『君が微笑む世界』


 空は曇り空。いつ見上げても灰色だ。死のプレーンに来てからはすっとこんなものだが、やっぱりあまり好きにはなれない。そんな空をぼんやり眺めながら淡い茶色の髪の少年は深いため息をついた。大きな帽子を被っているせいで俯くその姿からは表情を伺うことも余計に難しかった。
 なんとなく気にはなっていたのだが、最近表面化してきている事があった。
 ペシュに避けられているような気がした。
 普段は普通に話しているし、特別変わった事も無い。ただ、そう感じるのはいつも戦いが終わってから。
 なんとなく不自然な笑顔で、呼びかけにも曖昧に答える。回復してくれるときもなんだか済まなさそうな顔をしている事が多かった。
 ただ、それは自分だけに向けられているものではない事も分かっていた。普段から仲の良いレモンが声をかけても同じような反応をするし、少し前まで一緒のカシスやカベルネやオリーブに対しても同じような様子だった。
 誰もがキャンディとガナッシュを追いかけているから、二人を連れ戻したいと思っているから、リーダーを託される事になったマロンは新たな場所に行く時はある程度は順番に、みんなで行けるようにと心がけていた。ただ、戦いが厳しくなるにつれて、唯一回復してくれるペシュだけは闇のプレーンで再会してからほぼ一緒に行動している。
 マロンとしては彼女がいてくれるだけで心強かったのだが、本来争いを好まない彼女を無理に連れまわしているんじゃないかと思い始めていた。それならば負担をかけ続けているのかもしれない。
 いつも気にかけていたし、思っているつもりだったけれどちゃんと分かってやれなかったのかもしれない。彼女が一緒に来てくれると言ってくれるから安心していたのかもしれない。
 だけど、そのせいで彼女が悲しむのならマロンにとってそれほど辛い事は無かった。
 マロンはいつも優しい彼女が大好きで、ずっと憧れていた。いつも彼女には優しい笑顔で笑っていて欲しかった。
 それなのに今は自分が彼女を悲しませてしまうなんて。
 そう思ったら、マロンは酷く悲しくなってそのままひざを抱えてうずくまった。
 ラキューオから丁度戻ってきたばかりだ。次は彼女を置いていくべきなのかもしれない。
 本当なら自分が彼女を護ってあげたいのに。一番笑わせてあげたい人なのに。
「マロン?何うずくまってるんだ?」
 上から急に声が降ってきて、マロンは顔を上げた。顔の上では、銀の髪の少年が覗き込んでいた。どことなくからかうような表情だが、そんな彼も実は面倒見が良い人物であることをマロンも理解するようになっていた。
「…・・・ちょっとね、大好きな人とうまくいかなくて……」
「……大好きな人って……ペシュと喧嘩でもしたのか?」
 さらっとペシュの名前が出てきてマロンは固まる。そんな話を誰かにした記憶は無かった。途端に顔が真っ赤に高揚した。
「ななななななななななんで?!なんでペシュの事好きなの知ってるの?!」
 耳まで真っ赤になってマロンがあたふたと謎の動きをする。あまりのことにパニックに陥ったらしい。
 そんな彼の様子を見てカシスは呆れた顔をした。
「なんでって……多分、大抵の奴は気がついてると思うけど?」
「どどどどどどどどどどどうして?!」
 カシスの言う事が分からず、マロンはさらにパニックになる。知っている人がさらに増加した事実に輪をかけて混乱を生じたらしい。おかしな手の動きはさらに謎の動きとなった。
 全然自覚が無いんだな、カシスは苦笑するとマロンの帽子をぐりぐりと撫でた。
「あのさ、い〜っつも戦闘の時ペシュの前に立ってて、必死で庇って、そんで終わったら一番に声かけてるだろ。気がつかないほうがどうかと思うぜ?」
 そう言われてマロンもはっとする。
