『SNOW・SNOW』


 窓の向こうは真っ白な世界だった。
 見下ろした先には元気に雪合戦ではしゃぐ人たちの姿があった。
 昨日の晩、大雪が降ったのだ。雪が積もると通学もし難くなる。寮生のトルテやキャンディやピスタチオはともかく自宅生は大変だ。
 それにも関わらず、朝学校に来てみるとすでにグラウンドは大賑わいだった。
 一番はしゃいでいるのはキルシュ。そんな彼にどんどん雪玉をぶつけて笑っているトルテ。キルシュを助けようと頑張るセサミ。自らも投げてはいるがトルテに雪玉を供給しているカベルネ。逃げ回るのに必死なピスタチオ。たまに雪避けの盾にされているショコラ。トルテやキルシュに楽しそうに挑戦するキャンディ。雪に当たっても平気でどんどん雪玉を繰り出すカフェオレ等、混戦を呈していた。
 その向こうではアランシアとペシュとオリーブが雪だるまを作っていた。その傍で寒いのにスケッチブックを片手にせっせと鉛筆を動かしているシードルがいる。
 そのうちにガナッシュがオリーブに引っ張られて、大きな雪だるまを完成させるための手伝いをし始めていた。
 窓の向こうの楽しそうな光景を見つめる人物が二人。ブルーベリーとレモンだった。
 いつもなら生徒で賑わう講義室も今日はグラウンドに取られて二人っきりだ。
「楽しそうだな」
 眺めながらレモンが呟く。その今すぐ加わりたそうな表情にブルーベリーは微笑んだ。
「行ってきたら?私の事は気にしないで良いわよ」
 突然の寒さで大事を取って教室で大人しくしていたブルーベリーは、友達が自分のために付き合ってくれていることに気がついていた。
「私も雪だるまくらいだったら作れそうだし……レモンだって雪合戦をやりたいでしょう?」
 親友の言葉にレモンはちょっと困った顔をした。
 その表情にブルーベリーも彼女がここに居たのが自分のためだけではない事に少し気がつく。レモンはストレートな性格だから、その感情は表に出やすいのだ。
「……もしかして、レモン、調子が悪いの?」
 ブルーベリーが心配そうに尋ねる。こういう時は自分と同じ状況が一番考えやすいのだ。普段鍛えているレモンであっても、風邪を引かないわけは無い。
 だが、レモンは慌ててブルーベリーに手を振って否定した。
「違う、違う。私は元気だよ。……ただ、ちょっとね……」
 そう言ってレモンは言いよどむ。どうやら話しにくいらしかった。
 ブルーベリーは思わず考え込む。
 いつも元気の良い彼女が、元気であるにも関わらず楽しそうな事に消極的なのは考えにくい事だった。
 人に話し難いような事となるとさらに思い浮かばない。レモンは隠し事はほとんどしないし、特にブルーベリーに対してはいつも対等に接してくれている。
 本当になんなのだろうか。
 ブルーベリーが本格的に悩み始めた時、がらっという音と共に冷たい風が室内に入ってきた。その冷たい風にレモンとブルーベリーは身がすくむ。
 開いたドアからは銀色の髪の少年がひょっこり顔を出した。
「やっぱりこっちにいたんだな」
 ひょうひょうとした笑顔で入ってくる。その銀の髪には不自然に雪がかかっていて、彼もどうやら雪合戦か何かに混ざっていた事を示していた。
「とりあえず、ドア閉めてくれるか?」
「あ、悪い」
 カシスを確認するより早くレモンがそう促す。その言葉にカシスもドアを閉めていなかった事を思い出して、すぐに閉めた。室内の気温は少し下がったけれど、冷たい風はドアが閉まると共に消えていく。
「さすが、屋内は暖かいな。……まあ、結構動いてたからそこまで寒くもなかったんだけど」
 入ってきた部屋の暖かさにカシスは驚いた顔をする。確かに雪の積もった寒い外から、この快適な気温の室内に入ってくれば、その気温差に驚くのは当然の事だろうけれども。
「どうしたの?何か用?」
 カシスの第一声を思い出し、ブルーベリーが問いかける。あの言い方だと自分たちを探しているのはほぼ間違いないだろう。それが分かったからだ。
 ブルーベリーにそう問われてカシスは思い出した顔をする。ぽんと軽く手を打った。
「そうそう、雪合戦で二手に分かれてチーム戦することになったんだけど丁度やってるのが9人でさ。他にアランシアやペシュも参加してくれるらしいけどやっぱ奇数だろ?
