『He is dishonest boy』


「だから!目玉焼きつったら醤油だろ!!」
「何言ってんだ!塩に決まってるだろ、塩に!!」
 朝から賑やかな声が聞こえる。
 やんやと大騒ぎをしている当人達以外は、黙って朝食をとっていた。もう慣れてきてしまっているのだ。誰も止めようとはしない。
 だが、合流したばかりのセサミはその異様な光景に困ったような顔をした。事あるごとに喧嘩している年上二人に、どんな反応をして良いのか分からなかった。相手は気性の激しいレモンに、いつも相手をこばかにするカシスだ。とても一番年下のセサミが何か言える立場ではない。
 カシスと仲の良いはずのシードルは無関心を決め込んでるし、カフェオレは見ないように懸命に努めているし、リーダー格であるはずのマロンは…胃が痛いらしく顔をしかめている。
 もめている内容が玉子焼きに何をかけるかという大したことでも無い話なのに誰も仲裁に入る様子は無い。
 セサミはちょこちょことマロンに近づき、耳打ちする。
「……なあ、なんかあったのか?
 あの二人、やたらもめるし…みんな無関心決め込んでるし…変だぜ?」
 セサミの言葉にマロンは困った顔をした。どう説明するか困っているらしい。
 普段はふんわり優しく大人しいマロンなので、こういう表情をするのはとても珍しかった。それだけ困っているといえば確かなのだが。
「……エニグマの森入ってからね、なんか喧嘩になってね……一度は仲直りしかけてたはずなんだけど……あの通りで。
 僕達が加わったらまたこじれそうな気がして放置状態なんだ……」
 遠い目をしながら、マロンは向こうでまだもめているカシスとレモンを見てため息混じりにそう呟いた。その気苦労が分かるような気がしてセサミも一緒にため息をついたのだった。

「……お前、基本的に素直じゃないんだよ。変に斜めに構えてさ……」
 一通りもめ終わってから、レモンがぼそっと呟くようにそう言った。もめていた内容とは違うが、根本にある問題だった。
 だが、返ってきた答えは相変わらずである。
「ま、人は人、俺は俺ってね」
 レモンとしては少しは聞き入れて欲しい言葉だったのだが、肝心の本人はひょうひょうと肩を上げて笑ってみせる。
 その行為はいかにも彼らしかったが、ここの所ぶつかってばかりの状況では、いつもの事であっても腹立たしく感じる。
 レモンは目の前の銀髪の少年の肩に手を置く。普段は身長差があるために掴みにくい彼の肩だが、今は座っているため、その差が縮む。
「あのな、言葉じゃなきゃ通じないことも一杯あるんだ。
 お前みたいに言っている事さえ信用されなかったら、本当に大切な時に通じないぜ?」
 真剣なレモンの表情に、へらへら笑っていたカシスの表情も一瞬真剣なものに変わる。だが、すぐにいつもの表情に戻ってしまった。
「狼と少年って言いたいのか?
 ま、それもそれで面白いから良いさ」
「……勝手にしろ!!」
 相変わらずの反応のカシスにレモンはそう怒鳴りつけると、その手を突き放した。そして、食器を持ってその場を立ち去る。
 カシスはその突き飛ばされた反動でバランスを崩したが、再び身体を起こして立ち去るレモンを楽しそうな顔で見つめていた。


