ヘ満足げに頷く。
少し打ち解けた空気が流れてきていた。
勿論、当のキルシュはそんな事は気にも留めないのだが、マロンにとっては嬉しい事だった。
「俺はセサミ!宜しくな!」
キルシュの後ろからひょこっとフードを被った少年が顔を出す。やんちゃそうな顔が印象的な少年だ。見た感じ、一番年下だろうか。
「うん、宜しくね」
マロンはセサミとも握手を交わす。
すぐに二人もの人と交流を持てて、嬉しかった。
「アニキ、アニキ!そろそろ行かないと食堂が一杯になっちまうよ!」
セサミがキルシュの服を引っ張る。
そう言われてキルシュも少し慌てる。食堂はタイミングを逃すとあっという間に一杯になる。そろそろ行かないと厳しくなるだろう。
「ああ、そうだな。早く行かないと!行こうぜ、マロン」
「うん!」
マロンはにっこりと笑って、かばんを手に取ると先に進むキルシュとセサミの後ろをぴょこぴょこついて行った。
食堂では食事をとりながら、学校の話やマドレーヌ先生のこと、セサミやキルシュの事。その他、マロンにとっての新しい話題は尽きないため、盛り上がった。
マロンはにこにこして耳を傾けていた。だが、話題が彼の事になると、ちょっと話しにくそうにはにかんで言葉を濁しごまかしてしまう。
その事にはキルシュも気がついたが、あえて深入りする気はしなかった。話したくないなら話す必要も無いし、別に気にする事でもなかったからだ。
だが、マロンはどうやら気にしていた訳でもないらしい。そんな彼の事情は、彼自身によってあっさりと明かされた。
事の発端は、マロンのこんな言葉からだった。
「でも、良かった〜。人間の友達って初めてだから仲良くなれるか心配だったんだ」
この言葉を聞いた時、キルシュもセサミも思わず食事をとる手が固まった。
新入生が『仲良くなれるか心配』なのは当然だ。当たり前だと思う。
問題はその前だ。
『友達って初めてだから』も何やら普通では無い気がするが、そのさらに前の『人間の』というのはもっとおかしい。
確かに学校にはカベルネのようなパペット族やショコラのようなマッドマン、カフェオレのような古代機械までいるので、おかしいと言い切るのも問題はあるのだろうが…マロンはどう見たって人間だし、人間との係わり合いが無いとは思えない。
固まっているキルシュとセサミに気がついて、マロンは笑いながら話を続ける。
「あのね、僕の友達って精霊なんだ。よく一緒にお話していたの」
精霊。魔法学校ウィルオウィスプに通う生徒なら誰もが普通に知っているものであるが、一般的には普通のものではない存在である。
ある程度、魔法に明るくなってから見ることが出来る存在で、最初から見えている人は少ない。さらに仲良くなるというのは珍しい事だ。
「すげーな、マロン!ここ来る前から精霊と仲が良かったんだ!」
感心したように隣のセサミが歓声の声を上げた。
確かに凄いことだと、キルシュも思う。
だが、やっぱりこの少年はかなり変わっている。そう思った。あの独特な不思議な感じもそれと関連があるのだろうか。
「うん、大事なお友達なんだ。
だけど、みんな信じてくれなくて。嘘つきだって言われる事もあって悲しくなることもあったけど、だけどみんなに見えないならしょうがないものね。
でもね、校長先生がそれは素敵な事だって言ってくれて……それでここに来る事になったの」
マロンはにこにこしながらそう話した。
だが、聞いているキルシュやセサミからすればにこにこして聞いていられる話では無かった。
つまり、マロンは今まで精霊と仲良く出来たために、精霊としか仲良くできなくなってしまっていたのだ。
だからといって、この少年が周りの人を恨んだりはせず、ありのままを受け止めていられるのは凄い事だった。
マロンはふわふわとした少年だが、なんでも温かく受け入れるその雰囲気はある意味、彼の年齢にはそぐわないようなもので、それ故に精霊も彼と仲良くなるのかもしれなかった。その雰囲気は精霊のそれに近いものなのかもしれない。
だけど。
今まで人間の友達がいなかったというならば…彼は一体どれだけ当たり前の事をしていないのだろう。
あまり深くは考えられなかったが、キルシュの頭の中に色んなことが駆け巡る。
かくれんぼも、影ふみも、サッカーも野球もドッヂボールも。
その他ぱっとは出てこないけれど色んな沢山の遊びも彼はした事が無いのだ。
それが急に不憫にも思えて、上手く言葉が出なかった。
精霊と仲良くできるのはきっと素敵な事なんだろう。
だけど自分が今まで体験してきた事だってそれにひけを取らないはずだ。
別にどちらが優れているとか、どちらが無いからって可哀想だとかそういう事じゃない。
ただ、分かるのはこれからは違うという事。
キルシュ達が精霊と親しくなるように、マロンは友達と遊ぶ事を始めるのだ。
だったら、それは早いほうが良いに決まっている。何もややこしく考える必要は無い。
「マロン、授業終わったら一緒にサッカーやらないか?
