『星空の下で』

 眠れなかった。
 どんなに眠ろうとしても、眠れない。
 今日、メースというヴォークスの青年に文鳥との会話の仕方を教えてもらった。
 これで、順調にエニグマの森に進めるだろう。
 だから、今日はしっかり休んで明日に備える必要があるのだ。
 頭では分かっていても、どうしようもない事もある。
 深緑の髪の小柄な少女は、ベッドから起き上がる。隣では茶色の髪の少女が安らかな寝息をたてていた。
 ここはタピオカティ村。砂漠が隣接しているため、かなり暑い気候の場所だが、夜はかなり冷え込む。
 オリーブはベッドから降りると、隣の少女の布団を直してやった。
 眠れない理由は分かっていた。
 ここの気温のせいではない。もっと精神的な事だった。
 風にでも当たれば気持ちが違うかもしれない。
 この寒い気温だったら、星空も綺麗に見えるだろう。
 ……そうすれば、少しは気持ちが晴れるに違いない。
 オリーブは宿屋の主人が、夜間用にと貸してくれた上着を羽織って、キャンディが目を覚まさないようにこっそりと部屋を後にした。
 その足で玄関に向かったが、さすがに扉は閉まっていて、外に出ることは叶わなかった。
 どこか他に出口なり何かないだろうかと見渡す。
 周囲を見て回っているうちに、テラスに出られるドアを見つけた。
 おずおずと近寄っていく。
 ドアに手をかけると、小さなきしむ音と共に扉が開いた。
 そのままドアを開け、外のテラスに出る。
 外の寒さに少し身を震わせたが、そんな寒さも一気に吹き飛んでしまった。
 外には想像していた以上に輝く星がキラキラと瞬いていた。
 大きな星から小さな星まで…輝く空にオリーブは息を呑んだ。
 闇のプレーンでは、こんなに落ち着いて星空を見ることが無かった。
 見たことの無い星空、星座、星の輝き…全てが新鮮で感動的だった。
 時が止まったかのように感じていた。
 実際は時間が過ぎているのだろう。たまに流れ星も流れ、違う星座が上がってくる。
 それでも、見ることを止めることなんて出来そうになかった。
「風邪、ひいちゃうよ」
 優しい声がして、背中に大きな上着がかけられた。
 気配さえ気が付かなかったオリーブは、驚いて声のした方向に振り返る。
 そこには、夜の闇にまぎれてしまいそうな服を纏った、深い緑色の髪の少年が立っていた。
 我を忘れて星を見入っていたオリーブは、どうして良いのか分からなくなり固まってしまう。
 そんなオリーブにガナッシュは優しく微笑みかけると、視線を空に移した。
「……すごい星空だね。これならオリーブがじっとして動かないのも良く分かるよ」
 オリーブはガナッシュの横顔を仰ぎ見た。
 彼は心配して来てくれたようだった。
 話さなくてもオリーブには分かるのだ。
 いつまで経っても戻る気配の無い彼女を心配して、彼は探しに来てくれたのだ。
 だけど、彼はその事を決して言おうとはしない。
 分かっている。そういう人だと。
「……ごめんなさい、ガナッシュ。心配かけて……。
 ちょっと、風に当たりたくて…この空を見たら…もう動けなくなってしまって」
 オリーブは視線を落とし、俯き加減にそう言った。
 ……真っ直ぐにガナッシュの顔を見れなかった。
 今まではこんな事なんてなかった。
 だけど…今は違っていた。
 星空を見たことで消えていた、オリーブの心の闇が再びよみがえる。
 そう、彼女の心を痛めていたのは他でもないガナッシュの事だった。
「仕方がないよ。この空を見たら、僕も時を忘れてしまいそうだ」
 くすくす笑ってガナッシュはオリーブに笑いかける。優しい笑顔だった。
 オリーブはその顔に胸が痛くなった。
 優しい人。とても優しい人。
 ずっと誰よりも信頼していた。信じていた。彼が望む事は何でも力になりたかった。
 オリーブは人の心を知ることが出来る。
 ガナッシュの思いも、ずっと感じて知っていた。
 だから、オリーブは彼の少しでも役に立てることなら何でも知っていることを話していた。
 それが、助けになるのだと信じて。
 だけど……今は違っていた。
 後悔していた。
 最近、オリーブはガナッシュの心を感じることが怖かった。
 彼は……姉のヴァニラについて、真実に気が付いたようだった。
 そして……考えていた。オリーブが決して望まないことを。
 怖かった。彼が結論を出してしまうことが。
 怖かった。それを知ってしまうことが。
 止めたい。
 あの結論だけは出してはいけない。
