『百合の花』


 それを見つけたのは偶然だった。
 茂みの中に見える白い花。ゆったりとして咲いているその花には見覚えがあった。
「ラスさん、待って!」
 ウィルは先に進もうとするパートナーの服を思わず掴んだ。そのせいで、先に進もうとしていたはずのラスは前のめりになり、危うく馬から落ちそうになった。
「……なんだ?」
 落ちかけたラスはそれに対して怒る事無く、服を引っ張った本人の方へと振り返った。彼は自分の方とは違う、森の茂みの方を見ていた。
「……どうした?」
 もう一度声をかけてみるが、ウィルはそれに返答する事無く、その茂みの方をじっと見ていた。何か考えているような顔つきだったが、しばらくするとぱっと明るいものへと変わった。
「ラスさん、ちょっと待っててください!」
 そう言うが早いか、ウィルは茂みの方向へと走っていく。ラスは引きとめようとしたが、この近くの敵は一通り追い払ったはずだし、集合命令が出ているので、とりあえず安心とも言える状況だったので、止めておいた。今なら放置しておいても、無防備なウィルとはいえ大丈夫だろう。
 しばらくするとウィルは両手に何かを抱えながら走って戻ってきた。
 その両手には大きな白い花。
「ラスさん、すいません!これ、どうしても取ってきたくて……」
 息を切らしながら、ウィルはラスの元まで走ってきた。ラスの視線はウィルの抱えている大きな白い花に釘付けになった。
 そのラスの視線にウィルも気がつく。
「ラスさん?どうしたんですか?」
「……いや、その花……変わっているな」
 変わっている。そう言われてウィルは自分の抱えている花に視線を落とした。確かに花は大きいし、形もラッパに似ているといえば似ているし、花粉は大きくて服につきでもしたらなかなか取れない花だ。だからといって変わっているとも思えない。
「変わってますか?これ、俺の故郷には結構生えてるんですよ。しかも、この種類が多くって……ちょっと懐かしくなっちゃって。
 ラスさんのところには生えてないんですか?」
 不思議そうに尋ねてくるウィルに、ラスは少し戸惑いながら答える。
「……いや、サカにはそんな大きな花は珍しいし……こちらにも傭兵で来てはいるが花など見ている余裕も無かったからな。
 それに……花は自然の産物で、あまり摘んだりはしない」
 ラスの最後の言葉を聞いたウィルはどきっとした顔になった。
「う、うわ、花って摘んじゃいけなかったんですか?!
 俺、懐かしいのと見せてやりたいと思ったから……つい」
 しょぼんとウィルは大きく肩を落とす。その落胆が自分の言葉によるものだと気がついたラスは慌てて言葉を付け加えた。
「いや、だからといって花を粗末に扱う訳じゃないなら……構わないと思う」
「そ、そうですか?!よかった〜!」
 ラスの言葉に、落ち込んでいたはずのウィルはぱっと明るい顔に戻る。まるでその様子はしかられていた子犬がなだめられて元気になる様子に良く似ていた。しっぽがあったのなら激しく振っているに違いない。
「そうだ!ラスさんはこの花って珍しいんですよね?
 俺の故郷の花なんですけど……どう思います?好きですか?」
 ウィルは抱えていた白い花をラスの前に差し出して見せた。ラスはその花をしげしげと見ていたが、ゆっくりと頷く。
「珍しくて変わっていると思うが……綺麗な花だと思う」
「そうですか!そう言ってもらえると嬉しいです!」
 ラスの言葉に、ウィルはまるで自分がほめられたかのように嬉しそうに笑った。そして、何か思いついたのかウィルはラスに抱えていた花から一つ取り出すとラスへと差し出した。
「じゃあ、ラスさんにも一つあげます!俺の故郷の花を気に入ってもらえるなら嬉しいですから!
 残りはちょっと見せたい奴が居るから渡せませんけど、一つだけなら」
 そう言ってウィルはラスへとぐいっと花を差し出す。それに押されるようにラスは花を受け取った。ラスが受け取ってくれたのを確認すると、ウィルは満足げに笑った。
「じゃあ、俺、この花がしおれないうちにちょっと見せてきます!」
 そう言うが早いか、ウィルはラスの元から離れて軍の集合地のほうへと駆けて行った。
 走っていくくらいなら馬に乗せてやるのに……そうラスは思ったのだが、それを伝える前にウィルは視界から消えていってしまった。
 相変わらず賑やかな奴だとラスは思う。そして、渡された花を見た。
 大きな白い花で形も変わっているが、とても上品な印象の花だった。
 ウィルが花を見せたい相手、それは大体見当がつく。きっと彼女も喜ぶに違いないだろう。この花を知らないラス自身が貰って嬉しいと感じるくらいなのだから。