 言われてみれば…その通りかもしれない。いつも一番に心配しているのは彼女の事だった。
 少し自覚が伴ってきたマロンに対してカシスはさらに止めの一言を言った。
「それにな、ペシュに褒められたらお前あっという間に有頂天になってご機嫌になるだろ。それ見てたらなあ……」
「ぼぼぼぼぼぼぼぼくって……そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいな」
 はっきりきっぱりと言われてマロンは先ほどまで真っ赤だった顔もむしろ青ざめて再びしょぼんと落ち込んでしまった。
 その様子を見て、さすがに言い過ぎたかとカシスは少し反省する。まあ、誇張したわけでもなく事実には違いないのだが。反省の意味を込めてカシスは再びうずくまったマロンの頭を帽子越しにかるくポンポンと叩く。
「まあ、幸か不幸かペシュは気がついてないみたいだけどな?」
 そう言われてマロンは希望を得た表情で顔を上げた。
「本当?良かった〜」
 嬉しそうにそう言うマロンにカシスは複雑な表情になる。本当に良いかどうかは分からないからだ。あれだけ分かりやすいマロンの行動に気がつかないペシュだ。想いが通じる見込みは薄いかもしれない。
「……そこ、喜ぶ所か?」
「うん、だってちゃんと僕が気持ち伝えたいもの」
 カシスの質問にマロンは笑顔でそうはっきり言った。その回答にカシスも微笑む。それだけマロンの想いがしっかりしている証だからだ。そうやってはっきり言えるのは羨ましくもあった。素直で純粋なマロンだから出来ることなのかもしれない。
「それで、なんで喧嘩したんだ?」
 カシスは再び話題を元に戻す。そもそもマロンが落ち込んでいたのは、ペシュとのトラブルのようだからだ。その言葉に慌ててマロンは首を振った。
「ううん、違うよ。喧嘩したんじゃなくて……護ってあげられないんだな〜って思って」
 その言葉にカシスは不思議そうな顔をする。どうも話に合点がいかなかった。
 マロンは先ほども言ったように、ペシュに対してすごく気にかけているのは明白な事実であったし、実際誰が見てもペシュのガーディアンのような感じであった。それなのに護ってやれないというのは何故なのだろうか。
 そんなカシスの様子に気がつくこともなく、自問自答のようにマロンは呟くように続ける。
「忘れてたのかもしれない。ペシュは『誰にでも優しい』事。僕はペシュの優しさに甘えて、彼女に頼りきってしまったのかもしれないね。
 護ってあげたいといつもそう思っていたけど、寄りかかっていたのは僕の方だったんだ……。だからこれ以上ペシュに負担かけちゃ駄目だなって思って」
「……そういうもんか?」
 明らかに疑問符のついた言葉が返ってくる。どうやらカシスにはよく分からなかったらしかった。そして、マロンの頭に軽く手を置く。
「別に『護る』事にがんじがらめになんなくてもいいんじゃねえの?少しくらい好きな子に寄りかかってもいいじゃん」
 そう言われて少しだけふっと心が軽くなった気がした。独りよがりの気持ちを押し付けるだけよりはずっといいのかもしれない。人と人との繋がりはお互いが応えあって繋がっていくものだ。別に望む反応はしてくれなくてもいい。一方的ではなく、向こうも何か返してくれたらそれはとても幸せな事なのかもしれない。
 マロンの表情が少し明るくなったのを見てカシスは安心したように笑う。
「大体、お前は好きな奴より強いんだから良いだろ。いざって時にも良いとこ見せられるしさ。こういう時、強い奴だと護るとかそういう以前の問題で可愛げもへったくれもあったもんじゃねえ……」
 なんだか後半の言葉は実感が伴っているらしく、励まされているというよりは愚痴を聞かされているような感じだった。
 マロンは苦い顔をするカシスを見てきょとんとなった。
「……カシスより強い女の子?
