『年上の性分』


 それは久しぶりに見る光景だった。
 似たような景色を思い出す。数日前、臨海学校の海岸でのキャンプファイアー。
 あの時は……ほとんど全員がみんなで火を囲んではしゃぎまわっていた。……それはつかの間の楽しさでしかなかったけれど。
 でも、今、人数が足りないながらもほとんどのクラスメートが揃った今、森の中での久々の再会を祝しての祝杯は格別なものと言えた。
 キャンプファイアーとまではいかなくても大きな焚き火は、臨海学校に行っていた時と同じようにキルシュが点火した。久しぶりに彼を見た幼馴染のアランシアはその姿を嬉しそうに見ている。赤々と燃え上がる炎を見つめているキルシュにトルテとセサミがちょっかいをかけたらしく、一段と賑やかだった。
 キルシュか……。トルテに何か言われて真っ赤になって怒っている彼を見ながら、レモンは彼が羨ましく思えていた。
 闇のプレーンに行く時、カフェオレとトルテ、そしてもう一人に選ばれたのはキルシュだった。
 本当は誰もが選ばれたくて仕方が無かったし、羨ましく思っても仕方が無いのだけれど、どうしても羨ましいという思いは表れてしまう。
 本当は……傍に居て手助けしてやりたかったけれど、元気そうに現れたトルテやキルシュを見たらそれは心配のしすぎだったのかもしれないと感じた。
「レモン?どうしたの、黙っちゃって」
 黙っている親友に気がついて、ブルーベリーが柔らかい笑顔で微笑んできた。炎に照らされて、いつもとは違う雰囲気をしていてレモンはどきっとなる。だが、きっとブルーベリーから見ても同じなんだと気がつき、思わず笑ってしまった。
「あはは、いや、ちょっと感傷に浸ってただけだよ。
 トルテもキルシュもちゃんと元気にやってたんだな〜ってさ」
「そうね、元気そうで良かったわ」
 ブルーベリーはふふっと笑うと、視線をキルシュ達に移し、また微笑んだ。
 そう、彼女も行くといってきかなかった一人。
 身体が弱いのに、それを押してでも行こうとした人。
 それだけ……みんなのことを大切に思っている。その証。
 そう、その気持ちはレモンだけではないのだ。分かっている、分かってはいるのだが……一番年上であるという事実は間違いなく余計に不安も心配もさせる一因だった。
 でも、これからは魔バスでひたすら心配をするだけの日々からは解放されるはずだ。
 残っているのは後、ガナッシュ、キャンディ、オリーブ、カベルネ、ショコラの五人。少し先に居ることも分かっているし、ショコラに関しては先生がついている。大丈夫なのだ、あと少しで……みんなで帰れる。
 レモンは目を閉じた。
 それでも……どこかざわついたような気持ちが消えない。
 何か……気分転換するものは無いかな。そういえば、魔バスに炭酸水を置いてたっけ。あれを飲めばちょっとは気分がすっきりするだろうか。
 レモンは腰を上げると、隣のブルーベリーに断りを入れた。
「ちょっと、魔バスに行ってくる」
「ええ、分かったわ」
 微笑む彼女にレモンは微笑み返すと、今は誰も乗っては居ない魔バスに向かった。


