『FOR YOU』 赤や黄色に染まった木の葉も舞い落ち、風は冷たく空は青く澄んでいた初冬の日。 身にさすような寒さも気にせず、女の子たちのおしゃべりには花が咲く。賑やかに話している彼女たちにとっては寒さなんて関係が無かった。 その中で、大きな帽子を被った少女が深緑の髪の少女にぺたっとくっつき、にんまりと笑った。 「ところで、アランシア。もうすぐキルシュの誕生日でしょう?何あげるか決まったの?」 いかにも楽しそうに話しかける彼女にアランシアは少し慌てる。彼女はアランシアの気持ちを知っているからそう言ってからかうのだろう。でも、それは親愛の情からくるものであることはよく分かっていた。 一息ついて心を落ち着けてからアランシアはニッコリと答える。 「うん、決まってるよ〜。 キルシュが私の誕生日にくれた楽譜を演奏しようと思ってるの〜」 アランシアの言葉に、一緒に帰っていたメンバーは一瞬目が点になる。 「キルシュが楽譜をあげたの?」 「あのキルシュがか?」 驚いた顔でトルテとレモンがそう言う。言葉には出さなかったが、一緒にいるブルーベリーもペシュも少し驚いた顔になってお互い顔を見合わせた。 キルシュはいくら音楽好きのアランシアの幼馴染とはいえ、どう見ても音楽に縁があるとは思えなかった。 一同の反応にアランシアも当たり前のように頷いた。 「そう〜。私もね、驚いたの〜。 でもね、たまたまお店で聞いてすごく好きだったから私に弾いて欲しかったんですって〜。 私が弾いた方がもっと綺麗な音になるからって〜」 アランシアはこの間の誕生日の事を思い出す。毎年ごく普通にプレゼントを貰うのだが、この日もいつもと変わらなかった。その中身が楽譜であった事以外は。 アランシアはキルシュが彼女の演奏を好いてくれているのは知っていたのだが、気がついたらいつも寝ていて、感想を求めた所で覚えていないのが常だった。そんな彼が楽譜を贈ってくれたのだ。意外としか言い様が無かった。 しかし、彼の方は本当にその曲が気に入ったらしく、アランシアならもっと素敵に弾きこなしてくれるに違いないと熱く語った。実際、この楽譜を買うために、貯めていたお金まではたいてくれたらしかった。 そこまでキルシュが気に入る曲に、アランシアは興味があった。だからすぐに挑戦してみたのだが、それはとても優しく温かいメロディで、アランシアの心を満たしてくれるような感覚を与えてくれる曲だった。 だから一ヵ月後に訪れるキルシュの誕生日に、彼女はその曲の演奏を贈ろうと決めたのだ。きっとまた眠ってしまうに違いないが、彼が自分に弾いて欲しいと望んだ曲なのだから喜んでくれるだろう。そう思った。 「……でも、それ、アイツ寝てしまうんじゃないか?」 「……私もそんな気がする……」 レモンがしかめ面でそう言う。それにトルテも続いた。どうやら誰が考えてもキルシュが眠るのは予想がついているようだ。アランシアは笑った。 「うん。きっと寝ちゃう〜。 そうだ、みんなも来てよ〜。人数が多い方が楽しくて良いし、私も演奏のしがいがあるもの〜」 突然の勧誘に一同は顔を見合わせる。普通に考えたらお邪魔も良いところな気もする。勿論、キルシュの誕生日を祝いたくない訳ではないのだが。 あまり乗り気ではない一同に気がつき、アランシアはさらに誘う。賑やかなほうが楽しいに違いない。少しでもキルシュを祝ってくれる人が多いにこしたことがないからだ。 「ねえ、お願い〜、一緒にお祝いしよ〜!」 食い下がってくるアランシアに、断るわけにもいかず一同は首を縦に振ることになったのだった。 「……なんでこんなにいんだよ」 誕生日の当日、アランシアの家に招かれたキルシュは顔をしかめる。 誕生日を祝いたいと言ってきたセサミがいるのは分かる。アランシアもいるのは当然だ。だけど、さらにトルテやレモン、ペシュやブルーベリーまでいるのは分からない。 