「お〜い、マロン!」
 森の中を歩いている時に元気の良い声が聞こえてきて、マロンは慌てて辺りを見回した。マロンより早く、その人物の姿にセサミが気が付いて駆け出す。
「アニキ〜!!」
 森の開けた部分に魔バスの姿があった。その中からキルシュが手を振って駆け下りてくる。セサミは彼の方にまっしぐらに走っていった。
 セサミの姿を見て、キルシュは嬉しそうな顔になる。
「セサミ!良かった、お前も無事だったんだな!!」
「アニキこそ!会いたかった〜!!」
 セサミはキルシュに抱きついて満面の笑みを浮かべる。そんなセサミをキルシュは優しく抱きしめた。
 そんな彼らの元にマロンも駆け寄り、再会を心から喜んだ。
 魔バスからは次々にアランシアやペシュ達も下りてきて、久しぶりの再会にみんなで喜び合った。
「レモン!」
 レモンも久しぶりに、光のプレーンで共に行動した友人達に再会する。
「良かった、元気そうで」
「そっちこそ」
 ブルーベリーがレモンの元に急いでやってくる。レモンも彼女に駆け寄った。久しぶりに見る友人の顔だった。
「レモン〜!元気だった〜?」
 アランシアも続けてやってくる。変わらないみんなの笑顔にレモンは嬉しくなって微笑んだ。
「カシスやシードルやセサミにはこっちで会ったんだね〜。でもちゃんと合流できて良かったよ〜」
 マロン達の所に居るメンバーを見て、アランシアが嬉しそうに笑う。アランシアは皆を見たくらいしか聞いていないから不安だったのだろう。勿論、まだ先を行っているらしいガナッシュ達には出会えていないが…単独行動を取っていたカシスやセサミと合流できたのは幸いだったとも言える。なんていってもあのカシスでさえ、単独行動を止めた位の世界なのだから。そういう点ではガナッシュが居る未だに会えない組はまだ安心と言えるのだろうか。
「レモン、何かあった?」
 アランシアと一緒に視線を移していたのだが、レモンの表情が苦いものに変わる。それに気が付いて、ブルーベリーが声をかけてきた。
 レモンはその事に気がついて、慌てて首を横に振る。あんまりこういう事は感づかれたくない。
 だが、視線に気が付いたのか、元凶の方がこちらの方に近寄ってきた。明るい笑顔で二人に話しかける。
「よお、お久しぶり。アランシアは臨海学校以来だな。元気だった?」
「うん、元気〜。カシスも元気そうで良かった〜」
 アランシアはにっこりと笑う。だが、隣りのブルーベリーは涼しい顔で、言葉を突きつけた。
「で、カシス。ショコラはどうなったの?」
「う……、痛いところを突くな」
 ブルーベリーと最後に別れたのはショコラを助けると言ってバトンタッチをした時だ。彼女たちはちゃんとカフェオレを助け出してきたが…ショコラは未だに行方不明である。
 カシスは視線を泳がせる。まだ助け出せていないというのは話し難い。
 そうなると、どうしても口を突いて出てくるのは別の事になる。
「と、とりあえずさ!無事に全員戻ったら…デートでもしな……」
 ドカッ。
 その言葉が最後まで終わる前にレモンの蹴りがカシスの背中に思いっきり入る。
 衝撃でカシスはそのまま蹴り飛ばされた。
 一瞬怒ろうとしかけていたブルーベリーも、目の前で起こった現状に目を丸くする。アランシアも同様だった。
 だが、肝心のレモンは冷たい視線を向けると、くるっときびすを返す。
「さ、ブルーベリー、アランシア。あっち行こう」
 レモンに促されるままに、アランシアとブルーベリーは彼女の後についていった。
「……大丈夫かな〜、カシス」
「平気、あれくらいじゃなんともないよ」
 アランシアが心配そうに後ろを振り返るが、レモンは一瞥もくれずにそう言い放つ。
 ブルーベリーは先程のレモンの様子を思い出し、少し納得がいった。
 どうもカシスとトラブルになっているらしい。
 アランシアは心配性なので気付かれる前にブルーベリーはレモンの傍に寄り、そっと小さな声で耳打ちする。
「ねえ、何かあったの?」
「……別に」
 だが、レモンは不機嫌そうにそう言い放った。ブルーベリーはため息をついた。
「私は別にそれでも良いけど……あれ、見なさいよ」
 ブルーベリーはレモンの腕を引き、アランシアの方を指差した。
 彼女に促されるままに、レモンはアランシアの方を見る。彼女は心配そうにカシスの方を見つめたままだ。そしてレモンの視線に気がつき、困ったような顔をした。
 アランシアの心配そうな困ったような顔に、レモンも少々やりすぎたかという顔になる。そしてやれやれと首を横に振った。
「…そうだね、ちょっとやりすぎかな。分かったよ、アランシア、ちゃんと謝ってくるよ」
 レモンの言葉にアランシアは嬉しそうに頷く。
 どうにもアランシアの困った顔には弱かった。キルシュがアランシアの頼みを断りきれずにいるのもおそらく同じ理由なのだろう。
「じゃあ、二人とも、先にマロン達のとこに行ってて」
 レモンはアランシアとブルーベリーに別れを告げて、先程蹴っ飛ばした相手の下に歩み寄った。
 蹴っ飛ばされた方は、痛そうに身体を起こし、歩み寄ってきた人物に気がついて苦笑いを浮かべた。
「誘わなかったのが腹に据えかねたのか?」
 笑いながら、カシスはレモンを見上げる。だが、相手が笑っていない事などは彼も百も承知である。その後になんと続けるか迷っていた。
 だが、レモンは怒った顔をしていたものの、その言葉を聞いて呆れた顔に変わり肩をすくめた。
「……お前さ、なんで正直に言わないんだよ」
「正直にって?」
 ちゃかすような返事がまた返ってくる。
 それが腹立たしくもあり、呆れてしまう気持ちもあり、複雑だった。
 レモンはカシスを見下ろす。普段とは逆だ。
