『侵入者』


 彼女を初めて見たとき、別に特別何かを感じるということは無かった。
 それは当然かもしれない。
 遠巻きに見た新しいクラスメイト。小さい女の子だった。少しおどおどとしてはいたけれど、新しく入ってきたばかりの人間には当然のことだ。
 そんなに強い印象も無い……普通の少女だった。普通の少女だと思っていた。


「こんにちは」
 午前の講義が終わり声をかけられた。聞き覚えの無い声。誰だか分からず振り返る。だが声が聞こえてきた方向には誰も居ない。聞き違いかと思い、ガナッシュは席を離れようとする。
「ここ」
 先ほど聞こえてきた声がそう言うとガナッシュの長い闇色の服を引っ張った。引っ張られたガナッシュは初めて高さが違うことに気がつく。そう、振り向いた先の少し目線の下に彼女は居た。
 深緑のくるくるとした髪、髪と同じ深緑の大きな瞳、オレンジ色のターバンのようなものを被っている小さな女の子。
 どこかで見た。そう遠い話ではない。
「今日、この学校にやって来たの。オリーブ、オリーブ=ティアクラウンよ。よろしくね」
 思い出そうとするガナッシュにまるで答えるように彼女はそう言うと微笑んで手を差し伸べた。
 ガナッシュはそれにつられるように手を握る。
「……俺はガナッシュ。……ガナッシュ=ナイトホークだ……」
「そう、ガナッシュっていうの。宜しくね」
 自己紹介をしてからガナッシュはおかしなことに気がついた。
 確かに彼女はここに来たばかりだ。皆初めて会う人たちばかりだ。だけど、何故彼女はわざわざ好き好んで自分の所に来たのだろうか。彼女は女の子だし、女の子ならレモンやペシュ等頼りになりそうな人は居る。それなのに何故彼女は男である自分の所に来たのか。大体、ガナッシュは人と距離を置く方だ。それはあえてしている所もあるから、自分がいかに近寄りがたい存在かは分かっている。
「私があなたと話してみたかったから……」
 まるでガナッシュの疑問に答えるように彼女はそう答えて微笑んだ。
「……そうか」
 何かおかしい様な気がする。だが、それが何か分からない。訝しげな気持ちでガナッシュはオリーブの言葉に頷いた。
 なんだろう、この少女は……。先程、遠巻きに見たときには感じなかった感情だ。
 普通の女の子だと思っていた。特別何かを感じたわけでもなかった。だけど、実際話してみて感じるこのおかしな感覚は一体なんだというのだろうか。
 得体の知れない感じがする。だが、それは恐怖とも違っていた。でも、どこか心の奥で本能的にこれ以上関わってはいけないような気がした。
 だが、ガナッシュは逃げそこなう。オリーブが可愛い笑顔で尋ねてきたのだ。
「ねえ、ガナッシュ。食堂ってどこか知っている?私、まだ構内がよく分からなくて……」
 年下の小さな少女が可愛い笑顔で懐いて来る。それを振り払えるような性格をガナッシュはしていなかった。彼は仕方が無いように頷く。
「……分かった、案内してやろう」
「ありがとう、ガナッシュ」
 オリーブが嬉しそうに笑う。それを見てガナッシュも少し微笑んだ。なるべく誰かと関わることを極力避けてきた。こうして誰かが隣で微笑むなど珍しいことだ。
 たまにはこんな日も悪くないだろう。そう思い、ガナッシュはオリーブを食堂へと案内した。


 食堂は混んでいた。にぎやかな声がわいわいと響き渡っている。
 オリーブを食堂まで案内したものの、ガナッシュはその様子を見て顔をしかめた。