 もしかしてレモン?」
「……どうしてそこで限定されるんだ」
 何だか怒っているようだ。マロンは急におどおどとなる。年上だし、表情がきつくなるとやっぱりカシスはちょっと怖い存在だった。
「うう……だって、さっきまで一緒だった女の子ってペシュとレモンとオリーブだもん。
 ……だからそう思っただけ。ごめんなさい……」
 びくびくしながら謝るマロンにカシスはため息をついた。確かにその面子ではどう考えたってレモンしか出てこないだろう。しかし、大ぼけなマロンに言われるとはさすがに思っていなかったので、ショックだったのは確かなのだが。
 カシスは置いたままだった手に力をいれてぐりぐりとマロンの頭を帽子ごと撫でる。
「いや、お前が謝ることじゃねえって」
 そして、しゃがみこんでマロンと目の高さを合わせた。
「いいか?マロン、もっと自信を持つんだ。お前は十分強い。
 いちいち小さな事気にするくらいなら、思い切って『一生護り続ける』くらい言って来い!」
 カシスにはっぱをかけられて、マロンはその言葉を素直に受け取った。
 確かに前より随分強くなった。頼りなかった水の魔法も、今ではブルーベリーより上手くなったし、最前線で戦えた。元気者のキルシュやレモンにもひけをとらなくなっていた。
 そうだ。自信を持ってもいいのかもしれない。
 ちゃんと彼女に自分の気持ちを伝えるべきなのかもしれない。
 もう一度視線をカシスに合わせてみた。深い紫の瞳の中に自分が映っている。そう、決意を固めた表情で。そして、目の前のカシスはそれに応えるようににっこりと笑った。
「ほら、頑張れ!」
 そう笑ってマロンの頭をポンポンッと叩く。それに対してマロンはこくっと頷いた。
 そうだ。落ち込んでいる時じゃない。今は頑張る時なのだ。
 マロンはすくっと立ち上がる。
「僕、ペシュに伝えてくる!」
 そう言うが早いかマロンはぱたぱたと走り去って行った。
 その後ろ姿をカシスは笑顔で見送っていた。
 が。
 はっぱをかけたのは良いとして、果たしてペシュに伝わるのだろうか。
 なんたって相手はあのペシュである。
 マロンの告白に、『大好きなお友達ですの』とか言いかねない。
 そう思ったら急に不安になった。
 これは先にペシュを捕まえた方が良いかもしれない。
「……う〜ん、はっぱかける時期を誤ったかもな」
 そう言いながら、彼もペシュを探し始めたのだった。


「レモンちゃん、レモンちゃん」
 そう呼びかけられて、金の髪をしたニャムネルトの少女は振り返る。レモンを「ちゃん」付けで呼ぶのは彼女しかいない。
「どうした、ペシュ?」
 振り返ると案の定、ふわふわと宙に浮いた愛の使途の女の子がこちらを真剣な顔で見ていた。
 ペシュは優しい女の子だが、同時に生真面目で極端で短気な側面も持つ。あまりにも真剣な顔をしているので、レモンは自分が何か彼女を怒らせるようなことをしたのではないかという考えが頭をよぎった。だが、よくよく考えればあまり思い当たる事は無い。あえて言うならモンスターを倒している事が上げられるのだろうが、臨海学校での事件の後、さすがに彼女も仕方が無いことだと腹をくくってくれたようで大騒ぎはされなかった。
 一方のペシュは真剣な表情で意を決したようにレモンに告白した。
「レモンちゃん、私にキックの仕方を教えて欲しいんですの!」
「……へ?」
 あまりにも意外な申し出にレモンは眼が点になる。争いを好まない種族である上に、彼女の魔法には何かを傷つけるようなものは存在しない。勿論、体術にいたっては才能が無いのは目に見えていた。
 だが、ペシュの方は熱く語る。
「ほら、私、人より足も大きいですし、上手く当てれば私の力でも破壊力満点のキックがだせるかもしれませんの!」
