『珈琲と牡丹』

「成歩堂龍一!」
 事務所に高い声が響き渡る。声の主は狩魔冥だった。
 次に何の台詞が飛び出してくるんだろうと身構える僕に、彼女は持っていた、大きな紙袋を差し出した。
「珈琲よ。うちで余っているの。良かったら使ってくれない?」
「本当〜、助かる〜。さっそく冥さんに珈琲入れなきゃ」
 真宵ちゃんが素早く走り寄ると、狩魔検事から珈琲の箱を受け取っていた。
 遠目にも立派な箱のような気がするが……。そんな高級なものをくれるなんて、何か裏があるのだろうか。
 だけど、真宵ちゃんと話している狩魔検事の顔は穏やかである。
 親切で持って来てくれたのだろう。
 その気持ちが嬉しくなった。そして、最初に疑って悪かったとも思う。
 最近の狩魔検事は、少し丸くなったというか、かわいらしさがでてくるようになっていた。
 そういえば、事務所の庭に花盛りの花があった。僕は、昔芸術系を希望していたので花の名前なんかは詳しかったりする。
 今、咲き誇ってるのは牡丹。
 牡丹の花言葉は「はじらい」。
 なんとなく今日の狩魔検事を見ているようだ。
 じゃあ、なおさらぴったりだと、僕は庭に出て、牡丹の花束を作り上げた。
「なるほどく〜ん、珈琲入ったよ〜」
 真宵ちゃんの声がする。僕は分かったと叫ぶと、牡丹の花束を持って再び事務所に引き返した。
 事務所の机の上では、狩魔検事が優雅に珈琲を堪能している所だった。
「真宵さんの入れた珈琲はなかなか美味しいわよ、成歩堂龍一」
 ……いい加減、フルネームで呼ぶのは止めて欲しい。
 それにしても……コーヒーカップを持って寛いでる姿は気品高い。
 改めて見ると、やっぱり狩魔一族とは風格が違うんだなと思う。
 そのお返しが牡丹の花束というのは野暮だろうか。
「その花は?」
 僕が、どうしようかと悩んでいる所に、狩魔検事が気がついた。
 一瞬、戸惑ったけれど、お礼を渡したいのは本当の事だから。
「今日戴いた珈琲のお礼」
 花束を受け取った狩魔検事の顔はびっくりした顔になったけれど、柔らかく微笑んだ。
「対等な取引ということね。ありがたく戴いていくわ」
 戴く、その言葉を聞いて僕は安心した。気に入ってもらえたみたいだ。
「じゃあ、僕も珈琲、いただきます」
 狩魔検事の向かい側のソファに腰をかけて、僕は淹れたての珈琲に舌鼓をうった。
「美味しい!」
「当然よ。本場から取り寄せた品だもの」
「さすが、本格的だね」
「ええ、だから私が来たら、必ずこの珈琲をお出しなさい?」
 半ば強引とも言えるその提案に僕は笑って受け入れた。


 その数日後。今度は御剣がやってきた。手にはやはり大きな紙袋を持っている。
 ずいっと突きつけられて、僕は紙袋を受け取り、中を見た。ティーバックにリーフティに色々な紅茶が詰められている。
「……これ、差し入れ?」
「いや、私用だ」
「はい?」
 狩魔冥のように差し入れに来てくれたのかと思いきや、見当はずれな答えが返って来た。
「メイがお気に入りの珈琲を成歩堂に届けたというのでな、私も持ってきたのだ」
 ……え〜と、狩魔検事が持ってきてくれた珈琲は実はお気に入りの品だったってこと。
 で、なんで御剣は『自分用の紅茶』を持ってくる訳だ?
 僕が訳が分からないといった顔をしているのに気がついたのだろう。彼はやれやれと肩をすくめた。
「メイがお前の所に自分用の珈琲を置いていったのだよ。私の紅茶も接待用に使ってくれても構わないが、私が来た時に出して欲しい」
 ……そういえば、なんか狩魔検事もこの珈琲を出して欲しいような事を言っていたな。
「じゃあ、とりあえず、よくわかんないけど、御剣検事の紅茶も淹れるね」
 真宵ちゃんが僕から紙袋を取ると、うきうきしながらポットの方へ走っていった。
 先日の狩魔検事の珈琲が美味しかったからだろうか。御剣の紅茶にも期待が寄せられているようだ。
 だけど、僕はなんかしゃくぜんとしない。
「つまり、狩魔検事と君は僕の所に専用のお茶を持ってきた訳?」
「うム」
 ……いや、一言で済まされても困るんですけど。
「だが、お前も、突然の来客に出す茶には困らなくなるだろう?」
「あ、うん。それは感謝している」
「ならいいではないか」
 そんなやりとりをしているうちに紅茶のいい香りが漂ってくる。真宵ちゃんがティーカップを並べてくれた。
 熱いが吹いてさましながら一口味わう。昨日の狩魔検事の珈琲は気品高かったが、御剣の紅茶は後味がさっぱりしていて潔さがある感じだ。
「美味しいよ。ありがとう」
「うム」
 そう返事をしてから御剣は考え込む。何か忘れているらしい。
 そしてポンッと手を打った。
「花を貰って帰りたい」
「花?!」
「メイにはやったのだろう。私もいただけるなら是非」
 なんだかその言い方は、狩魔検事にはあげたんだから自分にもよこせ、という感じだ。
「分かった。とってくる」
 僕は立ち上がると庭に出る。牡丹の花を見て、ため息をついた。
 牡丹の花言葉は「はじらい」。昨日の狩魔冥にはあったが、御剣にはないような気が激しくする。とはいっても別の花を渡してもめても困るので、僕は牡丹の花束を作り上げた。
「ちゃんと飾ってやってよ」
「承知している」
 僕の言葉に、御剣はすちゃっと答えてくる。いや、本当に分かっててくれてると良いんだけどさ。
 御剣は結局、花束を抱えて戻っていった。
 この一連の出来事は一体何だというんだろうか。
 悩んでいる僕の横で真宵ちゃんと、春美ちゃんが話している。
「ねえねえ、冥さんと御剣検事、どっちが勝つんだろうね?」
「さあ、なるほどくんには真宵さまもいらっしゃいますから……」
 ……とりあえず、僕はその話題には加わらない事にした。
 なんとなく身の危険を感じたから、ね。


終わり。


なんかみっちゃんがおバカになっていってるような。
冥ちゃんは御剣さんのライバルでもあるのです。自慢されたら、私もしなくては!みたいな(笑)。
今回はテーマで「牡丹と珈琲」でいただきまして、そのまま使いました。
メイちゃんが珈琲派かは分からないんですが、アメリカンな生活してたので珈琲かなあと。
んで、牡丹の花言葉がぴったりです。
御剣さんの場合は成歩堂くんが「はじらい」かもしれません(笑)。
個人的に、成歩堂くん巡って冥ちゃんと御剣さんがライバルっていいかなと。
今度は、先に御剣さんが貰う話を書けたら良いかな〜と思います。

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