『complex』

 強くなりたいと願ったのはいつだったのだろうか。
 思い出せない。
 小さい頃から、『力』というものは知っていた。
 それに憧れたのはいつだろう。それを手に入れたいと思ったのはいつだったのだろう。
 『力』に限りない魅力を感じたのはいつだったのだろうか。


「あ〜!もう!!いなくなってる!!」
 淡い金色の髪をした少女が、怒っている。腹立たしげに辺りを見回した。
 彼女は、一人一人のメンバーを確認していく。
 宿屋のテーブルについて、のんびりとくつろいでいるシードルとカベルネがいる。その近くでは席に着かずに楽しそうに話しているレモンとオリーブがいる。
 そして自分。5人しかいない。
 モイロロト村について、宿に泊まると決まって入った時までは確かに一緒にいたはずなのに。
 支払いを済ませて来てみれば…人数が一人足りなくなっている。
 単独行動が好きなのは分からないでもないが、今、村のマッドマンが居なくなっているという騒ぎのある村で、消えてしまう神経が分からない。
 イライラしたトルテの声に気がついて、レモンが声をかけた。
「どうしたんだ?」
 トルテはふてくされた顔で、レモンに対してもてあましていた怒りをぶつける。
「あの不良少年よ!!消えちゃって……!!ああ、もう〜!人選誤ったわ!!」
 レモンはそんなトルテを見て苦笑いを浮かべた。
 彼女はクラスのまとめ役をしていて、常に一生懸命に頑張っている。
 どんどんと危険なプレーンに入っていることで、皆の安否が心配なのだろう。
 現に、キャンディはエニグマに憑かれてしまっている。それが分かっているだけに、集団行動から外れる人間がいるのは恐ろしいことでもある。
 責任感の強い彼女だけに、心配がいきすぎて怒りに転じてしまっているようである。
「でも大丈夫だと思うよ。すくに帰ってくると思うし」
「そうだヌ〜、トルテは心配しすぎヌ〜」
 トルテの様子を見て、シードルとカベルネが声をかける。
 今までの経緯もあることや彼らは居なくなった人物と仲が良いからだろう。のほほんとしている。
 そんな二人をトルテはギロッと見た。怒りの表情がパワーアップしている。
 どうしてそんなに呑気に構えていられるのか、考えただけで腹立たしい。
「そうやって、甘やかすからいけないのよ!
 ったく、これだから男ってのは!!」
 バンッと目の前のテーブルを叩きつけられて、シードルもカベルネもその剣幕に黙り込む。
 相当、頭にきているらしい。
 何を言っても無駄そうだった。
「……あ、あの……多分、大丈夫よ」
 恐ろしい剣幕の少女に驚いて、オリーブが不安そうな目でトルテを見て言った。
 彼女は人の心を読んでしまえる。トルテの気持ちも、いなくなった人物の気持ちも。
 だから、彼女が大丈夫というのは信憑性が高かった。
 しかし、その言葉も今のトルテには通用しない。
「オリーブは甘いの!世の中、甘やかしてもいい奴と悪い奴がいるのよ!
 みんながみんなオリーブみたいないい子じゃないんだから!」
 声高にトルテはそう言い張る。
 オリーブはその言葉からは褒められているのだが、恐ろしい剣幕で怒鳴りつけられているので、怒られているのと同じである。
 オリーブはその激しい怒りにぎゅっと目をつぶってしまった。
 トルテの感情はストレートに伝わってくるので、その怒りはより一層強くオリーブに伝わってしまうのだ。
「……まいったな。相当、堪忍袋の緒が切れているみたいだ……。気にするなよ、オリーブ。
 ま、トルテがキレる気持ちも分からなくないけどね」
 八つ当たりを受けて、小さくなっているオリーブをなだめながら、レモンはため息をついた。
 やれやれという顔でトルテの元に歩み寄った。
 イライラしている彼女の肩をポンと叩く。
「なあに?レモンまで、あいつの肩持つの?」
 鋭い顔でにらみつけるトルテにレモンは苦笑する。
 どうやら、みんながみんな、逃亡者の肩を持つので余計に気に食わないらしい。
「いや?私はトルテと同意見だよ。
 だから、探しに行ってみる。村の中だけしか探さないし、一人で十分だろう?」
 レモンの同意見という言葉にトルテは一瞬嬉しいそうな顔をしたが、続けられた探してくるという言葉にまた表情が険しくなる。
「〜〜〜〜〜良いわよ!!ほっといても帰ってくるんでしょ!もう、無視よ!!」
 なんだか、完全にスネているような感じだ。気に入らないのが災いしているのだろう。それに加えて、怒りも継続したままだ。
 そんなトルテを見て、レモンは優しく笑う。
「ほらほら、すねないすねない。私が様子を見てくるんだから、心配はないだろう?