「……さすがにちょっと長居したくないな」
 魔バスに一歩踏み込んで、レモンは顔をしかめた。誰も乗っていない暗がりのバスは不気味だった。用を済ませたらとっとと出て行ってしまおう。そう決めて中に入り込んだ。
「えっと、私の席は……」
 前から順番に数を数える。ブルーベリーと一緒に座っていたのは確か……5番目の右側の窓の傍のはず……。暗がりの中で目をこらしながら目的の席に辿り着く。そして、席の近くを探してみた。
 カツンとガラスに触れた感触が伝わる。それが目的のものだと分かって、レモンは瓶をそのまま持ち上げた。
「よし、じゃあ戻るか」
 目的のものは手に入れたし、レモンは早々とその場を離れようとするが……前方でギシギシと音がする。人の気配だ。誰だろうと目をこらすが、はっきりとしない。
 もしかしてモンスターが潜りこんだのでは?その疑問が頭をかすめてレモンは思わず身構えた。
 が、その心配は杞憂に終わった。相手が悲鳴を上げたのだ。
「うわあああああ?!」
 突然声を上げられたレモンの方が驚いてしまうような声だ。だが、その声を聞いてレモンは相手が誰だか悟る。
「……なんだ、カシスか」
 相手もレモンの声を聞いて分かったのだろう、安堵の息をついた。
「……そっちはレモンか。驚かすなよ。
 真っ暗なバスの中でお前の紫の目が光ってるからさ……なんの化けもんかと思ったよ」
「誰が化け物だ、誰が」
 思わず突っ込みを入れてしまうものの、ニャムネルトであるレモンの目は夜の闇の中であってもわずかな光を受けてらんらんと輝く。それを見て驚くのも……無理はない。驚かれたのはこれが初めてでもないからだ。実際、レモンでも家族を闇の中で見るとちょっと怖いくらいだ。
「魔バスで何してるんだ?」
 ちょっとは落ち着いたらしく、いつもの調子でカシスは声をかけてきた。彼と会うのも久しぶりなのだが、闇のプレーンに居ても特別それは変わらないらしい。緊張感はあまりないのかそれとも慣れてしまったのか。呆れる前に、それがカシスらしいと思ってしまうのもどうかと思うのだけれど。
「いや、ちょっと飲み物取りにね。カシスこそどうしたんだ?」
「え……俺は……えっと」
 尋ねておいて、自分が答えにくいらしい。カシスが答えにくそうにしているのをレモンは闇の中で感じた。
「あ〜、もういいや。レモン、ちょっと付き合ってくれ」
 投げやりのような言葉が聞こえると、どさっと椅子に腰掛ける音がした。どうやら、椅子にそのまま座り込んだらしい。
「付き合えって……何を?」
 闇の中で付き合えと言われても、言われた方が困る。だが、そんなレモンに対してカシスはお気楽な調子で言った。
「いいから、いいからその辺に座って。レモンじゃねえと話せねえよ」
 言葉の後半は……機嫌が悪そうだ。どうやら愚痴話を聞けということらしい。仕方が無いな、と思いつつレモンは自分がここに来る時に座っていた席に腰を下ろした。
「……大体さ、なんで闇のプレーンによこしたのがカフェオレとトルテとキルシュなんだよ」
 ……そこから問題が始まっているらしい。珍しく機嫌が悪そうなカシスの言葉に耳を貸しながら、レモンはレモンでいつもどおりに応対する。
「カフェオレが居ないと闇のプレーンに行けなかったんだよ。
 トルテはカフェオレが一緒に行くならトルテが良いって言ってさ。で、キルシュはトルテが一緒に行きたいって言って……まあ、そんな感じだな」
 ことのあらましを思い出しながらレモンは説明する。そう、要は単純だ。指名された人が次の人を指名する。それがキルシュで終わっただけの話なのだ。
「……ったく、どうしてそこで止めないんだよ」
「……何か問題でも起こしたのか?」
 機嫌が悪いままのカシスにレモンはちょっと心配になって尋ねる。先程の様子では三人とも元気が良さそうで安心したばかりなのに、この言葉はちょっと気にかかった。
 だが、カシスが大きくかぶりを振るのが分かった。
「……いいや、別に問題は起こしてねえよ。つ〜か、気をつけてたんだよ。
 トルテとキルシュっていやあ二人とも気性が結構似てるし、これと決めたらそれに一直線でそれしか見えなくなるだろ?無茶だって言っても聞きやしねえ」
「……まあ、それは……確かに」
 キルシュとトルテは同じトーストを扱う人達だ。熱血漢なトーストの力を借りているだけあって、二人とも熱血な所があり、思い込んだら一直線だ。それが二人揃ったら、そのパワーは計り知れない。これを止めるとなると……レモンでも骨が折れそうだ。しかし、止めないといけない時はいけないのだ。
「シードルとかには説得を協力してもらえなかったのか?」
 そういえば戻ってきた中にはシードルも居た。シードルはカシスにとっては不思議と馬が合う相手で、一緒に居ることも話していることも多い。その話題は多くの場合正反対をしているのが相場なのだけれど。
 レモンの言葉にカシスがため息をつくのが聞こえた。
