『胸に輝く宝物』 「いっくわよ〜!」 元気の良い声が響き渡る。 自分の掛け声にさらに勢いづいて金の髪の少女は思いっきりボールを蹴っ飛ばす。 そのボールは綺麗な弧を描いて、あっという間にキーパーの横をすり抜けネットを揺らした。 「トルテ〜、かっこい〜!」 グラウンドの端で様子を見守るアランシアが、彼女の見事なシュートに笑顔で手を振る。 それに気がついて、トルテはにっこりと笑顔になると両手でアランシアに手を振った。 「や〜ん、ありがとう、ハニー!」 「ふふ〜、トルテ、素敵〜!」 トルテにハニーと呼ばれたアランシアは思わず微笑んでもう一度手を振り返す。彼女にそう呼ばれるのは今に始まった事ではない。こうやって、声援を送る時に返って来る呼び名で、彼女が喜んでいる証であることをアランシアはよく知っていた。 「……ったく、自分だけ楽しみやがって……」 ぶつぶつ言いながら、キーパー役のキルシュがボールをトルテに投げてよこした。 トルテからサッカーに誘われたのは良かったが、先ほどからずっとトルテのシュートを受け止めるキーパー役ばかりで、なかなかシュートを打たせて貰えないのだ。しかも、トルテがなかなか上手いので、キルシュは良いとこ無しの状態だった。 まあ、キルシュそのものは、そんな事を特別気にする訳でもないのだが、キーパーぎりやらされるのも、さすがに面白くなくなってきていた。 そんなキルシュにトルテはふふんと笑ってみせる。 「あら、私のシュートを止めたら代わってあげるって言ってるじゃない」 得意げにそう言うトルテにキルシュは苦い顔をした。 そう、トルテの言葉どおり、キルシュはまだ彼女のシュートを止めていない。 このままでは終われない、負けず嫌いのキルシュはその挑発に簡単に乗る。 「おう!今度こそ止めてやらあ!」 「そうだぜ、アニキ!頑張れ〜!」 キルシュの威勢の良い声に、セサミも声援を送る。 アランシアも大好きな二人に声援を送った。 「トルテもキルシュも頑張って〜!」 「ありがと〜!次も決めるから見ててね〜!」 アランシアの声援にトルテは再びぶんぶんと手を振る。弾けんばかりの笑顔で手を振る彼女に、キルシュは頭をぽりぽりとかく。 同じ属性の少女で、波長も合うとは思うのだが…あの勢いばかりはキルシュでも押されてしまいそうだ。 気合を込めなおすためにキルシュはパンッと手を打った。 「よっしゃ、来い!」 構えるキルシュにトルテは受け取ったボールを置いて、思いっきりシュートを放つ。 今度こそ取ってやる! そう思ってキルシュはボールに飛び掛るのだが、またしてもキルシュを避けるようにボールは飛んでネットを揺らした。 それを見てトルテは満足げに笑うとキルシュにブイサインをして見せた。 「ふふ、私の勝ちね!」 その得意げなトルテの表情にキルシュは何で取れないんだとこぼしながら、またボールを投げて渡す。これでは当分、自分にシュートは回ってきそうに無かった。 「トルテ、ナイスシュートじゃないか!」 別の声がトルテに投げかけられる。 声の方向に顔を向けると、そこにはこれから帰る途中らしいレモンとブルーベリーがいた。どうやら、たまたま通りかかったらしかった。 だが、レモンに褒められたとあってはトルテの顔はあっという間にほころぶ。 そして両手を振ってレモンに大きな声で呼びかけた。 「ありがと〜、ダーリン!」 「……誰が、ダーリンだ、誰が」 トルテにそう呼ばれてレモンは苦笑いを浮かべる。だが、嫌だという事はなさそうな顔だった。アランシア同様、レモンもトルテがどういう女の子であるか百も承知なのだ。 だが、先ほどからアランシアをハニー、レモンをダーリンと呼ぶトルテに釈然としない人も当然いる。 「……お前、さっきアランシアをハニーだって言ったじゃねえか。 なんでレモンまでダーリンなんだよ」 不満そうにキルシュがそう言う。 だが、それに対してトルテはたいした問題じゃないと言わんばかりにばしっと切って捨てる。 「あら、良いのよ。 アランシアはマイハニー、レモンはマイダーリンなの! それからオリーブはマイスイートハート♪」 とっても得意げかつ楽しそうに言うトルテにキルシュはさらに怪訝な顔をする。アランシアやレモンだけではなくオリーブも増えたらしい。 