 トルテは疲れてるんだから、後は私に任せてゆっくり休みなよ」
 その言葉にトルテは驚いた顔をした。
 レモンの言う通り、トルテは疲れていた。休み無しで旅を続けているのだ。当然だろう。
 だけど、疲れていることは誰にも言った覚えはないし、気がつかれないように振舞ってきたつもりだ。
 それでも、彼女は気がついていたようだ。
 やっぱり年上のお姉さんは違うんだな。
 そうトルテは改めて思う。
 レモンは積極的にまとめ役をかってでるようなタイプではないが、気がつけばいつもトルテの手助けをしてくれていた。彼女が居てくれることはトルテにとっても大きな事だった。
「そうよ、トルテは休んだ方がいいわ。あとはレモンに任せておきましょう?」
 オリーブもトルテに歩み寄り、その手を優しく握った。温かい笑顔だった。
「そうだね、トルテはいつも頑張っているものね。ゆっくり休まなきゃ」
「そうだヌ〜、トルテ、随分怒りっぽくなってるヌ〜。休んだ方がいいヌ〜」
 先ほどまでその剣幕にすっかり負けて小さくなっていた男性陣も、やってきてトルテを近くの椅子に座らせた。
 皆に優しくされて、トルテは先ほどまで当り散らしたことを済まなく思った。
 あんなに怒ったのに優しくしてくれるなんて……なんだか妙に照れくさくなってしまって、うつむいてしまった。
「……ごめんね、ありがとう」
 トルテの言葉を聞いて、一堂はほっとした笑みを浮かべる。
「じゃあ、オリーブ、シードル、カベルネ。トルテを頼んだよ」
 レモンは3人に声をかけ、トルテに歩み寄った。そして、その肩を優しく包む。
「じゃあ、行ってくるから心配しないでゆっくり休むんだよ」
「……うん、ありがと。レモンも無茶しないでね」
 ゆっくり頷くトルテにレモンは優しい笑みを浮かべた。
「ふふ、心配しないでいいって言っただろ?」


 皆、それぞれ精神的にストレスを持っている。
 特にガナッシュとキャンディに置き去りにされてしまったオリーブとカベルネは特にその傾向が大きかったが、今では二人ともそのことを乗り越えつつある。
 別の種類のストレスを抱えている人間も居る。
 例えば、先ほどのトルテみたいなタイプだ。
 責任感と不安とで気を張りすぎて、それを休めることなく突き進んできたことで疲れが相当溜まっているのだろう。実際、彼女は光のプレーンから休み無しで動き続けている。相当疲れているだろう。
 でも、彼女は少しくらいはゆっくり休めるに違いない。そして、その抱えているストレスも減るに違いなかった。
 もう一人、レモンには思い当たる人物がいた。
 ストレスの種類は、むしろレモンが抱くものと近いものだ。だが、どうやら自分より遥かに抱え込んでいるらしい。
 姿をくらましたのも、おそらくそれが原因だろう。
 宿屋をでてから、ほとんど無人に等しい町の中をレモンはその人物がいそうな場所に見当をつけて探していた。
 ある程度は見当がつく。
 一人になりたい時に行きそうな場所に、その人物は居ることが多いからだ。
 ひやっとした風がレモンの髪を揺らす。死のプレーンの風は冷たい。
 独特の世界だ。地は荒廃しているし、生きている感じがしない。それはこのプレーンの名に相応しいものなのだろう。むしろ街が存在することが奇跡なのではないだろうか。
 街を簡単に囲った木製の柵の上に座ってぼんやりと外を眺めている人物が目に留まった。
 背が高く、銀色の長い髪の少年。
 レモンが近くに来ているのに気がつかないのだろう。ぼんやりとしたままだ。
 レモンはそっと背後から忍び寄り、その背中を思いっきり叩く。
「うわ?!」
 不意に背中を叩かれて、前のめりになった彼は柵の上から落ちそうになる。
 それをなんとか落ちる寸前で体制を整えて、身を起こした。
 後ろを振り返ると、小柄なニャムネルトの少女がクスクスと笑っている。
「ふふ、油断大敵だぜ?」
「油断大敵ってなあ……ちょっとは加減しろよ」
