『だから好きとは言わない』 「ただいまー」 「あ、おとーさんだ。おかえりなさい〜!」 銀色の髪の青年が、同じ銀色の髪をもつ小さな女の子の頭を撫でる。彼によく似たその子と彼の違いはニャムネルトの特徴である猫耳としっぽだろうか。 大きな荷物を抱えた父親に小さな女の子は飛びつく。 「おとーさん、今度はどこに行ってきたの?おみやげは?」 「ああ、後でゆっくり話してやるよ。ちょっと待ってな」 「うん!おかーさん、おかーさん、おとーさんが帰って来たよ〜!」 女の子はぱたぱたと奥の部屋に向かって走っていった。 久しぶりに会う娘だが、素直にまっすぐ育っているようだ。これも母親の裁量なのだろう。 (ライムが可愛く育っているのはレモンのお陰なんだよな。感謝しないと) そう思ってから、彼、カシスはゆっくりと部屋の奥に向かった。 玄関から長めの廊下を渡るとリビングルームに出る。そこに娘のライムとレモンが居た。 ……レモンの顔つきは不機嫌そうだ。 「おかえり。今度はどこほっつき歩いてたんだ?」 「ほっつき歩いてって……。もうちょっと言いようがないのか?」 「ない」 とりつく島もない感じだ。 やれやれとカシスはため息をつく。いつも帰ってきたら、こうなのだ。 (まあ、怒っても当然なんだけどな) この辺は自業自得である。 学校を卒業して、冒険の旅に出て、すっかり放浪の旅に味をしめてしまった。 同じく冒険にでたキルシュは、今は学校の先生になりアランシアと結婚して暮らしている。 定職についた男とつかなかった男。どちらも家庭を持つ身であるのならば、妻としてはふらついている方が嫌なのは当然だろう。 (とりあえず、機嫌とってみるか) カシスは大きな荷物を下ろすと、その中に入っていたものをいくつか取り出した。 「ライム、ライム、来てみ」 「はあ〜い」 とことこやって来た娘に、カシスは磨いて綺麗にしておいた小さなティアラを頭に乗せた。その姿はとても可愛らしい。 「おお、良く似合う、良く似合う」 娘の両肩をがしっと掴むと、くるりとレモンの方に向ける。 「ほら、見てみ。可愛いだろう」 機嫌悪そうにしていたレモンは、娘の可愛らしい姿を見て、頬が緩んだ。 「うん、可愛いな。良かったな、ライム」 「ほんと、おかーさん!えへへ、おとーさん、ありがと〜!」 ライムは嬉しそうにくるくる回る。その姿をカシスもレモンも微笑んで見つめていた。 「……急に帰って来たから、夕飯、大したものはできないけど良いか?」 レモンが少し柔らかい口調で話しかけてきて、カシスも安堵する。昔はすぐに喧嘩になったものだが、今はライムが潤滑油になっている。 レモンはキッチンへと姿を消した。 ライムがとてとてとカシスの元にやってきて、父親に抱きついた。 「ねえ、ねえ、おとーさん、おかーさんのこと、好き?」 「ああ、おとーさんは、ライムもおかーさんも大好きだよ」 抱きしめ返しながら、カシスは優しくそう言った。 「私もおとーさん大好き」 ライムはにっこりわらって抱きついた。そして、ふと、考える仕草をする。 「おかーさんはおとーさんのこと、好きなんだよね?」 そう言われてカシスは固まる。 「え…ええと、その……」 実は、今まで彼はレモンに「好き」だの「愛してる」だの言われた事が無い。こちらは山ほど言ったような気がするのだが。 その事実を娘に言って良いものなのだろうか。 「だいじょうぶ。おかーさんもきっとおとーさんのこと、好きだよ」 なんだか逆に慰められてしまった。それが何だかちょっと情けなくて、たははと笑った。 「という事をライムに言われたんだ」 ライムが眠りについて、レモンと二人っきりになったカシスは、その話を持ち出した。 「だから?」 相変わらず、レモンの反応は冷たい。それにカシスは苦笑する。 「俺はレモンの事、好きだぜ?愛してる。だからお前は?」 カシスは真剣な顔で思いを伝える。それをレモンはちゃんと真剣な顔で聞いていた。 ……聞いていただけだった。 「あの、レモンさん?」 「何?」 「俺の言ってる意味、分かってんの?」 レモンはカシスの言葉に、左手の薬指にはめた指輪を見せた。 「これで十分だろ?」 「いや……あの、俺が言ってるのはですね……」 「どこのとこから盗って来たか分からない指輪を大事に後生大事に持ってるだけで十分だろ?」 レモンはそう言うだけで、決して、愛を言葉にしない。 ただ、態度で分かれ、そういった感じなのだ。 「……俺も、たまには好きとか言われたいんだけど」 カシスは大きなため息をついて、ぐてーとテーブルに突っ伏した。それを見ていたレモンがカシスの頭をぽんぽんと叩く。 「……無事、帰ってきて良かったよ」 その言葉にカシスは頭を起こす。それが彼女の愛情表現であることを知っていたからだ。 「……じゃあ、ただいまのキスしていい?」 「イヤだって言ってもするんだろ?」 「ま、ね」 カシスはレモンを引き寄せると、唇を重ねた。 その温もりを感じて、レモンも、今、カシスが傍にいる事を実感する。 この人は縛れる人ではない。いつも自由に生きる人だ。 だから、言ってやらない。 好きとは言ってやらないのだ。 終。 異様に短くてすいません; ある方と未来のカシスは?という話になって、その時話さなかったカシレモ的未来像です。 なんかこんな感じのイメージです。甲斐性なしの旦那って感じですか(笑)。 |