『優しいメロディ』

 さわさわと風が優しく木々を揺らし、花を揺らし、草を踊らす。
 優しい日差しが淡い若葉の色を優しく包み込み、きらきらと輝いていた。
 草原の独特の香りが広がり、小鳥たちの楽しそうな歌が聞こえる。
 のどかな風景だ。
 やっぱり、こういう雰囲気が好きだと深緑色の髪の少女は思った。
 トルーナの村では辛いことが沢山あったから。
 アランシアは少し身を乗り出して下のほうを見る。
 下には、金の髪の少年がヴォークスの少年を相手にしていた。
 ヴォークスの少年は進学のかかった試験が臨海学校の後に待っている。緊急事態になったとはいえ、あの校長が試験を無くしたりするとも思えないし、思わぬところでのんびりする時間がとれたのでキルシュが相手をしてやっているのだ。
 属性的には二人とも関係が無いので、キルシュはどんどんやりたいらしいのだが、いかんせんピスタチオの方は基本的な体力面でも劣っているため、休み休み、少しずつ少しずつといった感じだ。
 そんな二人の様子を見てアランシアは微笑む。
 キルシュは昔からなんだかんだ言って面倒見が良い。
 普段は一番年下のセサミの面倒を良く見ているし、キルシュが彼を大事にしているのでセサミの方もキルシュを誰より慕っていて、まるで兄弟のように見えることも多い。
 ピスタチオに関しても、何やら練習の相手になってやるという約束をしていたらしいが、それをしっかりと守って、彼が落第しないようにと心を砕いているのは良く分かっていた。
 私にもそんなことができるかしらー?
 アランシアはちょっと考えてみる。
 彼女はもともとマイペースだから、誰かの面倒をみた記憶はほとんどない。あえて言うなら、小さい頃から一緒にいるキルシュとは色々と関わっているけれど…考えてみればいつもキルシュに引っ張られていたような気がする。
 いや、普段はむしろアランシアの方がキルシュをつき合わせているような感じなのだが、なんだかんだ言いながらも付き合ってくれるし、肝心な時はいつも引っ張ってくれている。
 そんなキルシュがアランシアは大好きだった。
 キルシュと一緒にいるのは楽しいし、見ているだけでも元気になれる。
 大切な幼馴染。大切なお友達。一番大好きな人。
 風が優しく髪を揺らす。木々の葉の重なる音が聞こえる。自然の優しい歌が聞こえていた。
 その歌に包まれながら、アランシアは温かい眼差しでキルシュとピスタチオを見守っていた。


