『その背中を追って』


 空中要塞と言われるこの城は、少女にとっては家だった。
 父親が守っている城だから、母を早くに失った少女はこの城に住むようになった。
 騎士達や騎士志望の若者が城中にいる。いつも賑やかな我が家は、母の死と多忙な父のいない寂しい生活を送っていた少女にとって、気を紛らわすには最適の場所とも言えた。
 でも、幼い彼女は、若い騎士とも年齢の差があり、友人が出来ることはなかった。
 そんな彼女の前にいくつか年上の金色の髪の少年が現れた。
 彼に会うのは、初めてでは無かった。今より幼い頃に、父の友人の家に遊びに出かけた事が何度かあった。少年は、少女を楽しませようと色んな話や遊びを教えてくれた。
 少女にとって、その少年は初めての友人ともいえた。大好きだった。いつも一緒にいれたらと、何度も思った。
 その少年が彼女の城にやって来たのだ。
 彼は遊びに来た訳ではなく、騎士になるために来たのだ。
「俺の事、覚えてるかい、ティアリス?」
「うん。ちゃんと覚えてるよ、ディハルト」
 彼女、ティアリスはにっこり笑って少年、ディハルトの胸に飛び込んだ。
「ティ、ティアリス?」
 ディハルトの方は驚いておたおたしている。年齢的に女の子を少し見る目が変わって来ていたからだ。
 でも、ティアリスはまだまだ小さな子供のままだ。飛び込んだ胸の温かさと、伝わる心臓の鼓動が、彼はここにいるのだと、ティアリスを安心させた。
「ディハルトが来てくれて、嬉しい!」
「ティ、ティアリス。み、みんなが見てるから……」
 ぎゅっと抱きしめるティアリスにディハルトは最初は周囲の目を気にしていたが、ティアリスの本当に嬉しそうな顔が見えて、彼女がいかに寂しかったのだと知った。
「うん、これから一緒だ。宜しくなティアリス」
 ディハルトはそう言ってから、お返しにティアリスを抱きしめる。
「うん!凄く嬉しいよ!」
 ティアリスは本当に嬉しそうに、そう答えた。
 ティアリスにとって、ディハルトは兄のようであり、大切な友人でもあった。それはディハルトにもいえる事だった。
 ディハルトは小さなティアリスを抱きしめながら、彼女の友達になることを心に決めた。


 空中要塞にも、広場がある。リラックスするためのものだ。
 そこのベンチに腰をかけて、ティアリスとディハルトは昼食をとるのが当たり前になってきた。ティアリスがディハルトの休みの時間に昼食を取るのをずらしたからだ。
「ねえ、ディハルト」
「なんだい、ティアリス」
 ディハルトが振り返ると、ティアリスは真剣な顔をしていた。
「なんで騎士になろうと思ったの?」
 ああ、それなら答えられそうだ。ディハルトは常に兄貴分でいたかったから、時により困るのだ。
「俺は大切な人を護りたいからだよ」
「大切な人?」
 おうむ返しにティアリスが尋ねてくる。それに対してディハルトは笑顔で答えた
「うん、両親とか友達とか、大切な人」
 そう言って笑うとティアリスの頭をぐりぐり撫でる。
「勿論、ティアリスもだよ」
 その言葉にティアリスは大きな瞳をくるくるさせた。
「本当?私も大切な人?」
「ああ、大切な人だよ」
 ディハルトの笑顔に、ティアリスも嬉しそうに笑う。
「あはっ、嬉しいな。私、ディハルトの大切な人なんだ」
「うん、だからティアリスが危ない目にあっても、俺が助けに行くよ」
「本当?!」
「本当」
「あはは、嬉しいな」
 ティアリスの笑顔にディハルトは安心する。ティアリスが今みたいな笑顔で笑うようになったのは最近になってからなのだ。
 やはり、ずっと寂しい思いをしていたのだろう。それがディハルトには手を取るように分かって、なるべく傍にいてあげようと決めたのだ。ティアリスは大切な女の子だったから。
 そのかいあってか、ティアリスは本当に嬉しそうに笑うようになった。それがなんだかくすぐったくて、嬉しかった。
「じゃあ、ちゃんと約束して?」
 ティアリスはそう言って小指を立てた。指切りをしようというのだ。それにディハルトは笑顔で応える。
「うん、指切り、だね」
「そうだね。俺、約束守るから……。ティアリスを護るから、ティアリスにはいつも笑顔でいて欲しいな」
 ディハルトの笑顔に、ティアリスは赤くなり少し俯いた。そして顔を上げてにっこりと笑った。
「うん、約束。私、笑顔でいるね!」
 少年と少女の小さな約束。この約束が大きなものになっていくことを二人はまだ知らなかった。


