奇心からの目だった。アランシアもああいう顔をするから間違いない。 そういう所は女の子ってよく分からないよな、と思う。 「いいよ。俺はさ、決めたんだ。 『彼女』の友達になろうって」 「……友達?それでいいの?」 キャンディが不思議そうな顔をする。それで満足なのかという顔だった。 俺はそんなキャンディの顔を見ながら笑った。 「そうか?良いと思うぜ、友達って。 悲しい時や苦しい時も一緒に感じて助けてあげるんだ」 そう、別にキャンディから思って欲しかった訳じゃない。 俺はキャンディが大好きでいつも笑っていて欲しかっただけなんだ。 だから、彼女を理解する所から始めようと決めたんだ。 今度は、苦しい時に力になってあげられるように。 ちゃんと、彼女を受け入れてあげられるように。 「……そうね。それもステキね」 キャンディは何か思うことがあったのだろうか、神妙な顔でそう言った。 残念ながら俺にはそれが何を意味しているのかは分からないけれど。 「だけどキルシュってばアランシアという人がいるのに贅沢者!」 そう言ってキャンディが俺の背中を叩く。いきなり叩かれて、俺は思わず咳き込んだ。 「だ、だからアランシアは違うっていってんじゃねえか!」 「あら、そうかしら?」 「〜〜〜!!違う、断じて違う!!」 「あはは、怒る所があやし〜い!」 キャンディは楽しそうにコロコロ笑う。いいようにからかわれて、俺はなんだかばつの悪い思いがした。 だけど、楽しそうに笑うキャンディに気がつく。 そう、この笑顔は本物なのだ。 楽しそうに笑う彼女の明るい笑顔。 俺の良く知っている、大好きな彼女の笑顔。 俺が好きになったのは彼女の幻なんかじゃない。 間違いなくそれはキャンディ自身なのだから。 「ねえ、キルシュ」 まだ笑ったままの顔でキャンディが話しかけてくる。 俺は次に何を言われるのかと身構えたが、その必要はなかった。 「私、キルシュが友達で良かった」 胸が痛くなった。それは苦しいんじゃなくて、悲しいわけでもなくて。 嬉しいとも言えないけど…でも辛くない痛みだった。 そう、決めたのだから。 今度は彼女を助けられる友達になれるように。 だから。 だから言うべき言葉は一つだ。 俺はにっこりと笑った。 「俺もキャンディと友達で良かったよ」 そう、好きになったのは君の幻なんかじゃない。 俺の好きになった君も確かに君自身なのだから。 だから…だから今度は、今度こそは君の力になれるように。 俺の君への思いも、幻ではないのだから。 終わり。 そんな訳で…見たままのキルシュ→キャンディです。キルシュのキャンディへの想いって本物だったと思うのですよ。確かに恋愛というよりは憧れに近かったんだとは思いますけどね。でも、その思いは本物だったと思います。 彼とオリーブはキャンディと戦わない数少ない人達です。ガナッシュが「キルシュが悲しむ」と言ったとおり、彼はキャンディの変貌に誰よりも衝撃を受けました。 ……何ていうかな、戦えない方が普通だと思うのですよ。実は。変貌を遂げた相手が心から憧れていた人なのだから。それはショックだったとかそういうのではなくて…どうしようもないんじゃないかと思うのですよ。あの時に『助ける』という言葉は意味を成しませんしね。やっぱり倒すという決断は主人公たちだから出来たんですよね。 ガナッシュに身を引くとその後の彼は言う事から、やっぱりキルシュのキャンディへの想いって憧れなんだろうとは思います。でも、それは簡単に諦めがつくような想いだった訳ではなくて、自分とキャンディの関係を見直した上での結論なんじゃないかなと思うのです。彼なりに本当に彼女の事を思っているのでしょう。その上での結論だったと思っています。 キャンディにとってガナッシュが特別な人であるように、キルシュの特別な人はキャンディであり続けるんじゃないかなと思います。その関係は、友人として、同僚として。 ……というか〜、ここでキルシュがキャンディを元気付けて、彼女もキルシュの魅力に気がついたら中々お約束の展開で幸せカップルになりそうですけどね〜。そういう展開もちょっとは夢見た事あるんですけどね(^^;)。アランシアの事が無かったら応援してたと思います。…いや、可能性としてはありですよね、ええ。(とても本命がアラキルとは思えない発言ですねえ…;;) さて、キルシュ君は将来アランシアと結ばれるわけですが…あれだけ全然気がついていないところを見ると…いつ気がつくんでしょう(^^;)。多分、キルシュにとって、アランシアは居て当たり前なんでしょうね。それ故に分からないというか。 きっとあれですね、卒業して冒険に飛び出していって…で、アランシアなら喜ぶかな〜とか少しずつ今までの当たり前について考えていくのでしょう。だけど、それでもアランシアが自分の中で大きいことに気が付いても「幼馴染だし当然」とか片付けるんでしょう(^^;)。それで、戻ってきた時に、痺れを切らしたアランシアに告白されて、やっと彼女について前向きに考えていくんでしょうね。それで彼女の大切さに気付いていくのでしょう。 ……キルシュ、気付くの遅い!!…いや、それがキルシュですねえ;; でも、そんなキルシュだからこそ、誰よりもアランシアのことを大切にするのではないかと思います。 という訳で…一度は書いてみたかったキルシュ→キャンディでした。…どんどん茨道を走っているような(^^;)。キルアラ好きでキルキャン好きって珍しいんでしょうねえ;;ふふふ…茨道です…。おまけに女主→キルシュまで好きだし;; |