「トルテ……お前さ……レズ?」 ドカッ。 間髪いれず、キルシュの顔面にボールが直撃する。 「……って〜!」 思いっきり直撃をくらったキルシュは顔を押さえながらボールをぶつけてきた相手を見た。 いつもなら得意げな笑顔で笑っているはずのその相手は、ひきつった顔をしていた。 冗談のつもりが冗談ではなくなってしまったとキルシュが慌てた時、トルテは再び元のいたずらっ子の笑顔に戻る。 「自分がもてないからってひがむんじゃないわよ、キルシュ!」 びしっとそう言い放つ。そのいつもの彼女の表情にキルシュはほっとする。傷つけてしまったわけではなさそうだ。 「……へん、その言葉そっくり返してやらあ」 キルシュは先ほど顔面キャッチしてしまったボールをトルテに投げて返す。そして、ぱんっと手を打った。 「さあ、次行こうぜ、次!」 そんなキルシュにトルテはにっこり笑った。 こうして昼休みは過ぎていったのだった。 「……本当、男の子って元気よねえ……」 窓から入ってくる冷たい風に当たりながら、トルテは窓枠にもたれかかり目下の光景を眺めていた。 2階のこの窓からは、昼間サッカーを楽しんだグラウンドが見下ろせる。 音楽室に用事があるというアランシアを待ちながら、グラウンドをぼんやりと見ていた。その視線の先には昼間と同様キルシュがセサミと一緒に走り回っていた。今度はカベルネやピスタチオも引き連れてサッカボールを蹴っ飛ばしながらわいわい騒いでいた。 アランシアやレモンが付き合ってくれるなら混ざるかもしれないが、女の子一人が加わるのはさすがにトルテもためらう。本当は走り回るのは大好きだが、それなりに年頃であるのでそれが迷いを生む。 それに今日はアランシアを待って、一緒に帰る約束もしている。だから今日は眺めているだけなのだ。 それにしてもキルシュは元気だ。昼間にさんざんからかったのに今も元気に走り回っている。講義を聴くよりも、外で走り回っている方が生き生きしている。考えるよりも身体を動かすのが好きなのだろう。 トルテも同じようなタイプなので、それはよく分かる気がした。 それにキルシュはその方が生き生きしている。トルテの好きな顔だった。 「どうしたの?」 ふいに声をかけられて、トルテは振り返る。隣には茶色の髪の元気の良さそうな女の子が窓から下を覗いていた。 「キルシュ達、サッカーをしているんだ。ふふ、元気良いね」 「そう、暇つぶしに見学中なの」 キャンディの言葉にトルテは相槌を打つようにそう返した。 「暇つぶし?誰か待っているの?」 「うん、アランシアを待ってるの」 「そっか」 会話を交わしているが、二人とも外のキルシュ達を見たままである。元気良く走り回っている彼らは何か惹き付けられるようなものがあった。 トルテはふとキャンディに視線だけ移す。彼女は楽しそうに外の光景を眺めていた。 可愛い顔立ちに元気がよく賑やかな性格。表向きとは違う側面も持っている女の子には違いないが、やっぱりキャンディの印象はそれが強かった。 ……そう、キルシュが夢中になっていた女の子。それもよく分かるような気がした。 過去形なのはキルシュがキャンディへの思いを諦めつつあるからだ。ガナッシュに認められることで彼に勝つことで自分の存在意義を確立しようとした彼女は、彼ではなくオリーブによって救われた。その事で、キルシュは自分では彼女に友達以上に何かしてあげることが出来ないと感じたらしかった。そう、思い出す。エニグマとなった彼女を見たときのキルシュの動揺ぶりを。 そして彼女は今どう思っているのだろう。彼女が憧れていた彼に対して。分かる事は、彼女もキルシュとあまり変わらないという事だろうか。彼女の恋が終わっているのは、トルテにもなんとなく感じられた。 ……おそらくそれは自分がキルシュやキャンディに近いからこそそう感じるのだろうけれど……。 だけど聞いておきたかった。彼女はキルシュが好きになった人。だからこそ余計に。 「ねえ、キャンディ。聞いてもいい?」 「ん〜、なあにトルテ?」 思い切って声をかけるトルテにキャンディは笑いながら振り向く。目が合って、思わずトルテは目を伏せてしまった。 最近、キャンディは大人びて見えた。