 ガナッシュは優しい人だから…とても優しい人だから。
 だから、止めないといけない。
 オリーブはガナッシュの考えていることが分かる。
 だけど、ガナッシュはオリーブの考えていることは分からないだろう。
 そんな当たり前のことが、今は歯がゆかった。
 そう、ガナッシュに伝えるには言葉が必要だから。
 彼の優しい横顔を見ると、とても言い出しにくかった。
 だけど、ちゃんと伝えないといけない。
 言葉にしなければ、ガナッシュには伝わらない。
「……ごめんね、オリーブ。闇のプレーンで戦うのは大変だろう?」
 オリーブの心を知ってか知らずかガナッシュは心配そうな顔でオリーブに声をかける。
 ガナッシュはオリーブを付き合せてしまっている事を申し訳なく思っているようだった。
 確かにオリーブの魔法はガナッシュとは違って、攻撃に向いているとは言い難い。それでも、ガナッシュやカベルネやキャンディがいるため、オリーブは辛い思いはした事が無かった。それは、とても恵まれている事だと思う。オリーブは首を横に振ってみせた。
「大丈夫、平気。ガナッシュこそ無理はしないでね」
「……ありがとう。何だかいつもオリーブには心配されているみたいだ」
 心配をしたはずなのに、逆に自分のほうが心配されてしまいガナッシュはちょっと複雑な顔をする。
 だけど……いつもオリーブに心配されてばかりのような気がしていた。あまり心配はして欲しくは無いのだけれど、オリーブの性格上、それは無理というものだろう。
「……ねえ、ガナッシュ」
 オリーブの真剣な表情にガナッシュは少し驚く。とても深刻な顔をしていた。その真剣な表情にガナッシュも深刻な面持ちで頷いた。
「……今、何を考えている?」
 その言葉にガナッシュはすぐに返答が出来ない。
 心当たりはあった。オリーブを心配させてしまうものなら。
 だけど、彼女なら分かっているはずだろう。オリーブの前では、どんな心の壁も無駄なのだ。
 それを分かっていて、彼女は自分に尋ねているのだ。
 まるで彼自身に、その思いをしっかりと認識させるように。
 そう、自分でも分かっている。この考えは、きっと間違っていることに。だけど…他にどうすれば姉を救う術があるというのだろうか。
 姉は多くの人を殺し、誰よりも心配して想ってくれていた恋人のシャドルネさえ手にかけた。そんな哀れでどうしようもない姉を誰が救えるのか。
 ……姉と同じ力を持つ自分なら……できるかもしれない。姉と同じ運命を辿ればきっと……。
「……私、後悔しているの。あなたに知っていることを全て話してしまったこと……」
 オリーブの瞳は暗い光で覆われていた。彼女がとても悩んでいることがガナッシュにも分かった。
 切実な瞳を向けてオリーブはガナッシュの瞳を見上げた。
「もし……あなたがその結論を出したとしたら、私は一生後悔する。
 だから……今言うね」
 オリーブはその手を伸ばしガナッシュの頬に当てる。それはまるで小さい子に言って聞かすようだった。
 オリーブの瞳の中にガナッシュが映っていた。
 彼女は彼に向けて優しい顔で、それでも強い意志を込めた言葉を続けた。
「ねえ……ガナッシュはガナッシュなのよ。誰のためでもない、自分自身なのよ。
 お願い、希望を捨てたりしないで。エニグマに心を奪われてしまっては駄目」
 オリーブの真摯な瞳にガナッシュは苦しんでいるのは自分だけではないことを知った。
 悩んでいるのは自分だけではないことを知った。
 ……そして彼女を苦しめているのは自分である事も。
 いつも彼女は心配そうな顔でガナッシュを見ていた。
 それが何故なのかは当時のガナッシュには分からなかった。極力人とは関わらないようにしていたから、何故彼女が自分を心配しているのか分かるはずも無かった。
 だけど、ある時、彼女は彼の閉ざしていた心に入り込んできた。彼の抱えていた痛みを苦しみを全部分かっていた。
 どんなに心を隠そうとしても、彼女には容易に分かってしまった。
 彼女は心が分かるのだと言った。決して望んだ力ではないけれど、悲しみをもたらす力だけれど。
 ……隠しようの無い心、そして同様に心に深い痛みを抱えている少女。
 打ち解けるのに、さほど時間はかからなかった。
 むしろ、隠す必要が無いのであれば気楽でもあった。
 彼女は多くのことを知っていて、同様に多くのことを抱え込んでいた。それでも、彼女は全てを受け入れ、見守ろうとしていた。