「あら、キルシュ。私達が居るのは不満?」 トルテにずいっと詰め寄られて、キルシュは慌てて顔を背ける。 「……いや、別に嫌じゃねえけど」 誕生日を祝ってくれるという人が沢山いるのは嬉しい事だ。ただ、何故彼女たちがいるのはか分かりかねた。 くすくす笑っているアランシアに気がつき、キルシュはやっと理解が及ぶ。 誘ったのはアランシアか。 確かに彼女たちはアランシアと仲の良い女の子たちばかりである。それならば納得がいった。しかし、よく自分の誕生日に来てくれる気になったものだとは思う。それでもアランシアの誘いであれ、彼女たちが来たのは自分を祝おうと思ってくれている証であるので、それは素直に嬉しかった。 「ほらほら、主役なんでしょう?」 「アニキの席はここだぜ〜!!」 キルシュはそのままトルテに手をとられて、セサミが手を振る席につかされる。いわゆるお誕生日席と呼ばれる場所だ。祝ってもらえるのは嬉しいのだが、この歳でこうやって祝われるのは何だか照れくさいものがある。キルシュはどんな顔をして良いのか分からなくて、複雑な顔のまま席についた。 「アニキ〜、主役なんだからもっと堂々としないと〜!」 「……分かってるよ」 セサミにそう言われてキルシュは苦い顔をする。自分としてはセサミとアランシアの3人だと思っていたので、どうにもこの大人数には照れくさいのだ。 そんなキルシュを見かねたのかトルテが大きな包みを持ってやって来た。 「ほら、キルシュ!変な顔してないでよ! はい、お誕生日おめでとう!」 「……ありがとう」 トルテから大きな包みを手渡されてキルシュは受け取る。早く開けて中をみなさいよ、と言わんばかりのトルテの表情にキルシュは包みを開けた。 中からはまっさらのサッカーボール。それを見て、キルシュの顔がぱあっと明るくなった。 「これ!!良いのか?!」 はちきれんばかりの笑顔になるキルシュを見てトルテは満足そうに笑った。贈り物を贈った相手が喜ぶ姿は嬉しいものだからだ。 「良いわよ。サッカーボール、欲しがってるって小耳に挟んだからね。感謝しなさいよ?」 「うわ、マジで?!トルテ、ありがとな〜!」 得意げに言うトルテにキルシュは満面の笑みでお礼を言った。そして、サッカボールを大事そうに抱えた。念願のものが手に入って喜ぶその姿はまるで小さな子供のようで、トルテも思わず笑ってしまった。そういう喜び方をしてくれるのはいかにもキルシュらしかった。 「盛り上がってるとこに悪いけど、これは私からのプレゼント」 「うわ、スポーツタオルだ!サンキュー、レモン!」 レモンから渡された包みを開けて、またキルシュの顔が輝く。 「私からはノートとボールペン。良かったら使ってね」 「ありがとな、ブルーベリー」 「私は今日のケーキがプレゼントですの」 「本当か?じゃあ後でしっかり食うよ!」 「アニキ、アニキ!俺からはこれ!」 セサミはごそごそと鞄から小さなケースを取り出す。その中には大きなカブトムシが入っていた。勿論この季節には生きていないので標本として作られたものだったが。 セサミからの贈り物を見て、キルシュは驚いた顔になる。 「……セサミ!これ、めったにいない種類なんだろ?お前、大事そうにしてたじゃねえか!」 そんなキルシュの反応にセサミはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑みになった。 「うん、それは俺の宝物だ!だからアニキにプレゼントしたいんだ!」 「セサミ、お前って奴は…。ありがとな」 キルシュは嬉しそうにセサミの頭をぐりぐりと撫でる。その手荒な感謝の表現にセサミは嬉しそうに笑った。 次々に贈られる贈り物にキルシュは先ほどまでの複雑な思いも一気に吹っ飛んで、あっという間にご機嫌になってしまった。 そんな様子をアランシアは嬉しそうに見ていた。