 あまり人が多いところは好きじゃない。騒がしいのも好きじゃない。食堂の利用は極力避けていたが、やはりここはあまり好きではない。ゆっくり食事をとろうと思う場所ではなかった。
 その事が顔にまで表れてしまったのだろうか、オリーブが少し困った顔をした。
「……ガナッシュは普段はどこでお昼を食べているの?」
「普段……そうだな、中庭の木陰が多いかな」
 オリーブの問いにガナッシュは答える。普段は涼しい風の吹く木陰の下で食事を取っていた。外の風は気持ちが良かったし、わずらわしい人との接触も無い。ゆっくりと自然を感じて楽しむことが出来た。
「そう、じゃあ私……何か外で食べられるものを買ってくるね」
 そうガナッシュに伝えると、オリーブは人ごみの中へと消えていく。その後姿をガナッシュは見送った。その言葉からすると一緒に昼食を取ろうという事だろうか。
 ……まあ、来たばかりの彼女を一人にするつもりはなかったからそれはそれで良いのだが。
 なんだか先程から完全に彼女のペースのような気がする。人と関わることを極力避けてきていたというのに、何故こんなにも簡単に彼女のペースに乗っているのだろうか。
 それは彼女から感じる得体の知れなさから来るのかもしれない。そんな気がした。ガナッシュの中で彼女とこれ以上関わってはいけないという思いと、もう少し関わってみたいという思いの二つが揺れていた。何故か惹かれる気持ちがあったのだ。
 しばらくするとオリーブはサンドウィッチを手に戻ってきていた。小さな彼女は沢山の大きな人達にぶつかりそうになりながらこちらに向かってきていた。見ていて危なっかしくて、ガナッシュはオリーブの近くに行くとその手を引く。
「こっちだ」
 急にガナッシュに誘導されてオリーブは少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が嬉しく思えて、ガナッシュは明るい気持ちになった。


 ガナッシュのお気に入りの場所は校庭が見下ろすことが出来る小さな小高い丘の上だった。そこには大きな木が植わっていて、最高の日陰を用意してくれていた。照らす日は柔らかで優しくて、心地よい風と共にいつまでもそこに居たいと思う気持ちで一杯になる場所だった。
「気持ち良い……」
 本当に気持ち良さそうにオリーブは目を細める。そんな彼女の様子を見て、ガナッシュは連れてきて良かったと感じていた。
「ガナッシュはいつもここに来ているのね」
「ああ……」
 風を全身で感じながらオリーブが尋ねてくる。それにガナッシュは短い言葉で答えた。
 ここは、姉さんのお気に入りの場所でもあったんだけどね。
 ガナッシュはそんな事を思う。姉は臨海学校に出かけてから様子が急変してきていた。原因はよく分からないけれど、距離を置きがちだった性格はもっと酷くなっているようだった。そう、弟である自分に対しても。そして、姉はこの場所にも訪れなくなってしまった。
「……そう、お姉さんも好きな場所だったんだ」
「ああ……」
 そう答えてからガナッシュは本格的におかしな事に気がついた。姉の事は口にはしていない。だが、何故か目の前の少女は知っている。
 驚いた顔で見られていることに気づいたのか、少女は目を丸くしてからクスクスと笑った。
「あ、ごめんなさい。あなたの心の声がそう言っていたから……」
 笑っているあたりからして、本当に謝っているのかは怪しげだが……それ以上にガナッシュには引っかかる言葉があった。
 心の声?どういう事だ?
 それは……まさか心が読めるという事なのだろうか?