 彼女がいてくれたからこそ、抱える痛みは軽くなっていった。辛い思いなら分け合えば軽くなるのだから。
 そう、ガナッシュにとってオリーブは大切な少女だった。
 誰よりも彼を理解し、分かってくれる存在だった。
 ……安らげる存在だった。
 だけど……自分は彼女に何かしてやれたのだろうか。
 いつも心配させてばかりではなかっただろうか。
 いや、心配ばかりさせていた。悲しい顔ばかりさせていた。
 今、彼女を苦しめているのが自分なのならば…それを取り除いてやることは出来るのだろうか。
 揺らいでいるこの結論を失くしてしまえるだろうか。
 ……分からない。
 彼女を悲しませてまで、するべき事なのか。
 それは、かつて姉ヴァニラがシャドルネに対してした事と同じではないのか。
 ガナッシュは知っている。残されたものの悲しみを。
 それを彼女にしようとしているのではないのか。
 それは……悲しみの連鎖にしかならないのではないか。
 そう、きっと悲しみの連鎖にしかならないだろう。
 今なら、まだ思いとどまれる。
 だけど、もし、何かで歯車が回りだしたら…それは止められないかもしれない。回るにまかせるかもしれない。
 約束は出来そうに無かった。
 だけど……悲しませたくない気持ちも同じくらい強かった。
 何てことだろう。もしオリーブの悲しみが自分の事では無かったのなら、きっとその悲しみを取り除いてあげるために力を注ぐのだろうに。
 だけど…悲しませているのは自分なのだ。
 彼の複雑な心が分かるのだろう、オリーブはうるんだ瞳でガナッシュを見ていた。
 ……そう、どんな想いも彼女には全て伝わってしまう。
 オリーブは優しい顔をして微笑んだ。
「……ありがとう、私のことを心配してくれて。
 ……ねえ、ガナッシュ……一つだけ忘れないで。
 あなたは独りじゃない。振り返れば私もカベルネもキャンディも…クラスのみんなもいるんだってこと」
 オリーブの言葉をガナッシュは穏やかな気持ちで聞いていた。
 そうかもしれない。
 いや、そうなのだ。
 姉の事は別としても、自分は独りではなかった。
 オリーブがいる。クラスの仲間がいる。それはいつも感じていた。
 ……まだ、結論をあせる必要はないはずだ。
 いずれまた、皆と出会うことにもなるのだろう。
 皆、個性の塊みたいな集団だ。何かまた違ったことが見えてくるに違いない。
 オリーブは優しく微笑んだ。暖かい笑顔で。
 ガナッシュもその表情に微笑む。
 ……気持ちが安らぐのを二人は感じていた。
「さあ、もう寝ましょう?明日は早いから」
「ああ、そうだね」
 寒さも厳しくなってきたテラスから、二人は撤退する事にする。
 明日は大変な旅になるだろう。
 だけど、不安は無かった。
 そっと手を繋ぐ。
 その温もりが、何より安心させるものだったから。


 終わり。
 


 ガナッシュ×オリーブです!大好きなのです!!
 とはいえ、この話くらいの頃はまだ「ガナッシュについて行ってるオリーブ可愛いvv」とか思っていただけです。はまったのは…あれですよ、オリーブ心配して走り回ってるガナッシュ見てからなので。だからこの二人の関係は、私の場合はオリーブにとってガナッシュは大切な兄でありお友達、ガナッシュにとってオリーブは大切な人って感じですか。ここから進展するかはガナッシュ次第って感じ…だったりしてます(^^;)。とりあえず、ガナッシュはオリーブの事、好きなんだろうなと思います。はい。オリーブは…なんかガナッシュの事が心配でたまらないんだろうけど…今は恋とかいう感情ではないんでしょうね。キャンディのヤキモチが良く分かってなかったみたいだし(^^;)。まだ恋愛とかよく分からないんだろうな〜。
 でもきっとガナッシュの傍にはいつもオリーブがいて支えているのでしょうね。それにガナッシュも感謝していて。
 いつかオリーブが彼の元を離れる日が来たら、今度はガナッシュがオリーブを支えてやって欲しいな〜なんて思っていますvv
 うふふvvMYドリームいっぱいですvv
 そんなドリームだらけのお話でございました。
 また、違う話とか書いてみたいですvv
 …ところで、ガナッシュの一人称って「僕」か「俺」か忘れたんですが;;な〜んか「僕」だったような気がしないでもないのですが記憶になし;;どなたか分かる方、教えてください…(−−;)。

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