「ラスさん!」
 集合地へと向かう途中でラスは聞き覚えのある声に呼びかけられた。
 振り返ると、オレンジのバンダナに緑のおさげ髪の少女が彼に向かって手を振っていた。
 ラスは馬の歩みを止めると、彼女がやってくるのを待つ。すぐに、レベッカはラスの元へと駆け寄ってきた。
 ラスの元にたどり着いたレベッカはきょろきょろと辺りを見回す。
「ラスさん、あの…ウィルは?」
 そう聞かれてラスは困った顔をした。先程駆けて行ったウィルが花を見せようと思っているであろう相手は今自分の目の前に居て、しかもウィルを探しているようだ。出会っていない事だけは明白である。
「……いや、先に行ったが、何かあるのか?」
 ラスの問いにレベッカは困った顔をした。
「いえ、ちょっとシューターをちゃんと使えるようにしたいなと思ってウィルに聞いてみようかなと思ったんですけど……」
 でも居ないならしょうがないですよね。そう言ってレベッカは大きくため息をついた。
 ラスは考える。おそらくウィルが探している相手はレベッカなのだから、会えるだろう。しかし、その事を伝えて良いのかがよく分からなかった。
 困っているラスに対して、レベッカは別の事に気がついた。ラスが矢筒に挿している花に目が行ったのだ。その花はレベッカにとって見覚えがとてもある花だった。
「ラスさん、それ百合の花じゃないですか!これ…この花の模様…私の村に咲いている百合そっくり!どこで見つけたんですか?」
 百合に話題が振られたラスは、とりあえずもう諦めて素直に話す事にした。
「……少し前に居た所に咲いていたらしい。ウィルが見つけて、一つくれたんだ」
「ウィルが?じゃあウィルはこの花を持っているんですか?」
 そう問われて、ラスはどう答えるか悩んだ。ウィルがレベッカに見せようとしている事を話しても良いのだろうか。どこまで答えたら大丈夫なのだろうか。
 だが、目の前のレベッカはラスの返答を心待ちにしているようだった。彼は観念して本当の事を告げる。
「ああ、持っている」
「そうなんですか!じゃあ、やっぱりウィルをもうちょっと探そうかな」
 幸い、ウィルの目的まではレベッカに伝わらなかったようだ。ラスは安堵の息をもらした。口数が多い方でないという事は、話す事も得意ではない。こういう場面は少々苦手だった。
「ラスさん、ありがとうございました!
 私、もう少しウィルを探してみますね!」
 レベッカはぺこっと頭を下げると、再びもと来た方向へと走っていった。そんな彼女の後姿をラスは見送った。
 ウィルがレベッカを探し出すのが先か、レベッカがウィルを探し出すのが先かは分からないが、きっとレベッカは喜ぶのだろう。それを思うと、二人が微笑ましく感じられた。