歳は自分の方が一つ上のはずなのに、彼女の方が大きく感じられた。それはきっと彼女が乗り越えたものはとても大きく重大な事だったのだろう。 キャンディがエニグマと融合して立ちはだかった時、彼女を止めないといけないと感じて戦った。戦う事で止めようとした。本当に彼女を救ったのはオリーブだったけれど、あの選択は間違っていなかった。そう思っていた。 だけど今になると、一回り成長したキャンディに対して自分は彼女を止めるほど成長していたのか少し疑問に感じてしまうのだ。 彼女の辿った道は魔法を使う事さえ出来なくなる結末を迎えたけれど、今の彼女は前よりずっと前向きで輝いているからだった。 そう思うと、こんな事を尋ねるのは何だか子供っぽくて上手くいえないような気持ちになった。 でも、それでもいい。きっと聞いたほうが私も今より前を向けるはずだから。 トルテはちゃんとキャンディを見て、聞きたかった事を口にした。 「……ガナッシュを好きになった事、後悔していない?」 その言葉を聞いて、キャンディは少し驚いた顔をした。それから、再び顔を伏せてしまったトルテを見てキャンディは微笑んだ。 「うん、後悔してない。 あの人への恋心はもう薄れていくだけだけど……でも憧れた気持ちは本物だから。 だから……この先違う人を好きになっても、ガナッシュは私の大切な思い出として胸の中でずっと輝くと思う」 真っ直ぐな瞳で、キャンディはそう語った。それは、新しい何かを見つけた人の顔だった。 「……胸の中で輝く……」 トルテは無意識のうちにキャンディの言葉を呟いた。 そう、そういう形の想いがあってもいいかもしれない。 何も想い思い返されるだけが全てではないのだから。 少しだけ胸のつかえが取れた気がしてトルテは微笑んだ。 「……ありがと、キャンディ」 トルテの感謝の言葉にキャンディはニッコリ笑って頷いた。キャンディにも具体的な状況は分からないものの、トルテの心情は理解できていた。 「……トルテも失恋したのね?」 「……ええ、まあそんなトコ。 お互い、次はもっと良い男、見つけましょ?」 キャンディの言葉に頷くとトルテはいつものいたずらっ子な笑顔で微笑んだ。 その笑顔にキャンディも微笑む。 「ええ、見つけなきゃね」 そう言って二人はお互いの顔を見ると笑いあったのだった。 「ごめんね〜、随分待たせちゃって〜」 「良いのよ、気にしないで」 夕日に照らされ、オレンジ色に染まった廊下を歩きながらアランシアとトルテは玄関に向かっていた。 「そういえば、昼間はキルシュがごめんね〜。後でちゃんと謝るように言っておくから〜。 キルシュ、トルテが気にしてないと思ってるかもしれないし〜」 アランシアは思い出したようにトルテにそう言った。最初、トルテは何のことだか分からなかったが、昼間のキルシュへの顔面ボールぶつけ事件の事だと気がつく。 アランシアはトルテの微妙な変化に遠くから見ていたにも関わらず気がついてくれていたようだった。 その事がすごく嬉しくなってトルテは微笑んだ。 「いいのよ、別に。ありがと、心配してくれて。さっすが、私のハニー♪」 「……も〜、すぐそうやって茶化すんだから〜」 いつもの調子で返されてしまって、アランシアは不満そうにそう言う。トルテは前から心配してもなかなか弱音を言ったりはしない。一番年上のレモンにはたまに弱音を見せるらしかったが、アランシアにはいつも心配かけさせないようにしている事には気がついていた。それがアランシアには少し不満な所でもあった。 「ううん。感謝してるよ、本当に。 だって、私はアランシアが大好きだもの」 トルテは不満そうなアランシアに笑顔でそう言った。その言葉に偽りが無いのはアランシアも十分承知している。結局いつもそれでごまかされてしまうのだ。 「私もトルテのこと好きよ〜。だから、あまり遠慮はしないでね〜?」 トルテはアランシアの言葉に笑顔で頷く。 本当は遠慮などはしていないのだ。 キルシュへの想いに気づいても、それを伝えずに飲み込む事に決めた理由は単純だったから。 トルテはアランシアが大好きだった。キルシュよりもアランシアが好きだった。それだけなのだ。 大好きなアランシアが自分の事を好きだと言ってくれる。