『バレンタイン狂想曲』


「成歩堂龍一!」
 突然、フルネームで呼ばれて、僕は振り返った。
 法廷で聞く、高くて誇り高く強い声。……狩魔冥の声。
「ここで会うとは奇遇ね。今日は調べ物かしら?」
「か、狩魔検事は法廷、ですか?」
 こことは裁判所。彼女と出会うのは、ここか警察署くらいだ。
 彼女はいつもと同じ、人を見下すかのような笑みを浮かべて立っていた。
 だけど、なんとなくいつもの彼女と様子が違うようだった。何をどうすべきか考えているようだ。
 でも、そこは彼女らしく、すぐに体勢を整える。
 彼女は持っていた鞄から、可愛らしい包みを取り出した。そして…今度は包みとにらめっこをしている。
 ……なんか、今日の狩魔検事は変だ。
「はい、成歩堂龍一」
 彼女は、すっとその包みを僕の前に突きつけた。
「え?」
「え?じゃないわ。見て分かるでしょう。バレンタインのチョコレートよ」
 驚いている僕に、彼女はさも当然でしょう?という顔で言ってのけた。
 ……あの狩魔検事が僕にチョコレートを?
 驚きの気持ちのままに、チョコレートを受け取る。
「あ、ありがとう」
 なんだか、こうして包みを手にしていても本当だという気がしない。
「何をぼーっとしているの。
 言うでしょう?上杉謙信は敵方である武田信玄に塩を送ったと。
 そのチョコレートもそれと同じ。
 それ以上の他意は無いわ」
 何だか後半はまくしたてるような言い方だが、彼女は僕にバレンタインのチョコレートをくれたのだ。
 それは検事たる彼女が弁護士たる僕を認めてくれた、そんな風にも感じられる。
「ありがとう。狩魔検事。
 ホワイトデーにはちゃんとお返しをするよ」
 僕はにっこりと笑った。彼女の心遣いが嬉しかった。いつも鞭は貰ってるけど。
「そう?じゃあ、楽しみにしているわ」
 そう笑うと、狩魔検事はくるりと向きなおり、法廷の方へと去っていった。
 僕はチョコレートを見ながら、このチョコレートを選び贈ってくれた彼女の女の子らしい姿に、なんだか嬉しいものを感じていた。
「お礼、なにかちゃんと考えなきゃな」


 3月14日、狩魔冥……つまり私宛てに小包が届いた。
 差出人は、成歩堂龍一。
 ホワイトデーにはお返しする、そう律儀に言っていた事は本当だったらしい。
 私は、その箱に嬉しい気持ちが押さえられなかった。
 箱を開けると、その中にはキャンディーの缶と、それにシャムネコのぬいぐるみが入っていた。
 それと一枚のカード。
『当日渡そうと思っていたんだけど、急な仕事が入って渡せなくなってしまったから、こういう形でお返しします。
 その猫のぬいぐるみは、この間、真宵ちゃんとおもちゃ屋に行ったときに見つけたものです。
 君に似てるかなって。これも貰ってもらえると嬉しいんだけど』
 カードを読み終えて、私はそのぬいぐるみに手を伸ばす。
 すらりとしたしなやかな姿に誇り高そうな表情。
 成歩堂龍一の目には、私がこう映っているのだろうか。
 ……嬉しいと思ってしまうのは女心だ。
 ちゃんと、忘れずにお返ししてくれたこと。
 私は、ぬいぐるみを撫でながら思う。
 ……また、成歩堂龍一に一本取られたわ。
 そう思うが悪い敗北ではない。
 私はネコのぬいぐるみを撫でながら、あの弁護士の顔を思い浮かべていた。


終わり。


メイナルです。一応、本命カプなんですが、ネタがどうしても思いつかず。
なんか苦し紛れにバレンタインとか持ち出してみました。なんか、こういう行事が無いと、絡みが思いつかないんですが〜…。ネタ、ネタが欲しい…!
メイちゃんが出してる謙信と信玄の話は有名な話です。永遠のライバルであり対等である関係。それにちょっとかこつけてみました。
メイちゃんのイメージは、しゃなりとしたシャムネコです。なので、そのぬいぐるみをプレゼント〜です。

★戻る★