 まさか……まさか
「まさか、そんな事はありえない?」
 ガナッシュがそう考えると同時に彼女はそう言った。
 まるでその言葉が分かっていたように。
 だが、ガナッシュには到底信じられなかった。
 人の心が読めるなんて……そんな話は聞いた事が無い。
 そう、そんな力なんて……まるで……。
「まるで……人間じゃないみたい?」
 彼女は気を悪くするどころか、むしろガナッシュの反応を楽しんでいるかのようだ。
 ガナッシュも、こうなると信じてき始める。こうも考えていることを当てられるというのもおかしい。
「……本当に心が読めるのか?」
 訝しげに尋ねるガナッシュにオリーブは微笑み、ゆっくりと頷いた。
「ええ。読めるというより見えるって感じかな…。空を見るのと同じ、ガナッシュを見るのと同じに見えるの。そして言葉を発するように聞こえるの」
 オリーブはまぶたを閉じてそう説明する。その様子はとても神秘的に見えて、そしてその言葉の一つ一つにガナッシュが否定することの出来ない説得力に近いようなものがあって、彼は信じざるをえないような思いに襲われた。
「でも、それが私にとって当たり前のことだから。特別なことでもなんでもないのよ」
 そう言ってオリーブは微笑んだ。
「さあ、お昼にしましょう?」
 オリーブは木陰に腰を下ろすと、先程買ったサンドウィッチを広げる。
「良かったらガナッシュもどうぞ。一緒に食べましょう」
 促されるままにガナッシュはオリーブの隣に腰を下ろす。だが、その心はまるで狐につままれたような感じだった。信じがたい話だった。だが、嘘だとも思えなかった。
 ガナッシュは先程から彼女に感じていた気持ちの正体にだけは気づく事が出来た。
 これ以上彼女に関わってはいけないと思ったのは……心を閉ざそうとする自分にとって天敵のような存在であるからだと。
 だが、その天敵のはずの少女はガナッシュに懐っこい笑顔で微笑んでいた。それが違和感を感じさせて彼を余計に戸惑わせていた。

 戸惑いは随分長いこと続くことになった。翌日も翌々日も……オリーブは何故かガナッシュの所にやって来るのである。
 だんだん彼女の心を読む力が本当であることに気がついたガナッシュは気持ちを悟られまいと心の壁を厚くしようと何度も試みたのだが、いつもそれはむなしい徒労に終わっていた。そして、彼女の前では心の壁が無効であることに気づかされたのだ。
 それが分かってくるともうだんだんどうでも良くなってきていた。
 心の壁も、開けようとする距離も彼女の前では無効なのだ。
 オリーブに対しては何をしても無駄だという事が分かってきた。
「おはよう、ガナッシュ」
「おはよう、侵入者」
 朝早くガナッシュを見つけて駆けて来たオリーブを肩肘つきながら彼は苦笑して出迎える。だが、いきなり侵入者呼ばわりされたオリーブはその大きな瞳をくるくるとさせた。
「し、侵入者って……」
「人の心の中に土足で上がりこんでくるじゃないか。そう呼ぶのが当然だろう?」
 くすくす笑いながらガナッシュはそう言う。オリーブはその言葉が本心であることに気がついて、ぷ〜っと頬を膨らませた。
「そんなのじゃないわよ。別に私は土足では上がりこんでないし……」
 反論しかけたオリーブをガナッシュがニコニコとして見ている。
「……そう言うわりにはしっかり心を読んでいるじゃないか?
 ほら、今も心の中を読んでいるんだろう?……ってガナッシュ、酷い……」
「酷いのはどっちだよ。こっちの考えは全部筒抜けじゃないか」
 抗議するオリーブにガナッシュは笑いながらそう言った。実際、何を考えていても全部彼女にはお見通しなのである。本人は積極的に見ているわけではないと言うが、ガナッシュからすれば思考が全て筒抜けであるというだけでもう十分『土足で上がりこんでいる』のと同じなのだ。
「……ガナッシュ、意地悪言うようになったのね」
「そりゃあ毎日オリーブには酷いことをされているから。このくらいは言っておかないとね」
 しかし、これはガナッシュにとっては革命的出来事でもあった。
 天敵であると感じた心を見透かす少女オリーブは、正確には天敵ではなかった。
 距離を置いて人と接するのを極力避け心の壁を作ってきたガナッシュにとって、これらの効力が全く及ばない天敵のオリーブは同時に初めて本心で話し接することが出来る相手となった。自分でも、こんな軽口を叩ける相手が出来るとは思っても見なかったし、こんな事を言うようになるとも思ってもみなかった。
 大人から見ればきっと歳相応の事なのだろう。それがガナッシュにとって初めて経験することになった。
 心を許し、笑いながら話せる相手。それがオリーブだったのだ。
 天敵だと感じた心、もっと関わりたいと思った心、両方とも正しかったのだ。
 少なくともガナッシュはオリーブと話しているときは包み隠さずの自分でいられた。彼女と話すことが心地良いと感じるようになるまで、そうは時間がかからなかった。
 だが、ガナッシュにとって分からないことがあった。
 何故、彼女は自分を選んで話しかけてくるのか。
 自分の心は彼女に筒抜けだが、彼女の心は全く分からなかった。それをガナッシュは少し不便に感じるようになっていった。


「ガナッシュ」
 放課後、声をかけられた。頭上から降って来る優しくてのんびりしていて元気のいい声。
「マドレーヌ先生……」
 長いウェーブの髪に大きなリボンが特徴的な先生だ。ぼんやりしている事が多いために、生徒からは逆に先生が心配されているのだが、ガナッシュにはどうしてもこの先生がただのぼんやりした人には思えないところがあった。ガナッシュの持つ闇の魔導師としての力がそう感じさせるのだろうか。
 先生は微笑む。
「ガナッシュ、オリーブの面倒見てくれているんだって?