 その主張はまるで死を覚悟した人間のような決死の意志が込められているようだった。もともと争いが嫌いなペシュが自ら戦おうというのだから、それは当然だとも言えるのだが。
 ペシュはパーティの大事な回復役で、縁の下の力持ちだ。その重要さは誰でも分かっている。彼女もその重要な役割を理解していると思っていたし、それだからこそ戦闘にも参加してくれるのだと思っていた。
 だが、こんな事を言い出すなんて、戦闘に加われない事を気にしているのだろうか。自分だけが何もしていないように感じてしまっているのだろうか。
 レモンはペシュの全身を眺める。確かに彼女の言うとおり足は大きいかもしれないが、全体的にひ弱すぎる。無理して戦う必要もない。
 レモンは首を横に振った。
「なんでペシュが戦いたいって言うのかは分からないけど、ペシュはペシュ、今のままで十分だ。無理なんかする必要はないよ」
 そう言ってからレモンはふとある事に気がつき顔をしかめる。
「あ、もしかして私達じゃ頼りないとか?そりゃ、マドレーヌ先生に比べたらまだまだだけど、みんなそれなりに強くなったつもりだぜ?」
 今度はペシュがレモンの言葉に驚く番だった。慌てて首を横に振る。
「そんなことありませんの!レモンちゃんもみんなも凄い頑張ってますの!」
 そう言ってからペシュはしゅんと落ち込んだ。
「私、いつもみんなの事見てますの。私、いつも後ろではらはらしながら見守ってますの。
 だからみんなが頑張ってる事も、強くなっている事もとてもよく分かってますの。
 ……でも、たまに私が狙われたりするとマロンちゃんがいつもかばってくれますの。それでも私が怪我をしたりするとまるで自分がやったみたいに謝ってくれますの。
 ……きっと私が戦い好きじゃないこと知ってるから気を使ってくれてますのね。でも私だってマロンちゃんやレモンちゃんたちが好きで戦ってる訳じゃないことは百も承知ですの。
 私だけ何も出来ないのは嫌ですの。ガナッシュちゃんやキャンディちゃんを連れて一緒に学校に帰るって決めてますの。……私もちゃんと戦いたいですの……」
 いつも見ているから、見守っているからこそ思うのだろう。傍にいるのに、彼女は戦う手助けはほとんど出来ない。しかも回復が必要の無いことも多々ある。そうなると彼女に劣等感を抱かせるのかもしれなかった。それは一種のあせりに近い。目に見えて分からないものの場合はどうしてもそうなってしまう。
 そしてどうやらマロンの好意は逆効果を招いているらしかった。
 レモンは何故マロンが彼女を護るのかを分かっている。だけど、それはペシュからみたら気を使わせすぎているように見えているようだった。温和なマロンが戦闘を好まないのは知っている。むしろその感覚はペシュに近い所があった。優しい少年で、他の誰もが泣かない時でもペシュが泣いていると一緒に悲しんで泣いてしまうような子だった。
 自分に近いと分かっている少年が、必死で戦い護ってくれるのは辛いのかもしれない。
 その気持ちは分かるような気がした。
 だからこそ。レモンの言うべき言葉は決まっていた。
「……じゃあ、ペシュは私達の怪我なんてほっといて戦うって言うのか?」
 レモンの口から出てきた言葉に驚いてペシュは慌てて首を横に振る。
「そ……そんなことありませんの!私が一番に治してあげますの!!」
 その言葉にレモンはいたずらっ子のようににっと笑ってペシュを見た。
「それで良いんだよ。人には適材適所ってのがあるってね。
 ペシュは縁の下の力持ちなんだから」
「で…でも……」
 まだ納得がいかないペシュにレモンは彼女のおでこを人差し指でつんと突付く。
「マロンはな、ペシュを信頼してるから護ってるんだよ。