 んで、よく考えたら今日はレモンやブルーベリーを外で見てなかったからさ……」
「レモンを入れて偶数にしようっていうわけね?」
「そういうこと。さすが話が早いね」
 ブルーベリーが言いたい事に気がつき、尋ねる。それにカシスはニッと笑って答えた。
 その答えを聞いたブルーベリーは、レモンの方に振り返る。
「良かったじゃない、レモン。行きたそうにしてたし、行ってきなさいよ」
 笑顔で進めるブルーベリーに、レモンはひきつった顔をした。
「……いや、行きたいには行きたいけど、ちょっと……」
 再び、レモンは言いよどむ。先ほどと同じ状態だ。
 本当は具合が悪いんじゃないかとブルーベリーが心配しかけた時、全然違う言葉が降って来る。
「……なんだ?もしかしてレモン、寒いのが苦手か?」
 からかい口調でカシスはレモンに笑いかけた。
 その思いもしなかった言葉にブルーベリーもふと合点がいく。
 先ほど、カシスが入ってきた時にもレモンは相手を確認するより早くドアを閉めるように言った。
「……悪かったな、雪は苦手なんだよ!」
 図星にされたのが気に食わないらしくレモンはふてくされた表情でそう言い返す。
 考えてみれば闇のプレーンのニャムネルトも砂漠と熱帯雨林のある暑い気候の場所に住んでいた。別にニャムネルトは闇のプレーンだけに住んでいるわけでもないし、レモン自身は物質のプレーンの生まれと育ちだ。だけど、種の傾向として寒いのが苦手なのは十分に考えられる話だった。
 それならば納得はいく。
 先ほどから行きたそうにしているわりには、薦めても行こうとしない事に。
 断固、行かないといった感じの表情になってきたレモンにカシスは半ば呆れた顔をする。
「そりゃ、雪ん中動かなきゃ寒いだろうけど…雪合戦してたらかえって暑いくらいだぜ?
 やってもいないのに、部屋に篭ってるなんてらしくねえじゃん」
 そう言ってからカシスは慌ててブルーベリーの方を見る。
「い、いや、別にブルーベリーが居るのは仕方ねえと思うぜ?
 なんたってカフェオレなんざ加減無しに機械の性能生かして投げてくるから当たると滅茶苦茶痛ぇし、トルテは徹底的に集中攻撃しやがるし、レモンくらい頑丈がとりえじゃねえとな」
「……そりゃ、私が頑丈しかとりえがないって意味か?」
 ブルーベリーへのフォローは出来たようだが別の恨みを買ったカシスは、レモンの痛い視線から目をそらす。
 そんな二人のやり取りを見てブルーベリーはくすくす笑う。
「ふふ、楽しそうじゃない。私も、外に行きたくなっちゃった」
 そう言うとブルーベリーは椅子にかけていた暖かそうな外套を羽織り、マフラーに手袋と外に行く支度を始める。
「……行くの?」
 レモンが複雑な表情でブルーベリーを見る。彼女まで行ってしまうと、さすがに一人でここには残りづらいようだ。そんなレモンにブルーベリーは彼女の外套を取り、渡す。
「さあ、レモンも行きましょう?
 雪合戦、強いんだって分からせてあげなきゃ」
 そう言われてレモンはブルーベリーとカシスの顔を見る。二人とも、外に行こうと言わんばかりの表情だ。
 さらにレモンは視線を窓に移す。外では楽しそうに遊ぶクラスメート達。とても楽しそうで加わりたかった。
 そして……降り積もる真っ白な雪、銀世界。
 レモンは顔をしかめた。
「……やっぱりその……」
 ……まだ決心がつかないらしかった。よほど雪が苦手らしい。
 ブルーベリーは困った顔をする。いつもは自分を引っ張ってくれるはずの彼女が動かない時、どうしてあげれば良いのか見当がつかないのだ。普段は何気なく自分を引っ張ってくれる彼女は凄いと思わされるが、何もしてやれないとも思ってしまう。
「……めんどくせぇな……」
 いつまで経ってもはっきりしないレモンに痺れを切らした人物がいらいらしたようにそう言ってブルーベリーにきっぱりと言った。
「こういう時はだな……理屈じゃどうしようもねえから」
 カシスはそう言うと、外套を持ったまま悩んでいるレモンの腕をぐっと掴み、そのままドアへと引っ張っていく。
「ちょっと待てって!どこ連れてくんだよ!」
「いちいち考えてないで実際やってみたらいいだろ!そんなに羨ましそうに外見るくらいなら来いよ!」
「だから雪は苦手だって言ってんだろ!!」
「わがまま言うな!とにかく人が足らねえんだよ!来てくれなきゃ困るんだ!」
「どっちがわがままなんだ〜!!」
 遠ざかっていくはずなのに、賑やかなやり取りが取り残されたブルーベリーにも聞こえてくる。さすがにブルーベリーでは引っ張っていくなんて事は出来なかっただろう。
「……まあ、とりあえずこれでレモンも楽しめるのよね」
 方法はどうあれ、やりたいのならした方が良い筈だ。
 ブルーベリーはにっこり微笑むと、寒い廊下を渡り外へと出て行った。


「さむ〜!!」
 外の冷たい風に吹かれてレモンは身を縮める。
「……だから、そうやって動かないから寒いんだって」
 半ば呆れた顔でカシスはレモンを見た。普段、人一倍元気が良い筈なのだが、苦手な気候になるとここまで嫌がるものだろうか。
 カシスの表情にレモンはきっと睨み付ける。
「そんな事言っても寒いものは仕方な……」
 その言葉が全部終わる前にばしっという音がしてレモンに雪玉がぶつかる。
「うわ、カシスに当てるつもりがレモンに当たっちまったよ」
 慌てる声が聞こえる。その方向にはキルシュがいた。
 ただでさえ寒いのに、雪玉まで当てられたレモンは反射的に雪玉を作り思いっきりキルシュに向かって投げた。
 ばしっ!
