その2. 「ハレッシュ今日はありがとね〜」 飛翔亭の前でウィズが手を振る。ハレッシュはウィズの身体とカゴの大きさに、大丈夫なのかと心配する。 「本当に手貸さなくて良いのか?」 「うん!大丈夫。このくらいなら持って帰られるもん」 ウィズはハレッシュに笑顔で応えると、服をがさがさ探している。そして目的のものをみつけて、ハレッシュの手に銀貨が零れ落ちた。 「今日のお礼ね!」 「おう、俺でよければいつでも声かけな」 ハレッシュは手を振って飛翔亭の扉に手を書ける、その時に中から人が出てきた。金色の髪の少女。火の玉マリーの異名を持つマルローネだ。 「あら、ハレッシュとウィズに丁度会っちゃったみたいね」 マルローネもびっくりした顔をしている。 「ごくろうさま、ハレッシュ。ありがとね」 「ああ、マリーもウィズも気をつけて帰れよ」 そう言って手を振ると、ハレッシュは飛翔亭の中に消えていった。 そこに残されたのはマルローネとウィズと大きなカゴ。 「お姉ちゃん、持って?」 可愛い笑顔でそう言われると断れないマルローネだった。 今日だけだからね、と念をおしてからマルローネはその大きなカゴを頑張ってしょったのだった。 工房が近づいてきて、マルローネは工房の前で……おそらく自分を待っているのだろうと思うルーウェンだった。 「あ、ルーウェンだ〜!」 ウィズが喜んで走っていく。その後をマルローネは重い荷物をずるずる引きずって工房まで運んだ。 「おかえり、ウィズ。マリーも一緒だったんだ」 明るい笑顔を返してくるルーウェンに、マリーはもしかしたら長く待たせてしまったのではないかと、心配になる。 「ウィズはハレッシュと材料収集に行ってて、その帰りなの。あたしは飛翔亭でたのまれてた調合が終わったんで、届けに行った帰りに丁度出くわしたのよ」 見て、この荷物といわんばかりの顔でマルローネはルーウェンを見た。それを見てルーウェンがくすくすと笑う。 「やっぱり、マリーはウィズに甘いな」 その言葉をそっくり返したい気分だったが、険悪になっても困るのでマルローネは苦い顔をするしかなかった。 「ところでルーウェン、うちの工房に何の用?」 一番大事なことを忘れていた。ルーウェンが待っていたのなら、何かあるはずである。 マルローネの言葉にルーウェンがにっこり笑う。 「アルテナの水が二つ三つ欲しいんだ」 マルローネは今、工房にあるものを考えていた。アルテナの水なら作りおきもあるはずだし……とマリーがそんな事を考えていた傍で、別の商談が始まった。 「ウィズはアルテナの水、まだ作ったことは無いんだ?」 優しいルーウェンの声に、ウィズは俯いて、こっくり頷く。 「作り方は分かるんだけど〜……材料も多分あると思うんだけど、まだ挑戦してないんだよね……」 じゃあ、とルーウェンが提案する。 「俺のアルテナの水、ウィズに頼もうかな?」 「ちょ…ちょっと、ウィズはまだ初心者よ?いい品が出来るか分からないじゃない」 マルローネが正しい反論をしてくる。アルテナの水は癒すための薬であり、冒険中頼りになる反面、出来損ないだとえらい目に遭ってしまう。 だが、ルーウェンはどこふく風だ。 「いいんだよ。ウィズが作ったのが使いたいの」 ルーウェンは一度これと決めたら、そのまま突っ走る傾向がある。 「うん、僕頑張る!!」 ウィズもすっかりその気のようだ。目をきらきらさせて聞いている。 マルローネは考えていた。 あんまりルーウェンには無理して欲しくないから、いい加減な薬は渡したくない。 それになんであんなにウィズに甘いのだろう。ルーウェンが甘やかすからウィズが変な自信持ってしまうのだ。 「……アルテナの水ならストックあるし、ウィズに無理に頼まなくても」 マルローネは心配半分で抗議してみる。だがルーウェンはふわっと笑ってみせた。 「ウィズ見てるとさ、俺やマリーが駆け出し時代によく似てるだろ?」 ルーウェンの言葉にマルローネはどう言って良いか分からなかった。確かに似ている。駆け出しの時代に。 「だからウィズに頼もうと思ったんだ」 つまり、かつての自分…マルローネを重ねて、そう思うのだろう。 そして、それは師匠たるマルローネは信頼されているのがよく分かった。 よく分かったが…… 「この子の成功率あたしより低いのよ?」 「んじゃあ、期限までに出来なかったらマリーから買うかな」 打開策はマルローネのようだ。 「本当にルーウェンは頑固ね」 「それはお互い様だよ」 マルローネの攻撃に、ルーウェンはさらっとかわす。 それにマルローネは苦笑した。 なんだか、ウィズに対してマルローネが母性を感じるのと同じにルーウェンも父性がでているのだろうか。……二人ともまだ結婚も子供もいないのだけれど。 ルーウェンのウィズに対する教育方針とマルローネの教育方針が微妙にずれているのだろう。 というか、一言で言って、ルーウェンはウィズに甘い。 もっと厳しくしてもらえるように、言わなければ。 「じゃあ、僕、頑張るね」 アルテナの水の作製を引き受けたようである。様子を見てやらないとなとマルローネは心に刻んだ。 「じゃ、アルテナの水が調合できるようになったら、取りにくるからな」 そう言ってルーウェンは立ち上がる。 そのズボンの裾をウィズが、がしっと持った。 「ん、なんだ?ウィズ」 「今日は一緒にご飯食べよう。いいよねお姉ちゃん」 「ええ、良いわよ。ちょっと材料が足りるかが心配だけど」 「いいのか、マリー。却って迷惑かけちゃって……」 それにマリーはにっこり微笑んだ。 「いつも、うちのちびさんの面倒見てくれてありがとうってことよ」 「わ〜い、ルーウェンとご飯だ〜!楽しみ〜!」 ウィズは時々見せる妖精の踊りを踊っている。よほど嬉しいらしい。 「じゃあ、お言葉に甘えようかな」 照れくさそうにしているルーウェンの背中をマルローネが押す。 そして工房内はいつもより賑やかになったのである。 それから数日後。ルーウェンは飛翔亭でマリーに出会った。 「依頼?」 「うん、まあ、そんなとこ」 そう答えるマリーは心ここにあらずという感じだ。 「あ〜、やっぱり秘密に出来ない!」 マルローネがかんしゃくを起こす。何が何だか分からないルーウェンはたじろぐ。 「な、何を?」 「ウィズの薬!完成したから取りにいってやって。物凄く喜んでるから」 「そっか、ウィズ、アルテナの水作れるようになったんだな」 良かったとルーウェンは笑う、その笑顔につられてマルローネも微笑む。 小さな妖精の初仕事は無事に終了したのだった。 終 なんというか親権争いみたいになってきました……。 |