 レベッカのウィル探しは続いていた。
 シューターの事もあるが、それ以上に花の事が気にかかっていた。
 故郷の百合に良く似た花をラスが持っていた。それをウィルが持っているのだという。おそらく懐かしくなって取ったのだろう。レベッカもラスが持っていた花を見てしまったので、余計に懐かしくなっていた。
 故郷の話が出来るのはウィルくらいしか居ない。懐かしい思いが望郷の思いも運んできて、レベッカはウィルに余計に会いたくなっていた。ブランクが激しいけれど、村の事を話したくて仕方が無かった。
 レベッカは周囲をきょろきょろと見渡す。大分、集合地には人が戻ってき始めていた。だが、なかなか会おうと思う人には巡り会えないものである。
 そして、見渡している中でまたしてもレベッカは懐かしいものを見ることになる。
 あの百合の花。持っているのは……ダーツだった。
「ダーツおにいちゃん!それ、どうしたの?」
 レベッカは思わずダーツに走り寄る。一方のダーツは花を持っている所を見られたのが恥ずかしかったらしく、思わずその手に持っていた花を背中の後ろに隠した。
 だが、隠した所で既に見られているのでレベッカの追求を逃れることは出来なかった。
「今、隠した花……どうしたんですか?」
 レベッカはさらにダーツに尋ねる。彼女が必死な様子である事に気がついたダーツは苦い顔をしながら答えた。
「……さっき天然に会ったんだよ。なんか変わったもの持ってたからさ、うっかり声かけちまって……この花を押し付けられたんだよ。
 っとに、俺とこの花だぜ?似あわねえのもいいトコだよ」
 ダーツは苦笑いを浮かべながら花と自分を並べてレベッカに見せた。それを見て、レベッカも思わず噴出してしまう。
「ふふっ、確かにちょっとおかしいかも」
「ちょっとどころじゃねえって!ウィルの野郎、本当は俺を笑いものにする気だったんじゃないか?
 ……ま、あの天然がそこまで考えてるとも思えねえけどよ」
「あはは!確かにそうかも!」
 ダーツの言葉にレベッカはころころと笑う。確かに海の男といった感じのダーツに百合の花は似合わない。レベッカの兄であるダンも似合っていなかった事を思い出して余計におかしくなってしまった。ダンはこの百合の花が気に入っていたのだが、皆に似合わないと言われてよく怒っていたのだ。
 だけど、ウィルに対する物言いといい、レベッカにこうして話しかけてくる時といい、ダーツはやはり不思議なほど兄に似ていた。
 ダーツは笑うレベッカを見ながら、苦い顔をして頭を掻いた。
「……だけどさ、可笑しいんだよな。これだけ俺に似合わねえと思う花なのに……なんか見てると好きなんだよな」
 その言葉にレベッカはどきっとなる。
 兄も好きだった花をダーツも好きだという。…やはり二人はとても似ていると思う。
 きっとウィルがダーツに百合の花を押し付けたのも、きっとそれを感じたからに違いないだろう。
 心の中で追求したくなる気持ちが溢れて来る。やっぱりあなたは兄なんじゃないかと、行方の分からないダンなんじゃないかと。
 だけど、寸前でレベッカは思いとどまる。仮にダーツがダンだとしても、彼にはその記憶が無い。ダーツとして生きている彼の今の人生を奪う権利だって無い。
 ……だから、心にとどめておけば良いのだ。兄は元気に生きているのだと。
 ウィルもそう思ってきっと追求しなかったのだろう。それでも、百合の花を手渡した。それは、きっと小さな確信の表れなのかもしれない。
 ダンは今も元気にしていると。
 レベッカはにっこりと笑った。
「ねえ、ウィルはそれからどこに行きました?
 あたし、彼を探しているんです」
「あ、あの天然か?さっきあっちの方に行ったけど?」
 ダーツはさらに向こうの方を指差す。どうやら自分とは明らかに正反対の方に向かっているらしい。追いかけるだけのようなので、見つけられそうではあるけれど。
「どうもありがとうございました!」
 レベッカは笑顔でお礼を言うとぺこっと頭を下げた。
 そして、ダーツに見送られて再びウィルの足跡を辿り始めたのだった。