 ぶつかった音が聞こえて、キルシュが当たった勢いでぺしゃんと尻餅をつく。
「〜って〜〜〜!!」
「へん、ざまあないね!」
 痛そうなキルシュにレモンはふふんと笑う。
 その様子を見ていたカシスが満足げに微笑んだ。
「レモン、良い感じじゃん。そうやって玉投げてりゃすぐに暖まるって」
 楽しげに笑うカシスにレモンはしろっとした目を向ける。
 ばしっ!
 返事ではなく雪玉が思いっきりカシスに当たった。
「〜〜〜!何するんだ、お前は!!」
 文句を言う彼にレモンは得意そうに笑った。
「お前が言ったんだろ?玉投げたら暖まるって」
「……それが連れてきてやった相手に言う言葉か!」
「頼んだ覚えは無いぜ?」
 楽しそうに笑いながらレモンは次の雪玉を作る。
 そのいつもと変わらない笑顔にカシスは苦笑いを浮かべる。
 本調子に戻ったのは良いのだが、相手はあのレモンだ。相当手ごわい相手には間違いない。それに……この展開だと考えられる事は一つだけだ。
「そう簡単にやられてたまるか!」
 ぱっと身を翻すと、カシスは雪の上を颯爽と走り去る。
「あ、待て!逃げるな!」
 こうなると雪が苦手なレモンはそう簡単に追いつけない。悔しそうに舌打ちをする。
「レモ〜ン!こっち来て〜!!」
 呼ばれて振り返るとトルテが手を振っている。
 まとわりつく雪を気にしながら、重い足取りでなんとかレモンはトルテの元にたどり着いた。
「なんだ、トルテ?」
「とりあえずチームは男女で分けようと思って。で、カフェオレとショコラは分からないから、とりあえずカフェオレは私達でショコラは向こうになったのよ」
 トルテは説明しながらメンバーを周りに集める。
 そういえばカシスはそもそもこの人数集めにやって来たのをレモンは思い出した。
 だったら、さっきの続きはそこですれば良い。レモンは楽しそうに笑った。
「でも…どっちかっていうとこっちが不利よね……」
 リーダーのトルテは、自分たちのメンバーを見ながら考え込む。
 確かに直接戦力になりそうなのはトルテとレモンとカフェオレとキャンディくらいのものである。向こうはピスタチオが苦手そうなくらいのものだ。ショコラは動きが鈍いとはいえ、盾にされると厳しい。
 トルテは雪だるまの近くでこちらを見ている4人に気がつく。
 シードルとブルーベリーとオリーブとガナッシュだ。
 シードルは先ほど声をかけたのだが、遊ぶよりは遊んでいる人たちの絵が描きたいと断られている。
 ブルーベリーに無理強いさせるのも気が引ける。
 ガナッシュは誘った所で来るか分からない。
 となると…実はさりげなく力持ちだったりするオリーブがベストだろう。
「オリーブ〜!一緒に雪合戦しない〜?」
 トルテはオリーブに向かって手を振って叫んだ。
 呼ばれたオリーブは隣に居るガナッシュを見上げる。
「ねえ、ガナッシュも一緒にやろう?」
 その誘いにガナッシュは少し困惑した顔をした。
「……俺は……」
 戸惑うガナッシュの手をオリーブは引く。
「こうやって遊べるのって滅多に無いもの。行きましょう?」
 オリーブは優しく微笑んで、ガナッシュを誘う。それに戸惑いながら、ガナッシュは手を引かれて女の子チームに引っ張られていった。
「えらい、オリーブ!ガナッシュ付きだなんて!!」
 思いもしなかった戦力の登場にトルテは大喜びをする。頭の中からは男女別編成だという事は飛んでいってしまっているらしかった。
「ちょ…ガナッシュはこっちじゃねえのか?!」
 向こうからキルシュの抗議の声が上がる。もっともな話だ。
 だが、ガナッシュという戦力を得た女性陣営はそれに応じるはずは無い。
「いいじゃない、キルシュ!」
「べつにかまわないでしょ〜?」
 キャンディとアランシアがすぐにキルシュに反論する。好きな女の子と幼馴染に立て続けに文句を言われたキルシュは思わずひるむ。
 片方だけならまだしも両方に言われると何も反論が出来ない。
 だが、別の反論の声が上がった。
「トルテ、ずるいヌ〜!さっきまで協力してたのに、ぼこぼこにする気かヌ〜?」