 あの子、ちょっと変わっているけどいい子でしょう?ちょっと心配してたんだけど、ガナッシュがついていてくれているみたいで先生安心してるんだ」
「……いや、俺は……」
 自分がついているから安心だと先生に言われてガナッシュは戸惑う。オリーブになつかれているのは分かっているが、面倒見ているとも言いがたい。どちらかといえば一方的に心を見透かされているのは自分のほうなのだ。
 だが、先生の言葉でガナッシュはある事実に気がつく。
「先生。先生もご存知なんですか?オリーブの力のことを……」
「まあね〜、私も担任だし〜。
 でもね〜、怖い思いしたらしくってね、校長に連れられて来た時はすごく怖がってたのよ。だから、今ガナッシュと居る時は楽しそうにしているから、先生ほっとしてるんだ」
 怖い思い?
 ガナッシュは驚いた顔になった。おそらくそれは彼女の力によって感じた思いなのだろう。
 心を覗くことで怖い思いをしたという事になる。それは一体なんだったのだろうか。
 ……しかし、その割には心を相変わらず覗いているような印象があるのは何故だろう。やはり、彼女が言うように普通に見えてしまって目隠し出来る様なものでもないのかもしれない。こればかりは彼女ではないから分からないことなのだけれど。
「……気をつけて見ておくようにします」
「うん、ありがとう。お願いね」
 先生から聞かされた話。それは少なくとも今までのように楽天的に彼女と接していって良いのか考えさせられるものだった。
 少なくとも彼女はそれによって心に大きな傷を負っているのだ。それを広げるようなことはしてはいけない。
 ガナッシュはオリーブの兄になったような気がして、その事を深く心に刻んだ。彼女をちゃんと護ってやらないといけない、そんな思いがしたのだ。

「ガナッシュ、お昼まだ?」
 翌日の昼休み、オリーブがにこやかに声をかけてきた。ガナッシュはその問いに頷く。
「そう、良かった。一緒にお昼を食べましょう?」
 そう言うと、オリーブは二人分はありそうなお弁当の包みをガナッシュに見せてにっこりと笑った。察するに、オリーブの分だけでなく、ガナッシュの分も一緒にあるのだろう。
「あ、もしかしてガナッシュ、もうお昼買ってあるのかな?それとも持ってきてる?」
 オリーブが慌てて付け加える。幸い、というべきだろうか、ガナッシュはまだ昼食は買っていなかった。その心の動きを察したのだろう、オリーブは安心した表情になった。
 二人で連れ立っていつもの丘に行く。
 オリーブはいつもと変わらずよく笑って元気が良かった。元々明るく元気というタイプではないので、その元気が良いというのはあくまでもオリーブとしてはだが。
 ガナッシュはふと昨日の事が気にかかったが、オリーブに察されてはまずいと思考を断ち切る。彼女が元気なのだからそれでいいだろう。
 丘は今日も気持ちの良い風が吹いていた。優しい風、気持ちの良い風、心ごと綺麗に洗ってくれそうだった。
 木陰に腰を下ろすと、オリーブが持ってきていた鞄から先程見せてくれたお弁当の包みを取り出す。そして二つあったお弁当箱の片方をガナッシュへと手渡した。
「はい、ガナッシュ。ちゃんとお母さんにも手伝ってもらったから美味しいはずよ?」
「……ありがとう」
 ガナッシュはおずおずとお弁当を受け取る。考えてみれば、今まで人からお弁当など貰ったことは無かった。嬉しいような気恥ずかしいようなそんな気持ちになった。
 貰ったお弁当箱を開いてみる。その中にはガナッシュの好物のエビフライもしっかりと入っていた。
 ……エビフライが好きな話はしただろうか?
