『風邪注意報』


 その日は朝から動く事が出来なかった。
 夕べ、寝る前に感じた頭の痛み。
 まあ、いいやって放っておいてそのまま寝たんだけど。
 ……失敗だったらしい。
 朝起きてみるとすっかり高熱をだしていて、布団から這い出すのが精一杯だった。
 事務所に今日はお休みの連絡を入れておく。
 まだ、真宵ちゃんは来てないんだろうけれど、留守電のメッセージを聞けば、今日が休みになる事は分かるだろう。
 せめてもの救いは仕事が立て込んでなかった、その一言に尽きる。逆を言うと、前の仕事が忙しすぎて体調壊したんだけど……。
 しかし、一人前の社会人になっても体調をコントロール出来ないなんてなんか情けないなあ。
 そんな事を思いながら、僕は再び布団へと戻っていく。また、ゆっくり休むためだ。そしてゆっくり眠りに落ちていった。


 午後、だろうか。
 ドアがノックされる。
 音の響きからすると、真宵ちゃんじゃないみたいだ。
 僕は誰だろうと、ふらふらの身体で玄関に出た。
「はい、成歩堂ですけど、どちらさまですか?」
「御剣だ」
 さくっと相手は名乗ったが、僕は状況を理解するのに時間がかかった。
 御剣?
 なんでコイツが僕の家に来てるんだ?
 疑問が次々と浮かんだが、頭の痛さの方が上回ったので、とりあえず来客を招き入れることにした。
 ドアを開けると、堂々と御剣が入ってくる。
 僕は風邪の身体をおして、せめてお茶ぐらいだそうかと台所に向かいかけたが、それは御剣の手で止められた。
「話は聞いている。高熱を出したのだろう?布団で休め」
 なんだかめずらしく優しい口調で、御剣は僕を布団へと誘導した。
 僕は言われるがままに布団に入る。
 御剣はそのまま台所に残っていた。何やら色々文句を言いながら台所をうろうろしている。
 何をしているのだろうか。
 もし、ありえるとしたら食事の用意でもしてくれているのだろうか?
 この病身では食べるにも困っている自体なのだから。
 それなら気長に待とうかな。
 僕はそう思うと、御剣がいる安心感もあって、そのままぐっすり眠ってしまった。

 それからどのくらい寝たのだろう。いつの間にか額には冷たいタオルが置かれていて、どこからともなくいい匂いもしていた。
 そして顔を上げると、御剣が心配そうな顔をして見下ろしていた。
「ありがと」
「ム?」
「心配してくれてさ」
「ム……ああ」
 照れた様に御剣は顔を背けると、台所に目をやった。
「粥が出来ている。温めればいいだけだ。食べるか?」
「うん、ありがたく貰うとするよ」
 僕は御剣が作ってくれた、お粥をいただく事にした。米を柔らかく煮て、塩味と梅干だけのシンプルなお粥。いかにも御剣らしいと思えた。
「ありがとう。見舞いに来てくれただけじゃなく、食事まで用意してもらってさ。感謝してるよ」
 僕は嬉しくて笑いながら言った。どうした事か、御剣は急に赤い顔に変わる。
「どうした?」
「ム…?いや、別に……」
 何だか様子が少し変だけど。
「成歩堂」
「は、はい」
 急に呼びかけられて、僕は慌てて返事をした。
「いいか、良くなったら連絡しろ。何か栄養のつくものをご馳走してやろう」
「ほんと?!やった!」
 御剣の提案に、僕は簡単に舞い上がってしまう。何しろ、御剣との食事なんて久しぶりだ。
「……じゃあ、そろそろ帰るとするか」
 そう言って御剣は立ち上がり、自分のコートを引き寄せた。
「そうだ、一つまじないをかけてやろう」
「まじない?」
 僕が、そのまじないなるものを聞くより前に、僕の顔に御剣の顔が迫ってくる。
 そして、僕のおでこに軽くキスをした。
「子供がよく眠れるおまじないだそうだ。ゆっくりやすめよ」
 赤くなった僕に、からかい口調で御剣は言った。
 からかってるんだ、僕を子供扱いして!!
 笑いながら御剣は家を出て行った。
 この訪問に感謝して良いのか、遊ばれただけだったのか、僕はよくわからなくなってしまった。


 数日後。
 僕の風邪もすっかり治り、約束どおり、僕は御剣の携帯の電話番号に電話をかけた。
「もしもし、御剣?僕、だよ。成歩堂。お陰で全快したよ。ありがとう」
 だが、向こうからの返答は来ない。
「おい、御剣?」
「…………風邪をひいた」
 心配した僕に、か細い御剣の声が聞こえる。
 ……うつったのかな、風邪。だったら、うつしたの僕、だよな。
「分かった、なんか栄養のつきそうなもの買ってお見舞いにいくよ」
 僕は御剣の返事も聞かず、電話を切った。
 御剣はプライドが高いから拒否しそうだと思ったのだ。
 さて、何を持っていくかな。
 僕はその事を考え始めた。


おわり。


一番最初に思いついた話です。御剣&成歩堂…というよりはミツ→ナルですな。
1を終えて思いついた話で2の状況を知って、この話の時間軸はどこだ?と思ったのですが、やっぱり書いてみたかったので、とりあえず書いてみました。なので、時間軸についてはつっこまないで下さい;
なんか、私の御剣&成歩堂はこんなイメージです。
この二人って、お互いの存在が凄い重いんですよね。なんか友情以上の関係かなと思います。背中預けられる、世界で一番信じてる人間なんだろうな。

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