 私もなりふり構わず戦えるのはペシュが傍にいるからだ。ペシュがいるだけで全然違うんだよ」
 ペシュはそう言われて、納得がいくような気がした。
 確かにそう言っているレモンは戦闘でも無茶ばかりで、怪我も絶えないけれど、ペシュが回復するといつも頼りにしていると言わんばかりの笑顔で笑ってくれた。
 マロンもそうだった。『ありがとう、ペシュ』そう言って微笑んでくれた。
 そう、そして他のみんなも。
 いつも頼りにしていると、言葉ではなくてもそう伝わってくるものがあった。
 だったら、やっぱり自分はいつでも回復出来るようにしているのが一番なのかもしれない。それにみんなの傷を一番に癒すのは自分でありたかった。
 勿論、皆が傷つかないのが一番にはこしたことはないのだけれど。
「……分かりましたの。キックは諦めますの。
 私は私、出来る事を頑張りますの」
 ペシュはこくりと頷く。それを見てレモンは微笑んだ。
 当たり前に思うことも、本人は気がついていなかったり忘れていたりする。
 それを言葉で言うのは簡単だけれど、それよりは自分で気がついたほうがきっと良い。
「そうですの。次もマロンちゃんに連れて行ってもらえるように頼みますの。
 レモンちゃんが縁の下の力持ちだって言ってくれましたし、自信持って回復しますの!」
「そうそう、その意気だよ!ペシュがいるならみんな安心できるしね」
 だんだん元気になっていくペシュにレモンは相槌を打つ。こういう風に元気が出てきたら大丈夫だ。真面目で頑張り屋の彼女はあっという間にやる気を起こす。
「それじゃあ、マロンちゃんに頼んできますの〜!」
 そう言ってペシュはガッツポーズをすると、ぴゅ〜っと飛んでいった。
 それをレモンは見送る。
 次はマロンはどういう人選をするのだろうか。基本的には全員連れて行っているが…。
「……やっぱり私も連れて行って欲しいよな。そう考えるとペシュが羨ましいかも」
 きっと性格的にレモンは後ろで見守るなんて芸当は不可能だと思うけれど。それでもキャンディやガナッシュを連れ戻したいのは確かだし、出来たら自分の手で助けてやりたいと願うからだ。
「うわ、ペシュ行っちゃったか」
 息を切らしたような声が聞こえてきて、レモンは振り返る。そこには肩で息をしている銀の髪の少年がいた。その様子からするとペシュを探して走ってきたらしい。
「何?ペシュに用があるのか?ペシュならマロン探しに行ったけど」
 レモンの言葉を聞いてカシスは急に力が抜けたらしく、その場にぺたっと座り込んでしまった。
「……マロン探しに行ったならもう捕まえられねえな……」
「……なにやらかしたんだ?」
 明らかに様子のおかしいカシスにレモンは不信の視線を送る。その視線にカシスはばつの悪そうな顔をした。
「う〜ん。やらかしたっちゃあやらかしたかな……」
 頭をかきながら、カシスは呟く。その言葉にレモンの表情がさらに厳しくなるのに気がつき、慌てて手を振った。このままではいらぬ誤解を生みそうだ。
「いや、別に大したことじゃないって。
 マロンがペシュを護れないとか言ってるから、ちゃんとはっきり伝えてくればって言ったんだよ。『自分が護ってやる』ってね。
 一人でうじうじ悩んでるよりましだと思って……」
 その回答にレモンはきょとんとした顔になる。別に問題になるような事は何も無いはずだ。
「別に良いんじゃないか?もともと筒抜けだったし、ペシュもその方が自覚もつくだろうし」
 レモンは先ほどまでのやりとりを思い出す。もし、マロンがちゃんと彼女にその気持ちを伝えたのであればきっと彼女も彼の行動の意味を理解するだろう。そこからどんな結論を導き出すかは彼女の勝手ではあるけれど。
 だが、カシスは真剣な顔でレモンに言った。
「本気でそう思うか?