 それともエビフライの事ばかり考えていたのだろうか?いや、さすがにそんな事は無いはずだが……。
 何故、オリーブが自分の好物を知っているのかとガナッシュは必死で思考を巡らせる。だが、思い当たる事項は無かった。
「マドレーヌ先生から聞いたのよ」
 ぐるぐると思考が迷走しているガナッシュにオリーブが答えを送る。それを聞いてガナッシュは少し納得がいったような気になった。
 しかし……何故、マドレーヌ先生が自分の好物を知っているのか。それは謎だったけれど。
「オリーブが揚げたのか?」
 何だか不恰好なそのエビフライにガナッシュは渡してくれた当人を見る。彼女は照れくさそうに笑った。
「うん。不恰好でしょう?危ないから、揚げるのはお母さんにほとんどやってもらったんだけどね。
 ガナッシュにはいつも優しくしてもらっているから……お礼にと思って」
 そう言ってオリーブは顔を赤らめた。
 ガナッシュは昨日の先生とのやり取りを思い出す。先生がオリーブの面倒を見ていると思ったのは、きっとオリーブがそう先生に告げたのだろう。もしかしたら何か御礼をしたいという話になって、エビフライの事が伝わったのかもしれない。
 その思考は当然そのままオリーブに伝わる。どうやら正解だったようで、彼女は余計に真っ赤になってしまった。
 照れ屋のオリーブのそういう所が可愛く思えたが、ガナッシュは昨日の話を思い出してしまっていた。
 可愛らしい彼女。だけど、その心には大きな不安を抱えているのだ。
 一体、彼女は何を見たのだというのだろうか。何が彼女を不安にさせたのだろうか。
 少なくともガナッシュの知っているオリーブは、人の心を読めるせいか、ありのままの姿を受け入れられる強さを持っているようだった。そんな彼女が持つ不安とは一体なんだというのだろうか。
「……先生から何か聞いた?」
 オリーブが不安げに尋ねてくる。便利だろうと便利ではなかろうと、言葉を発するように彼女には伝わる。それに対しては良いとか悪いとか言えないのが正直なところだろう。
「……いや、詳しくは聞いていない」
 隠すことも出来ない以上、素直に話すしか他無いのも事実である。ガナッシュは、素直に答えた。
 オリーブは困った顔をしていたが、ガナッシュが本心では何があったのか心配ゆえに知りたがっている事にも気がついていた。彼女は一つため息をつくと、ガナッシュに問いかけるようにして話した。
「……ねえ、ガナッシュ。本当の化け物って見たことある?」
 それはあまりにも唐突過ぎて、ガナッシュはどう答えていいか言葉に詰まった。上手い言葉が出てこなかったのだ。
 だが、オリーブはそれが当然だろうという顔をして続ける。
「私はね、それを見たことがあるの。それは人の中に居たわ。
 外見は普通の人なの。だけど心の中は人じゃなかった。何か得体の知れない化け物が居たの……。
 私はそれを見たとき、物凄い恐怖に襲われたの。それは人を侵食して…取り込んでいるのと同じだったから。人は、その化け物に支配されていたから……」
 思い出すのも恐怖を感じるのだろう、オリーブは身震いをした。
「とにかく凄く怖かった。私もいつかああなってしまうのかもしれないと思ったら怖くなってしまったの。
 それから……当たり前だと思っていた人の心を見ることが怖くなったの。
 また、あの化け物に出会ってしまうと思ったから……」
 オリーブはそこまで言ってから顔を上げた。
「だけどね、校長先生やマドレーヌ先生に出会って、以前ほどは怖くなくなってきたし…この力も悪くないんだと思えてきたから……」
 オリーブの表情には安堵の色が浮かんでいた。それは本当の事なのだろう。
 ガナッシュはもう一つ気になっていたことを尋ねることにした。何か、関わってきそうな気が直感的にしたのだ。
「じゃあ……わざわざ俺に話しかけてきたのは?」
 その言葉にオリーブは少し驚いて困った顔をした。そしてちょっと言い難そうに話し始める。