人数そろえるのはちょっと無理だけど、色々基本教えてやるよ」
キルシュの誘いにマロンはきょとんとした顔をする。
「サッカー?」
やっぱり知らないらしい。予想通りといえば予想通りだ。
なんだかもううずうずする。次に授業さえなければ今すぐにでもグラウンドに連れ出したいくらいだ。
「ああ、面白いんだぜ!きっとマロンも気に入るよ!
ボール、蹴っ飛ばしてさ〜!シュート決めた時が快感なんだぜ!」
わくわくする感情が湧き上がる。早く、あの楽しさを知ってもらいたかった。
一方のマロンは一人楽しそうに盛り上がっているキルシュをきょとんとして見つめていたが、その楽しそうな様子につられて笑顔になった。キルシュの表情がその楽しさを一番良く物語っていたから。
「うん、キルシュ、是非教えて〜!」
「おう!まかせときな!」
マロンから返ってきた色の良い返事に、キルシュは嬉しそうに頷き返した。
それを見て、マロンは照れた表情になって俯く。
「えへへ。キルシュと話せて良かったな」
今、自分が置かれた状況が凄く嬉しいらしく、マロンは照れて笑った。今まで、ほとんど人と接触が無かったのだからそれは当然なのかもしれない。
だけど、キルシュにとってはそんな事はあまり関係は無い。
そう、そんな事はもう関係が無かった。そんな事を思う必要なんて無い。何故ならば……
「何言ってんだよ、これからももっと話そうぜ!
俺たちはもう友達なんだからさ!」
そう言って、向かい側に座るマロンの手を取って笑った。
そう、友達なんだからそんな遠慮はいらないのだ。
マロンはびっくりした顔でキルシュを見ていた。
キルシュの隣のセサミが二人の手の上に自分の手を乗せる。
「じゃあ、俺はマロンの二番目の人間の友達な!」
そう言ってセサミはいたずらっ子の笑顔を浮かべた。
そんなセサミの行動にキルシュが嬉しそうに笑みを浮かべる。
マロンはただただ驚いていた。だけど、伝わってくる手の温もりを感じてその心まで伝わってくるように感じていた。
マロンの顔が耳まで真っ赤になる。
こういう時にどういう顔をして良いか分からなかった。
だけど、それなら今、心を満たしている言葉だけは伝えようと、なんとか顔を上げた。
「……ありがとう」
それを見てキルシュもセサミも満足げに笑った。
そう、これから沢山一緒に遊んでいければ良い。
沢山笑って楽しんで。楽しい事ばかりじゃないかもしれないけれど、それはそれで構わない。
早くマロンに色々と楽しい事を教えたくて、キルシュはわくわくしていた。
新しく増えた友達に少しでも沢山の楽しい事を教えてあげたかったから。
そんなキルシュが午後の講義は全くの上の空だった事は言うまでもない。
おしまい★