 あんまりにも楽しそうな顔をしているので、彼は苦い顔をした。
 不意を突かれたのは、やはりちょっと不服らしい。
 レモンはびっと指を突きつけて、にやっと笑った。
「勝手な行動とるからいけないんだよ。トルテがキレてるぜ?」
 その言葉に彼は凍りついた表情になった。そしてそのまま両手で頭を抱えてうずくまった。
「うわ〜、マジかよ……。アイツがキレると、手ぇつけられねえじゃんか……」
 戻ってからの状況を考えているらしい。
 トルテが恐ろしい剣幕で怒鳴りつけてくるのは想像できる。下手したら何日もその事をウダウダ言われるのも予想可能だ。
 しつこく言われるのが嫌いな彼は、その事を思うと絶望的に感じるらしかった。
「ま、そのくらいは我慢しろよ。トルテはず〜っと気を張って頑張ってるんだぜ?」
「……それはそうなんだけどさ……」
 トルテが無理を通してきているのは彼も分かっている事である。
 だけど、それとこれとは一緒にはならないし、彼女のことまで考えてやれるほどの余裕は残念ながら今は無かった。
 さらに、それに加えて文句を言われ続ける日々が待っているかと思うと、なんだか絶望的な気分になる。
「大体、何をそんなに悩んでるんだよ」
 レモンの言葉にカシスはぎくっとした顔になる。頭を抱えていた両手を離し、首をレモンの方に回した。
「……顔にまででてるか?」
 かなり深刻そうな表情だ。一応、気が付かれないようにはしていたつもりらしい。
 レモンはやれやれとため息をつくと、首を横に振った。
「さあね。私は似たようなことを考える方だから検討がついただけだけど?」
「似たような…ことね」
 彼女の言葉にカシスは再び外に視線を移して、苦笑いを浮かべた。
 レモンなら自分の思いを分かるのかもしれないし、分からないかもしれない。そのラインは微妙だ。
 それでも、話すことで整理がつくのなら一番良いのかもしれない。
 幸い、彼女はサバサバしていて考え方も男性的だ。妙な気を回したりするタイプでもない。
 このまま黙っていた所で、解決への糸口が掴めるわけでもない。それならば、小さな希望にかけてみるのも悪くはないだろう。
 カシスは大きく息をつくと、低い声で言った。
「……いや、俺の魔法ってつくづく集団戦闘に向かねえなって思ってさ」
 闇のプレーンで合流してから、少しずつ感じるようになってきた。
 自分自身、タイマンでは負けないということを目標にしてきたし、刃の魔法はその性質そのものだ。
 だけど、集団で戦っていくには攻撃範囲が広いレモンやブルーベリーやキルシュ、トルテ等の魔法の使い手の威力を嫌がおうにも感じざるをえなかった。
 刃の魔法は確かに強い。敵を一撃で葬り去ることが出来る。
 しかし、広範囲の魔法を使いこなす者は、例え自分だけでは無理であっても、必ず誰かの広範囲魔法によってまとめて敵を葬り去れる。
 効率の点からすると、広範囲魔法者の方が圧倒的に高い。
 相手が少数であれば、カシスの魔法も役にたっているような気がするが、実際は6体くらいと遭遇する方が普通だ。
 特に死のプレーンに入ってからはモンスターの強さが格段に上がっている。しかも確実に一撃で倒せるとも限らない。
 刃の魔法の強さは疑わない。自分にも一番向いているものだろう。
 それでも、『強さ』を求める心には単体にしか威力を発揮しないため、どうしても『役に立たないのではないか』『本当は強くはないのではないか』という疑問が浮かび上がってしまう。
「まあ、集団には向いてないけど、それは仕方が無いな」
「……そんなにあっさり言うなよ……」
 カシスの切実な告白にあっさり肯定してしまうレモンに彼は苦い顔をした。
 彼女は思ったことをそのまま口にするタイプなので悪気は無いのは分かっているが、さすがにストレートに言われると辛いものがある。
「でも、それだけじゃ無いんだろ?」
 苦い顔をしたカシスにレモンは笑顔でそう続ける。
 ……それだけじゃない?