 ティアリスが笑わなくなった。
 そう、空中要塞での戦いで父を亡くし、唯一の肉親を失った彼女の悲しさは両親が健在のディハルトには分からない所があった。
 ディハルトは約束自体は守った。ティアリスを任され逃げ延びた。だが、少女の心は悲しみに暮れてしまった。
 それはそうだろう。家も父も全てを失くした少女にのしかかる現実は計り知れないものだからだ。
 でも、ティアリスは表面上は笑っていた。レイラさんとジェリオールの看病をし、二人に心配させまいと、笑っていた。
 ……そして、ディハルトの前でも、ティアリスは笑顔を作って見せた。
 それは、あまりにも悲しい笑顔だった。それがディハルトを深く傷つけた。
 約束した。ティアリスを護ると。だけど、彼女はディハルトに負担をかけまいと、気丈に振る舞っていた。
 この関係を、ディハルトも受け入れ難くなっていた。
 ティアリスは俺にも本当の顔を見せてくれないのか。それが酷く心に傷をつけた。
 そして思い切ってティアリスに言う事にした。
「ティアリス」
「どうしたの、ディハルト?」
 表面上はティアリスは笑っていた。気丈に振る舞っていた。だからディハルトには辛かった。
「……なあ、ティアリス。俺の前くらいでは、本当の顔、見せてくれないか?俺はティアリスが無理をして笑っている方が悲しいんだ」
「悲しい?で、でも大丈夫だよ。ディハルトが心配しなくても……」
 その言葉が終わる前に、ディハルトはティアリスを抱きしめた。
「辛いんだ。ティアリスの今の笑顔。
 ティアリスにとっては頼りないかもしれないけど、俺がティアリスの傍にいる。
 ずっとずっと、傍にいる。全て受け止める。
 ……だから……泣いてもいいんだよ」
 ディハルトの言葉が終わる前に、ティアリスは泣きそうな顔になり、ディハルトの胸の中に抱きつき、泣いた。
 そんなティアリスをディハルトは優しく抱きしめる。
「大丈夫。俺が絶対、ティアリスを護るから。傍にいるから。ずっとずっと」
 それは慰めの言葉ではなく、純粋にディハルトの気持ちだった。
 大事な女の子なんだ。泣き顔は見たくないんだ。いつも笑顔でいて欲しいんだ。
 ……だから……決めた。
 ティアリスのナイトになると。
 妹みたいな存在だった。だけど、それだけでは無かった。
 護りたい女の子なのだ。
 それが恋愛感情なのかはディハルトにもティアリスにも、その時の二人には分からなかった。

 しかし、ティアリスは本当に気丈だった。
 魔法に優れた彼女は、沢山の魔法を駆使して戦った。
 いつの間にかディハルトの傍にいて戦うのはティアリスになり、沢山の戦いを切り抜けた。
 切り抜けた。それは大きな事だった。
 そして、ティアリスはディハルトへの想いを隠せなくなっていた。
 分かっている、妹のように見られていると。自分だって兄のように思っていたのだ。それは仕方が無い。
 ディハルトはどんどん強くなっていき、攻撃魔法と回復魔法を使いこなすティアリスは後方にいることが多くなった。
 前線で戦う少女達もいた。ディハルトと並べない、それが悔しかった。
 ディハルトが遠くに行ってしまうのではないか。そんな不安がティアリスを追い詰めた。
 ティアリスにとってディハルトは何においても大切だった。
 約束してくれた。自分の事を護ると。父の遺言……ティアリスを護ってくれという言葉もディハルトは約束してくれた。
 だけど。
 ディハルト達は大きな戦いの渦に巻き込まれ、しなくてはいけない事が沢山あった。
 ……それは、歴史に残るようなものだった。
 ティアリスとディハルトはだんだん喋る事が少なくなっていった。
 ディハルトはこの軍のリーダー。その横には参謀に長けたルナがいた。
 どんなに寂しくても、ディハルトの為にも、傍にいることを我慢しなくてはいけなくなっていた。
 自分でやれるのは、与えられた作戦だけ。
 それでもティアリスはディハルトの背中を追いかけた。いつか、背中を預けられるような人になるために。
 約束。きっと、それどころでは無いだろう。だったら、自分がディハルトを護ればいい。
 そんなことも考えるようになってしまった。
 笑顔でいることは難しいけれど、少しでもディハルトの力になりたかった。
 ……きっとディハルトは自分の事を妹だと思っているだろう。ティアリスの恋心には気がつかないだろう。
 ディハルトは誰を想っているのだろう。幼馴染のフレア姫のことだろうか。ディハルトはいつも説得に飛んで行っていた。 
 そう、きっとフレア姫が好きなのだろうと思う。ティアリスが出会う前から仲が良かったのだから。
 だから、こう恋焦がれても無駄なのだろう。それでもティアリスの中からディハルトは離れなかった。
 ずっと好きなままだった。大切な人だ。例え、この想いが届かなくても、妹のように思われていても……それでも良かった。