「……いや、シードルはトルテに惚れているらしくてトルテの言う事なら何でも聞くから抑制力にもなりゃしねえ。カフェオレもトルテに対して何でも言う事聞いちまうし、セサミはセサミで兄貴、兄貴だし……多勢に無勢もいいとこさ」
 ここで一旦言葉が途切れる。言って悲しくなったらしい。
「だから今まで俺が一人で暴走集団の首の根っこ捕まえてたんだぜ?
 この俺が!よりにもよってこの俺が!
 あいつらと来たらエニグマの森だってドンちゃん騒ぎで通ろうとしやがるし……本当に気の休まる間もなきゃ、こういう話も出来る相手も居ないで……魔バス見えたときは……本当に気が抜けたぜ」
 何故俺がこんな苦労をしなきゃいけないんだというような口調でカシスはそう言った。
 どちらかといえばカシスは一匹狼だ。集団行動は得意としない。ましてやその集団の面倒を見るなんて考えもしてなかったのだろう。だが、入ってみた集団はトルテとキルシュ率いる一直線集団で、誰もその手綱を引くものがいないので仕方なしにその役目をせざるをえなかったようだ。
 ……つまり、カシスにしては慣れない事をしてきたので非常に疲れたのだろう。
 レモンは思わず微笑んでしまった。何だかんだ言っても面倒見が良いカシスだ。普段はその面倒見の良さを単体にしか発揮していないが、今回は初めての複数で相当堪えたらしい。
「……ペシュの気持ちが分かったか?」
「そりゃもう、十分すぎるほど」
 学級委員の役割をしているペシュの名前を聞いて、カシスは疲れた声でそう言った。
 本当にペシュはよくこんなメンバーを纏めていると思う。
「……本当に、あの中にペシュやレモンが居れば俺ももっと楽だったのにな」
 ため息混じりにカシスはそう言った。そう、しっかり者の彼女達が居たら随分違っていただろう。そういうのは向いていない方なので、出来れば適正人物にお任せしたい。
「……お疲れ様」
 レモンは優しい声でそう言った。それ以外に良い言葉は思いつかなかった。思ったその言葉だけできっと十分だと思った。
 その気持ちはとてもよく分かるのだ。きっとそれはやはりカシスも同い年だから……一番年上だから感じるのだろう。しっかり面倒をみてやらないといけないと、そう感じてしまうのだろう。だから……ねぎらう言葉はそれで十分のはずなのだ。
 カシスはレモンの言葉に頷く。そして、なにやらぼそぼそと言っていたが、急に両腕を上に突き上げた。
「お疲れ様、俺!!」
 その言葉にレモンは思わず吹き出して笑い出す。そして、その笑い声につられるようにカシスも笑った。
「はは、でもレモンに話したらちょっとすっきりしたわ。なんかもうここんとこ疲れっぱなしでさ〜」
「……ここに来たのは眠るためか」
「ご名答。さっすが、レモン。分かってるじゃん」
 カシスの声はすっかり明るくなっていた。言葉どおり愚痴を言ったらすっきりしたのかもしれない。それに対してレモンはくすくすと笑った。
 そうだ、確か学校からつんできたあれがあったな。
 レモンは思い出して、バスの座席の上にある荷物棚をあさる。そして、目的のものの触感を感じて引っ張り出した。
「ほら、じゃあそれやるよ。ゆっくりお休み!」
 引っ張り出したそれをカシスに向かって放り投げる。ふわふわした柔らかいものがカシスの上に乗っかった。それが何か分かって、カシスは微笑む。
「毛布か。さんきゅ、レモン」
「ああ、お休み」
 別れ際にカシスがレモンに手を振ったような気がしたが、暗がりではっきりとは分からなかった。
 レモンはバスから降りる。真っ暗な社内ではカシスが眠っているのだろう。レモンは微笑むと、小さな声で呟いた。
「お兄さん、お疲れ様」


おしまい。


久々になるような気のするカシレモです。……いや、カシレモ??カップル話ではないような気がしますが〜(苦笑)。アンケート、思いのほか、カシレモに反応があって喜んでいる私ですvvきゃあvvでも、なんかもう最近マジバケの更新がアンケート関連だけで;;カシレモは自主的に書くかな〜と思ってたんですけど、どうも自主的に書けなさそうなので、今回書いてみました〜。
レモンちゃん、お留守番バージョンです。マロンならレモンを間違いなく連れて行くと思うんですが、トルテは最愛のアランシアやレモンよりもキルシュを選ぶだろうな〜と思って。その辺は恋する乙女の特権で。
じゃあ、レモンが居ないときって…結構あのメンバーを纏めるのは大変だろうな〜と思い、こんな話になった訳です。こういうのって年上は気にするんですよ。やっぱりね。で、やっぱり気持ちが分かるのは年上同士なのです。
基本的にカシスとレモンは良いお兄さんお姉さんだと思ってますのでv
カシレモ話というのはちょっと無理がありそうな気もしますけど、こういう雰囲気も大好きな私なのですvv

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