 それが思い当たらずカシスはきょとんとする。そんな彼に構うことなく、レモンは柵にもたれかかり、続けた。
「やっぱ、光の魔法ってすごいよな。
 マドレーヌ先生を見て思わなかったか?」
 レモンの言っているのは、闇のプレーンで先生に再会した時の事だ。
 普段はぼんやりした先生だが、光の魔法を使いこなし、彼らでは何人もかかって総力戦で倒すエニグマをあっという間に倒してしまう。
 今までガナッシュが使っていた闇の魔法よりも遥かにずっと強い力。
 それを見て思ったことは……。
「私はすごいと思ったと同時に羨ましかったな。
 雷の魔法とは本当に桁が違ってるし、上には上が居るんだってこと、また思い知った気がする。それがなんだか、すっごく悔しくてさ」
 レモンはカシスを見ることを無く、独白のように続ける。その視線は、どんよりと灰色をした厚い雲を見ていた。
「私は兄貴が3人いるんだけど、格闘技がそれはもう強くって。私も憧れて、いっつも練習に励んでた。いつか兄貴たちを追い越すんだって。
 でも、怪我したのをキッカケに格闘技は禁止されちまって、魔法を学ぶことになったんだ。
 だから、格闘技では兄貴に敵わなくても、魔法でなら負けないって努力してた。
 ……だけど、光の魔法ってのは本当に圧倒的な力でさ……」
 そう言ってから、レモンはパンッと両手を叩いた。まるで自分自身に景気づけるように。
 そして、にっと笑ってカシスの方を見る。
「だけど、私は私なんだからさ、あせらずやろうと思ったんだ。
 そうだろ?」
 その笑顔にカシスも微笑む。
 そう、彼も感じていた。あの光の魔法。光り輝く力。
 全ての属性の上に立ち、無敵の力を誇る最強の魔法。
 それを実際に見たときに、例え刃の魔法を極めたとしても、それには敵わないような気がした。
 それも確かに重なっていた。
 無力なんじゃないかと思った事もある。
 それが何より悔しかった。
 ずっと誇りに思っていたその魔法。それが急にその地位を自分の中で失ってしまっていた。
 でも、レモンの言うとおり、自分は自分なのだ。
 そう、刃の魔法は自分の誇り。その思いに変わりはないのだから。
 空が低い。重たい雲が覆っている。空は見えることが無い。
 その灰色の雲は先ほどまでは暗いものに感じていたが、少しだけその黒さが淡くなったような気がする。
 隣に居るニャムネルトの少女はその灰色の世界を見ていた。
 彼女とは感覚が近いのか、あるいは近いようで違っているのか。
 同じ事を感じている。だけど、その捉え方はとても近いようで少しだけ違っているような感じがする。
 それでも何か近いものを感じる。それがなんとなく心地良かった。
 言葉をそう多く交わす間柄でもないし、むしろ普段はその気ままな行動を遠巻きに見て笑っているか、からかおうとして逆に軽くあしらわれるか、そんな関係だ。むしろその性格に振り回される方が多いかもしれない。
 でも、感じていることは不思議なくらい近かった。
 その思いを表現するのはとてもできそうにはなかったけれど。
 くすくすとカシスは笑う。
「でも、レモンは結局兄貴が目標なんだな」
 なんだかんだ言っても彼女の目標は兄たちであるのは間違いない。それはなんとなく分かった。
 例え、強い力を持つマドレーヌ先生を見ても、目標が摩り替わったりしないだろう。そう、自分と同じように。
 レモンは軽く顔をカシスの方に向けると笑った。
「そうだな。やっぱり目標は兄貴たちだ」
 いつも兄の背中を追っていた。いつかはその肩を並べ、追い抜こうと思っていた。
 形は変わってしまったけれど、その思いは絶対に消せない。
 兄と比べて、落ち込むこともあった。だけど、それ以上に誇らしい兄たちであり、目標なのだ。