「……心配だったとか、助けてやれなくて悔しかったんだとか、ちゃんと言ったら良いだろ!
 そうやっていつも軽薄そうな事ばかり言ってさ!」
 そう、何故、彼は本当に言うべき言葉ではない事を言うのだろうか。
 別に恥ずかしい事じゃない。そう言わなければ伝わらない事だって沢山あるのだ。
 皆が皆、その真意を汲み取れる訳じゃない。表だけ攫えば、彼は軽薄以外の何者でもないのだ。
 カシスはレモンの言葉に驚いた顔をした。
 レモンの顔をじっと見る。彼女は真剣な顔つきだった。それを見て、カシスは楽しそうに笑った。
「はは、軽薄でも別にいいよ」
「だから、なんで!」
 レモンが強い調子でそう問い返す。
 分からなかった、何故わざわざ自分がさげすまれる方向に進もうとするのか。
 ふふ、とカシスは楽しそうに笑いながらレモンの顔を見た。
「良いよ。レモンは俺の本音、分かってくれているみたいだからさ」
「だから、みんながみんな分かるわけじゃないって言ってるだろ!」
 カシスの答えにレモンが苛立たしそうに反論する。ちっとも分かってくれてない、そういう顔だった。
 カシスは薄く笑いながら肩をすくめる。
「だから良いって。それで十分なんだからさ」
 レモンはもう一度問い返そうかとも思ったが止めた。恐らく返ってくる答えは変わらないだろう。
 つまり、彼は自分の本心を明かしたく無いし、明かす気も無いのだろう。わかってくれる人がいるならそれで構わない。そういうことなのだろう。
 だったら、もう言っても無駄だと言う事だ。
 レモンはため息をついた。
「分かったよ。……さっきは蹴っ飛ばして悪かった。それじゃあな」
「ああ、ちょっと待てよ」
 そう言うと、レモンはきびすを返す。だが、引き止める声に気がつき、後ろを振り向くとカシスがゆっくりと起き上がった。
 カシスはレモンの傍に歩み寄るとにっこりと笑う。
「こちらこそ、心配してくれてありがとな」
「あ…ああ」
 思いも寄らぬ素直なカシスの言葉にレモンは驚いて目を丸くする。今しがた、今の状態で良いと言った人物の言動とは思えなかった。
 カシスはレモンの反応を楽しそうに見ている。
「それじゃあ、改めて。
 落ち着いたら俺とデートしない?」
 次に出てきた言葉はやっぱりいつも通りでレモンは呆れた顔をして苦笑いを浮かべた。
「本気でもないくせによくしゃあしゃあと言うよ」
「お、本気だったらOKなのか?」
 にこにことカシスは楽しそうに笑っている。レモンは笑いながらカシスの胸に右手を伸ばして、とんと突いた。
「本気だっていうのならな。
 はは、おとといおいでってね!」
 そう言い放つと、レモンはくるっときびすを返し、ブルーベリー達の所へ向かって駆けて行った。その後姿を、残されたカシスは見送る。
「……今ので駄目なら、本気だって証明出来ないんだけどなあ。
 ここらへんが狼と少年の辛いトコだね」
 カシスは苦笑しながら、そう呟いた。
 寓話の少年はほら吹きで、本当に狼が出た時に誰にも信じてもらえなかった。
 それと同様で、普段から本音を隠している自分は、仮に本音を言った所で信じては貰えないのだろう。
「ま、そっちの方が面白いんだけどね」
 ふふ、と笑いそう呟く。
 そう、簡単に悟られるよりもずっと良い。
 本音が見えないほうが面白いのだから。
 それでも彼女は自分の事は理解してくれているらしい。
 先程言われた言葉も的を射ていた。
 心配だったとか、助けてやれなくて悔しかったとか…口が裂けても言えない言葉だ。特に後者は。それを言ってしまったら自分が認めないといけなくなってしまう。エニグマよりも力が無いと。きっと、そういう事とはまた次元が違うのだろうし、それは分かってはいるけれど。
 多分、それも分かった上で彼女は言っているのだろう。
 それだけ心配してもらえるだけで十分だった。
 一人でも理解してくれて、心配してくれる人が居るなら、それ以上は何もいらない。
 もっとも恋愛面では思ったより手ごわそうだが。こちらの方は完璧に狼と少年になってしまっているらしい。
 まあ、最もそちらの方が面白いといえば面白いのだが。
 そうやすやすと引っかからない相手の方が面白みがあるというものだ。
「さて、俺も行くとしますか」
 そう言うと、カシスは皆の集まっている所に足を運んだのだった。


 終わり。
 

 えっと、久しぶりのカシレモでございます。…カシレモ書きたい〜!!とじたばたしてたんですが…何分、色々書いてみたけど全部途中で止まってるのですよね。他にも書きたいのはあったんですが…カシレモが書きたい…とじたばたしながら何とか進んだのがコレです。
 タイトルから想像ついてくれると嬉しいのですが、マジバケ小説の第一作目の『She〜』の続きになります。続きです。ええ、一年後くらいですが;;これも上手く書けなくて、大本は同じなんですけど、短くなったり変更したりとかもしてますが。
 ……なんかカシレモっていうよりレモン→カシスっぽくなって、自分としても珍しいなあ、という印象ですが(^^;)。
 ちなみにカシスが蹴られるのは仕様です。ごめんなさい;;…なんかロクな目にあってませんね、今まで振り返ると電撃に雪玉に蹴っ飛ばされて;;
 何だかんだ、一番カシレモが好きなので、頑張ろうかと思います。何ていっても…珍しいカシレモサイトですんで。好きな方って意外にいらっしゃるようですよね、それが嬉しい限りです(^^)。うちで好きになったって言ってくださった方もいらして本当に嬉しかったですよ。そんな訳で頑張ろうかと思ってますv

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