トルテと視線が合う。思わず二人で微笑んだ。キルシュが喜んでくれるのが一番の贈り物。それは成功したようだった。 「じゃあ、次は私の贈り物ね〜?」 アランシアはピアノの元に行き、席についた。 キルシュの方に視線を向けた。彼がわくわくして待っているのが分かった。 アランシアは楽譜をもう一度見る。楽譜そのものはもう暗譜してしまっているけれど、この楽譜はキルシュがくれた贈り物。今度はこの曲を彼へと贈るのだ。 アランシアは息を吸い込む。 鍵盤からメロディが流れ始めた。 その優しい音色は心にすうっと入ってくるもので、聞いているものの心を穏やかに優しくさせた。 心安らぐメロディをアランシアは紡いでいった。 そして最後のメロディを弾き終わる。 ぱちぱちとまばらな拍手が彼女に贈られた。 皆の方へ目をやると、案の定キルシュは夢の中で、セサミと一緒にもたれかかるように気持ち良さそうな寝息をたてていた。そしてキルシュの仲間は彼らだけではないらしく、その近くではトルテやレモンも眠っている。なんとか起きて最後まで聞いていたのはブルーベリーとペシュだけだったようだ。 アランシアは思わず笑ってしまう。昔から人を眠らす事だけは得意だった。眠らず頑張って聞いていたブルーベリーたちの方が凄いのかもしれない。 「アランシアちゃん、とっても上手でしたの。……私もあやうく寝てしまうとこでしたけど……なんとか最後まで聞けましたの」 「私もペシュと同じかしら。本当にアランシアの音楽は気持ち良いから……」 そう言ってブルーベリーは眠っている人たちを見つめる。皆、気持ちが良さそうに眠っていた。 「みんなよく眠ってるですの」 「音楽は上手くないと眠くならないから…上手すぎるのも困りものね」 演奏が終わっても起きようとしない4人にペシュは感心した声を上げる。ブルーベリーはその様子に微笑みつつアランシアにそう言った。アランシアもそれに笑顔で答える。 「ふふ、じゃあお祝いはみんなが起きてから始めるとして、それまでお茶でも飲んで待ってましょうか〜?」 「良いわね」 「賛成ですの」 アランシアの申し出にブルーベリーとペシュは笑顔で頷く。 誕生会の本番はまた、キルシュ達が起きてからだ。 キルシュの気持ちが良さそうな寝顔を見てアランシアは微笑む。 きっと今日の演奏をの感想を聞いてもキルシュは覚えていないのだろう。それでも彼がこれだけ気持ち良さそうに寝てくれるのなら心地良いものだったのだろう。それだけで十分だった。 今日はきっとキルシュにとって楽しい一日になるだろう。それはアランシアが一番望む事。 キルシュの目覚めをアランシアはわくわくしながら待ったのだった。 終わり♪ 『さくらんぼくらぶ』で開催されたキルシュ&アランシアのお誕生日の企画に投稿したお話になります。時間無い中、結構慌てて書いたので、流れ的にもかなり荒いんですけどね(^^;)。…要点要点を短くざかざか書いていったから;;時間無くて、企画参加は難しいと思っていたんですが、キルシュやアランシアの贈り物ってなんだろう?って考えていたら楽譜プレゼントしているキルシュと、それをキルシュの誕生日に演奏しているアランシアがなんとなく浮かんできて、じゃあ書いてみようかな、と。で、やっぱり賑やかなのが好きなのでトルテ含めて女の子もわんさか、そしてキルシュ&セサミは絶対書かなきゃ〜!!という信念の元、書いてみました(^^;)。いやもう、背景描写無視も良いトコなんですけど;; 企画ではチャット大会も開催されていて、色々お話できて楽しかったです(^^)。一番感じたのは年齢差ですけどね(^^;)。私にはもう、あんなパワーは残って無いです;;キャラに関しても上だから見下ろして考えますしね〜。等身大では感じられないのは残念というか。 まあ、変わり者のマジバケサイトということで〜(苦笑)。 |