 だけど、レモンの思いに反して、現実は少々やっかいである。
 レモンはそれを思って苦い顔をした。
「……でも、じいちゃんには、しょっちゅう『女らしくしろ!』って言われるんだけどな。
 本当にまいるぜ」
「あ〜、そりゃ確かにそう……」
 バキッという音がして、カシスの言葉はレモンの鉄拳によって遮られた。彼女の顔は明らかに不機嫌の色を呈している。
「わ〜るかったな!!女らしくなくて!!」
「……お……お前な……その喧嘩っぱやいとこなんとかしろ……」
 カシスには言われたくなかったらしく怒りを露にするレモンに、カシスは後ろから思いっきり小突かれた頭を抱えながら苦言を呈した。
 確かにこれなら言われても当然だよな。
 なんとなく彼女の祖父の苦労が偲ばれた。
 黙って立っていれば、良い女なんだけど。
 そうは思うが、それが彼女らしさでもある。
 ……しかし、口より先に手が出るのだけは勘弁して欲しいというのが本音なのだが。
 まだ少しズキズキする頭を抱えながらカシスは身を起こし、座っていた柵から降りてレモンと同様にその柵にもたれかかった。
「……まあ、話は戻るけどさ。オレの目標はレモンが兄貴なのと似ていて、死んだ親父かな。
 あの人は刃の魔法の達人だったし、子供心にもすごいと思ったよ」
 大きな父は、子供心にも強くたくましかった。実際、闇の世界でも名を馳せていたし、多くの手下も従えていた。
 その大きな力に憧れない訳が無かった。
 自分も父のように強くなるんだと決めていたし、小さな子分を引き連れてみたりして、父のように気取ってみたりもした。
 全ての憧れが父に終結していたように思う。
 それが壊れたのは、その誰よりも強いと信じて疑わなかった父の死だった。
 母は決して、父が死んだ理由を教えてはくれなかった。
 でも、本当は理由が知りたかった訳ではない。
 どうして、あの強い父が死んでしまったのか。自分の中で決してありえない矛盾を埋めようとしていただけに過ぎなかった。
 理由を知った所で、何かが解決するわけでもなかったからだ。
 そう、誰より強いと思っていた父は死んでしまった。
 どんなに強くても死は訪れる。それは身をもって感じた思いだった。
 だけど、心の中の父は今も最強の人のままだ。ずっと心にある目標なのだ。
 今でも憧れているし、刃の魔法を極めたいと願うのも、全てはそこに起因している。
 そう、永遠の憧れであり目標の人。
 ……だけど。
 同時に思う別の心がある。
 そう、本当に力を求めたのは父に憧れてからではない。
 その力を強く強く欲したのは、望んだのは、父が死んでからだ。
 より力を願い、欲するようになったのは父の死から始まるのだ。
 そう……理由は簡単だ。
「……でも、おかしな話なんだよな。
 オレは親父に憧れているのに……親父のようには決してなりたくないんだ」
 憧れと対極をなす矛盾。それ故に、必要以上に力を意識するようになった。
 それが焦りを呼ぶことも、不安を呼ぶこともある。
「……まあ、それは当然だろうな」
 話を聞いていたレモンは目をつぶってから、そう呟いた。小さいがハッキリとしている声で。
「……お前、そこでそう言い切るか?」
 彼にとっては相当重要な問題である。常に矛盾した思いを抱えているのは、相当やっかいな事だ。
 それをハッキリと言い切られると困る。ずっと抱えてきた悩みでもあるというのに。
「言い切るも何も…死が怖くない奴なんてそうはいないからさ。
 漠然として思うんだろ?強くなっても死は間逃れないって。
 ……アンタみたいに闇の事情は知らないけど……身近にあるから恐れるんじゃないのか?