 そんな想いを胸に閉まったまま、ティアリスはディハルトの力になろうと懸命に戦った。少しでも力になれたらいい。それだけの、純粋な思いだった。
 きっと、初恋なのだろう。ティアリスにとってディハルトは。大切な人だ。ディハルトはティアリスを護ると言っていたけれど、本当に護らなければいけないのはディハルトなのだ。
 少し、少しでも役に立ちたかった。
 大好きな人のために。

 そして、決戦の前の日に、ティアリスの所にディハルトが現れた。ティアリスはなんと声をかけたらいいのか分からなかった。
 明日頑張ろう、とか、精一杯戦うとか。そんな言葉も出てこない。
 ディハルトはティアリスの想いとは裏腹な事を語った。
 ティアリスが好きだと。護りたいと。あの日の約束のままだった。
 ティアリスは涙がこぼれる。妹にしか見て貰えない。そう思い続けていた。だけど、現実は違っていた。
「ティアリス……俺、君の事、妹みたいに思っていた。
 ……だけど違ったんだ。どんどん成長していくティアリスを見て……俺は本当に君を好きになった。
 俺の……気持ち、受け入れてくれるだろうか?」
「うん。嬉しい。
 ずっと妹にしか見て貰えないと思ってた。だから……ディハルトがそんな事、言ってくれるとは思わなかった。
 そんな言葉を聞けると思わなかった。
 私、ディハルトの事、大好き。お願いだから……幸せにしてね?」
 ディハルトはティアリスの変化をしっかり見てくれていた。そして、好きに……本当に好きな人だと言ってくれた。
 これ以上の幸せはもう、無いだろうと思う。大好きな人から告白される。こんなに幸せな事はあるのだろうか。
 ティアリスは天にも昇る気持ちで、最終決戦に挑んだ。
 それが災いして、生贄にされそうになったが、ディハルトは来てくれた。助けに来てくれた。
 ディハルトが大好き。愛してる。それがティアリスの中に広がっていった。
 彼なら、一生共に暮らしていけると、そう思った。
 それは子供の頃の小さな約束。
 初めての友達とかわした約束。
 そして、ティアリスの父親とディハルトがかわした約束。
 小さな約束は全部ディハルトは護ってくれていた。
 かつて、ティアリスの胸にわきおこった大切な気持ちは実を結んだのだ。
 そう、ティアリスの初恋は……実ったのだ。


 沢山の戦いを超え、ティアリスはディハルトの家で暮らすようになった。親友の娘を預かりたいという両親の意向もあったが、ティアリスにとっては花嫁修業のようなものだった。
 ディハルトの両親は、ティアリスにとても優しかった。娘が出来たようだと……そして、息子の嫁になる彼女を大事にしてくれた。
 両親を失ったティアリスにとって、ディハルトの家族はとても温かい所だった。
 家族が出来た。……その想いが溢れそうだった。
 そう、小さな約束から始まったこの想いはティアリスとディハルトを結ばせたのだ。
 ティアリスは今日も明るく笑っている。それが何より、ディハルトにとって嬉しいものだったから……。


終わり。


ラングリッサーIIIのディハルトvティアリスですー!!
めっちゃ大好きです!!こういうジャンル不問の時は一番に書くんだ!!って決めてました。
なんか考えてたのと微妙に違いますが、まあ、いいかな、と。また書きたいですー(><)!!

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