 向こうの方に花を抱えた茶色の髪の青年が見える。
 レベッカはやっと見つけたと思った。ここまで辿り着くのに一体何人に聞いたのだろうか。何をしようと思っているのかは知らないが…本当にやっとという気持ちだった。
「ウィル〜〜!」
 大声で呼んで手を振る。その声に気がついた彼はレベッカの姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。
「レベッカ!なんだよ、そんなとこに居たのか?俺、探しちゃったよ」
「え?私を探してたの?」
 思わぬ言葉にレベッカは驚くが、ウィルはこっくりと頷く。
「そうだよ!どこ探したって居ないからさ〜」
「居るわけないじゃない!私、今日は東方面担当でウィルとあんまり変わらない所に居たのよ?今居るのって西じゃない、こっちに居るはず無いでしょう?」
 自分を探していたというウィルにレベッカは思わずそう言ってしまった。
 そう、今日は部隊を半分に分けていたのだ。そして同じ方面の担当だったにも関わらず、この幼馴染は気がついていなかったらしい。それは頭が痛かった。
「へ?そうだったっけ?」
「そうよ!ちゃんと朝の指令を聞いてなかったの?」
「え…っと、その…あんまり」
 レベッカの追求に、ウィルは視線を泳がせる。まあ、レベッカを探して西に向かった時点で話を聞いていないのは明白なのだが。……本当にこの人は自分よりも年上なのか、疑問に感じる瞬間だった。
「……もういいわよ。で私に用って?」
 レベッカは諦めて、ウィルに話を促す。それを聞いたウィルは思い出したかのように両手に抱えていた百合の花束をレベッカに差し出した。
「ああ、忘れるトコだった。はい、これ」
「……私に?」
 差し出された花束を見て、レベッカは驚いてきょとんとウィルを見上げた。目の前の幼馴染は嬉しそうに笑っている。
「そう、レベッカに見せようと思ってさ!」
 レベッカは渡された百合の花を見た。
 初めてラスが持っているのを見て懐かしく思った故郷の花。シューターについて聞くはずだったウィルを探す目的は、この花を見てから花を見つけた事や故郷の話をしたいから、というものに変わっていた。
 だけど……この花を見つけた幼馴染は自分にこの花を見せようとしていたのだ。それを思ったらレベッカは嬉しくなって胸がじ〜んとした。
「……あ、ありがとう」
 なんとかそう言ってレベッカは花を嬉しそうに抱えた。それをウィルは満足げに見ていた。
「へへ、レベッカがそれ見たら喜ぶと思ってさ。
 ラスさんやダーツにもあげちゃったけど、その花見つけた時さ、レベッカが喜ぶ顔が浮かんできて早く見せたかったんだよ。
 懐かしいだろ?村に咲いてた花だしさ」
 レベッカは幼馴染の言葉に、上手く言葉が返せず、うん、うんと頷いた。
 故郷を思い出す花。兄が好きだった花。そして…レベッカが好きな花。目の前の幼馴染にもきっとそういう風にこの花が映っているのだろう。それが嬉しかった。
 ちゃんと覚えてるんだ。村の事も、お兄ちゃんの事も、私の事も。
 そう思ったら嬉しくて仕方が無かった。
 胸が一杯になって涙が零れそうだった。
 だが、そんなレベッカの表情を見たウィルは慌て始める。
「な、なんで泣きそうな顔するんだよ?!
 も、もしかして蜂でも居たか?!刺されたのか?!」
 ……この幼馴染に感慨というものは無いようだ。
 せっかくの感動的な雰囲気が壊されたレベッカはウィルの足を軽く蹴る。
「そんなんじゃないわよ!ほんっと〜にロマンのかけらも無いんだから!」
「って〜!なに訳のわかんね〜事言うんだよ〜!」
 怒るレベッカに蹴られたウィルは何がなんだか分からずに反論する。
 そんな彼をレベッカは楽しそうに見て笑った。
 本当にそういう所は小さい頃と変わらないままだ。
「ウィルが鈍感だからよ!」
「なんだよ、それ〜!
 それにお前、俺に用があったんじゃなかったのか?」
「しらな〜い。そんなの忘れちゃった」
「なんなんだよ……」
 ウィルの反応を楽しみながらレベッカは笑った。一方のウィルは途中までは喜んでもらったはずだったのに、後半の展開の意味が分からず混乱したような顔をしている。それがいかにも彼らしくて、レベッカは微笑ましく思った。
「……ありがと、ウィル」
 レベッカは素直な気持ちでウィルにそう言って微笑んだ。その笑顔にウィルも嬉しそうに笑顔を返す。
「ああ、喜んでもらえて嬉しいよ」
 二人はそう言って微笑みあったのだった。


 おしまい。

ウィルレベ第3弾〜。ほのぼの路線です。セイン出してみたい…!と思いつつ出てきたのはラスとダーツでした。でもダーツ書くのは初めてですよ〜!やっぱり彼は欠かせないですよね!!
百合の花…ダンが好きというのは当然フィクションです。勝手に作りました。レベッカが結構乙女なので、その兄貴も似合わないものが好きだったりするんじゃなかろうかと思って(笑)。で、兄妹そろって村に咲く百合の花が好きという設定を勝手に模造してみました。どうでしょうか?
で、ウィルはやっぱりこんな感じになってしまいました(^^;)。最初は花をあげているのがラスやダーツだけじゃなくてリンやセインにまであげている予定でした(笑)。男に花もらって困っているセインとか楽しいなあと思ったんですけど…レベッカに花を贈るウィルが花配り人ウィルに変更されそうだったので止めました(苦笑)。いや、ウィルレベなのに…ウィルが違う方向走ったら駄目だろうと(^^;)。
レベッカから見たらやっぱりフェレに戻ってくるまではウィルは油断のならない奴だと思います。またすぐにフラフラどっかに行っちゃうんじゃないかって。自分の事もダンの事も村の事もどうでもいいんだとやっぱり思われてそうです。勿論、ウィルはそんなことないんだけれど、言葉と行動が一致しないんですよね、どこまでも。だから余計に信用ないというか。ウィルレベじゃなかったらオスティア行っちゃうらしいですしね、ウィル。…そりゃ、信用されないわ。
とりあえず…レベッカに花を贈るウィルが書きたかっただけの話です(苦笑)。最近、ウィルとダンのシリアスとか書いてみたくなっている困った私です(^^;)。一番好きなのはウィルレベなのに。でもケントリンやセインフィオーラやらレイ&ルセも書いてみたく…。でも、ウィルレベは当分書き続けますです、はい。

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