 ……でも死ぬ時は死ぬもんだし……後悔しないでいられるならそれもアリだろ」
 レモンは悩むことなくそう続ける。それはあまりにも率直な意見だった。ある意味、素直になんでも言ってしまえる性格だからこそ言える言葉なのかもしれない。
 そして、それは思い当たることが多かった。
 そう、身近に強さと死を感じる生活。それが、より一層その思いに繋がっているのかもしれなかった。
 当たり前だが、死は当然怖い。それを避けようと強さを求めているのかもしれない。それは否定できなかった。
 それでも。
 いくら力が欲しいからといって、他人の力を借りる気は毛頭ない。
 自分が強くならないといけないのだ。
 そう、強かった父のように。
 そうじゃなければ意味が無い。
 すぐが無理なら少しずつ積み重ねれば良いのだ。
 レモンが言った言葉が頭によぎる。
「ま、オレはオレ、か」
 自嘲気味に笑って、カシスはそう呟いた。
 そう、何をするにも結局は自分自身でしかないのだから。
「そうそう、そんなもんだよ」
 カシスの言葉を聞いて、レモンはそう続けた。
 あせってもどうしようもないことは沢山あるのだ。無理に急がなくても、結論を出さなくても良いのだ。
 なら、出来ることから初めていけば良い。
 解決方向に向かっていたカシスだが、あることを思い出し、苦い顔をした。
「……思い出した。もう一つあるんだよ、親父みたいになりたくない理由。
 ……お袋は、親父が死んだ理由も教えてくれなかったけど、泣きもしなかったんだよな」
 そう、彼の母は涙一つ見せなかった。
 父の死に悲しみにくれることもなく、冷静に葬儀を行い、弔問客を迎えていた。
 母にとっての父は、死んでも悲しみに値しないような程度だったのだろうか。それが、ずっと引っかかっていた。
 ところが、カシスの言葉を聞いて、レモンはものすごく呆れた顔をした。
「……お前さ、実はバカだろ」
「……ど〜ゆ〜意味だ、それは」
 いきなりバカ呼ばわりされてカシスは嫌そうな顔をする。そこまで言われるような事を言った覚えは無かった。
 そんなカシスの反応にレモンはますます呆れた顔になった。やれやれとため息をついて首を振った。
「……ったく、男には分かんないのかな。お母さんも可哀想に……。
 泣かなかったんじゃなく、泣けなかったんだよ。お前がいるから、余計な心配をかけまいとしてたんだろ。お前は残された大切な子供だったんだからな」
 レモンの言葉にカシスは言葉を失った。
 そう、気がついても良かったはずだ。
 彼の母は心の強い人だ。ちょっとやそっとじゃ、弱音を見せたりはしない。いつも気丈に振舞っている、そんな人だ。
 そう、そんな人だから、レモンの言う通りなのかもしれなかった。
 だけど、あの時の自分は父が死んだという事の衝撃で、母のことを気遣う余裕は無かった。
 むしろ、父の死に取り乱す息子を心配して、母は気丈に振舞っていたのかもしれなかった。
「……確かにそうかもしれねえ……誤解してたかも……」
「そうそう、しっかり謝っておけよ?」
 ガックリと肩を落とすカシスにレモンは微笑を浮かべながらそう続けた。
 ちょっとはこの不良息子が反省しているらしい。それだけで、少しは進歩したと言えるだろう。
 レモンは空を見上げた。空の灰色が濃くなってきている。夜が近づいているのだろう。
 心なしか、風もさらに冷たくなってきたように感じた。
「さ、そろそろ帰ろうぜ。いい加減に戻らないと心配するし」
「……そうだな」
 レモンがぐ〜っと背伸びをする。それに続いてカシスも身を起こした。