「お疲れ様〜」
 ぐったりしたピスタチオをおぶってキルシュが戻ってくる。
 アランシアはそんな二人を笑顔で出迎えた。
「もう疲れたっぴ〜」
 出迎えたアランシアが持ってきてくれた水を飲み干してから、ピスタチオはぐったりとその場で横になった。そんな彼を木々の木陰が優しく包み、快適の場を提供してやっていた。
「まあ、今日はその辺で勘弁してやるよ。でも、もうちょっと体力鍛えないと厳しいぜ?」
 ぐったりしているピスタチオの隣に腰をかけたキルシュが、苦笑いを浮かべてそう言った。
 ピスタチオはある程度まで来れば、きっと伸びるんだろう。それはキルシュにも見当がついた。稽古に付き合っていると、その潜在的能力は感じられる。ここで落第なんてしてしまったら、もったいない。
 ただ、残念ながら、能力を伸ばすための基礎的な面でピスタチオは人より劣っているようだった。
 でも、弱点が分かれば鍛えようもある。
 キャンディはガナッシュに稽古をつけてもらえと言っていたけれど、ガナッシュほどは実技に長けていなくても自分でも十分相手になってやれそうだと思った。
 ……キャンディ。
 キルシュの顔が曇る。
 彼女はどうしているのだろう。
 レモン達もその行方を知らなかったが、おそらくこの光のプレーンに来てはいるのだろう。自分たちのように誰かに会っていれば良いのだけれど。
 助けに行きたい気持ちはあるが、この未知の世界で少人数で動き回るのは危険だし、レモン達がカフェオレを見つけてさえくれれば、魔バスもなんとかなるはずだ。
 彼女は優秀だし、そう簡単にピンチには陥ったりしていないだろう。それにレモン達に出会っていれば大丈夫に違いない。
 難しそうな顔をしているキルシュに気がつきアランシアは声をかける。
「どうしたの〜?」
「……ああ、レモン達はキャンディに会ったりしてるかなって思ってさ」
 その回答にアランシアの顔が険しくなる。彼女にとっては一番振られたくない話題だ。どうにもキルシュがキャンディの話をするのは面白くない。
「……またキャンディ〜?」
「……なんだよ、アランシアは心配じゃないのか?クラスメートだろ?心配して当然じゃねえか」
 キルシュの言葉にアランシアは反論のしようが無くなる。
 そう、心配はしている。
 ただ、キルシュが彼女の心配をしているのが面白くないだけだ。キルシュが彼女の話をする度に、自分から離れていってしまっているような気がするのだ。
 でも、そんな気持ちをキルシュに知られてしまうのは嫌だった。アランシアはその気持ちをぎゅっと心の奥に閉じ込める。
「……大丈夫よ〜、レモン達も行動してるし、ガナッシュもどこかにいるはずだし〜……」
「ま、そう思うしかねえよな」
 アランシアの答えにキルシュはため息をついた。
 そう、そう思うしかない。待っているというのは想像以上に辛いものだ。
 しかし、キルシュはさらに大きなため息をついた。
「しっかし……キャンディより心配なのがいるんだよなあ」
「……大丈夫だっぴ、みんなオイラより強いっぴ。心配ないっぴ」
 今までぐったりしたまま話を聞いていたピスタチオが首を持ち上げる。
 自分とは違った意味で元気の無いキルシュを励まそうと思ったのだ。
 だが、そんなピスタチオにキルシュは大きくかぶりを振った。
「……いや、そういう心配じゃなくってさ」
 キルシュは重い首を持ち上げ、辺りをぐるっと見回した。
 そよぐ風の中にヒラヒラと舞う色とりどりの蝶。
 大きく茂った木の幹には様々な色を持った甲虫類。
 真っ青な空にトンボも飛んでいれば、澄んだ水面にはアメンボも泳いでいる。
 それも、今まで見たことの無いようなものを備えて。
 これを見て、彼のよく知る人物が普通でいられるとは思えない。
「……セサミの奴、我忘れてるんじゃないかと思ったら気が気じゃなくてさ」
 セサミが虫好きなのは一緒に居るキルシュが一番よく知っている所であるし、そんな彼と一緒に居るから、キルシュも普通よりずっと虫に目が行く。
 光のプレーンについてから何度珍しい虫を見たことだろう。
 最初はセサミに見せたら喜ぶだろうと思っていたのだが…事の重大さに気がついたのは割りと最近だ。
 自分でもこれだけ珍しいと思うのだ。あの虫の大好きなセサミが普通の状態でいられるとは思えない。
「セサミだけでも見つけに行けたら良いとは思うんだけどな……」
 キルシュはため息をついた。
 自分なら、まだセサミを落ち着かせることができそうだ。しかし、他の人間に会ったところで、彼の熱狂が収まるとはとても思えない。そうなると単独で一番危険な状態にいそうなのがセサミなのである。
「……確かに心配ね〜」
「……そうだっぴ〜」
 アランシアもピスタチオも同意する。
 虫に熱狂しているセサミの姿は容易に想像がついた。キルシュが心配するのも当然だろう。
「……心配なら行ってきても良いよ〜?私なら平気だし」
 キルシュの心配の深さが分かるだけに、アランシアはそう言った。
 キルシュがいなくても魔バスで待っているくらいは出来る。それにピスタチオも一緒なら寂しくもないだろう。キルシュが単独行動になってしまうのは心配だけれど、無茶をするような人ではないから、その点については安心して送り出せる。
 だが、キルシュはアランシアの言葉に首を横に振った。
「ええ〜?大丈夫よ〜」
「そうだっぴ。オイラがアランシアを護るっぴ!」
 キルシュの否定に納得の行かないアランシアは反論する。普段の彼なら、きっとセサミを探しに行っているだろう。そんなアランシアを援護するようにピスタチオも続けた。
 キルシュはピスタチオの言葉を聞いて思わず笑い出す。
「あはは、ありがとな。ピスタチオ」
 笑いながらキルシュはピスタチオの頭を帽子ごとぐりぐりと撫でる。その手荒さにピスタチオはその手をどけようとじたばたする。
「なにするっぴ〜!」
「あはは、悪かった悪かった」
 キルシュは笑いながらピスタチオの頭から手を離す。その楽しそうな顔を見て、ピスタチオは本当に悪いとは思っていないと思ったが黙っておくことにした。
「いいんだ。トルテ達がきっとなんとかしてくれるさ。そう思うことに決めた。セサミもキャンディも」
 キルシュはアランシアとピスタチオを交互に見て、にっこり笑った。
「俺はここで魔バスとお前たちを護ることにするよ。いつエニグマが来るかも分からないし。
 自分の出来ることをして、俺はトルテ達やセサミやキャンディを信じることにする」
 その言葉を聞いて、アランシアは胸が熱くなるのを感じた。
 そう、キルシュはこういう人だ。
 誰かのことをいつも心にかけながら、ためらうことなく人を信じている。
 キャンディを思う心もセサミを思う心も、トルテ達を信じている心も、きっとどれもキルシュにとっては大事なことなんだろう。
 キルシュは不可能なことなど無いように思っている少年だ。実際、彼は苦手なことを苦手だとは感じない。それはきっとできるものだと信じて疑わない。
 それと同じような気持ちで仲間を信じている。
 自分がどうにかしなければとか、後先を考えないような考え方は決してしない。きっと根底には皆大丈夫だろうと信じていられるのだろう。
 一度、エニグマに融合されかかってる分、彼はその怖さも知っている。おそらく魔バスに戻ることを決めたのも、バルサミコだけを置いて魔バスを放置するのがためらわれたからだろう。
 本当は自分が探しに行きたい心を抑えているというのに。
 だから。
 アランシアは思う。
 だから私はキルシュの事が好きなのだと。
 小さい頃から変わらない思いを抱いていけるのだと。
 そう、願うことならずっとその優しい気持ちを身近に感じていたい。
 ずっとずっと感じていたい。
 アランシアは笑顔でキルシュに頷いてみせた。
「ありがと〜、キルシュ」
「……よせよ、礼を言われるようなことじゃないんだしさ」
 照れくさそうにキルシュは顔をそむける。
 その姿にアランシアとピスタチオは顔を見合わせて笑った。
 そう、ずっとずっと見ていたい。キルシュのことを。
 ……その一番近くの場所で。
 優しい心のメロディを感じながら……。