 俺も最初はそのつもりだったんだけど…ペシュなら『マロンちゃんは大好きなお友達ですの』とか言いださないか?」
 レモンは言葉に詰まる。
 そうだ。ペシュならそう言いかねない。
 そこがペシュの良い所でもあるのだが、マロンを傷つけかねないのも確かだろう。
 マロンにとっては一大決心だ。彼女がそういう反応を返す相手だと分かっていても辛い思いをするだろう。
 カシスがペシュを探したのはおそらく彼女にそうではない事を伝えようとしたからだろう。マロンが少しでも傷つかないように。
 でも。レモンは先ほどのやりとりを思い出す。
 ペシュがマロンの本心を理解するかどうかは別として、彼女は誠心誠意を持って彼に答えを出すだろう。そして、それはきっとマロンにも伝わるはずだ。
 ……マロンが本当にペシュを想っているのであれば分かるだろう。
「……そりゃあ、十分に考えられるけどな。
 だけどきっと……マロンの気持ちもペシュの気持ちも伝わるよ。二人とも相手のことをしっかりと考えられるからな」
「……だったら良いんだけどね」
 レモンの言葉にカシスは複雑な表情でそう呟いた。やっぱりまだ心配らしい。
 そういう所を見ると、面倒見が良いその一面が分かるような気がしてレモンは微笑んだ。
「しっかし、良いね。護ってやるとかさ。
 マロンもかっこいいとこあるよな」
 まだ罪悪感のあるような顔をしているカシスに対してレモンは話題を変える。少しでも方向をそらしてやろうという配慮からだ。
 その意向は上手くいったらしく、カシスは少し驚いた顔をしてレモンの方を見る。
「なんだ?お前ももしかして護ってもらいたかったりするのか?」
「そりゃあそうだろ。しかも好きな相手に護ってもらえたりしたら嬉しいだろうな」
 カシスの言葉が不満とばかりにレモンは腕を組んでそう言った。後半の方の言葉はむしろ憧れるような印象があって、彼女がそう想っている事が伺えた。
 カシスはからかうような口調で笑う。
「意外だな。てっきり護ってやる、とか言うんだと思った」
 そう言われてレモンは照れくさそうな、怒っている様な顔になる。そして頭を軽くかいた。
「……そりゃ、好きになるなら自分より強い相手って思っているからな。良いだろ、私だってそう思っても」
 そう言ってから、レモンは慌てて付け加える。
「だけどな、私だって負ける気はないんだからな!護り護られるって感じかな!」
 ぐっと力を入れてレモンはそう主張する。
 普段は男顔負けの彼女だが、そういう所を見ていると彼女も普通の女の子である。
 カシスはそんな彼女を楽しそうに見ていた。だけどその青紫の瞳は笑ってはいなかった。
「……やっぱ、かわいくねえ」
 レモンに気がつかれないような小さな声でカシスはそう呟いた。


「マロンちゃん、見つけたですの〜!」
 探しているはずの人物から声をかけられて、マロンは驚いて振り返る。
 ペシュが探しているとは思わなかったが、マロンの視線よりずっと上をふわふわ浮いている彼女を見て、マロンは納得する。
 確かに飛べる彼女ならばマロンよりはるかに探す効率が良いだろう。探していたつもりだったが、探されてしまったのもそれならば納得がいった。
「ペシュ、どうしたの?」
 とりあえず先にマロンはペシュに声をかける。
 何も今すぐ言わなければならない話ではない。他ならぬペシュの話なのだ、優先順位は決まっている。
 ペシュはマロンににっこりと笑顔で答えられて、嬉しそうににっこりと笑い返した。
「マロンちゃん、次も一緒に連れて行って欲しいですの」
 そう言われてマロンはぽかんとする。
 マロンはペシュはこれ以上連れまわしてはいけないと感じていた。彼女を傷つけていると思っていた。
 だけど、彼女は連れて行って欲しいと言う。
 駄目だ、信じちゃ駄目。だってペシュはみんなに優しいんだもの。
 そういう思いがすぐに頭をよぎる。
 もう彼女に甘えてはいけない、そう思ったばかりだ。
 だけど目の前の彼女は優しい笑顔で笑っていた。
 ペシュは嘘が上手ではない。その心はすぐに表情に現れる。それがどんな思いであっても。
 今、目の前の彼女は笑っている。マロンが大好きな優しい優しい彼女の笑顔だった。