 確かにいい加減に戻らないといけないだろう。
 帰途の道で隣を歩くレモンを見ながらカシスは呟く。
「お前も、その喧嘩っぱやいとこと口の悪さが無かったら、良い女なのになあ……」
 なんだか褒められているのかけなされているのか分からないような台詞だ。
 その訳の分からない言葉にレモンは不機嫌そうな顔を向けた。
「別にお前に言われるような『良い女』になる気はねえよ」
「……一応、褒めたつもりなんだけど?」
「……うそつけ」
 一向に相手にされる素振りが無い。こういう言葉はレモンに全く信頼されていないらしく、軽くあしらわれるだけだ。
 そんなレモンの態度にカシスはクスクス笑う。そういう所がいかにも彼女らしくて、返って良いところでもある。むしろ、軽くかわされているくらいが丁度良いのかもしれない。
 楽しげなカシスに対して、レモンはちょっと機嫌が悪そうな顔をしている。
 だが、彼女はふと大事なことを思い出したらしい。ポンと手を叩いた。
「あ、そうそう。まずはトルテに謝れよ?」
 レモンにそう言われて、カシスはその事を思い出したらしい。歩きながら頭を抱えている。
「うわ〜…、忘れてた。……どうしようか……」
 助けを求めるような目で隣を歩くレモンを見る。しかし、彼女は手を振って笑った。
「諦めろ。しっかり怒られるんだな」
「……レモン、つめてぇ……」
 唯一の助け舟にも見捨てられて、カシスはがっくりと肩を落とした。この後、怒り狂ったトルテを思うとより一層気が重くなったのだった。
 
 宿屋に戻った後、カシスはトルテの大目玉を食らったかというと、みんなに優しくされてすっかりご機嫌の戻った彼女だったので、黒こげジェットを一発食らっただけで済んだそうな(笑)。

 

 おしまい★



 ええと…まず、無駄に長い話でごめんなさい;;
 カシスとレモンといえばやっぱり『強さ』を追い求める気持ちが強いだろうな〜というのが私の基本でして、それに忠実にしていったらこうなりました。
 ……カシレモ熱にうなされたまま書き綴ってますので……なにやらドリーム溢れてますが(^^;)。うちの二人はこんな感じということで…。カシスとかレモンの解釈が人と一致しているかはちょっと微妙なんですけどね。結構、背負ってる背景凄いので、飄々とした中に、弱さも持っているんじゃないかな〜なんて。それはレモンにも言えることで、どちらも不器用で表現するのは下手だけど、感覚的に近いから、良い理解者になれると思ったりしておりますvv
 ところでカシスの理想のタイプって実は彼のお母さんではないのかな、とか思ったりします。まあ、なんとなくそう思うわけなんですが(^^;)。
 とりあえず、友達以上、恋人未満な関係とか好きな私。そんな訳で、こんな感じが好きだったりしますvコメディだったら、また違うんですけどね(^^)。
 彼らはなんだかんだ言ってもまだ16歳な訳で、沢山のものを抱えているはずなんですよね。そして少しずつ成長していっているのです。そんな話が書きたかったらしいです(^^;)。
 ちなみに私のカシスvレモンの基本は平行線なので、それに沿った感じです。同じようで同じではなくて、でも何かはしっかりと重なるような。
 ふふふ、ドリームだらけになってまいりました。はまると一番まずいだろうと思ってはいたんですが、予想通りですね(^^;)。
 お付き合いしてくださると嬉しいですvv同志様も歓迎中vv
 

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