 おしまい♪


 そんな訳でキルシュ&アランシア話です。
 結構短めの話であるにもかかわらず何故か大苦戦…というかノロケ話っぽくて書いてて恥ずかしくなって手がつけられなかったとかいうのもあったり…。
 私、アランシアvキルシュが好きなので、やっぱりこんな感じかなと。肝心のキルシュはゲーム中はキャンディが大好きですしね。私、キルシュのキャンディへの思いも好きなのですよ。キャンディに対してガナッシュよりキルシュの方がいい男だよ〜と何度思ったやら(笑)。でもそれ以上にヤキモチやきなアランシアが可愛らしくってv
 キルシュはこの先にアランシアの気持ちにやっと気がつくんでしょうね。その時、彼女がずっと幼い頃の約束を胸に暖めていたのを知った時、どんな顔をするんでしょうね?それがすごく見てみたいです。
 仲良しでほんわかした感じのカップルで、大好きです。ただ、意外に話を書くのが難しいですね(^^;)。大変でした…。
 というか、この話って同志様が見て楽しいんでしょうか…微妙ですねえ(^^;)。でもまだ、恋だとは気がつかないくらいな感じがイメージしているところなので、こんな感じでしょうか。
 とにもかくにも私はキルシュに恋するアランシアが大好きですv

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