 それならば信じても良いのかもしれない。
「……本当に良いの?」
「勿論ですの!」
 戸惑いがちに尋ねるマロンにペシュは満面の笑顔で答えた。
 マロンは急に心が晴れた思いがした。
 彼女が本当にそう思っていてくれるのなら、それが一番嬉しい事。
「ふふ、マロンちゃんが笑ってくれて良かったですの」
 ペシュが嬉しそうに笑う。その反応がよく分からなくてマロンは不思議な顔をした。
 どうやら知らない間に笑顔になっていたらしい。だけど、それで何故ペシュが良かったと言うのだろうか。
「…だって、マロンちゃんにはいつも迷惑かけてますもの。少しだけ安心しましたの」
 ペシュは済まなさそうにそう言った。
 その言葉にマロンは驚きの色を隠せなかった。彼女が一緒に連れて行って欲しいと言った時よりもずっと衝撃だった。
 誰よりも大切に思っていたのに、ペシュからはそう見えていたなんて。なんだか急に悲しくなった。
「そんなことないよ!僕はペシュが一緒で凄く嬉しいもの!!」
 そう言ってからマロンは自分の言った言葉の意味に気がつき耳まで真っ赤になった。
 本当は彼女に護ると伝えるはずたったのに。ちゃんと伝えるつもりだったのに。
 彼女は自分の気持ちに気がついてしまっただろうか。
 ペシュの表情も気になるのだが、なんだかもう恥ずかしくて真っ赤になって俯いたままになってしまった。とても顔を上げられそうにない。
 一方のペシュはマロンが照れ屋であることは分かっているので、そのことにはあまり気にしていなかった。むしろ、嬉しいと言われた事が純粋に嬉しかった。
「ありがとうですの。私もマロンちゃんと一緒だと凄く楽しいですの」
 優しい声でそう言われてマロンはおそるおそる顔を上げた。その目の前には優しい笑顔のペシュがいた。
 マロンの心が温かくなる。
 そう、今はそれで十分だ。
 ペシュと一緒にいる事が嬉しいから。そしてペシュが一緒にいて楽しいと言ってくれるから。それ以上は望まない。
 マロンはペシュに微笑み返した。
 彼女の笑顔が大好きだった。いつでも笑っていて欲しかった。
 だけど、まだまだきっと誰かを護るほど強くなんても無かった。力も心もまだまだこれからなのだ。それはきっと自分だけじゃなくて、ペシュもレモンもカシスもみんなも…そしてキャンディやガナッシュも。
 だから、今はこれできっと十分。
 そして本当に強くなれたのならその時は彼女にちゃんと伝えようと思った。
 ずっと彼女が笑っていられるように。
 マロンの脳裏にラキューオで星が言っていた事がよぎった。
 彼らは新しいプレーンへと旅立つ。
 もしも望む世界にと行けるのであれば。もしも望む世界を作れるのであれば。
 ……その時は、君が微笑む世界が良い。
 そう、ペシュがいつも微笑んでいられる争いの無い世界。
 だから、今は。
 少しずつ強くなっていこう、そう思った。


 end

男主vペシュです(^^)。何やら大変マイナーだったようですが…男主人公はペシュとのカップリングが大好きなのですよ〜vv同志様も見つかったので、嬉しかった勢いも手伝って書いた話です。なんか、思ったより上手く進まなくて、この二人と言えばほんわかふわふわ〜なイメージなのに、なにやらそうはいかなくて…気がついたら何故かカシレモまで混ざってて…(多分これに似たテーマの話を一緒に書いていたせいですが…)。でもなかなか進まないと思ったら、この話、結構長いようです;;そんなに重要な話でも無いんですけどね〜(^^;)。メモ帳のバイト数見てちょっとびっくりしました。
男主vペシュはまだ書きたい話もありますので、見かけたら宜しくお願いしますvマロンちゃんだけでなくトルテさんも愛の魔法が使えるように、ほんわかした話を書いてあげたいですね(^^)。
でもマロンちゃんはほんわか可愛いのにトルテさんはパワー溢れてて、どうしてこんなにイメージ違うんだろうと思ったり(笑)。きっとこの二人が出会ったら、マロンはトルテを恐れてそうです(^^;)。で、トルテはマロンをからかってそう(笑)。

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