それだけでトルテは十分だった。 それにアランシアにはトルテやキャンディやキルシュのような思いはして欲しくなかった。 アランシアは本当にキルシュの事を良く知っていて、大切に想っている。その気持ちはいつもトルテに強く伝わってきた。 大好きな二人が上手くいくのであれば、それはトルテにとって喜ばしい事だった。 キャンディの言葉を思い出す。 胸の中で大切にしまいこんだずっと輝く想い。それはきっとトルテにとってはキルシュとアランシアなのだろうと思う。 多少、寂しく感じる事があったとしても、今抱いている宝物のような想いを大切にしたかった。 帰り道、ばたばたと誰かが後ろから走ってくる。誰がそんなに慌てて走っているのだろうと思ったその時、聞きなれた声が聞こえてきた。 「ちょっと待ってくれ、トルテ!」 先に後ろから走ってくる人物に気がついたアランシアが優しく微笑んだ。 トルテも振り返る。そこには金色の髪の少年が立っていた。必死で走ってきたらしく、肩で荒い息をしていた。 「……どうしたのよ、キルシュ」 予想もしなかった展開にトルテは少しどぎまぎする。まさかキルシュが自分を追いかけてくるとは思ってもいなかったのだ。 キルシュは荒い呼吸をなんとか整えてから、トルテの顔を見て、それから照れくさそうに頭をかいた。 「……その、昼間は悪かったよ。 ……お前が友達思いなの知ってるから……その……ごめんな」 トルテは胸が詰まるように感じた。胸がぐっと痛くなった。 幼馴染のアランシアでさえ気がついているか分からないと言った。トルテに至っては気がついていないんだと思っていた。 だけど、本当はキルシュは気にしてくれていたのだ。だからわざわざトルテを見たときに後を追ってくれたのだ。一本気な性格だから、思い立ったら止まらなかったのだろう。 ……悔しいと思った。 ……悔しいけど、やっぱりそういう彼だからこそ好きなのだ。 まだ、キャンディのようにこの想いをしまい込むのは難しそうだった。 本当にアランシアはなんて素敵な幼馴染を持ったのだろうか。 「……ありがと。キルシュにも乙女心が理解できるのね。 ふふ、初めて知ったわ」 くすくすといたずらっ子の顔でトルテはそう笑った。茶化すような答えをする彼女にキルシュは一瞬怒った様な顔をしたがすぐにいつもの顔に戻った。トルテの反応がいつものと同じと言う事に気がついたからだった。 「……なんだ、思ったより元気じゃねーか。心配して損しちまったぜ」 キルシュはトルテの肩をぽんと叩くと、再び後ろに振り返った。 「じゃあ、明日!またサッカーやろうぜ!」 そう言い残すとキルシュは再びグラウンドへ向かって走り出す。 そして随分小さくなってから、急に足を止め振り返って手を振った。 「アランシア〜!今日はまだしばらくセサミ達と遊ぶから帰り遅くなるって伝言宜しく〜!」 「え〜?早く帰ってきなさいよ〜!」 「わかってるって!じゃあ、宜しくな〜!」 そう言うと再び走り出し、見えなくなってしまった。 「……も〜、本当に真っ直ぐ帰らないんだから〜」 困った伝言を託されたアランシアはぶつぶつ言っている。 そんな二人のやりとりをトルテは楽しそうに見ていた。 やっぱりキルシュとアランシアは素敵なコンビだ。見ていてこちらまで幸せに感じてしまう。大好きな人達だった。 そう、きっとこの想いは宝物になる。 ずっとずっと輝く宝物に。 この二人が大好きな気持ちはトルテの一番の宝物だから。 END そんな訳で女主→キルシュ話でございました。…石投げはご勘弁ください;; 一応、これがうちのトルテさんの基本形なのです。キルシュも好きだけど一番好きなのはアランシアっていうのが。 そしてさらにぶっちゃけたお話…私はキルシュ&アランシアのカップルが大好きですが…実はキルシュvキャンディとか女主vキルシュも好きです(待て)。 私がそもそもキルシュ好きなので、実はキルシュ関係のこのへんのカップリングすごく好きで(^^;)。 多分、ED見なければ…全部同じくらい好きだったかと思われます(笑)。今は一押しがアラキルで次点がキルキャンと女主キル。 ……以上、偏った龍崎でした;; ちなみにトルテさんはこの後、新たな恋へと向かう…はずです(^^;)。 |