「……あのね、初めて教室に行った時……なんだか凄く優しくて寂しそうで…だけどあやういような感じがして……どんな人だろうと思ったの。
 その人は……何だかみんなから距離を置いているようだった。あなたから感じる心は優しくて…どうして距離を置くのか分からなかった。だから…あなたと話してみたいと思ったの。あなたの心は凄く優しくて……とても心地よかったから」
 それは……きっとオリーブにとっても新しい一歩だったのだろう。
 人の心を見えることに恐怖を覚えた少女が、一人の人間の心に興味を抱く。
 そして興味を抱かれた人間は、初めて素直に接することを覚えた。
 まるで、申し合わせたかのような出会い。
 それが不思議で……運命的なものを感じた。
 そこまで考えてからガナッシュは真っ赤になった。オリーブの言った言葉を改めて思い出したからだ。
「いいか、オリーブ。俺は別に優しくなんてないからな」
 念を押すように彼女にそう告げる。
 自分が優しい人間だなんて…心地よい心だなんて言われて照れないほうがどうかしているだろう。
 オリーブは目を丸くしたが、彼が照れくさくてそう言っているのだとすぐに分かってクスクスと笑った。笑われたガナッシュはさらに真っ赤になってプイッと横を向いてしまった。自分より年下の女の子にそんな風に笑われて余計に恥ずかしかったらしい。
 オリーブはくすくすと笑いながら、ガナッシュにお弁当を薦める。
「ねえ、ガナッシュ。早くお昼を食べないとお昼休み、終わっちゃうよ?」
 そう言われてガナッシュは気まずそうにお弁当を受け取ると、オリーブが半分ほどは作ったらしいエビフライを頬張る。
 エビフライは衣が多くて不恰好だったが、美味しかった。
「……美味い」
「本当?良かった〜…ってガナッシュ、やっぱり不恰好だって思っているのね?」
「……どう見ても不恰好じゃないか」
 オリーブとガナッシュは顔を見合すと二人でクスクス笑いあった。
 不器用な二人の不思議な関係はこうして始まっていくのだった。


 終わり。

 次にガナオリを書くならこの話と思って早一年以上。キャンディの話の『見えない気持ち』に出てきたオリーブの言葉はこちらの方が元になっています。
 オリーブって大人しくて心を読むのを怖がっている女の子っていうのが第一印象だったんですが…どうやらその認識が間違いである事に気がついたんですよね。任天堂のキャラ紹介で。人の心を覗くのを楽しんでいたようです(笑)。で、ある日、エニグマ憑きの人の心を見て『心を読むことの怖さ』を知ってしまったのですよね。それから、怖がりオリーブさんが出来たような感じかと。思い返せば…確かに彼女は常にその読心術働かせていたような気がします。だから、オリーブにとって心を読むって事は物凄く当たり前で、ものを見たり聞いたりするのと同じ感覚なんだろうなと解釈した訳です。実際、彼女は儚いように見えつつかなり逞しいです。EDとかエピローグとか見てても芯の強い女の子だなと思いますから。
 ガナッシュにとってオリーブっていうのは初めて包み隠さず接することが出来た人なんだろうなと思います。だから、凄く大切に思っているんでしょう。そして、一番分かってくれると思っているのでしょう。
 では、何ゆえオリーブはガナッシュに関わったのか。やはり放っておけなかったんじゃないかと思うのですよね。心が見える彼女は彼の優しさも危うさも弱さも見えていたから。だから、傍で支えてあげたかったんじゃないかと思うのです。
 この二人の関係ってある意味、運命的だと思うのですよ。お互いが良い様に作用していて。そのつながりはすごく深いんだろうなと思います。私はガナオリを愛好してますけど、そうではなくても兄妹みたいに深い信頼関係がいつまでも続くんじゃないでしょうか?それって凄く素敵だなと思うのです。
 そんな訳でガナオリ万歳。

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