 先ほどまでの混戦状態ではトルテの雪玉作りを手伝っていたカベルネが文句を言う。
 確かにわりの合わない話だ。
 それに対して、さすがのトルテも顔をしかめる。
「……そうねえ、カベルネには恩があるわね。
 よし、カベルネもこっちにおいで!」
「本当かヌ〜?」
 トルテに手招きされて、カベルネがとことこと出かけていく。
「っていうかカベルネまで行くんじゃね〜!」
 慌ててキルシュが引きとめようとするが、すでにカベルネはトルテ達の手の中にいた。
 いきなり戦力が大逆転をしてしまって、キルシュはがっくりと肩を落とした。
 そんなキルシュの肩をカシスがぽんぽんと叩く。
「……諦めろ。こうなったら作戦勝ちをするしかない」
「どう言う作戦だよ……」
 カシスは真剣な顔でキルシュに作戦を話し始める。
「いいか?まずしばらくはショコラ盾で攻撃を防ぎながら攻防をする」
「ふんふん」
「で、相手が疲れたときを狙って……特攻をかける」
「うんうん。で、誰がやるんだ?」
 相槌を打つキルシュにカシスはにっこり笑った。
「そりゃ当然キルシュだろ」
「なんで俺なんだ〜!」
 既に内部の方でも統一が図れていないらしい。
 男性チームの事前敗北が濃厚になってき始めた時、もめているカシスとキルシュに思いっきり雪玉が当たる。
 そこにはレモンとトルテが得意げに笑っていた。
「さあ、始めるわよ?」
「覚悟はいいか?」
 二人の挑発的な言葉に、キルシュとカシスは簡単にその言葉にのる。
「ああ、やってやるぜ!」
「その言葉、そっくり返してやるよ」
 こうして雪合戦の一大決戦は切って落とされたのだった。


「……この展開、どう思う?」
 スケッチブックに絵を描く手を休めることなく、シードルは隣で楽しそうに雪合戦を見ているブルーベリーに尋ねる。
 展開は予想された通り、女性チームが圧倒的に優勢で、主力のキルシュとカシスは徹底的に攻撃をされているし、既にセサミとピスタチオはショコラの後ろに隠れてしまっていた。
 たまにショコラの投げる大きな雪玉が女性チームの混乱を産むのだが、のんびりやのショコラのこと、続けざまに攻撃が来る訳でもないのであっさりと体制は元に戻ってしまっていた。
「……そうねえ、キルシュ達が風邪をひかないと良いわね」
 笑いながらブルーベリーはそう答える。一応は心配しているのだろうが、ブルーベリーも女の子である。女性チームの好調が楽しいのだろう。
 一方の男の子であるシードルはなにやら複雑な感じではあった。思うのは、あそこに居なくて良かったという事だが。
 シードルはため息を一つついた。
「……僕に分かる事は……多分、午後の講義は誰も起きてなさそうだなって事かな」
「ふふ、そうね。そうなってそうね」
「でしょう?」
 お互いに顔を見合わせて、シードルとブルーベリーは微笑んだ。
 そして、戦いの行く末を見守ったのだった。


 おしまい。


…元々カシスの誕生日お祝い話の予定でした…。いや、みなさん盛り上がってたから…私もやってみようかな〜…でもネタないな…冬だし雪だよな…レモンは寒いの苦手そうだよな…ってことで…前半はカシレモ風味。…まあ、この辺まではまだカシス居るし良いとして…終わりの方、完全にコメディ路線(^^;)。
はっきり言って、原型留めておりません(^^;)。
…でも私は楽しかったです!こういう系好きなもので〜(^^)。
非常に楽しみながら書きました。
カシスのお祝いには全くなりませんでしたが。
……実は途中まで、カシレモonlyで進めるつもりで……カシス、結構カッコイイ役どころだったはずなんですが。気がついたらキルシュと一緒に雪玉の雨を食らってます。そして気がつけばキルシュは知らぬ間にやられ役ばっかりに(^^;)。…でもこれも愛ゆえ…。キルシュってこういうキャラだからこそ好きというか…(曲がった愛)。
前回の話が結構暗めだったので、明るく〜!が念頭です。
まあ、こんな馬鹿話もありって事で〜。

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